第46話 キスの後の約束
それから、コースを食べ終わった私達は、レストランを出て、再びホテルの駐車場に戻った。
「この後はどうしますか」
車のエンジンをかけながら、東条社長が聞いてくる。
「えっと、そうですね……」
食事の後どうするなんて考えてない……。
そもそも今日こんな風に食事するのも突然だった。
そう言えば、いつも社長と約束していない。
電話で話して……そして、その時に会うことになる。
レストランで過ごした時間の余韻と、今度またいつ会えるか分からないことが、一層まだ彼と離れたくない気持ちを高ぶらせた。
(もう少し一緒にいたい……)
「あの橋の側まで行ってみましょうか」
私の気持ちに気づいているのかいないのか、社長はそう言うと、アクセルを踏む。漆黒の車が駐車場を抜け、夜の闇を走り始める。
10分程して、海のすぐ側で車は止まった。彼と二人で、車から降りる。外に出ると、さっきレストランから遠目に見えていたブリッジが間近に見られた。
ちょうどイルミネーションの色が変わっていく時で、ブリッジの先端から、黄色の輝きが、次第にマリンブルーの輝きになっていく。
「ここからの眺めも綺麗でしょう」
「はい」
隣に立つ東条社長に答えた。
静かな潮騒を聞きながら、ブリッジのイルミネーションがマリンブルーに全て変わる頃。
社長の手が、私の肩に乗り、そのまま彼と向き合う。
「綾瀬さん」
波音をすり抜けて、彼の甘く低い声が耳を揺らした。
「最初の夜に、私は甘いものが苦手だと言ったのは覚えていますか」
「は……はい」
「でも、あの日、綾瀬さんのチョコレートを食べてから」
闇色の瞳に見つめられたまま囁かれる。
「好きになりました」
「……っ」
とくんと胸が鳴った。
東条社長の手のひらが、私の左頬にそっと触れて。そのまま彼の顔が近づき、私はゆっくりと瞳を閉じる。
次の瞬間、柔らかい唇が私の唇に重なった。
最初は軽く触れて、離れて。
また触れて……。
次第に深く重なってくる。
「……っ」
息を吸い込もうと、わずかな隙間を求めると、それすら塞ぐように、さらに唇が深く入り込んだ。
「……はっ」
熱い舌が、口の中に割って入って、私の震える舌を絡めとる。
唇で生まれた熱が、全身に広がっていく。
甘い痺れが走って、社長の背中に腕を回した。
頬に当てられていた彼の手のひらは、私の髪に移り、優しく荒く掻き乱して……。
どれくらい経ったのか分からないけど、彼の唇が、私の唇からそっと離れた。
余韻の残る瞳で彼を見つめる。
そして、彼の胸に顔を寄せた。
(菜々美……私には駆け引きなんて、やっぱり無理だよ……)
「東条社長……好きです!」
私の言葉に応えるように、彼の手が私の髪をそっと撫でる。
「これからも会いたいです。もっと社長のことを知りたいし、私のことも知って欲しいです……」
感情のまま、そう伝えた。
すると、東条社長の手が、私の髪や背中から、すっと離れ、二人の体が離れた。
見つめあったまま、彼の手が私の両肩に置かれる。
「綾瀬さん」
「はい……」
「これからも、こんな夜を二人で過ごすために、守って欲しい約束が一つだけあります」
不意に、海からの冷たい潮風が、彼と私の間を吹き抜けた……。
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