第53話 【絶し夜咲く月万魔殿】
――オークション会場は吉原地下にあった。
そこから出た俺を、猥雑な桃色のネオン街が出迎える。
「はぁ……(0歳で風俗街デビューとはな)」
立ち並ぶピンク看板の数々。
それらに辟易して空を見上げる。ちょうど夕日が完全に沈み、月が顔を出した頃だった。
で。
「うぅっ、ううぅぅぅぅうぅッ……!」
俺を殺さんとしてきた銀髪犬耳少女・リル。
そんな彼女は今、俺に横抱きにされて泣き震えていた。
もはや無力な幼稚園児にしか見えんな。
「いたかった、よぉ……! こわ、かった、よぉ……っ!」
「そうか」
ビルの間から射す月光が、震えるリルを慰めるように治癒していく。
「すまんな。オークションの参加資格を得るのに手間取った」
リルが嬲り者にされようとしていたのを知った後。
俺は奴隷オークションの参加資格を得るために、木下家本家が支配する大阪まで【バイク】をぶっ飛ばしていた。
「木下家め。強欲で様々な商売に手をつける割に、妙なところで律儀なのが困る」
木下家が主催する『ニホン奴隷協会』。そのオークションに参加するには条件がある。
それは本家の者と直接会って面談し、協議の末に参加を認められなくちゃいけないってことだ。
「ペットの譲渡会と同じだな……」
かの『ニホン奴隷協会』は命を売り買いする組織。
だが同時に、奴隷の管理・保護も仕事の一つにある。
奴隷を買っては殺すようなヤバ客を弾くために、努力はしてるってわけだ。
ちなみに……バケモノ扱いの俺は弾かれるかと覚悟したが、なにやらオッケーを貰ってしまった。
俺の資金力に目が眩んだか、あるいはあの男が――、
「ぅう、なん、で……?」
「んん?」
思考を回していると、リルが濡れた声音で問いかけてきた。
「リル、ぁ、あなたのこと、殺そうとしたのに……!」
「ああ」
それはそうだな。
「なのに、なんで助けてくれたの……? リル、もう、だれもたすけてくれないと、思ってた、のに……!」
再び涙してしまう彼女。その目は、深い後悔に染まっていた。
「リル……みんなみんな、嫌いだった……っ! みんな、心の中でリルたちを馬鹿にしてるか、オウマさまの娘だから話しかけるだけで、そんなやつらがいやで、拒んで馬鹿にしてたっ……!」
兄のロウガも同じことを言っていたな。
あぁそうか……リルは今回の一件で、その対応の末路を知ったわけか。
「勉強になったな。周囲に媚びろとは言わんが、害意だけを振りまいていれば、最期は当然、孤独になる」
一周目の世界では、そんな生き方でも銀狼兄妹は生きてこられた。
理由は一つ。それはたまたま、まだ転んでいないだけだからだ。
「周囲の返しは健常な時にやってこない。敗北・病気・失態・誤報。それらによって弱った時こそ、トドメを刺すべく押し寄せてくる」
「っ」
「おまえを嬲らんとしていた者たち。奴らの狂乱ぶりは、ただ『オウマ様が大好きだから』だけじゃあない。おまえの印象が
「!?」
ゆえに、一周目の世界でも未来はわからない。
あの性格の兄妹だ。俺の時のように、どこかで暴発して――それで人生終了だったかもしれないな。
「まぁ要するにだ。みんな、おまえを殴りたかったんだよ。死んでほしいと思われていたんだ」
「ぅぁ!? あぁあぁぅぅうっ……!」
ははっ。色々ショックで顔めちゃくちゃだな。
だが、最後にこれだけ言っておこう。
「そうだなぁ。もしもおまえが不器用にでも、周囲と付き合えていたならば。そうしたら――責められるのはこの『空鳴カナタ』になっていただろうな。〝おまえがオウマ様の姫を洗脳したな!?〟と罵られてな」
思わず小さく笑ってしまう。
今までの流れから容易に展開がイメージできるよ。かなしい……!
「うぅ……じゃあ、なおさら、なんで、なの……?」
完全に打ちのめされた状態のリルが、俺を見上げてくる。
「馬鹿なリルを、なんでアナタは、助けてくれたの……? リルは、暴走して、アナタを……!」
「は」
決まっている。
「おまえを倒したのは、この空鳴カナタだ。嬲る権利は
「ッ!?」
当たり前だろうが。
この女と正面から殺し合い、地に押し倒したのは俺だぞ?
それをなにゆえ他人が食い荒らそうとしているのか。
「馬鹿とか暴走とかどうでもいい。あの日、おまえは俺に本気で挑んだ。それは真実だろう?」
「う、うん」
「そして俺も本気で討った。本気で命を交えたんだ。ゆえに決着は、俺たちだけのモノだろうが」
だというのに、
「それを他人が土足で踏み込み、おまえを嬲ろうとしているだと? ――ふざけるなよ」
返す返すも、腹が立つ。
霊奏機関支部でリルを略奪せんと画策していた者たち。
観客席で雁首揃え、命も懸けずに罵声と石を投げかけていた者たち。
どれも総じて、気に入らん。
「ゆえにおまえを、
「!」
月光の下、抱き抱えたリルに顔を近づけ、宣誓する。
「誰にも手出しはさせないさ。おまえは永劫、俺の
「はぅっ!?」
はは……聞いて呆れる宣言をしてしまったな。
相手は年頃の少女だ。自分勝手で暴力的で、きっと最低な言葉だと思っているだろうな。
「嫌だったか、リルよ?」
「は、は、はひっ……!? いえッ、いえいえいえいえいえ……っ!」
リルはプルプルしながら首を横に振った。
ウゥンこれはビビられてるなぁ俺。反省せねば。
「ぁ、あには馬鹿にしたけど、やっぱり少女マンガは現実だったんだ……!」
「少女マンガ? 何の話をしてるかは知らんが、出来る限り優しくすると誓おう」
「やさしくっ!?」
彼女は「はわぁっ!?」とか鳴きながら、さらにプルプルプルプルッと震えた。
ずいぶん血を出してたし、出血性ショックかな?
この震え方は低酸素脳症起こしてるから、もうダメそう。
佐藤くんもこんなんだったよ~(佐藤くん:共に【流血】の概念霊に挑んだ元後輩。一般家庭出の霊奏師。実家は貧乏で弟が多く、そんな彼らを大学まで行かせるために奮闘していた好青年。霊力は低いが日々修行しており、よく擦り傷を作っては『これは努力の証なんですっ』と語っていた。だが【流血】の概念霊は出血を加速させる能力があり、佐藤くんは全身の
「リルよ、飼い主として逝かせてやろう……(佐藤くんみたいに苦しめないからね!)」
「イかせてっ!?」
かくしてリル子を殺そうとしていた時だ。
地下オークションのほうから、「認められませんわッ!」と声が響いた。
「空鳴カナタッ! よくもその罪人の娘を奪いましたわね!?」
出てきたのは貴意の高そうな金髪女性だった。
おぉ。この人のことは知ってるぞ。
「北条家の女当主、北条キララ」
「へえ、知ってますのねぇ」
「ああ。準壱號級霊奏師だったか?」
「ってまだ弐號級ですわよッ! 挑発してますの!?」
「え、すまん」
未来では準壱號級だったからな。間違えてしまった。
◆ ◇ ◆
「きぃいいいいいいいい~~~~~~ッッッ! わたくしが名家北条の当主なのに、弐號級なことを馬鹿にしてますのね~~~~~!?」
目の前で喚くキララ準壱號級……じゃなくて弐號級霊奏師。
まぁ当主としては低い方だな。ミチタカ父さんも同じだけど、あの人は地方の家だからね。
「昔はウジマロ率いる五大院家とも張り合えてましたのに……本当に邪悪な男っ。罪人の娘をわたくしから奪ったのも頷けますわねッ」
睨みつけてくる彼女に、リルがひしっと俺に抱き着いてきた。
「こ、こいつ、リルを買おうとしてた女……!」
「あぁ」
俺が乗り込む直前、五億出してたヤツか。
「そんな女が何の用だ。おまえ、俺が十億をベットした後に声を上げなかっただろう」
「うぐぐっ……!」
キララさんは悔しそうに唸った。
だがすぐに、「うるさいですわうるさいですわ!」と喚いてきた。元気だね。
「アナタたちの会話は聞いていましたわ。そのリルって亜人を守るぅ!? ふざけないでくださいましッ。そいつは我らがオウマ様を穢した者として、全身グチャグチャにしなければ気が済みませんわッ!」
――あ?
「聞いていたなら……わからないか? コレは、俺の獲物だぞ……? 戦ってもいない女が、なぜ奪おうとしてくるんだ……?」
「っっ、ふんっ! アナタはどうせ悪人らしく、その罪人とつるんでニホン征服を狙うつもりでしょう!?」
狙わねえよ。
「そんな目的に使われるくらいなら! 正義の心を持つわたくしが嬲ってネットに晒し上げてッ、オウマ様に逆らったらどうなるかを世間に広めるほうが有意義でしょうッ! ――そうですわよね、みなさん!?」
『オォオオオオーーッ!』
キララの言葉に応え、何十人かの者たちが地下より続いて現れた。
……全員が
「決めましたわ。わたくしたち四十七名、アナタに決闘を挑みます!」
「ほぉ」
――決闘。それは古くからニホンに生きる紛争解決法の一つだ。
「こちら側の要求は一つ。わたくしたちが勝ったら、その女を引き渡してもらうことですわ。そちらが勝ったら、まぁ好きにすればいいでしょう」
「自信があるな。いいだろう、受けてやろう」
そう言った瞬間、キララがニッと笑った。
「言いましたわね! 決闘法においては、お互いが闘争を同意した瞬間、すぐさまその場で始めることがルールになってますわ。特定の場所に呼び出して罠を張ったりしないためですわね~」
「だからなんだ?」
「くふふふぅ。わかりませんの? ここはネオン街、多くの人と店舗が存在する場所です。こんなところでは、あの『業魔絶鋼・地獄鳥』とかいう頭のおかしい武装は使えませんわよね!?」
あぁ、そういうことか。
俺は腰に謎パワーでくっついたアタッシュケースを見た。これの脅威をよく知った上で、封じるためにこの場で決闘を挑んできたらしい。
勢い任せに見えてクレバーじゃないか。
「【人狼】のリル……! その女は、かならずわたくしが嬲りますわァ……!」
キララの殺意に応えるように、霊奏師らが円を作るように俺を取り囲んでいく。
派手なストレートは封じられたジャブだけの戦い。それは向こうも同じだろうが、相手は四十七人だ。
一斉にそれだけの手数で攻めれば勝てると信じているわけか。
「霊奏師同士の決闘では、命を奪うことだけは禁じられていますわ。国力が下がってしまいますものね。あぁ、せっかく空鳴カナタを殺す機会なのに、残念ですわァ~ッ!」
「そうかよ」
適当に答えつつ、俺はリルのほうを見た。
彼女はとてつもなく申し訳なさそうな顔をしていた。
「どうしたリル?」
「ぅっ、だ、だってリル、アナタにまで迷惑かけちゃった……!」
おいおい、また涙目になってるぞ。
「オウマさまにも、すごく、迷惑かけちゃったのに……なのに……っ」
「泣くな」
俺は彼女の涙を拭い去り、そして。
「言っただろう? 必ずおまえを守り抜くと」
「あっ……!」
「そもそもこの程度、迷惑にもならんよ。おまえを奴隷堕ちさせた男は、そんなに弱かったか?」
俺はモブ雑魚だ。才能ナシで終わった男だ。
だが、『二周目の空鳴カナタ』は……腹の中で鍛え上げたこの身体は、ちと強いぞ?
「よ、弱くないっ……! カ、カナタさまは、つよいっ!」
「はははっ、そうか。カナタさまか」
舌ったらずな様付けに笑ってしまう。
まさかこんなちっちゃな子からそんな風に呼ばれる日が来るとは。
俺に嫁さんがいたら『この異常性愛者ァ!』と激怒されること不可避だなぁ。
セツナさんは偽物嫁だからいいけど。
「ッ――わたくしたちが、迷惑にもならないですってぇ……!?」
北条キララは怒りに震えていた。
他の者たちも同じだ。全員が武器を、概念霊を構え、殺意を限界まで滾らせる。
「いいなぁ」
ロウガにキレて以来の気分だ。目の前の連中が気に食わないのに、それを暴行できることにワクワクしている。
「おまえたちを倒す手段はいくつでもある。いくつでもある、が」
俺はリルを一瞬を見て、思いついた。
「キララよ。おまえが決闘法の知識をひけらかした様に、俺は奴隷法を教えてやろう」
「な、なんですのっ!?」
「人権を奪われた奴隷は、法に基づけば、犬と同じく所有物の一種となる。決闘に使ったところで問題ないんだよ」
だから――。
「なぁリルよ。おまえをボロボロにしたこの連中、思いっきりボコボコにしたくないか?」
「えっ」
戸惑う彼女。俺は、そんなリルに――大量の呪符をこそっと渡した。
「せっかくの決闘だ。広く使おう。おまえなら、窮屈な舞台をなかったことに出来るだろう?」
「って、あ――!」
彼女は意図に気付いたようだ。そこでキララは「いつまでもグチグチと!」と喚いた。
「御託は結構です。さぁみなさんッ、正義の下に、この空鳴カナタを潰しますわよォーーーッ!」
『ウオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーッッッ!!!』
襲い掛かってくる霊奏師たち。
そんな彼らを前にリルは、絶望するだけだった彼女は、希望と闘志を滾らせた。
「うんっ、やるよカナタさま! リル、カナタさまとこいつらぶっ飛ばす!」
「あぁ、その意気だ!」
そしてリルは大量の呪符をバラ撒いた。
それを見たキララが「あッッッ、これって!?」と今さら戸惑って足を止めかけるが、もう遅い。
「さぁリルッ、俺のために夜を捧げろ!」
「はい! 符術天蓋――闇に染まれ、【絶し夜咲く月万魔殿】――!」
かくして生まれる紅月異界。
狭いネオン街から空間が切り替わり、俺たちは血色の月夜と白百合の絶園に召喚された。
「あわっ、そそっ、そんなぁですわぁあああ~~~~~~っ!?」
怯えるキララや霊奏師たち。さぁて、
「じゃあ、本気で行かせてもらうぞ?」
そこからの結末は、語るまでもないだろう。
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※このあと滅茶苦茶ボコボコにした!
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