第52話 舞い降りる闇
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・前話、バイクくんゲットしたあたりにステータス追記しました(9/28 17:30分ごろ)
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――不知火リルにとって、この現実は罰だった。
「おい、商品番号十三番。出番だ」
「は、い」
仄暗いオークション会場の舞台裏。
職員に呼ばれ、リルは首元の鎖を引かれた。
「さっさと歩け。オウマ様を汚した恩知らずめ!」
「……」
罵倒を受けながら静かに歩く。徐々に光が近づいてくる。
辺りが照らされるほどに、リルは露わとなる自分の姿に失笑した。
「みにくい、の……」
実年齢は十二歳。だが人体実験じみた生まれを持つゆえ、五歳を過ぎたあたりから身体はほとんど成長せず、あばらが浮いてしまっている。
そんな誰も好まないような体躯を晒し者にするように、渡された衣装は襤褸薄布のキャミソールのみ。
あとは……喉を圧迫するほどに絞められた首輪と、そこから伸びる鎖だけか。
「あは、は。まるで、家畜以下、なの……」
「黙れッ」
職員にぶたれた。衝撃が走り、一瞬間を置いて頬が熱くなる。痛くなる。
「獣モドキが人語を喋るな。オウマ様の恩義に唾吐いた貴様は、生きているだけで大罪なのだぞ!?」
職員の瞳は正義に燃えていた。どこまでも自分が正しいと思っていた。
「……」
それにリルは何も言わない。
自分が相手の立場なら、同じように振る舞っただろうと思っているからだ。
「オウマ様こそ戦後ニホンの希望。彼が外敵に睨みを利かせ、祖国を盛り立ててくれているからこそ、強大な
「……わかってる、の。リルは、生きてちゃいけない、ゴミ、なの……」
「……チッ。だったら黙って罰を受けるんだな」
職員はそれきり黙った。粛々とオークションの輝く
そして――、
『さぁ~レディィス&ジェントルメェンッ! ワッチどもニホン奴隷協会が提供しゃんすは、本日もっとも目玉の商品ッ! 我らが伝説の英雄を穢した大罪人「犯罪奴隷リル」でありんす~~~ッ!』
不自然なほど美しい少女司会者が声を上げる。
瞬間――リルは、職員がまだ優しい人物だったと、知ることになる。
「死ねェェェェェェュゴミィイイイイイーーーーーーーーッッッ!」
「クズがッ! ダラズがッ! 罪人がァアアアーーーーーーッ!」
「なんでまだ生きてるんだッ! 悶死しろォオオッ!」
それは憎悪の大爆発だった。何千もの罵倒が響き渡った。
「っ……!?」
リルに降り注ぐ「くたばれ!」「死ね!」の大絶叫。
眼前の観客席には、霊奏師・黒服・一般人の富豪問わず、四桁単位の人間たちが詰めかけていた。
全員が、鬼のような形相を浮かべていた。
「俺たちの伝説を傷付けやがって! 殺してやるッ、ガキッ!」
空き缶を投げられた。リルの頭に、こつんっと当たった。
――それが引き金だった。
瞬間、暴発するように無数のゴミが投げつけられ、リルの視界は埋め尽くされる。
まさに滅多打ち。全身に様々なモノをぶつけられ、リルは一瞬で打ちのめされた。
絶え間ない衝撃が、何より本気の正義の怒りが、機関銃のようにリルを
「うっ、ぐぅっ……!?」
『おぉ~っと、お客様方やめておくんなましィ~~っ! あーお客様ぁーっ、あー!』
呻き、出血し、
その蛮行を止める者はいなかった。少女司会者こそ声を出しているが、その声音は適当なモノ。こうなることは予想しているようだった。
「死んで詫びろやッ、オラッ!」
そして、観客も最初からそのつもりだったのだろう。
持ち込んだと思しき石が投げられた。それが霊奏師としての力で投げられ、リルの頭部に当たった瞬間、血の花火が散った。
「うぎゃッ!?」
悲鳴を上げ、ついにリルはその場に伏した。
頭部からドクドクと流血が噴き出る。
もしかしたら頭蓋骨が砕けたのかもしれないが――どうでもよかった。
「ぁ、は、は……リル、やっと、死ねる……!」
痛みはむしろ救いだった。
……どうしてくだらない嫉妬心で、あんなに暴走してしまったのか。
……〝自分たちよりも『空鳴カナタ』のほうが、父親に構われている〟。
……そんな、そんなちっぽけなことで、殺意が抑えきれなくなってしまったのか。
決まっている。
「リル、が、亜人……だから、だね……」
――それは言うなれば
亜人とは概念霊の血を引く人間。
すなわち、〝自分を満たすために暴走する〟という、どうしようもない衝動を抱えてしまっているのだ。
ゆえに差別する者たちを恨むことはできない。自分は本当に、ゴミなのだから。
『おぉ~っと、困ったことに死にかけな様子! で・す・が、彼女は亜人! ちょっとやそっとじゃ死にしゃんせん! さらに彼女は【人狼】の血。月光を浴びせればすぐに治るでありんすよォっ! たとえ――どんな傷を与えたとしてもねぇ?』
会場の空気が、さらなる熱を孕む。
観客たちが一気に妄執したのだろう。目の前の女を『正義』の下、どのような目に合わせてやるか。
リルの鋭敏な鼻が、何千もの獣欲の臭気を嗅ぎ取った。
「ひっ、ぁあ……っ!?」
覚悟はしていた。
受け入れてもいた。
自分は愚かな罪人だ。どんな嗜虐も罰として喰らうつもりでいた。
それなのに、
「ブチ壊してやるッ……引き裂いてやる……!」
現実で向けられる眼光は、空想よりもずっと生々しく、荒々しかった。
『さぁ~会場の空気は最高潮ッ! ワッチも興奮してまいりましたァ! では、オークションに移りましょォう! 開始金額は三千万円! ハイスタートォッ!』
通常の奴隷の三倍の額。が、観客たちは臆することなく値を上げていった。
口々に吠える。「四千万ッ」「五千万ッ」と、数秒の内に莫大な額に突入していく。
誰もが……リルを絶対に壊すという、燃えるような情念を放ちながら。
「あっ、ぁあぁっ……!」
自分はどうなってしまうのだろう……。
覚悟したつもりだった幼いリルは、ここでようやく、恐ろしい現実を自覚していった。
額はついに億に達する。向けられる獣欲が加速していく。
「や、だぁ……っ」
助けてと――そう呟きそうになって、ハッと気付いた。
自分を助けてくれる者など、
〝……誰も、いない、の……〟
兄ロウガは死罪人部隊に入れられた。
執事タナカは借金を抱えている。
父オウマには断罪を受けた。
排他的なリルの人間関係は、そこまでだった。
「あぁ、あぁぁ……」
自分はひとりぼっちなんだ。
そう自覚した時――真の絶望がリルを襲った。
友どころか知り合いすら作らず、周囲を廃絶してきた末路を、リルは思い知らされることになった。
そして、
『――五億ッ! 出ましたァ五億ッ! 北条家より五億円で落札希望が出ましたよォ~~~ッ!? さぁ他にいなければ、これで決着でございます!』
ついにリルの運命は決まった。
北条家といえばオウマシンパの中でも過激派。古くからニホンに根差す家であるがゆえ、最も協力的であり、最もオウマを推している者らだ。
視線を向ければ、北条家の女当主は一際の激情をリルに向けていた。
「うぅ、ぅううぅ……」
血だまりの中で、独り、泣き啜る。
無意味に。無様に。千を超える欲に晒されながら。
『さぁさぁいませんか!? いませんねッ!? それでは五億にて、決着を!』
運命が決まる瞬間、リルは泣きながら口を開く。
味方なんていない。
誰も聞いてくれるわけがない。
そうわかっていながらも、一言。
「たすけて……!」
そう呟いた、その瞬間――、
「ああ、聞き届けた」
会場の扉が爆散する。そしてブォオオオオオオーーーーーーーーンッッッと轟音を上げ、異様極まる黒銀のバイクが突撃してきた。
『なんだぎゃッ!?』
司会者が喚く中、バイクは閃光の尾を引きながら観客席を駆け下り、リルの前でスピンターンを決めて止まった。
まるでリルを庇うような位置。正義に燃える観客らの眼光より、闇が優しくリルを包んだ。
「大丈夫か、リル」
「あっ……!」
バイクが霊子となっていく。そして降り立った乗り手の姿に、リルは瞠目する。
「空鳴、カナタ……!?」
「ああ」
――白髪を靡かせた
リルの運命を狂わせた男が、そこにいた。
「十億出そう。この女は、空鳴カナタが買い取った」
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【Tips】
『ニホン奴隷協会』:江戸時代より奴隷の管理・販売を一身に担う組織。
現会長は『特號級霊奏師・木下ミリア』。司会の人。好きな食べ物は豆味噌。
前身はニホン公的遊郭機関『吉原』。天下人・豊臣ヒデヨシが設立した大買春街である。
このときヒデヨシは、西十字教のニホン人奴隷化活動に苦慮していた。異国に次々と貧困者が買われていく現状は、欲深いヒデヨシにとって人という資源を食い荒らされているようで堪らなかった。
取り締まりは搔い潜られる一方。そこで発想を転換して〝外人よりも高く奴隷を買えばいい〟と思いつき、当時の幕府の国庫をひっ迫させることになってでも、吉原を基地に奴隷を回収することに。
その無理もあって天下人争いを徳川家に征されるも、国民保護の功績を認められて斬首を回避。
その後、家名を奪われて木下家に改名されるも、いつかの返り咲きを夢見て『ニホン奴隷協会』を設立。今に至る。
この組織を通じて奴隷を手に入れることだけが合法であり、別ルートで仕入れた奴隷は『違法奴隷』と呼ばれ、処罰の対象となる。
なお奴隷にも扱いのランクが存在。
人権は停止して国民としての氏名は奪われるも、一種の動物として『生存権』『尊厳権』は保障され、虐待から守られるケースはある。
借金奴隷――借金のカタに協会に自身を売り払い、金を作るしかなくなった者。生存権および尊厳権が保証され、購入者は不当に借金奴隷を傷付ける真似は許されない。
犯罪奴隷――死罪とまでは行かないが、重罪を犯した者。生存権のみが保証され、以後三年間は生存確認が行われる。その間、病死・事故死・老衰死以外を迎えた場合は、購入者に管理責任が問われる。だが死んでいない限りは何も問題視されない。
死罪奴隷――〝死に等しき罰で贖うしかない〟と判断された者。生存権すら奪われ、生体実験や年間死傷率八割の『八咫烏』で運用される。
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