第27話 甘い電話

昼休み。


会社のビルを出ると、私は鞄からスマホを取り出し、社長の番号にかけた。



こうすれば、私の番号が分かる。


もし、彼から連絡を取りたいって思ってくれれば、これからは、この番号にかけてくれるはず。


そんな先の期待まで膨らませながら、スマホ越しに鳴る呼び出し音を聞いていると、程なく電話が繋がった。



「はい、東条です」


聞き心地のいい彼の声が、耳に響いてくる。


「あ、あの……綾瀬です。さっきは、ありがとうございました」


「はい」


「あれって、本当は、バーに忘れて行ってたんですよね?」


「ええ。ビルを出た後、店から私に電話が掛かってきました」


「すみません、お手数おかけして」


「いいえ。それよりも、あのバーは、気に入りましたか?」


不意に、そう聞かれて、昨夜の彼との時間を思い浮かべる。



熱帯魚の泳ぐアクアリウム。


宝石を散りばめたような夜景。


美味しいカクテル。


でも、それよりも……。


エレベーターの突然の、キス。


あの時の感覚が、急に溢れてきたけど、そっと記憶の奥に、押し込める。



「……は、はい!その……夜景も綺麗だったし、カクテルも美味しくて」


「そう。あの店は、夜景も、カクテルも魅力です。だが……」


一旦、そこで区切ると、東条社長が言った。



「綾瀬さんのくれたチョコレートが、一番美味しかったですよ」


予想しない一言に、胸が、どくんと鳴る。


そんな私の反応を知ってるのか、甘い言葉が続く。



「また、食べたい」



(……えっ?)


スマホ越しに聞いている声なのに、両頬が、一気に熱を帯びた。


「あ、あの、私……っ」


テンパる私と対照的に、冷静な社長の声が響く。


「申し訳ないが、今、他社の社長達を交えた会合に向かっている最中です。もう切ります。では、また」


それだけ言うと、東条社長の電話は切れた。



「はぁ……」


スマホを握ったまま、高鳴る胸に、そっと当てる。



(何で、こんなに……)


ドキドキするんだろう。


今まで、恋愛をしてこなかった訳じゃないのに。


どんなに、声を聞いても、足りなくて。


会ったばかりなのに、また、会いたい。


こんなに、気持ちが掻き乱されるのは、どうして……?



と、不意に、胸に当てていたスマホが、着信音と共に震えた。


「わっ……!」


驚いて、一瞬、スマホを落としそうになり、慌てて握り直す。


画面を確認すると、菜々美からだった。



「も、もしもし?」


電話に出ると、いつも通りの元気な菜々美の声が響く。


「今日は、一緒にランチ行けなくて、ごめんね~」


「ううん。別に大丈夫だよ」


菜々美は私と違い、外回りだから、一緒にお昼を食べれない日もある。



「それよりさ。昨日は、どうだったの?」


「……えっ?」


菜々美の言葉に、ドキリとする。

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