第5話 みんなから慕われるぞ~!/殺処分検討対象『空鳴カナタ』




 肉体が強ければ魂も強くなる。

 そして強い魂を持つ者は稀に、『霊力』という力を放出できるようになる。


 霊力。それは魂という名の太陽から溢れた、光熱エネルギーのようなものだ。


 いわば生きる意志そのもの。生命エネルギーと言い換えてもいい。


 それを体内に巡らせることで、巡った個所は盛んに動くようになり、一時的な身体強化が出来るようになるわけだ。



「で、だ。霊力を効率よく全身に走らせるために、平安時代の大先輩霊奏師・安倍セイメイさんがあることを思い付いた。それが『霊奏経絡』の構築だ」



 俺は概念霊トリオに詳しく説明していた。時間は腐るほどあるし、コイツらにはそろそろ知的になってもらわないと困るからね。


 あっこら【一反木綿】、勝手に俺の脳内から緊縛責めエロ同人を実体化させるな。読むな。興奮するな話聞け。



「……霊奏経絡の話に戻るぞ。霊力を肉体各部に届けやすくするため、この魂という動力部から、非実体の導線を引いていくんだよ。その導線こそが霊奏経絡だ」



 ウィンドウを表示してわかりやすくしてやる。


 えーと、魂が『在る』と思う場所は人によって違うけど、俺は心臓にあると認識してるのね。


 で、そこから第二の血管を引くように……あっこら【空砲】、漫画のロシアンルーレットシーンだけ抜粋するな。興奮するな。え、【空砲】的にはロシアンルーレットってエロシーンなの? きっしょ……。



「……とにかくだ。霊奏経絡を巡らせれば、霊力の伝達が効率的になる。あとそれだけじゃない。霊奏経絡も魂の一部みたいなもんだからな。構築するほどに魂の質量も大きくなり、霊力の生産量が上がるんだよ」



 説明はこんなところだ。世の中なんでも〝あるほどいい〟ってな。



「ただし、『幽想肉変』と同じく、『経絡構築』も大人になってからは難しい。魂の形が決まってしまうからなぁ……」



 めちゃ難しい修行だよ。

 霊域内部にて集中して、脳裏に魂と肉体を思い描いて、ウンヌヌヌヌヌヌッと唸りながら、魂より経絡が肉体に伸びていくイメージをしまくるんだが……これがぜんっぜん伸びない。

 数時間やって、一ミリちょろっと伸びればいい程度?


 そんな修行だ。経絡が少なかったり短いままでオトナになったヤツは、筋肉鍛えたほうが効率的だと考える者も多い。



「さて、そこで俺だ」



 絶賛胎児状態の俺だ。おかげで肉体の方はイジりまくれた。



「魂の形はどれくらいイジれるのか……やってみないとわからんな」



 果たして効率よく伸びるのか。

 あるいは『二十三歳のオトナの意識』を宿してしまったせいで、魂の形が固まってしまって伸びないのか。


 後者だと困るなぁ……。



「とりあえずやってみるか。じゃ、瞑想開始――!」



 むむむむ……っと。俺はまず、先ほどまで見ていた胎児(俺)の透過図を思い浮かべた。


 そして心臓に重なるよう、青白い魂を思い浮かべる。



「よぉし。ここから、下腹部に向かって触手を生やすイメージだ。勢いよく伸びるイメージじゃない……ゆっくりと正確に、輪郭までも想像して、着実に伸びるイメージで……」



 とりあえず3cm伸ばしてみるか。せーーのっ、



「えいっ」



 瞬間、魂が一気に変形し、30cmほど経絡が伸びてチンコ部分まで到達した。



「ぐえええええッ!?」



 そして起こる気持ち悪さと、大地震!


 この霊域……つまり魂がすんごいブルンッブルンッと震え、俺は『ギャー!?』と叫ぶ概念霊どもにまとわりつかれながら、意識を落としていった。







「――ハッ!?」



 め……目が覚めたぞ……!


 あれからどれくらい時間が経っただろうか……。



「ふぅ、魂の中で気絶とかよっぽどだぞ。概念霊の攻撃で、魂魄自体にダメージを受けない限り、ありえないのに……」


『カナタ~~!』



 概念霊トリオが飛びついてきた。おーっ心配してくれたか。



『ビックリ、シタジャナイカッ!』


「ぎゃぁ!?」



 心配してくれたかと思いきや、連中は俺を押し倒してきた! って怒ってるのかぁい!?



「わ、悪かったよ地震起こして。まさか魂があんなに変形するとは思わなかったんだよ……!」



 俺は霊どもに絡まれながら、「魂魄図投射ソウルズオープン」と唱えた。


 すると、



「うわぁ……」



 現れたのは黒い肉体のシルエットと、その心臓部から股間に向かってクソ長経絡を伸ばした魂のカタチだった。



「そりゃ意識を失うわけだわ。まさかこんなに一気に魂が変形するとは……」



 事前にどうなるか予想していた。


 ①肉体と同じく、想像通りに伸びる。

 ②伸びない。おわり。大人の魂を宿してしまったから。現実は非常である。


 の2パターンをな。



 だが正解は③だ。〝想像の十倍くらい伸びる〟とか、ありえんだろ。



「ふむ……もしや今の俺の魂は、元々の胎児の魂に、未来の俺の魂が融合してしまった状態なのか……? だから魂の総量が大きく、また融合したばかりで不安定なため、固まってない大量のゼリー液をぶちまけるようにあんなに伸びたと……?」



 あくまでも仮説だ。【回帰】なんて現象を喰らった前例がない以上、突飛な予想をするしかない。


 だが、先ほどの異様な変形っぷりを考えれば、理にはかなっていた。



「おい【人形】、俺がどれくらい失神してたかわかるか?」


『半月~』


「マジか。完全に昏睡状態じゃねえか。……だけど起きれただけ御の字だな」



 魂の形を滅茶苦茶に変えたんだ。


 魂が破裂して昇天する可能性も、自分という存在がおかしくなる可能性もあった。


 ちゃんと俺が俺のまま目覚めれてよかったよ。



「ふぅ、反省だな。……だけどこれは面白いかもしれんな!」



 魂を自由にイジれるってことは、慎重にやれば経絡も張り巡らせ放題だ。


 また、霊力の『属性』も変えることができるかもしれない。



「霊力には、火・水・土・風・雷の五属性がある。それによって波長の合う霊も変わってくる」



 たとえば俺は風属性だ。モブとして任務中はビビりつつも、基本ひょうひょうと生きてたら風になった。


 だから概念に『空気の衝撃』を持つ【空砲】と『風になびく』を持つ【一反木綿】とは相性が良く、また【人形】も『乾かして出来上がる』性質を持つため、風の霊力を美味しくチュゥチュゥしてくれる。



「よぉし。魂が破裂しない程度に、色々改造してみますか~!」


『ガンバレ~!』



 霊奏師として、結構強くなれるかもな!


 今回の人生では、周りからちょっとでも慕われると嬉しいな~。




 ◆ ◇ ◆




「『空鳴カナタ』の父親だな。神妙にせねば、殺す」


「ひぃっ!?」



 この日、空鳴家五代目当主・空鳴ミチタカは怯えていた。

 場所は自宅たる平屋敷。そこそこの面積と風情はありつつも、所詮はヒラ霊奏師の住処らしく、高級品などほとんどない質素な家だ。

 そんな憩いたる彼の家に、黒服の者たちが詰めかけていた。



「あ、あの、一体どういう御用で……!?」


「質問は許可していない」


「ひぇ!?」



 冷徹に睨む黒服たち。彼らこそは、『霊奏機関』のエージェントらである。


 霊奏師の活動をサポートするほか、また闇に紛れ、霊奏師の違法行為に目を光らせる役目を帯びている者たちだ。


 そんな彼らが、急遽自宅に押し掛けてきたということは……、



「――空鳴ミチタカさん」



 黒服の中より、青白い髪の少女が一歩前に出た。


 麗しい美貌の持ち主である。

 小柄ながら蠱惑的な肉付きを持ち、身に纏う和装もまた、太ももが全て見えるほどに丈が短く、脇と横胸が大胆に出てしまっている。

 霊奏師の外套をショールのごとく両肘で留めていることで、白い素肌の部分がより際立っていた。



「急な来訪、申し訳ございません」



 総じて、非常に目を引く絶世の美少女であるが――しかし。

 その目は酷く冷たく無機質で、氷を思わせる髪色も相まって、ミチタカには心無い雪女のように思えた。



「ぁ、アナタ、は」


「わたくしは壱號級霊奏師、霧雨セツナと申します」


「いっ、壱號級……!?」



 ミチタカの表情が引き攣る。

 壱號級霊奏師といえば、現在七名の特號級霊奏師を除いた、最高戦力である。そんな人物が派遣されるとは、よほどのことだ。



「いい屋敷にお住まいで。古風で……不思議と落ち着きますね」


「えっ、あぁいやいやそんなっ。埼玉は土地余りゆえ、広さだけが取り柄の屋敷で……!」


「ご謙遜を。――それにしてもこの広さなら、実験設備くらいは入れられそうですね」


「!?」



 実験設備?

 霧雨セツナはいったい何を言っているのか。



「霧雨霊奏師。本日は、何の御用で……」


「単刀直入に申し上げましょう。空鳴ミチタカさん、霊奏機関はアナタに対し、『霊的生体実験の関与』を疑っています」


「なんですって!? そんな馬鹿な話がっ」


「半月前」



 その一言に、ミチタカはハッと目を見開いた。



「半月前……アナタは身重の奥様を連れて、霊奏病院を訪れましたね? 『息子の霊力が、突然に大きくなった』と」


「は、はい……」


「結局原因はわからずじまい。念のために奥様を検査入院させ、結果を待っているのが今ですね?」


「……その通りです。本当にわけがわからず……」



 肩を落とすミチタカ。元々気弱な性格もあり、〝妻やお腹の息子に、何かなければいいが……〟と気を揉む日々を送っていた。

 そんな彼へと、セツナは端的に、無感情に言葉を述べる。



「今朝、病院にて新たな事実がわかりました。アナタの息子――『空鳴カナタ』の霊域内より、三体の概念霊の波動があると」


「なっ……!?」



 ミチタカは今度こそ絶句する。胎児の魂に、三体の霊が宿っているなど、そんな事態はあり得るはずがないと。



「う、嘘だっ! どうしてそんな!?」


「不明です。……そもそもアナタの息子さんは、元々霊力量が常人の二倍近くあったようですね。その分厚い魂に守られていたせいで、概念霊の波動をキャッチできなかった」



 が、しかし。



「それが今回の急激な霊力上昇の件で、様々な最新鋭検査が行われ、ようやく発覚したと……経緯はまぁこのような感じですね」



 霧雨セツナはわずかに態度を砕いた。ミチタカの狼狽する様子を見て、『無実シロか……』と判断したからだ。

 そもそも公的な病院に運び込んだ時点で、胎児に霊を宿らせるような狂気的実験をしている線は、ほぼないと思っていたが。



「あぁっ、ああぁああぁぁああぁっ……!」



 だが、そんな彼女の心変わりなど、今のミチタカにはどうでもよかった。



「む……息子はっ、妻と息子は、どう、なるの、ですかぁ……!?」



 ショックに膝を突くミチタカ。

 すがるような涙目で、セツナを見上げる。



「……はっきり言いましょう。今回の件は既に霊奏機関上層部『老中會』の耳へと入り、〝生まれる前に殺すべきだ〟という意見も出ています」


「そんなっ!?」


「しかし異例のケースということで、総帥・不知火オウマ様が〝経過を見るべき〟と意見を出し、結論は先延ばしに。……アナタの奥様とお子様は、機関で預かることとなりました」



 つまり――最悪、殺処分に。よくても観察動物扱いということである。

 ミチタカはもはや言葉もなかった。



「空鳴ミチタカさん。一応、アナタも取り調べを受けていただきます」


「……」


「さぁ、立って」



 ――かくして動き出す現実。様々な疑念と視線が、『空鳴カナタ』に向けられ始める。


 このとき……誰も知らなかった。


 まさかそのカナタという胎児が、〝強くなったらみんなに慕われるかなぁ〟と、クッッソのほほんとした考えをしていることなど……!





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【Tips】


『経絡構築』:千年前の特號級霊奏師・安倍セイメイが開発した、霊的臓器増築強化法。

魂より生やした触手『霊奏経絡』を伸ばし、霊力の伝達を効率的にする他、魂の面積拡大により霊力の微増効果もある。



『霊奏機関』:全ての霊奏師を束ねる国家組織。前身は安倍セイメイが起こした組織、『陰陽寮』。

霊奏師に任務を斡旋するほか、霊奏師の違法行為自体にも目を光らせている。

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次回、いよいよ誕生――!

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