第54話 地獄地獄地獄!!!!ロウガくん!


 ――東京都千代田区、『総帥官邸』。


 代々の霊奏機関総帥が日常生活を行ってきた住居である。

 石造りとガラス張りの和洋混在となった大屋敷であり、国外の高名な霊奏関係者らを接待する役割も持っているため、内部には内庭に面したパーティ会場も設けられている。


 そして今宵。鮮やかなシャンデリア輝く会場には、無数の席と純白のクロスがかかった丸テーブルと、あちこちに配置された美食の数々が存在。

 オウマを始めとした数十名の者たちが、パーティ開始の時を待っているのだが――、



「あぁ、カナタ様には感謝せねば……! またシャバの美味い飯を食えるなんて……!」


「しかも地下牢じゃなくて、こんなに広い場所でっ! 久々に自由になったみたい……!」


「そうだな。カナタ様に比べて、オウマという男は……!」



 会場の空気は……地獄と化していた。

 今宵の賓客らは、オウマ直属の死罪人部隊『八咫烏』六十四名である。


 その全員が壱號級霊奏師に値するほどの大凶悪集団。

 〝ただ殺すのは惜しい〟と不知火オウマに断じられ、全身に爆弾を仕掛けられた上で、日々過酷な任務を割り振られていた。


 その年間死傷率は約八割。しかして生き残ったところで報酬はなく、暗い地下牢に戻されるだけの生涯である。


 それゆえ、オウマへの恨みは骨髄に達していた。



「オウマ……死ねぇ……ッ!」

「正義ぶるなよカスが……! 貴様こそ、俺たちを使い潰す人でなしだろうが……!」

「いつか復讐してやる復讐してやる復讐してやる……!」



 会場の最奥。

 上座にて、誰かを待つように丸テーブル前で座しているオウマに、数多の殺意が突き刺さる。

 上級霊奏師らの放つ怨念だ。常人が直接向けられたならば魂が砕け、廃人になっても不思議はないだろう。吹き荒れる憎悪の霊子に、空気が黒く染まりゆく。

 部屋の隅では臨時の使用人らが顔を蒼くしていた。


 そんな中。



「や、やめろぉー! ボスを責めるンじゃねぇッ!」



 一人、オウマを庇う青年がいた。


 亜人・ロウガだ。現在は人権と名を奪われ、『罪人番号・ロの五八』となった男である。愛称はゴーヤ。



「オメェら逆恨みはやめろやッ! このクソ罪人共がよっ!」


「おまえもクソ罪人じゃねぇかよ馬鹿犬……」


「アァッ!? 誰が言いやがった!?」



 熱烈なオウマ信者であるロウガ。そんな彼にとって、オウマを憎む『八咫烏』は敵のアジトにも等しかった。



「このゴミ共ッ、ボスは素晴らしい人なんだよ! 日々身を粉にして、霊奏師に修行付けたり、難しい会議や書類仕事したり……!」


「ふわふわすぎんだろ。あんまオウマのこと知らないんじゃね?」


「アァァアァッ!? 知ってるに決まってんだろうがッ! オレ様は家族だぞォッ!?」


「もう家族じゃねえだろー」


「誰が言った殺すぞッッッ!?」



 嘲笑され、小馬鹿にされるロウガ。

 彼はその苛烈な性格から、オウマへの悪口全てに反応し続け、加入二日で『八咫烏』ほぼ全員を敵に回していた。

 もはや一種の才能である。



「オウマ総帥はッ、父上は本当に素晴らしい人で……!」



 と、その時だった。



「貴様」



 黙していたオウマが、喚くロウガへと声を掛けた。



「っ!? ボ、ボス!」



 てっきりお褒めの言葉でもいただけるのかと思ったが、しかし。



「『八咫烏』らの罵倒を、妨げるな」


「!?」



 言外に――余計なお世話だと言われた。



「え、えぇぇえ……?」



 意味がわからない。意味がわからない。意味がわからない。

 庇われたら嬉しいのではないのか?

 罵倒や殺意を、まさか求めているわけがないのに。



「ぁ、あの、が、我慢、せずとも」


「まったく……空鳴カナタめ」


「!?」



 ロウガの言葉に被さるように、父オウマは『あの男』の名を呟いた。



「そろそろ時間だが、まだ顔を見せないか」


「あっ、あぁぁぁぁ……!?」



 まただ。

 また、父の関心を空鳴カナタに奪われた。



「ちち、うえぇえ……!?」



 ショックで脳が痛くなる。

 これはなんだ。脳出血でも起きているのか。

 自分は強靭な【人狼】なのに。夜は特に回復力が上がるのに。

 カナタを想う父親の姿に、痛みは激しくなる一方だった。



「ぁっ、あの野郎は、こんなっ、父上を『八咫烏』の晒し者にするような、最悪のパーティを開いたのに……なんで……!」



 その上、最悪の別れ方をした自分を、オウマにいきなり引き合わせた。



〝オレが内心、気まずさでいっぱいになるのを読んでのことだ! カナタの野郎は、鬼畜だ!〟



 なんて邪悪極まるのか。

 ああ父上、怒り狂ってもいいはずなのに。

 ああ父上、憎むべきが普通のはずなのに。



「なんで、平然と……!」



 そう問うロウガに、オウマは何も答えず――、



「フッ……」


「!?」



 と、小さく微笑を浮かべるのだった。


 意味が分からない……意味が分からないのに。

 空鳴カナタは、仏頂面の父親を、またも微笑ませてみせたのだ。



「あっ、あッ、ぁああああああぁあ~~~~ッ!」



 そして、ロウガは逃げ出した。



「なンだよッ! 何なんだよ父上ぇ~~~~~~~ッッッ!」



 駆けるロウガ。痛む頭を抑えながら、出入り口の扉に向かっていった。

 そして扉に手をかけようとした、そのタイミングで。扉がちょうどよく開いた。



「うぎゃっ!?」



 結果、迎え撃たれるように扉と激突。

 ロウガはその場にひっくり返った。



「ぁっ、ロウガ坊ちゃま……!?」



 扉から出てきたのは老執事タナカだ。

 彼は咄嗟に抱き起そうとするも、今のロウガは重罪人『八咫烏』の身。


 他の使用人らもいる手前、温情をかけることはオウマへの批判に繋がると気付き、手を止めた。



「っ……『罪人番号・ロの五八』様。扉の前では、ご注意を」


「タナカァ……!?」


「それよりも――オウマ様。空鳴カナタ様がご到着されました」



 ロウガより視線を切るタナカ。

 それが亜人の青年には、彼にも見捨てられてしまったように見えた。



「む、そうか。さっさと招くがいい」


「は。ただ、来たのはカナタ様お一人ではなく……」



 何とも言えない顔で老執事は退いた。


 そして露わになる扉の向こう。へたり込んでいるロウガは、その向こうに広がる光景に絶句する。



「あっ、ああぁあぁぁぁ……!?」



 そこには空鳴カナタと、大量の酒瓶を持った霊奏師たちがいた。


 完全に空鳴カナタが率いている状態だ。

 気まずげな顔をしているが間違いない。不知火オウマを裏切り、カナタのシンパになってしまったのだろう。

 その筆頭がオウマ信者の北条キララ(涙目)であることに、ロウガは「なんでッ!?」と呻き、そしてハッと思い至る。



〝オ、オレ様のせいなのか……ッ!? オレ様が、父上の威光を穢したから、こんなことに……!?〟



 改めてなんてことをしてしまったのか……!


 ロウガの精神がさらに曇った。自分のせいで、こんなに大量の裏切り者を出してしまったのだと。


 そして、



「あ、あにだ」


「!?」



 霊奏師の群れからひょこっと、犬耳銀髪の無表情少女が顔を出した。

 可愛らしいメイド服を纏った彼女。その顔を、見間違えるはずがない……!



「リ、リル……!?」


「ん。ひさしぶりなの、あに」



 無感情にそう言ったのは、奴隷堕ちしたという妹・リルだった。

 それから彼女はとてとてと。小さな足で前に出てきて……、



「ん、カナタさま……すりすり……♡」


「リルッッッ!?!?!?!?」



 先頭に立つ男――空鳴カナタに抱き着き、胸板に顔をすり寄せたのだ……!



「おまっ、おま、そんなクソ野郎に、何やって……!?」


「カナタさまは、クソ野郎じゃない」



 冷たい声が帰ってきた。

 へたり込んでいるロウガに対し、実の妹は、見下すような視線を放ってきた。



「カナタさまは、リルをたすけてくれたの……! 悪い人かもしれない。でも、カナタさまはリルにこわいこともきもちわるいこともしようとしない。一生自分のモノって言ってくれて、守るって言ってくれて、すごくすごく刺激的に、一緒にムカつく連中をぶっ飛ばさせてくれたの……! 楽しかったの……っ!」


「リル……!?」



 無感動な妹がここまで話すのを初めて聞いた。


 ロウガとて兄である。妹リルを気遣い、様々な遊びに誘うなどした。

 だがこんなに満たされているリルを見るのは、初めてだった。



「あっ、あっ、ああぁぁぁあぁ~~~……!?」



 頭が痛くなる。もう、激痛が止まらない。

 そんなロウガにトドメを刺すように――、



「ロウガよ」


「!?」



 空鳴カナタに、声を掛けられた。



「すまんがどいてくれないか?」


「な、なんだとテメェ?」


「今から、リル父親オウマと、話をするからなぁ」


「ファアッ!?!?!?」



 奪われた――目の前の男に、全てを奪われた……!


 魂が抜け、真っ白になるロウガ。

 そんな彼とは反対に、一連の光景に『八咫烏』らは興奮した。



「おッ、オオォォオオッ、あれがカナタ様……あれが真の邪悪……ッ!」

「邪悪極まり過ぎている……ッ! シイナ副隊長が狂わされるわけだ……ッ!」

「あの方に比べたら、我らは小悪党だったのだぁ……!」



 カナタが歩き出す。

 それと同時に凶悪な『八咫烏』らが背を正し、目礼し、『王の道』を作り上げた。


 老執事タナカもまた、「リルお嬢様をお救い下さり、ありがとうございます……ッ!」とまるで彼の使用人のように礼を執っていた。

 ロウガの知り合い全員が、カナタを敬愛しているように思えた。



「タナカぁ、リルぅ、父上ぇ……!?」



 ぽろぽろと涙するロウガ。

 彼は心底、後悔した。空鳴カナタという邪悪に喧嘩を売ってしまった愚かさを。



「ああ、ロウガ」


「え……?」



 そして。



「会場から逃げようとしていたようだが、駄目だぞ。隅のほうでもいいから、いろ」


「!?!?!?!?」



 ――あまりにも邪悪すぎている。


 この現実から逃げることすら許可しない鬼畜さに、ロウガは倒れそうになり、『八咫烏』は「ウォオオオオオオオオオーーーーーーーッッッ!?」と喝采を上げるのだった。



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【Tips】


ふわふわカナタくんの思考:

「北条キララたちへの罰ゲーム? う~んあんま酷いのはダメだからね。あ、そうだ! 今からオウマ総帥のとこ行くから、みんなでお酒届けてよ! 『八咫烏』の人たち、飲酒なんて許されてないだろうからね。きっといっぱい飲むだろうから、運んでね! へへっ、余裕な罰ゲームでしょ! 俺優しい!」


→運んでくるのを見ていた一般人や使用人たち「うわぁ、カナタの手下になってるよ……! 写真撮ってネットにあげよ」



「あ、ロウガくんが逃げようとしてる! きっとお父さんと気まずくなっちゃったんだね……。でもダメだよっ。せっかくの機会なんだから、お話しないと! へへっ、俺優しい!」


→見ていて白目になった『八咫烏』シイナさん

「あああああああああああああああああああああああああああああああ邪悪アアアアアーーーーーーーーーーッッッッ!?!?!??!!?!?!?!?!?(※全ての語彙を失って失神)」

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