第33話 誘った理由

「オレが入社した時は、ちょうど、会社が変わる過渡期でさ。前・立花社長派と、現・東条社長派に分かれてて。なんてか、社内が独特の空気だったよな」


思い出すように言うと、佐倉さんは、追加で来たビールを少し飲む。



「まぁ、東条が社長になった後は、派閥で争うこともなくなって、社内も落ち着いたけどさ」


「私が入社する前、そんなだったんですね」


「ああ」


軽く頷きながら、佐倉さんがサラダに箸をのばした。


「アイツは、いろんな噂があるけど。その中の一つに、今の秘書の立花 葵を利用して、立花グループを内側から壊していったってのがあるな」


「……」



立花 葵を利用して……。


さっき廊下ですれ違った、彼女の顔が浮かんだ。


立花って名字から、そうじゃないかなって思ってたけど。


やっぱり、彼女、前社長の親族の人だったんだ……。


「まぁ、同族経営の会社に入社して、その会社乗っ取ろうなんて普通考えないし、考えても出来るもんじゃないよな」


「そうですね……」


「あの何考えてんだか分からない面は、好きじゃないが、自分の力だけで、あそこまで、のしあがったのはスゲーと思うよ」



何か改めて聞くと。


東条社長って、私のいる世界と、全然違う世界にいるって感じがする。


考えてるものも、見えてるものも、きっと全く違うんだろうな。


そんなことを考えていると、不意に佐倉さんが言った。



「じゃあ、ここからが本題」


「……えっ」


本題?


「綾瀬、お前さ。昨日の夜、グランドスクエアにいなかったか?」


「……!」


佐倉さんの言葉に、昨日、社長と過ごした時間が頭を過る。


まさか、社長といるところを見られてた?



「え……あ、あの?」


明らかに焦ってる私に、佐倉さんが、さらに切り込む。


「オレ、見たんだよな。お前と東条社長が、あのビルから出てくるの」


「……っ」


「驚いたよ……。仕事上、お前と東条が接点なんて、あるはずないし。普段あの辺り行かねーけど、たまたま取引先の人間と飲みに来てて、見たんだよ」


そこまで言われちゃうと、かわすことなんて出来ない……。



「えっと……」


「綾瀬、お前さ。そんな出世したいの?」


「なっ……!?ち、違います!」


「じゃあ、付き合ってるのか?」


「そ、それは……」


出世なんて、そんなの全然考えてない。


でも、ちゃんと、付き合ってるかって言われたら……。


「付き合ってるわけじゃ……ないです」


そう言うと、佐倉さんの表情が険しくなった。


「余計悪いな。じゃあ、向こうからモーションかけられてるわけか」


「いえ、あの……っ。違うんです!」


私は、オレンジジュースのグラスをぎゅっと握った。

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