第55話 反応

「何を騒いでいる」


その声の後、ドアが開いて、東条社長が出てきた。


「……」


私と佐倉さんを見て、一瞬、社長の瞳が揺らいだけど、すぐに冷静な色を取り戻し、葵さんに視線を移す。


「葵。来客の準備を」


それだけ言うと、東条社長は、また部屋に戻って行った。葵さんは、小さくため息をつくと、佐倉さんを見る。


「これから他社の重役が来るの。個人的なことで、ここで騒いでる場合じゃないのよ」


葵さんの言葉に、佐倉さんは私の肩から両手を下ろすと、無言で、その場を後にした。


「佐倉さん!」


彼の後を追って、エレベーターの前に立つ。


「私のことで、ここに来てくれたんですよね?」


「……」


「本当に、ごめんなさい……。私のことで、こんな風にさせちゃって」


相変わらず、佐倉さんは無言のままだったけど、エレベーターが到着した。エレベーターの中でも、彼はずっと無言のままで。営業部のある階に、エレベーターが止まった。


「あの、佐倉さ……」


「行ってくる」


彼の小さい声を聞いた後、私だけ降りると、またエレベーターは下階に降りていく。営業フロアに戻ると、緊張が一気に解けて、私はデスクに突っ伏した。


(何やってるんだろ、私)


余計な話をして、佐倉さんを巻き込んでしまった。


だけど、結局、これは私自身の問題。東条社長とは、私が、ちゃんと話さないとダメだ。

そう思う一方で、さっき社長室から出てきた東条社長を思い浮かべる。


『葵。来客の準備を』


立花さんのこと、「葵」って呼んでたな。ただの社長と秘書だったら、あんな風に呼ぶかな?


彼女のこと、ちゃんと聞きたい……。他の人に頼ったって仕方ない。社長と二人で話そう。


夕方5時半頃、仕事が終わって。私はバッグからスマホを取り出すと、東条社長の番号にかけた。


少しの間、呼び出し音が流れて。


「はい」


電話が繋がった。


「あ……あの、綾瀬です。さっきは、その……騒いでしまって、本当にすみませんでした!」


「……」


謝ったけれど、電話の向こうは無言。気まずいなと思いながら、次の言葉を探していると。


「用件は、それだけですか?」


いつになく冷たい声が、スマホ越しに響く。


「……え、あ、あの」


「忙しいので、もう切っても構いませんか?」


「ま、待ってください!」


私は焦って、声をあげた。


「あの……近いうちに、ゆっくり話せませんか?ちゃんと話をしたいんです。二人で」


私の言葉に、少しの間、沈黙が続いたけど。


「分かりました。また、こちらからかけ直します」


機械的な声が響いてきた後、電話は切れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る