第39話 巫術新星
狼耳の青年――不知火ロウガ。
その名は当然知っている。
あの大和の益荒男『不知火オウマ』の養子であり、壱號級霊奏師の上澄みに立つ男だ。
オウマを霊奏師界の王とするなら、ヤツは王子か。だが信奉する者は少なかった。
凶暴な人格と、何より『亜人』であるという点から、むしろ危険視する霊奏師ばかりだったそうだ。
「きっ――貴様っ、ロウガ!? 何をやっとるか!?」
そんな男に、モヨコ先生が吼えた。
肩車させていた黒服から飛び降り、ロウガのズボンに掴みかかった。
「試験を妨害するなど、貴様……!」
「アァ? ちげーよモヨコサンよ。これは試験を公平にするためだぜェ?」
「何?」
犬歯を覗かせ、ロウガは語る。
――苦しみ呻き、やがて意識を落としたミチオを見下しながら。
「空鳴カナタの相手がアレとか、格落ちも甚だしいだろーがよォ。実際にあの雑魚はボロカスで、カナタの野郎はピンピンしてたじゃねぇかよ」
「それは……だが……」
「それじゃあお互い、正確な実力は測れない。だから柔軟に行こうじゃねェか? カナタの野郎は、現役プロ二人で相手するとかよォ……!」
どぷっ、と。ロウガの影が液体のように蠢いた。
そして少女が現れる。影からせり上がるようにして、ロウガと同じく銀狼の亜人が顔を出した。
「ん。リルと、兄で、あいつをころすの」
――不知火リル。
ロウガの妹であり、不知火家の養女である女だ。
階級は弐號級止まりだったか。だが噂曰く、兄と組めば、
「オレ様たちは、二人揃えば特號級に届くッ! カナタのバケモノ野郎は腹立つことに
「リルたちは、むてき。邪魔者カナタも、絶対、ころせる……!」
……そうか。理由は知らんが、俺を殺しに来たのか。
「さっ、先ほどから殺す殺すと、なんじゃおぬしらっ。これは試験であって……!」
「オーオー、そういう建前が必要だわな。駄目だぜぇリル? 〝うっかり殺す〟って言わねェとなぁ? モヨコサンもそれで勘弁してくれや」
「馬鹿を言うなっ! ともかくこんな例外は認めん。いくらカナタが規格外だろうが、まだ守るべき無資格の子供なのじゃ。それをプロ二人がかりで殺しにかかるなど……」
そうか。そうかそうか、そうか。
「いいですよ、自分は」
「っ、カナタよ!」
モヨコが喚き、狼男共が喜色を浮かべた。
「へぇぇぇぇ、わかるじゃねェかよバケモノ野郎! さぁ模擬戦を仕切り直そうや。雑魚のことなんざ忘れて」
「黙っていろ」
俺は男に近づき、その顔面をケースで打った。音速の三倍で。
男は「くぎゅッ!?」という言葉を残し、何回転もして倒れた。
「誰が、雑魚だ。ふざけるなよ……」
俺は……今まで怒ったことがないかもしれない。
イラッとした時は当然ある。でもそれくらいだ。
自尊心ってものがほとんどなかったからだろうな。
生まれた瞬間から大天才の兄や姉と比べられて、モブ扱いが板についていたからだ。
だから、自分に対する被害なら、きっと許せた。それなのに……、
「兄のミチオは、挑もうとしていただろうが」
気絶したミチオに近寄り、その身を抱き起こした。
「敗色濃厚も覚悟の上で。諦めず、拳を振り上げていただろうが。それを邪魔して、雑魚扱いか。――ハハッ」
笑いすらこみ上げてきた。
ああ、想像もしていなかったよ。
家族を、命懸けで努力する
「いいぞ。相手をしてやる、駄犬風情が。どうせまだ生きているのだろう?」
「――チッ!」
ロウガが起き上がった。
打たれた横顔は完全に拉げている。さらには首が折れ、それを片手で支えている状態だった。
しかし奴は生きていた。殺意宿る眼差しで、俺を睨みつけてきた。
「クソがッ……。亜人じゃなけりゃ死んでたぜ。【人狼】の生命力に、今ほど感謝した時はねェよ……!」
そうかぁ。
「よかったなぁ。自慢の『お父さん』を持っていて?」
「ッッ、テメェッ!?」
ロウガは一瞬で怒り狂った。
知ってるよ。貴様が邪教で産まされた畜生子だというのは、裏に伝わる有名な話だ。
義父のオウマを誇りに思う反面、実父である概念霊【人狼】のことは恥に思っているのだろう?
「誇れよ不知火ロウガ。自分は貴様のような愚昧と違って、家族を褒めてやったんだぞ?」
「テ、メッ……!」
「ほぉら、嬉しい嬉しいと跳ねろよ、犬の子」
「ブッ殺してやらァアアアアアーーーーーッッッ!」
ああ、こちらも同じだよ。
……こんなに誰かを否定したいのは初めてだよ。
「山田、田中」
「「はッ!」」
燕尾服の少年二人がすぐさま現れる。
俺は彼らにミチオを託した。
「これを任せる。強情で狭量なカスの兄だ……優しく運べとは言わないが」
だが、
「傷付けたら、怒るぞ?」
「「ッ!? ハ、ハハァッ!」」
ミチオを運んでいく二人。
雑にしても構わないのに、まるで卵を扱うように緊張して駆けていった。
「クソッ、チクショウッ、ブッ殺してやる! ブッ殺してやるッ!」
「リルたちのお父さんはオウマさまだけ……! なのに、よくもっ……!」
銀狼の兄妹が唸りを上げる。ああ、耳障りだな。
「モヨコォッ、さっさと戦闘開始の合図をしろォオオッ!」
「っ、じゃがっ」
「匂いでわかるぜ。テメェッ、霊力がもうねェだろぉ……!? どうせ止められやしねェだろうがよォッ!?」
その言葉にモヨコが呻いた。そんな彼女に、俺は微笑む。
「お気になさらず。全ては、霊力を無駄に使わせた自分のせいですので」
「カナタ……じゃが、プロ霊奏師二人を相手取らせるなど、前代未聞で……」
「プロ霊奏師、二人? はて。目の前にいるのは駄犬二匹ですが」
「「キサマッッッ!」」
不知火兄妹が怒声を上げる。もう〝待て〟はここまでといった具合か。
その様に、モヨコが深く溜息を吐いた。
「あああーーーもうっ、どうしてこうなった……! わかった、わかったわッ。ではこれより、空鳴ミチオVS空鳴カナタ改めッ」
大量の呪符を取り出すリルと、四足獣のごとき構えを取るロウガ。
「不知火ロウガ&リルVS空鳴カナタ――試合、開始ィッ!」
瞬間、ロウガが地を駆ける。
折れた首は既に癒え、餓狼の顔付きで飛び掛かってきた。
「テメェッ、オレ様が【人狼】の餓鬼だと罵ったよなァッ!? だったら見せてやるよッ、その力を!」
「見せなくていい」
俺は片手を振り上げた。
そして――ロウガは五等分になる。
「ぬがぁッ!?」
俺は既に五指から糸を伸ばしていた。
奴をケースで殴り殺した瞬間だ。
目立たぬ片手に糸を形成し、ロウガの四肢に巻き付けていた。
あとは【空砲】で振動刃とすれば、あの通りだ。
「まずは一匹。さて、次は
「まだだァッ!」
ロウガが胴体だけで向かってきた。
腹筋で跳ねたか。その犬歯で首を噛み切る気か。なるほど。
「寝ていろ」
「ぎぃッ!?」
顎を蹴り上げる。頚椎よりゴギギギッと破砕音を出しながら、ロウガは妹の下まで転がり飛んだ。
これで、
「まだ、だァ……!」
奴は、生きていた。
ポンプのように切断面から血を噴きながら、皮だけで繋がる首を芋虫のように這わせ、俺のほうを睨んできた。
「【人狼】の血を舐めんなァッ! 殺された程度じゃァ死なねぇんだよ! そしてッ」
「うん、兄」
リルが大量の呪符を撒く。それらはドーム状となって周囲一帯を囲み――これは。
「月夜でオレたちは、不滅となるッ!」
「符術天蓋――闇に染まれ、【絶し夜咲く月万魔殿】――!」
刹那、少女を起点に『異界』が生まれる。
天は暗黒と巨大な赤い月が支配し、銀狼二人を頂点とする石造りの神殿が出現。
天蓋創造。符術の極致。戦う舞台は、奴らの領域へと切り替わった。
「ここが、リルたちのせかい。そしておまえの、死に場所、なの」
気付けば周囲は白百合の花園となっていた。
だが幻想的とは程遠い。不気味な赤い月光を受け、まるで
天蓋は概念霊の霊性と、霊奏師自体の心象風景から構造が作られる。
この魔的な舞台は、血濡れの人生を歩んだ証か。
「オォオオオオオオオーーーーーーッ! 満ちるぜ満ちるぜ満ちるぜェエエエッ!」
そして異変は巻き起こる。
死に体だったロウガの身体が、まるで逆再生するかのように超高速で修正された。
転がった手足どころか、噴き出した鮮血さえも瞬く間に胴体へ戻った。
「さぁ、こっからが本番だァ」
奴は再び、俺の前に立つ。
「これが【人狼】の特性だ。オレ様たちは夜に不滅となる。特に、月が出ているほどなァッ!」
「そう。リルたちの身体は、むてき。そして霊への攻撃も通じない。だって、いないから」
――厄介な霊媒師を殺す手段はいくつかある。
それは相手本体ではなく、相手の操る概念霊自体を祓うことだ。そうすれば相手の手札はほとんどなくなる。
だが、
「オレ様たちは亜人。自分自身が霊奏師であり、概念霊のコピー体だ。ゆえにオレ様たちに死角はねェッ!」
「そうか」
無敵、不滅と嘯く理由がよくわかったよ。
あぁそうか。すごいな。なるほど。はい、それで?
「死なないだけでよく吠えるなぁ。結局、相手を殺せなければ意味がないだろう」
「ほざけッ!」
ロウガは唸ると剣指を結んだ。不気味な赤い月光の下、ミチオ以上の霊力が迸る。
「月夜である限り、オレ様たちは霊力も上がるッ! そして見るがいいッ、これが巫術の極致だァッ!」
爆発するような霊光が放たれる。
その光の中、不知火ロウガは変貌を果たした。
『巫術新星――【狂獣転臨・月光狼】ォオオーーーーッ!』
そこにヒトの姿はなく。
ロウガは完全に、白銀の巨大な狼と化していた。
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