第50話 手を出されるぞ、【雪女】さん!/ご近所無双、カナタくん!/埼玉降臨、カナタ様!
ふぅー、試験合格したし肩の荷が下りた気分だわ~~。
何気に俺、〝落ちたら殺す〟ってオウマ総帥に言われてたからね。
おかげで修行も身が入ってやれてたよ。ほどよいストレスはモチベになるってわかったね。
「じゃあセツナさん、お散歩してきます」
「わっ、カナタさんがロリショタらしいこと言った!」
「誰がロリショタだ」
家族が旅立った後のこと。
居間でおせんべい114枚食べて一息ついた俺は、行動を開始することにした。
あと一か月半で最上級概念霊【消失】くるけんね。色々やりたいのだ。
「まずは霊奏機関・埼玉支部に行ってきますよ。お父様が電話で所属する旨を伝えてくださいましたが、本人確認なども必要になるので」
写真撮って履歴書作ったりね。
霊奏師は希少だから好き勝手させてくれるけど、機関も半分会社みたいなものだから。やるべきことはあったりするわけだ。
あ、俺学歴で馬鹿にされないかなぁ。子宮卒だし。
「まぁ語感なら旧帝卒と似てるしいいか……」
「何言ってるんですかカナタさん。それより、わたくしもついていきましょうか?」
と言ってセツナさんはボンッと己が胸を叩いた。エアバックかな?
「ふ、ふっふっふ~。なにせわたくし、ニ、ニセモノとはいえ、お嫁さんですしぃ? 旦那様も一人じゃ心細いでしょうしぃ?」
えっ。
「別にいらないですよ」
「ぬんっ!?」
いや、俺中身は大人だしなぁ。全然寂しくないよ。
むしろ一人が好きなところあるし。
話し相手が欲しくなった時は、霊域内で『実録! 嫁と姑の限界ド殺人デュエル ~あのときああしていれば……~』って謎本読んでハラハラしてる【人形】とかいるし。
「そ、そんな、カナタさん……!」
「あ~でもせっかくなので」
「!!!」
「セツナさんの憑霊、【雪女】さんっていましたよね? 彼女となら仲良くなりたいなぁって」
「ファーーーーッッッ!?」
セツナさんのことはよく知ってるけど、【雪女】さんとは接する機会なかったからなぁ。歩きながら話すくらいしたいかも。
そう思って言ったのだが、
「わぁ~~んっ! カナタさんの色魔っ、寝取り魔!」
「色魔、寝取り魔……!?」
「もうもうもうっ! カナタさんの性欲魔人! 霊奏機関でも風俗でも好きに行って来て下さーーーいッッッ!」
なぜかポコポコと背を叩かれ、俺は追い出されてしまうのだった。
風俗はいかねえよ……!
◆ ◇ ◆
「ちょっと歩いていくか」
家を出た俺は、ケース型の概念霊装『業魔絶鋼・地獄鳥』を手に近所を歩き出した。
うららかな陽光が心地いい。
「春だな……心安らかなり」
思えば生まれてから初めてのお散歩かもなぁ。
ず~っと資格試験受かるために修行してたからね。
未来を変えるために奮起し続けるのも疲れるし、たまにはのびのびするってばよ。
「む、猫発見」
車のボンネットの上で転がる猫を見つけた。
朝日でほどよく温かくなってるみたいだな。近寄るぜ。
「撫でさせろ」
『ニャァーーーーッ!?』
……話しかけた瞬間、すっげービビられて逃げられた。えぇ?
「まぁいいか……。あ、スズメの群れ発見」
『ピキャァーーーーッ!?』
……視線をやったらまた逃げられた。ちょっと。
「カラス発見」
『カァーーーーーッ!?』
「……チョウチョ発見」
『チョォーーーーッ!?』
「……埼玉の山から下りてきたクマ発見」
『グマァーーーーーッ!?』
なんだこれ。俺の前から全ての命が消えていくんだが。
「はぁ……まぁ動物だからな。相手を強大さだけで判断して逃げていくわけか」
やれやれだぜ。人は中身だよ、中身?
いくら表向きダークつよつよ暗黒オーラボディでも、俺という中身を感じてほしいね。
無害なモブですよ~~? 性欲とかないですよ~?
「あ、近所のおばさん発見。こんにちは」
「えっ、きゃああああああああああああああ空鳴カナタああああああ!!? アタシ人妻なのに闇の美貌で盲目にされて『アナタごめんなさい』と懺悔する
寝取らねえよ。なんだその語彙力。
「うわああああああああああみんな気を付けてェ~~~! 暗黒イケメン美少女が近所を練り歩いてるわァーーーッ!」
逃げていく近所のおばさん。
そんな彼女の悲鳴を聞き、窓から顔を出した奥様たちも「って、きゃあああッあの空鳴カナタ!?」「あの0歳児なのにお嫁さん作ったっていう!?」「あの赤ちゃんなのに赤ちゃん作る気の!?」「あの男も女も洗脳奴隷にしていく空鳴カナタ!?」「あの老人にすら寝取りダメージを与える噂の!?」「あの母親がヌルヌル経産婦って噂の!?」「あのお嫁さんの概念霊すら狙ってるって噂の!?」「キショい概念霊もメスにして食べれるようにできる専属整形師がいるって噂の!?」「あのチンチン30cmって噂の!?」「あの奥さんに相談せず勝手にバイクとか買ってくるタイプの旦那って噂の!?」「あの暴力と財力で奴隷買いまくってモテまくり勝ちまくりって噂の!?」と喚いて、バンッと窓を閉めて家に鍵かけて閉じこもってしまった。
近所から、音が消えた。
「あのってどのだよ……」
どんだけ失礼な噂が立てられているというのか。
セツナさん嫁入りを知っている件とか耳早すぎだろと思ったり色々言いたいことはあるが、この調子じゃご近所コミュニケーションは厳しそうだった。
くぅん……!
◆ ◇ ◆
「『気配遮断』すればよかったな」
というわけでやってきました。
霊奏機関・埼玉支部のある
「あ、信号青になった」
その交差点を歩いているけど、近所の時のように騒がれることはない。
それどころか気を付けないと肩をぶつけられそうになる。みんな俺に気付いてないんだ。
「はぁ。霊奏師は『魂を霊と奏で合わせる者』なのに、概念霊を伴わない霊力操作だけが得意なんだよなぁ、俺……」
特に前世はモブ雑魚だったから、『気配遮断』は無駄に精度高いんだよね。
存在感はエネルギー量で決まる。高エネルギー体は本能的にヒトの注目を引いてしまう。子供が電車とかに興味持つのはそれが理由だな。
で、『気配遮断』はそれを徹底的に誤魔化す。霊力という名のエネルギー粒子を魂魄に納め、圧縮と圧縮と圧縮を重ねて、魂自体を小さく偽装する。
この時の霊力を統御して魂にかけられる圧力の強さ。そして粒子の一粒すら漏らさず認識し、支配し、監禁する執拗さ。それら総じて霊力操作能力。
霊と呼吸を合わせながら使うのは苦手だけど、一人遊びのときだけ妙に得意になる俺ですわ。
「みんな、今の俺は砂粒くらいにしか思ってないんだろうな」
視界で小虫が飛んでいれば、小さくとも気になる。矮小でも命というエネルギー体だからな。
だが砂埃や糸クズ。もはや生命力も感じない極小物になれば、目に映っても脳が認識しないわけだ。俺はそのレベルまで存在感を消していた。
一応ベール(天才デザイナー【人形】さん特製)を被ってみたが、いらなかったかも。
――ブゥウウウウウーーーーーンッ!
「む?」
てこてこ歩いていた時だ。車道の先より、バイクが高速で突っ込んでくるのが見えた。
おいおいおい。偉い勢いで走ってくるなぁ。まだ信号青だぞ?
俺のことは見えずとも歩行者はいるのに……って、
『ゲギャァアアアアーーーーーッッッ!』
異様な姿がそこにあった。
大排気量の大型単車。六気筒以上もの巨大エンジンを心臓の如く唸らせ、アスファルトを砕く勢いで駆けてくる。
その前頭部は槍のように鋭利。黒銀の鎧めいた色合いも相成り、さながら単騎で敵陣に突貫する狂騎兵を思わせる機体だった。
そこまでなら改造バイクにも見えるが――乗り手が、いない。
バイクは独りでにスロットルを噴かせ続け、どこからともなく咆哮を上げて爆走していた。
なるほど。
「おまえ、概念霊か」
途端に上がる人々の絶叫。歩行者天国が一瞬で地獄に変わる。
「うッ、うわぁああああーーーーッッッ! バイクが突っ込んでくるぞッ!」
「概念霊だっ、逃げろッ!」
「やめてっ、押さないでぇえーーー!?」
逃げ惑う一般人たち。
そんな彼らへと、はるか後方より「気を付けてくださいッ! 【バイク】の概念霊が逃走中ですッ!」と叫ぶ、エイに乗って飛ぶバンカラスーツの女性霊奏師の姿が。
あ~状況は把握した。狩りに行ったけど、スピードについていけなかったわけだ。
『ゲギャギャァァアアーーーッ!』
「じゃあ」
ハイテンションで駆けてるところ悪いが、
「霊奏師として仕事をしよう」
――特性はもはや全て見抜いた。疾風怒濤で突撃されるも、恐れる要素は何もない。
「八極拳『絡脚・鎖歩』」
交差の瞬間、タイヤの極一点に超高速の足払いをかけた。
たったそれだけで――バイクは空へと昇っていく。
直角90°、上に向かって駆けていく。
『ゲッ、ギャァアア~~~~~ッ!?』
「バイクの接地面積はごくわずか。二つのタイヤの、それぞれほんの一点のみだ。ゆえに少しエネルギーのベクトルを乱せば、そうなる」
バイクが危険な乗り物と揶揄される由縁だ。
要はエンジンの前後に二つタイヤをつけただけ。しかも自動車のように太くも重くもないため地面に吸い付きづらい。
それゆえトップスピードを出すほど事故率は跳ね上がる。さながら銃で
そのタイミングなら揚力によって足を潰されることもないため、一般人でも安全に暴走バイクを倒せるぞ。轢かれそうな時はやってみるといい。
「概念霊【バイク】。搭乗者がいないことが、おまえの弱点を際立たせたな?」
自動二輪は四輪に比べて小型で不安定だ。だからこそ、重石にして重心をコントロールする人間の存在が不可欠になってくる。
そして。
「どんなに速かろうが、浮いてしまえばおまえは無力だ」
『ギャゲェ~~ッ!?』
霊力解放。そして巫術発動【人形】。
糸操りの能力を得た俺は、宙で空回るだけのバイクに糸を伸ばし、
「頭が高いぞ。さっさと墜ちろ」
勢いよく地面に、叩き付けた。
『ギャゲァアァアァアッ!?』
霊から痛みの絶叫が上がる。
アスファルトが爆散して、単車の装甲が砕け散った。
はい終了っと。
『ゲギャッ、ゲェッ……!?』
「喚くな。そして許しなく見上げるな」
横転したまま視線らしき気を放つ【バイク】。
その顔面とおぼしきフロント部分を踏みつけ、メキッとへこませた。霊は『ギャァアアーーッ!?』と苦悶の叫びを張り上げた。喚くなと言ったはずだが。
「
『キャインッ!?』
なんか犬みたいに鳴いて黙った。
よし、だな。
「任務外のタダ働きだが、まぁ報奨金は出るか」
突発な霊との戦闘でも、人命救助に動いたならば一応金はもらえる。
それに概念霊を捕獲して売り渡せば、等級にもよるが百万単位で特別功労金が出る。
「今でははした金、だがな」
二周目の俺は【
さっそく例の金属使った概念霊装が注文されまくってたり、政府のほうで征服霊装戦機『ブラック・シップ』みたいな大型霊装兵器作る動きがあるみたいだしな。
でもまぁ貰えるものは貰っておこう。俺食費めっちゃかかるし。
「ともかく――無力化完了だ。おい、埼玉の霊奏師。支部に案内するついでに【バイク】を運べ」
付近まで来ていた女性霊奏師に声をかける。
だが、彼女は「あっ、あっ……!?」と震えたままだ。逃げ惑っていた一般人らも、似たような様子で固まっていた。
そして、
「そッ――空鳴カナタだぁああああーーーーッッッ!? うわぁああああーーーーーーっ!?」
……【バイク】突撃以上の悲鳴で、みんな騒ぎ出すのだった。
お、俺怖くないよぉ!?
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【Tips】
『実録! 嫁と姑の限界ド殺人デュエル ~あのときああしていれば……~』:
カナタが霊域内で出してあげた謎の本。【人形】たちがハラハラ読んでいた。
ソース不明だが実話と称し、ささいな諍いから流血殺人決闘沙汰となる嫁・姑のエピソードがいくつか収録されている。
諍いのきっかけの多くは、旦那が姑(母)に優しいこと。
または旦那が特殊な趣味を持ち、それを嫁が咎めたところで姑が「別にいいじゃない!」と庇い、亀裂が走っていく。
結局、二人は関係のない女同士。旦那(息子)という糸で繋がっているからこそ、旦那を引き金に争いは勃発するわけである。
ちなみに霊域内は霊奏師の魂魄内世界。
ゆえに再現できる本や映像は、霊奏師本人が目にしたものに限られる。
カナタは【人形】が読みたがるからわざわざ取り寄せて脳に入れてあげて、【一反木綿】の喜ぶ緊縛モノAVや【空砲】の好きな爆音デスメタルCDもわざわざ視聴してあげている。
霊たち「「「カナタしゅき!」」」
カナタの部屋を掃除に来たセツナさん「なんですかこの治安の悪い部屋ッ!?」
バイク:別名・二輪車。戦争をきっかけに発展したマシン。
要はエンジンに跨るだけという極めて簡素な作りをしており、オフロード用チューニングを施さなければ機動性・加速性以外は四輪自動車に劣る。また居住性は絶無で雨の日は地獄。
が、しかし。その代わりにコンパクトで、ほとんどの場合は車よりも安い。
そのため旦那が「まぁこれくらいイイか」と嫁に言わず買ってきて、姑が庇うことでデュエルのきっかけになることも。
【雪女】さん:霧雨セツナの憑霊。物語などが形となった伝承的概念霊。ずっといた。
氷の女という印象からとても色白で物静か。だが冷酷ということもなく、妖怪だとバレるまで夫と暮らしてきた伝承からお世話好きで、『内助の功』を体現したような献身的性質を持つ。
空鳴家の広い風呂も、実は彼女が掃除していた。
色白。物静か。献身的。家政婦属性。
それらの要素から「わたくしより男性ウケいいのでは……!?」とセツナはちょっぴり思っており、カナタの「【雪女】さんと仲良くしたい」発言でプキューッとなった。
雪女さん本人はあわあわしている。
【バイク】くん:バイクの概念霊らしく、疾走して騒がれてハイになってたら爆速で調教された。
ぶっ飛ばされたのに「頭が高い」と言われたり、地に伏せられたのに「見上げるな」と言われたり、もうバイクくんの心はボロボロ。
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