第4話 最強絶美完璧胎児ボディ、完成!?



「うーーーん、ここをこうしてあそこをこうして……アソコは……もうちょい大きくして……!」



 俺が霊域に籠ってから数時間が経った。

 今も絶賛『幽想肉変』の作業中で、自分の身体に〝いずれこうなれ〟と注文を出しまくっている。



「あー楽しい……! 大きくなってからの『幽想肉変』じゃ、こんなに自由に注文を出せないからな。ゲームみたいにぽんぽんイジれるの楽しすぎる……ッ!」



 ちなみにあれから一度も現実には戻っていない。

 ま、胎児状態じゃヒマなだけだからいいけどな~。このまま三か月籠るかな。



「やっぱハマっちまうなぁキャラエディット。しかも自分の強さに直結するとなれば」



 今は全身に筋繊維を張り巡らせているところだ。

 霊奏学園では『幽想肉変』のために人体解剖学を教えている。そこで学んだ知識をフルに使い、俺は理想の肉体を作り上げていた。



「楽しいけど悩むなぁ~。筋繊維はただ付きまくってればいいわけじゃない。どの筋肉をどう発達させるかで、戦闘時の動きが変わってくる」



 スポーツマンがいい例だ。

 たとえば、スプリンターは素早い動作を可能にする紡錘状筋の発達を重視する一方、ウエイトリフターは力の源となる羽状筋の発達を重視する。

 これらを両方ともバッキバキにしたら、片方の動きを阻害してしまう可能性がある。ウェイトも無駄に重くなって瞬発性落ちるしな。



「ん~~~考えることが多いぞ。攻めるも逃げるも足腰は大事だ。大腿四頭筋とハムストリングスを重点的に発達させて、長時間の安定した走行を可能にしよう。腸腰筋も発達させて、腰を安定させれば走行効率をさらに上げるよな。それはいい。だがマラソンランナーのように遅筋繊維を張り巡らせて持久力を上げるか、速筋繊維を張り巡らせて瞬間加速力を上げるか……悩ましいな~」



 ウィンドウの中の胎児(俺)の透過図を出し、あーでもないこーでもないと内部をイジっていく。理想は瞬発力も持久力もある黄金系だな。

 ああ、筋肉だけじゃない。あとは骨格も大事だ。筋肉が理想的でも骨格がソレに見合ってないと、身体のバランスががたがたになってしまう。



「各骨部の長さも大事だ。背骨を長くして背を高くすれば、それだけ全身に筋肉を張り巡らせれるようになる……が、とりあえず長けりゃいいってもんじゃない。骨格に応じて筋肉が伸びれば、力の伝導率が落ちる。俊敏性もなくなり、被弾率が大きくなってしまう」



 人間なんて肉体の一割が削れたらもう致命傷だ。的はほどほどに小さくて、素早いに限る。



「身長は低めでもいい。ただ足を長くしてストライドを確保しよう。下半身には高出力の筋繊維を盛りまくれるからな。大腿四頭筋に大殿筋に下腿三頭筋に……」



 脚部を中心に筋繊維を追加し、足の骨には『優先して発達』と注文を飛ばしておく。これですくすく伸びていくだろう。



「まぁこのへんは仮決定だな。下半身は大事だが、じゃあ上半身はどうでもいいのかってなったらそんなことはない。特に背筋は全ての動作の源だしな」



 上半身もいい具合に発達させ、下半身とバランスを取るつもりだ。



「腕の長さはどーしよっかなー。短くすれば力の伝導率が高い。だが、長くすればリーチが出るし、走る際にもリズムが取りやすくなってストライドの効率が高まる。あとは肩の柔軟性も考え物だな。柔らかくすれば振りのスピードが上がったり色んな動作が可能になる。が、強靭にすれば単純なパンチ力が上がるしぃ……」



 そうして何時間もイジり続ける。


 赤ちゃんだけど睡眠は必要ない。今の俺は脳じゃなくて魂の内部に意識を移しているため、肉体が眠っていようが無関係だ。



『カナタ~』


「あー次はこれ読んでなさい。むむむ」



 霊域に漫画本を出現させ、概念霊トリオに渡す。

 この世界は俺の中だ。記憶から漫画を出したり、アニメが映るテレビを出したりできる。

 内容もほぼ完璧だ。脳の海馬に直接アクセスして、エピソード記憶を引っ張りだしてきたからな。


 肉体を宇宙とするなら、魂とはアカシックレコード。脳と肉体が味わってきた全ての経験を再現できる場所だ。


 ここでのみモブ感を忘れて全能感に浸れるため、俺はよく潜り込んでいることが多かった。



「さて……『幽想肉変』の続きをやるかな」



 骨格と筋繊維の配置はある程度できた。

 自由にイジれるのは胎児の内だけだ。これからも考察を重ねたり成長度合いを計算しながら調整していく予定だが、なんだかんだでよく仕上がってきた気がする。

 肉体の黄金比ならぬ『黄金の肉体美』……。

 自然にはほとんど生まれ得ない完璧な肉付き。そんなモノの片鱗が、胎児の透過図からは見えてきた。



「臓器については、心肺と肝臓を雑に強靭にしとけばそれだけでいい。手足の筋肉は付け方で動きが変わるが、臓器の『強い弱い』の基準は、全動物に統一されているからな」



 めっちゃ血を送ってくれる心臓。

 めっちゃ酸素を巡らせてくれる肺。

 めっちゃ毒素を分解してくれる肝臓。


 これら三つは三種の神器だ。肉食獣も草食獣もあらゆる種目のアスリートも、この三つが発達してりゃそれだけで超優秀になれる。


 あ、ナマケモノくんは別ね。

 あいつ、心拍数あがると熱暴走して死ぬから……。



「心肺周りの筋肉も大事だな。横隔膜と肋間筋。これらも発達しまくってれば、心肺の収縮を助けてくれる。あとは心肺を守る大胸筋も盛るだけ盛っておくか。ちょい胸部が膨らむが、身体をブチ抜かれるよりはマシだよ……」



 肉天使の触手に大穴を空けられたのを思い出す。二度とあんなん味わいたくねぇ。



「うし。胴体の筋肉を整えたら、もっと理想の肉体美に近づいたな」



 じゃあ次は……。



「皮膚だな。見栄えの造形はどうしていこうか」



 と言ったときだ。ヒマしてた概念霊どもが、『オモシロ!』と喚きながら飛んできた。



「ってなんだおまえら!? 大人しくマンガ読んでろよ!」


『ヤ! カナタ、イジル!』


「いじるなっ!」



 牢でも出して押し込もうとしたが、【一反木綿】が『シメテイイッスカ!?』と言いながら俺をグルグル巻きにし、【空砲】がマウスとキーボードの前に張り付いた!



『っ……!』


「おい【空砲】っ、おまえなにしようとしてる!?」


『~~~!♡』



 無言のまま鉄砲頭でマウスを押し込み、俺の口を大砲みたいにしやがった!

 こいつ性癖イカれてやがる!


 だがそこで、白ロリの【人形】が『ジャマ』と言いながら【空砲】を飛び蹴りしてどけた。

 さ、さすがは紅一点……ワガママだな。



『カナタイジル。ワタシダケ』


「お、おまえ俺をどうする気だ」


『コースル』



 と言うと、どえっらい素早さでマウスとキーボードを叩き始めた!


 何やってんだおまえ!?



「おまっ、人の身体を適当にイジるんじゃ……って」



 画面の中の胎児(俺)。その姿は産まれる前でありながら、どんどん明確に良くなっていった。

 まるでよく出来たビスクドールのようだ。



「あぁ、そうか。【人形】という概念には、外観的美も含まれている。センスはピカイチってわけか」


『ウォオオオオオオッ』



 無表情のまま見たことないテンションで俺を形作る人形。肌色や髪色なども神調整を加えていく。



「おっ、おーいっ、あんま目立ちすぎる容姿にするのは……!」


『ウオオオオオオオオオオオオオオオッ』


「あっダメだ聞いてねえ」



 己が概念を全うするのが大好きな概念霊らしく、超ハイテンションで俺というヒトガタを仕上げていく【人形】。


 そして、



『デギダァ』


「!?!?!?」



 完成したのは、おっっっっそろしいほど麗しい、金眼と赤眼の白髪胎児だった。

 美だ……まさに美の象徴としか言い表せない。万物の父たる神が天使の褥で極上の愛を注ぎながら造り上げた存在とでも言えばいいのか。透明なウィンドウの中で浮かぶその姿は、まだ発育途中でありながらも、すでに驚くべき美しさを備えていた。

 すわ宝石の胎で生まれ育ったのか……薄い肌は真珠のような白さを放ち、まるで光を反射するように眩しく、清らかで、玲瓏なオーラを放っている。俺が筋繊維の配列を人体解剖学に基づき黄金形を目指して仕上げてしまったことも相まって、水底の輝きがごとく肌の下からも美しさが放たれるような、絶美の胎児がこの霊域に君臨してしまった。

 ああ……完璧だ。その美貌はあまりにも『完璧』すぎた。

 小さな額は滑らかで、ほのかな曲線を描いて額から鼻へと黄金のアーチを描き、顔全体に調和をもたらしていた。縁を彩るのは、薔薇色の柔らかな頬だ。キスをすれば唇が溶けてしまうだろう……そんな幻想的な想像を万人にさせてしまうだろうほど麗しかった。

 無論、首から下へも美の花園は続く。手足は小さくて繊細だが、優雅な形をしており、未来の美しい所作を予感させる。指先もまるで魂をいざないに来た天使のようにしなやかで、爪も透明で完璧な形をしている。

 恐ろしい……生命の神秘と美を極めた姿は、もはや背筋が凍り付くほど恐ろしい。

 胎児はまだ誕生前の状態でありながら、崇高な美の波動を放っていた。きっと紀元前にこのような者が生まれたのなら、人々はこうべを垂れながら跪き、そして神学者となるのだろう。

 〝美の女神様がご降臨なされた————————————〟

 そのように、書物に書き記すためだけに……。



「……って」



 俺は、【人形】を睨んだ。



「おっ、おまえやりすぎだボケェエエエエエーーーッ!?」



 なんだこれ!? なんだこれ!? なんだこれッ!?


 こっ、こんなもはや性別すらもわからない美貌ステータスSSSの肉体が、俺なのか!?

 ここに俺のモブ魂を詰め込めってのか!? ギャップで常時風邪ひくぞ!?



「スポーツカーに一般エンジンどころか石積めるようなことになっちまうぞ……!? もうちょい醜くしなさい!」


オカスゾッ!?』


「ひぇっ」



 めちゃ【人形】にガチギレされた……!



オカスッオカスッオカスッ!』


「やっ、やめろよキレかたこえーよおまえ!」



 ま、まぁ仕方ないか。概念霊が苦手とすること……それは己が概念を否定するような言動を取られることだ。

 たとえば【草】の概念霊に火を浴びせかければ、めっちゃ効いて死ぬ。だから火を嫌がる。

 そして【火】なら水をかけられたら消滅してしまうため、液体を近づけるとすんごくキレてくる……って感じだ。


 今回の場合、人を魅了するのが旨な【人形】に『んなことすんな』と言ったようなもんだからな……。



オカオカオカオカオカオカオカオカオカオカスッッッ』


「わ、わかったよ。俺が悪かったから、一秒間に十回もファック宣言しないでくれ……!」


許犯ユルオカスッ!』


「どっちだよ」



 くっそー。もうあの姿で生まれるしかないか……。


 ま、まぁ容姿はいいほうがいいから別にいいか。ベースが俺だから、よーく見れば俺っぽい印象もほのかにあるしな。

 空鳴カナタ・容貌レベル1を一気にレベル999にした感じで、ほぼ別人だが。



「姉さんや兄貴も母さんに似て美形で、俺だけが父親似でモブ顔だったからなぁ。これでつり合いが取れるかもね、うん……」



 もはや雑に自分を納得させて、俺は次の修行に移ることにする。




「さて。肉体はほぼ完璧に仕上げた。あとは、霊奏経絡を張り巡らせるぞ……!」



 肉体作りと同じくらい大事な、霊奏師の強さに直結する作業だ。




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【Tips】


霊奏学園:霊力を持つ子供を預かり、鍛え上げる特殊学府。

出雲、伊勢、高野、霧島、寒川、日光、巌島、恐山、箱根、鎌倉、洞爺湖、せーふぁうたきに点在。

霊術訓練のほか、『幽想肉変』修行のために人体解剖学も学ばせる。


【空砲】の性癖:口の大きいヒト♡


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