第28話 みんななかよし霊奏師界!



 資格試験場となる演習広場。

 その中心部には二千人近くの人間がいた。



「例年通りなら、受験者数は三百人くらいか。でもその何倍もの人数、家の者がいるな……」



 俺もミチタカ父さんと、マロさんセツナさんについてきてもらったしな。

 他の家も、家族や使用人を伴っている場合が多い。



「霊奏師が集まる機会は少ないからね。遠方の血の良い他家と繋がりを持つために、社交パーティの場にしているんだよ」



 ミチタカ父さんが苦笑気味に言う。


 たしかに、高級なスーツや和服の大人たちが、子供そっちのけで話し合っていた。

 はは。優秀な家の血筋を取り込めたら、それだけ優秀な子が生まれるかもだからな。



「ウチの子が概念霊を手にしましてな。今年は試験を受けるのですよ。学年次席でして、利発そうでしょう?」

「おぉ、実は我が家の七女も! どうです、属性は合いますし……妻に似れば多産になりますので、一席設けてみても?」

「いいですなぁ」



 耳をすませば聞こえてくる、本人を無視した婚姻の取り付け。

 公然とした優性思想。


 一般家庭にはない、霊奏師らの黒い一面だ。



「さて、自分たちもいきましょうか」



 黒い会話は聞きたくないが、姉さんと兄貴を探さなきゃだしな。



「セツナさんも、シャロさんに会いたくてソワソワしてますし」


「べべべっ、別にソワソワなんてしてませんよっ!」



 話を振られたセツナさんがなぜか強がった。



「まるでわたくしが病的なシスコンみたいじゃないですか! 恥ずかしい!」


「事実でしょうが」



 セツナさんが重度のシスコンなことはよく知ってるから。

 アンタはとっくに恥ずかしいよ。手遅れだよ。



「ふんっ……それよりも、カナタさんが近づいたら色々騒ぎが起きそうですね」


「む。それは確かに」



 俺は邪悪な狂犬だと思われているからなぁ。誤解だっつの。


 誠に遺憾だ。だが、受験者には霊奏学園生の子供が多いため、彼らの精神を乱さないためにも配慮はしておくか。



「おい【人形】。顔を隠せるベールでも用意してくれ。デザインは適当でいいから」


『ガッテンダー!』



 肩の【人形】さんに頼むと、指先より幾重もの糸を出して編み込み、あっという間にベールを用意してしまった。

 俺にマフラーとゴスワンピを用意した時と同じだ。こりゃ服屋いらずだな。



「デザインは……妙に凝ってるな、おい」



 ゴスワンピに合わせて黒系。

 だが薔薇模様の薄いレース生地で出来ており、喪服ドレスを思わせるような、ダークでシックなオシャレデザインに仕上がっている。



「【人形】よ、もう少し地味でも」


『デザイナーの遊び心を否定しないでクダサイッッッ!!!』



 ひえっ。



『出来てから文句はアカンデス!!! イメージがあるならッ、最初から綿密に発注してクダサイッッッ!!!』



 わ、わかったっつの。

 思念でごめんごめんと謝っておく。



「まあいいか……たしかにオシャレだしな」


『ヨシッ!』



 天才デザイナー【人形】さんは満足げに胸を張った。


 コイツに適当にモノを任せるのは駄目だったな。

 俺の身体も【人形】が主犯になっておかしくしたんだし。



「では自分たちも向かいますか」



 人の集まる広場へと近づいていく。

 目立たないよう、父の背に隠れてだ。加えて、



「霊力制御、『気配遮断』」



 剣指を結ぶと共に、身体から漏れ出す霊力を内側へと閉じ込めた。


 霊奏師の技術の一つだ。

 生命エネルギーたる霊力の気を絶てば、必然的に影が薄まる。

 敵にこっそり近づくのに有効だ。



「わわ、カナタさんの悪目立ちオーラが消えた……!」



 驚くセツナさん。悪目立ちしてて悪かったなオイ。



「すごい隠密度……目の前にいても咄嗟にわからないくらいじゃないですか」


「まぁ」



 俺は人生一周目はモブ雑魚だったからな。

 霊力操作が得意なことも合わさり、かなり得意な技なんだよ。



「カナタさん、暴君スペックしてるのにみみっちぃ余技は無駄に充実してますよね。なんかいやらしいですね」


「……言葉を選べよ雌豚が」


「ま、また雌豚って!?」



 セツナさんを罵倒しつつ広場を訪れる。


 すると、霊奏師らの会話が嫌でも聞こえてきた。



「藤堂家の子は学園卒業まで試験に出れなかったか。名家だというのに笑えるな」

「概念霊に万年選ばれなかったのですからなぁ。ま、それも含めて才能ということで」

「そういえば鳳凰院の長男は、任務で再起不能なダルマになったとか」

「終わりましたな。たしかあそこの家は、続く四子が全員『霊力なし』でしょう?」



 ……あんまり気持ちのいい話はしてないなぁ。


 自分の子供を売り出すか。

 あるいは落ち目の他家をさかなに笑うか。

 話題はそんな感じだ。



「ふぅ、カナタには聞かせてられないね」


「お父様」



 ミチタカ父さんがそっと耳を抑えてくれた。優しい。



「霊奏師は強力な人種だ。一般人の何倍も強い。何倍も稼げる。でもだからこそ、傲慢になってしまう人が多い」



 父さんは、一部の霊奏師が鎖で連れ歩いている者を見た。


 ――奴隷だ。


 自分か、あるいは親の借金により人権を売り払うことになった者たち。

 もちろん『霊力なし』だ。

 そういう人間を、ヒトとも思わずに従える霊奏師はそこそこいる。



「それと、霊奏師の子が必ず霊力を持つとは限らない。力量だってバラける。それゆえ、様々な歪みが生まれるわけだ……」



 父さんは疲れた溜息を吐いた。

 

 ウチの空鳴家はパッとしない家庭。悪口を言うより対象になるような、埼玉のモブ一族だ。

 しかし近年、天才双子のミチオとヒナミが生まれて、一時期脚光を浴びた。


 その時にイヤなことがあったんだろうなぁ……。

 手のひら返しとか嫌味とか、金銭で子供を譲ってくれとか……。



「さて、ミチオとヒナミを探さないとね。あとは、セツナさんのためにシャロさんも」


「ちょっ、別にいいですってミチタカ様……!」



 というわけで、カスな会話をする霊奏師グループの外周を、俺たちは軽く歩き回ることにした。子供はあの中にいないだろうからな。


 ちなみにマロさんは、



「ガキ探しなんぞどうでもいいでおじゃる。マロは下っ端どもに媚びを売られてキモチよくなってくるでおじゃる」



 と言って、父さんが苦手にしていた霊奏師グループに堂々と突撃し、話題を掻っ攫っていった。

 

 あの人やっぱすげぇや。

 カスの王様だよ……。



「あの方は本当にすごいな。私も、あれくらいの肝を身につけなければ……!」



 などと、父ミチタカがさらに尊敬を深くしていた時だ。

 不意に聞き覚えるのある声が響いた。



「せ、拙は絶対に合格するでごじゃる!」



 特徴的なごじゃる口調と、無駄に可愛い声。

 間違いない。シャロちゃんだ。



「シャッ、シャロァアアアアアアーーーーーッ!”?」



 セツナさんが秒で声のしたほうを見て、音速の競歩で向かっていった。キモい。



「シャロッ、シャロッ! 元気でしたかシャロッ!」


「あっ、セツナお姉様……!」



 セツナさんに続くと、彼女に抱き締められたミニスカ忍者ロリ・シャロちゃんの姿が。


 彼女の目尻には、なぜか涙が溜まっていた。

 姉がキモかったか?



「――ふんっ。大好きな姉が来てホッとしたか?」


「――だっさぁ。劣等でシスコンとかウケるんですけど~」



 そこで。

 シャロちゃんに対し、薄い金髪の少年少女が嘲笑を向けてきた。



「ミチオ、ヒナミ……!」


「「って、ザコ親父じゃん」」



 父さんを揃って罵倒する二人。


 声も、可愛らしい顔立ちも、そこに混ざった憎らしさもそっくりな彼らこそ、空鳴ミチオと空鳴ヒナミ。


 俺の兄と姉だった。



「この子たちが空鳴家の……? いえ、そんなことよりアナタたち、わたくしのシャロをいじめていたのですか……!?」



 憤るセツナさんに、二人は「「べっつに~」」と言って鼻で笑う。



「言ってやっただけだよ。『おまえみたいな成績不良の劣等、試験に出るなよ』ってな」


「そーそー。むしろ学友としての優しさみたいなぁ? 後半の模擬戦でぽっくり死んじゃいそうだもんね~!」


「僕たちと当たったら殺しちゃうかもな?」



 傲慢に言うミチオ兄さんと、けらけらと笑うヒナミ姉さん。


 ……うーーーん。相変わらず性格がダメすぎる。


 これで揃って学年トップなんだからどうしようもないんだよなぁ。

 容姿もよくて、前世ではテレビに引っ張りだこのアイドル的存在になるしなぁ。


 で、そんな二人が色々と不器用で剥きエビなシャロちゃんと同学年とは。

 そりゃ絶対コケにするわな。



「……ミチオ、ヒナミ。シャロさんに謝りなさい」



 二人に対し、ミチタカ父さんが苦言を呈した。



「何が優しさだ。キミたちは明らかにシャロさんを馬鹿にして言っている。彼女は最近、とても努力していて」


「「うぜーんだよザコ親父!」」



 父親の真剣な説教を、しかし二人は罵倒で返した。



「つか、帰れよオッサン。僕たちアンタのこと嫌いなんだよ。なぁヒナミ?」


「ミチオに同意~。アタシたちに欠点があるとしたら、ザコオッサンが当主なザコ血統に生まれたことだけだもんね」



 ……散々に父さんを罵る二人。「「しかも」」と、声を揃えて続ける。



「お袋の畑も劣悪だってわかったからなぁ。『空鳴カナタ』なんて変なバケモノ産みやがって。夫婦そろって僕たちのブランドを下げるなよ」


「そーそー。親父はザコだし、女のほうはヘラヘラうざくてムカついてたんだよねぇ。ホント、親ガチャマジ外れたわ~」


「イイ容姿をくれたことだけは感謝してるがな、あの女。だがそれ以外はゴミだろう」



 彼らが、ついに母まで罵り始めた時だ。



「……そうか」



 父さんは無表情で、二人に近づいた。

 そして、



「じゃあ、縁を切ろうか」



 バチンッ、バチンッ、と。乾いた音が二度響く。

 広場の者たちがこちらを見た。



「痛ぁっ!?」


「ちょっ!?」



 声を上げる兄貴と姉貴。彼らの片頬は赤くなっていた。


 ミチタカ父さんが、容赦なく二人をぶったのだ。



「ッ――このクソ親父ッ、何をしやがる!?」


「親父? 誰だいキミは?」


「なっ!?」



 吠えるミチオに対し、父の声は完全に冷めていた。



「反吐の出るような子供が。話しかけないでくれるかな」


「な、なにを」


「学友を罵り、家族を罵り、一体何様のつもりなのか……。私には、キミたちのほうがバケモノに見えるよ」


「はぁっ~!? それが親の言うことかよ! つか、教育が悪かったんじゃねぇのぉ!? 文句があるならテメェのせいだろ!」



 その言葉に『反論できまい』といった笑みを浮かべるミチオだが、父さんの視線は、どこまでも冷たかった。



「そうか、教育が悪いと言うのか。……つまりキミは、今の自分が教育不足の下劣漢だと自覚してるんだね?」


「えっ、それは……!」


「可哀そうにね。キミの父親は、自分が馬鹿にされてる段階だったら、きっと真摯にキミらに向き合ったよ。だがキミは……母親を馬鹿にしたね」


「そ、それが一体っ」


「『私の女』を馬鹿にしたな?」



 瞬間、バチィィイイインッという音が、ひときわ甲高く広場に響いた。



「だぁああっっ!?」



 地面を転がるミチオ。

 頬をさらに赤くしていることから、どうやらもう一度ぶたれたようだ。


 ……ほとんど見えなかったよ。


 父さんが修行し直してるのは知ってたが、これほどとは。



「テッ、テメェッ……!?」


「あぁ、ごめんよ知らないお坊ちゃん。悔しかったら、理想のパパに泣きつくといいさ」


「ッ!?」



 絶句するミチオ。

 そんな彼から視線を外し、次に父さんは、ヒナミのほうを見た。


 そして……「はぁ」と溜息を吐いてから、視線を外す。


 完全に無視していた。

 


「さぁみんな、シャロさんも見つかったし行こうか。ここに私の子供はいないようだ」


「ちょっ、待てしオッサン! ぁ、アンタその強気な態度、知ってるから! 例の『空鳴カナタ』に洗脳されてんでしょ!?」



 そう吠えるヒナミ。まるで負け犬のようだった。



「かっわいそ~~! ご立派ぶってるけど、洗脳されてるんだもんねぇ! この操り人形が!」



 そんなヒナミに、父さんは緩慢に振り向いた。

 一瞬ヒナミがビクッとする。


 それから、父ミチタカはどこまでも冷たいまま……、



「だとしたら、なんだい?」


「はっ……え?」


「私が洗脳されているとしたら、何だって言うんだい?」



 無感情な声で、そう問い返した。



「私は、マロさんという尊敬すべき人を得て成長したつもりだ。だがもし洗脳されていたとして……それが、なんだというんだい?」


「な、何って……」


「私は今、胸を張って生きている。世間がバケモノと呼ぶような息子を愛することができた。彼のために名家とも渡り合うことができた。そして今日は、妻のために怒ることができた」



 父さんは、そこで鋭くヒナミを睨んだ。


 ――殺し合いの場を知る、霊奏師としての眼差しで、だ。

 ヒナミが「ひっ!?」と息を呑んだ。



「そんな私に、


「なっ……なんでも、ない、わよぉ……!」



 ついに目尻を濡らしてしまうヒナミ。


 父さんはそんな彼女を数秒見下ろすと、再び視線を切るのだった。

 今度はもう、振り向かない。



「……彼らがああなってしまったのは私の教育不足だ。ただただ、慚愧に堪えない」



 距離が離れたところで、父さんはそう呟き洩らした。

 静かな声だ。しかしその声音には、過去の自分を縊り殺さん勢いの後悔が滲んでいた。

 が、



「それはそれとして、学友や母親を虐げ罵る言動は最低下劣の唾棄すべき畜生だ。カナタは、あんな振る舞いはしないように」


「はい」



 俺は即答した。

 ――二周目父さん、マジこええよ。


 俺は改めて、絶対に怒らせないと誓った。




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【Tips】


霊奏師界:暗澹たる貪婪の闇世界。

『霊力』という超常の力を持つがゆえに一般人を見下し、優秀な血と名声を求めて日々暗闘を繰り広げている。

不知火オウマの台頭により表立って違法行為をすることは少ないが、この世界では官位だけでなく律令制における『五色の賤』が生きており、すなわち合法的に『奴隷』を買うことができる。

そのため裕福な霊奏師らは、財力に任せて奴隷を漁色し、また美しい奴隷を自慢したり、取引材料にすることがある。


〝みんななかよし霊奏師界!〟とか言ってるヤツがいたら詐欺師である。



――共通の敵が現れたら、あるいは……?


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