第22話 離れたくない。でも……
薄く目を開けると、ゆっくり開いていくエレベーターのドアが視界に入る。
「……はぁっ」
彼の唇が離れ、乱れた呼吸が口から漏れた。
開ききったエレベーターを前に、降りなきゃと思うのに、アルコールと激しいキスのせいで思うように足が進まない。
そんな私の肩を東条社長が抱く。
そして、そのまま二人で、エレベーターを降りた。
社長に寄りかかるようにして、1階のエントランスに向かって歩く。
「あ、あの……っ」
少しだけ落ち着きを取り戻しながら、私が言った。
「何ですか?」
やっぱり最初の夜と同じ、さっきのキスなんて何もなかったみたいに冷静な声。
「どうして、こんな……」
掠れた声で小さく聞くと、東条社長が答える。
「罰、ですよ」
(……え?……罰?)
耳慣れない言葉が、頭の中でグルグル回った。
「部屋をキャンセルさせた、ね」
「……っ」
本当はキャンセルさせたことを怒ってたのかと、社長の横顔を見つめたけど、感情の読めない冷静な表情のまま。
と、彼の手がするりと肩から離れて、彼が私の目の前に来る。
そして、彼の指先が、私の顔を上向かせた。
闇色の瞳と視線が合って、鼓動が再び速くなる。
「もっとも……罰を受けているような表情ではなかったが」
そう言って、妖しく歪められた社長の唇に、羞恥で顔が熱くなった。
「あ、あの……っ、もう帰ります!」
私は振り絞るように言うと、彼の手を解いてビルのエントランスを出る。
(これ以上、あの人と一緒にいると……)
離れられなくなる……。
まだ、肝心な事は何も聞けていないのに……どんどん繋がりだけ深まっていく。
流されれば流されるだけ、彼の中に落ちていく。
今だって、本音は。
もっと一緒にいたい……。
次の瞬間、振りほどいたはずの東条社長の手が、後ろから私の手首を掴んだ。
「綾瀬さん」
名前を呼ばれた、ただそれだけなのに背中が震える。
「私は、物事にも人にも無理強いはしない」
振り返ると、自分の感情が押さえられなさそうで、彼の言葉をそのまま背中で聞いた。
「君が嫌なら、もう会わない。でも、もし、また会いたいと思ってくれるなら、時間を作って会います」
そこまで言うと、私の手首を掴んでいた東条社長の手の力が弱まる。
「お休み」
その言葉と共に、彼の手がすうっと離れていき、代りに遠ざかっていく靴音が聞こえてきた。
少ししてから、そっと後ろを振り返ると、社長の姿はもうない。
「……」
私は、掴まれていた手を頬に当てた。
まだ、彼の熱が残っている。
「……ズルい」
私は、小さく呟いた。
東条社長は、私の番号を聞かなかった。
だから、また私から連絡しないと会えない。
……私が追いかけないと会えない。
(私が会わないって決めたら、東条社長はそれでいいの?)
この時、私は気づかなかった。
私と東条社長を見つめていた、一つの視線があったことに……。
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