第9話 菜々美の忠告

週明けの月曜日。場所は、いつものパスタ屋。少し遅めのランチを菜々美と取っている。


金曜日のバレンタインデーの夜どうなったのか、菜々美に聞かれて、私は、あの夜のことを話した。話の途中で、菜々美のパスタを食べる手が止まり、口を半開きにしたまま固まる。


「あの……菜々美?」


アラビアータをフォークに巻き付けたまま、動かない菜々美に呼び掛けた。


すると、菜々美は、ゆっくりと口を動かし言う。


「……驚いたわ」


はぁ、とため息を吐き出す菜々美。


私は東条さんとのキスを思い出し、顔を赤らめた。


「うん……。私も、いまだに信じられないよ。社長にチョコ受け取ってもらえて、それから、あんな……」


「あの噂、ほんとだったんだ。社長が、夜11時に社内見回るの」


「だよね。ほんとに、11時に見回るのさって……あれ?驚くの、そこから?」


不審げに聞いた私に、菜々美が悪びれず言った。


「あんなの、単なる噂って思ってた」


「え?だって、見たんだよね、実際に?受付の子が」


「はぁ?あんなの嘘に決まってるし」


さらりと言いのけた菜々美に、私は肩を震わせた。


「何、それ!?ひどーい!!」


「冷たい夜のオフィスで、一人チョコ持って待ちぼうけすれば、頭が冷やされて、夢から醒めるかなって思ってさ」


怒る私なんて全く気にも止めず、菜々美は、フォークに巻きつけていたアラビアータを一口食べる。


「にしてもさ~。噂が、ほんとだったのもビックリだけどさ。その後の展開が、あり得ないわ」


菜々美の言葉に、また顔が熱くなった。


「私もまだ、夢みたいだよ」


私は呟くと、テーブルに置いてあったスマホを手にする。スマホの中には、あの夜、パソコンに入れられていた東条さんの番号が入っている。


仕事用のか、プライベートのかは分からないけど……例え、仕事用のだとしても、みんなが知ってるわけじゃない。その番号を教えてくれただけで、嬉しい。


「ねぇ、結衣」


「ん、何?」


スマホの電話帳に入った社長の番号を見つめながら、聞き返した。


「結衣はさ、『割り切った』恋愛って、したことある?」


「……え?」


そのイキナリな質問に、私はスマホ画面から、菜々美に視線を移す。


「な……何よ、突然。割り切ったって……どういう意味よ?」


「だからさ……例えば、一晩だけとか。お互いに踏み込み過ぎない付き合いとか。そういうのよ」


「そういうのはないよ……。ちゃんと、相手の人から『付き合おう』って言われて。そこから、ちゃんと付き合ってきたよ?」


私の答えに、菜々美は渋い顔をした後、ため息をついた。


「……だよ、ね」


「ちょっと、何なの?私の過去の恋愛なんて、今、どうでもよくない?」


私の言葉に、菜々美は、妙に真面目な顔つきをして一言放つ。

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