第51話 事務員「入社初日で上司口説いた!?」/腹見せ不可避、【バイク】くん!(ステータスあり)
はいやってきました霊奏機関・埼玉支部。
今日から俺の会社でございます。まさか生後十日で就職するとは……。
「そっ、空鳴カナタ殿! この度はよくぞおこしくださいましたッ!」
で、受付にて。事務員らが怯える中、俺はさっそく霊奏師の女性に敬礼されていた。
「ほほっ、本日は、私じきじきにカナタ殿のお相手を務めさせていただきまするであります……!」
ガチガチに固まってる霊奏師さん。
さっきのエイに乗ってた人だな。髪こそ茶色がかった黒のポニテで和っぽいが、目は綺麗な碧色だ。
霊奏師は霊力属性によって髪や瞳が不自然に色付いたりするんだが、この人のは自然的に感じるなぁ。異国の血が混ざってると見える。
「あっ、申し遅れました。私は支部長の吉田キルヒアイス・サチコ準壱號級霊奏師であります! よろしくお願いするでありますッ!」
おぉ~支部長さんだったか。
やっべ、俺ってば【バイク】くんを運んでおくよう命令しちゃったよ。
「それはそれは。支部長と知らず無礼な態度を」
「あっ、あっ、かしこまる必要はないでありますよ!? なにせカナタ殿は『特號級霊奏師』様でしょう。むしろこちらが頭を下げる立場でッ」
ペコペコペコッとキツツキみたいな正確さでお辞儀する吉田キルヒアイスさん。
なんとも真面目そうな女性だな。
「わかったよ。では吉田キルヒアイス支部長、さっそく仕事の話に移ろう」
「はッ。カナタ殿にはまず、いくつかの書類に記入とサインをしていただくであります」
何枚かの用紙を渡される。
プロフィール用紙に振込口座届出書に『私は問題起こしません』的な誓約書ね~。ほいほい。
学歴は子宮卒と……。
「それにしてもカナタ殿、先ほどは申し訳ありませんでした」
「ん?」
「逃走中の概念霊を制圧していただいたのにもかかわらず、思わずビビッてしまったであります。じかに感じるカナタ殿の霊気は凄まじく……」
あ~それは仕方ないな。
腹の中で鍛え過ぎたからね。人間が高エネルギー体を意識する理論で言えば、目の前に核爆弾あるみたいなもんだし。
「それにお顔が『男も女も漁色せしめよう』って感じの淫魔的暗黒イケメン美少女魔王で……!」
「誤解極まる」
何が『男も女も漁色せしめよう』だ。そんな気さらさらねえよ。前世含めて童貞だぞコラ。
「そんな気はないから安心しろ。手は出さんと誓ってやる」
「す、すみませんでありますっ。そうですよね……私みたいな女っ気のない女、範疇外ですよね……」
ってそういう意味じゃねえよ。
「あはは、軍人モドキ女って罵られたこともありますし……」
「勘違いするな。色事に興味はないと言いたいだけだ。それに吉田キルヒアイス、おまえは十分魅力的だろう」
「はいっ!?」
「容姿と第二苗字でわかる。旧ドイツ――グリムシュタイン大公国の者だろう。その霊奏騎士家の血を引く者として、幼い頃から激しく鍛えられたようだな」
――百年前の『第一次霊滅大戦』時。日独伊霊奏同盟を結んだ三国は、友好の証として霊奏師の家の者を嫁がせあった。
苗字が二つあるのはその時の名残だ。どちらの家に嫁ぐにせよ、名に片方の家名を残すことで、繋がりを忘れないようにするためのな。
「騎士家の子女らしいな。よく引き締まった身体付きだ。態度もまさに杓子定規を体現したかのよう。世の男が好むやわらかさとは程遠いな」
「うっ……」
「だがそこがいい」
「!?」
俺はいいと思うよ。女っ気が少ないのと魅力的じゃないのは違うと思うし。
「身体付きからは長年の研鑽とたゆまぬ努力が伝わってくる。態度からは真面目さと誠実さが伝わってくる。まさに、支部長という立場に見合った女性だ。おまえの下なら部下たちも安心して働けるだろう」
ちらりと、こちらを見ている事務員らに目を向ける。
彼らは俺に怯えると同時に、吉田キルヒアイスさんを案じていた。
「慕われているようだな」
よい信頼関係が築けてるんだろう。事務員には霊力なしも多く、彼らを見下す霊奏師とは冷え切った仲になっていることが多いからな。
吉田キルヒアイスさんが誠実に接している証拠だ。
「重ねて言おう。おまえはとても魅力的だ」
「カッ、カナタ殿!?」
勇気付けるために彼女の手を取る。
「罵る男がいたならば、それはそいつの趣味が悪いだけだ。自分ならそんな想いはさせんよ」
「はぅううっ……!?」
「吉田キルヒアイス。おまえは十分、愛でるに値する女だよ」
――そこまで言ったところで、事務員らが『やめろぉーーーっ!』と立ちはだかってきた。
え、なに!?
「し、支部長を毒牙にかけないでくださいっっっ!」
「馬鹿真面目だけどそこが可愛い人なんですっ! 食べないでください!」
「どうか吉田キルヒアイス支部長を、
何言ってるんだコイツら!?
◆ ◇ ◆
「ぁっ、そっ、それじゃあ、書類も出来たようですので、褒賞のお話を……!」
「ああ、うむ」
吉田キルヒアイスさんは真っ赤になっていた。
……どうやら口説かれていると勘違いしてしまったらしい……!
いや、違うからね? たしかに魅力的とか愛でるに値するとか言ったけど、それは『恋愛対象に見れる』って話であって、俺自身が恋愛しようとしてるわけじゃないからね……!?
「すまんな。もう少し言葉を選ぶべきだった。忘れてくれ」
「そそそっ、そうでありますな……! カナタ殿、婚約者がいるそうですので、秘密にするよう周囲にも言っておくであります……!」
「ああ」
「ひ、秘密の関係、でありますな……!」
失言を広めないでいてくれるようだ。
よし、だな。
「ごほんっ。では話を切り替えるであります。えー、霊力量から推定中級の概念霊を無力化したとして、カナタ殿には報奨金百万円が支給されるであります」
わぁい、牛丼いっぱい食べて帰ろ。
「また例の概念霊【バイク】を捕獲したとして、特別功労金三百万円を――」
とその時だった。ブゥンッブゥンッという音が響き、表に止まったトラックから、ボロボロの概念霊【バイク】が荷台より飛び出してきた!
そいつはよろよろと自動ドアをくぐり、支部の受付前に転がってきた。事務員らが恐怖の叫びをあげる。
「なっ、封印地まで送る予定だったのに! 拘束が緩かったでありますか……!?」
『キャィッ、キャィイイ……!』
力なく鳴く【バイク】くん。
むむむ? てっきり復讐戦でも挑みに来たのかと思ったが、なんか違うな?
『キャゥウッ……!』
俺の前に来るや、そいつはどてんっと縦にひっくり返った。
まさに、犬が腹を見せるようにだ。まさか。
『――カナタサマ~。コイツ、〝おみそれしました、特攻隊長!〟って言ってるよ~』
「【人形】」
胸元からもぞもぞと【人形】が出てきた。
ってマジかよ。俺に屈服したってことか?
「誰が特攻隊長かは知らんが……魂魄契約したい、ということでいいんだな?」
『キャンッ、キャンッ!』
犬のように鳴く【バイク】くん。
おぉ~本人がいいのなら。
「いいだろう。では霊力を味わってみろ」
バイクは風・火・雷属性あたりが好みか。
俺は手の内にそれら属性を混合させた霊力を出し、ガソリンタンクあたりに触れて注いでみた。すると、
『ギュァイイイイイイイイイイイイーーーーーーンッッッッ!!!♡』
『「んほぉおおおーーーーーーーー濃密しゅぎるぅうう~~~ッッッ! 絶対健康に悪いィイイイッ! この胃もたれするような超ドロドロ濃い味霊力はッ、もはやガソリンッッッ! 動力各部に染みわたりゅぅううう~~!♡」って言ってるヨー』
お気に召したようで何よりだ。……俺の霊力、濃すぎて健康に悪いことに定評があるな。
「んっ」
胸の奥、魂に何かが繋がる感覚が走る。
これは魂魄契約完了の証だな。【バイク】くんは霊力の粒子となって、俺の中に吸い込まれていった。
瞬間、手にした
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氏名:
年齢:0歳(聖暦2030年4月1日生まれ)
職業:霊奏師
所属:埼玉支部
階級:特號級
霊性:属性・火/水/土/風/雷 霊力量・EX 霊奏経絡量・EX
技量:巫術・C+ 付術・B 符術・C+ 負術・D+
憑霊:【人形】(上級霊)、【空砲】(上級霊)、【一反木綿】(上級霊)、【
備考:空鳴家(従三位)の第三子。素行注意。要殺処分検討対象。
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「おまえそんな機能まであるのか……」
ともかく五体目の概念霊、ゲットだな。
「すまんな支部長。概念霊だがこの通り契約してしまった」
「あっ、いえいえいえいえいえ! 今やカナタ殿は埼玉支部の貴重な戦力。強くなることに異存などないでありますっ」
吉田キルヒアイスさんは嬉しそうだった。
貴重な戦力か。あぁ~、埼玉の支部といえばアレだからな……。
「あはは……隣の東京に比べると、埼玉は地味でありますからなぁ。支部に属せば、その県に身を置かなければいけない都合上、所属してくれる霊奏師も限られてきますので……」
彼女はがっくりと肩を落とした。
霊奏師が少なければ任務も大変になる。霊奏師や概念霊の討伐数も落ちる。
独りで【バイク】を追って取り逃がしていた先ほどのように、市街地に被害が多くなれば、月一の『支部長会議』で冷ややかな目で見られてしまう。
霊奏機関支部は戦闘職の集まり。戦果を挙げてなんぼなわけだ。
「私が馬鹿にされるのはいいのであります。しかし、戦力不足で無辜の民草が傷付くのは耐えられませぬ。ゆえにカナタ殿、アナタが属してくださって本当に光栄であります!」
ビシッと再度敬礼をする吉田キルヒアイスさん。やっぱりこの人はいい女性だ。
……気になるところがあるとすれば、未来でその名を聞く機会がなかったことだがな。
準壱號級で支部長ともなれば、生きてたら名前を耳にすることもあるはずなんだがなぁ……。
「まぁこれからは頼るがいい。末永く支えてやると誓おう」
「はひっ……!」
よし、ご近所と違ってコミュニケーションできたな。
そうして(入社初日、さっそく上司と仲良くなれたぜ!)と思っていた時だ。
玄関の自動ドアが開き、霊奏師らが会話しながら入ってきた。
「聞いたか? あの不知火リルって亜人、犯罪奴隷堕ちしてオークションにかけられるとか」
「ああ。購入の要望を受けまくって今夜にでも開かれるらしいな」
「仕方ねえよ。誰だってあの女を調教したいはずさ。なにせオウマ様の栄光に泥を塗りかけたんだからな……!」
彼らは、そんな話をしていた。
そうか……彼女、犯罪奴隷処分になったか。
奴隷は生存権だけは確保される。ゆえに死刑や生きる権利さえ奪われた『八咫烏』行きよりはマシだが、それでも辛い判決だな。
霊奏師は人間兵器。暴走したなら重罰を与えなければいけないのは道理だが。
「あの女に、正義の鉄槌を下してやるッ!」
――は?
男の一人がそう言った。他の者たちも同意していた。
……被害者でもなければ、関係者でもない男らが、俺と命懸けで戦った女を「嬲る!」「わからせる!」と、正義面で喚いていた。
「おい」
気付けば、俺は声をかけていた。
「むっ、なんだ――って、空鳴カナタァッ!?」
「喚くな」
それよりも、
「オークションの場所と時間、三秒以内にさっさと吐け」
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【Tips】
子宮卒:カナタくんの最終学歴。
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