第3話 肉体エディット、スタート!



「久々だなぁ。『霊域』に来たのは」



 俺は今、白い部屋の中にいた。


 ここは霊域。自分の魂の中の世界だ。だから普通に喋ることができる。


 まあ、自分の姿はふよふよと浮く人魂なんだがな。

 ここでくらい大人の姿に戻りたかったが、このアバターがイメージ一番ラクだからしゃーない。八歳の頃に形作って、そのままクセがついちまったよ。



「にしても……相変わらず殺風景な世界だなぁ」



 ふよふよ状態であたりを見渡す。どこまでも白い謎空間だ。



「人によってはモノに溢れてたり、ヘドロまみれだってヤツもいるそうだが……」



 霊域はその人物の精神性を表す。

 希望に満ち溢れた者は光や炎に溢れ、怒りや憎悪を抱えた者は血濡れた空間などになるという。


 で、俺みたいなプラス感情もマイナス感情もあんま無いつまらんヤツは、殺風景になりがちってことだ。

 ははは。魂からモブってこったな。



「『霊域入界』。自分の霊域に潜り、魂の内部から肉体を鍛える修行だ。経絡を伸ばしたり、筋肉の発達具合なんかを意図的に操作したり、あとは怪我した個所の細胞分裂を早めるように指示したりな」



 で、赤ん坊の内から色々鍛えておこうと思ったんだが――、



『カナタ~』


「なんで、おまえらいるんだよ?」



 空間のどこかから、変な連中が飛んできた。



「【人形】、【空砲】、【一反木綿】。お前らついてきたのかよ」


『ハァイ』


「はいじゃないが」



 現れたのは珍妙な三匹。



『コンニチワ』



 ちっちゃいロリータドールの【人形】。紅一点だ(たぶん)。



『……』



 頭が鉄筒な魚の【空砲】。口は開きっぱなしなのに無口なやつだ。



『シメテイイッスカ?』



 なんか風に飛ばされたバスタオルみたいな【一反木綿】。緊縛プレイ大好きなので、絞めてイイかどうかしか聞いてこない変態だ。ダメです。



 こいつらこそ、俺の前世で相棒だった概念霊トリオだ。



「馬鹿だなぁおまえら。逃げ遅れたのかよ」



 波長の合った概念霊は『憑霊』と呼ばれ、霊奏師の霊域に潜り込むことができる。


 で、そこで霊奏師が状態異常を受けたり死んだりしたら、憑霊も同じダメージを喰らうわけだ。



「とっととどっか行けって言ったのに……」



 食らったのが【回帰】だったからよかったけど、俺が死んでたらどうしてたわけよ?

 まさか一緒に死にたいわけじゃあるまいし。こいつら俺のこと舐めてるしな。



「はぁ。やっぱ知性がほとんどない下級概念霊はダメだな。いいか? 俺みたいなモブの霊はモブの霊らしく、危ない時にはすぐ逃げてだな……」


『コンニチワー』『……』『シメテイイッスカ?』



 【人形】にどつかれ、【空砲】に衝撃波を出され、【一反木綿】にべしんと叩かれた。

 なんだよおまえら!?



「くそ、わけわからん。せめて会話ができる知性があればいいんだが……」



 こいつらマジで意味わかんね。俺の髪の毛食ったりしてくるし、口の中に入って来たりするし。

 前世じゃ散々苦労させられたもんだ。



「あーもう。おまえら大人しくしとけ。俺はこれから、肉体操作の修行を始めるからな? 二度と死なないために。だから隅にいろ」


『ヤ』


「やじゃねーよ。……また身体が動かせるようになったら、ケーキ作ってやっから大人しくしてろ」



 と言うと、霊たちは『ワー』と無表情に喜んだ。


 変な連中だ。概念霊の食事は霊力が一番で、物質的な食事しても腹は膨れないはずだが。



「まぁいいか。修行開始だ」



 アホトリオのことは放置だ。

 俺は魂の中で、自身の肉体をイメージする。

 霊域に入る際に掴んだ血流の流れ。張り巡らされた血管。血の辿り着く臓器の形。

 ニンゲンとは血管で出来たハリガネ人形のようなものだ。筋肉や皮膚に走る毛細血管の形状までも思い描くことで、自身の形が正確に見えてくる。

 そして、



「イメージ完了。肉体図投射フェイタルオープン



 そう唱えると、真っ白な部屋に赤ん坊の姿がウィンドウアップされた。

 加えて手元に半透明のマウスとキーボードも現れる。



「よし出来た。これより『幽想肉変』の修行を始めるぞ」



 霊域入門から自己をいじる修行のことだ。

 ぶっちゃけると粘土遊びやお絵描きだな。またはキャラエディットか。

 魂というこの場所から、イメージした肉体図に色々書き加えたり、マウスで掴んで引っ張ったりへこませたりして、理想の身体を作っていくわけだ。



「昔の人とかは、手元に自分を描いた紙と筆が現れたそうだがな。俺はネトゲとか好きだからPCセットが現れるが」



 ま、ゲームみたいに自在にエディットできるわけじゃないがな。

 なんというか、あくまで肉体のDNAに指示を出して、イボが出来る程度の変質をさせるに過ぎない。

 過ぎないのだが……。



「……胎児の身体に『幽想肉変』をしたら、どれだけ受け付けてくれるんだ……?」



 自分の身体をいじる術だ。当然、完全に臓器や骨格の出来上がった年齢でやっても、微々たる変化しか起こせない。

 だがしかし。今の俺は出産三か月前の胎児だ。体重は約1,000グラムから1,800グラム程度……まだまだ未完成な人モドキに過ぎない。

 これ、どれだけいじることができるんだ?



『チッチャイ~』



 【人形】が赤ちゃんの俺を見て声を上げた。



「ああ、ちっちゃいだろ。これが生まれる前の俺だ」


『チンコ、チッチャイ。デカク、スル』


「は!?」



 【人形】はマウスに飛びつくと、赤ちゃん俺図のチンコ部分を右クリックして押し込んだ。そのままグイーッと後ろに引っ張り、



『ノビロー』


「わぁああああーー!? チンコが柱みたいになった!?」



 やめろ馬鹿っ! こんなん絶対『チン柱』とかクソみたいなあだ名つけられちまうだろうがッッッ!



「あーもう戻す戻す。……よしっ、と」



 思念でマウスを動かし、引っ込める。

 あ、完全に戻すのはアレだから、ちょっと大きめにしておこ……。



「ふぅ危ない。もしあの通りに成長してたらどうなってたか……って」



 そこで、ハッと気が付いた。



「なんで、あんなに伸ばすことができたんだ……!?」



 無理な変化図面を注文すると、魂がストッパーをかけてくれる。


 〝現場のDNAさんが苦情言ってくるんで。これ以上はイジれませんわ〟って具合で、ちょっとしか引っ張ったり出来ないのだ。


 尻尾を生やそうとしても、皮膚がちょろっと出っ張ったところでマウスが引き伸ばせなくなったり、そんな感じだ。


 それなのに。



「そうか……今の俺は人間として不完全だ。だからかなり無茶な注文も出来るんだ……!」



 こ、これは面白くなってきたかもしれない。

 今なら顔立ちはもちろん、毛の色も変えれるかもだ。



「体重はまだ出産直前の半分程度。つまりあと2,000グラムくらいは、自在に骨格や筋肉を補強も出来たり……!?」



 おぉおぉお~。二周目はかなり強めに生まれることができるかもしれない。


 肉体の強度は重要だ。戦いで死にづらくなることはもちろん、〝健全な魂は肉体に宿る〟というように、身体が強ければ魂も強壮になって、霊力を上げることに繋がる。

 そして今から霊力の通り口であり、霊力のサブ捻出機関となる霊奏回路も肉体に引きまくれば……!?



「あの肉天使とも、戦えるようになるかもしれない……!」



 なんだか希望が湧き上がってきたぞ。

 こんな発見が出来たのも、【人形】のおかげだ。



「ありがとよ、【人形】。お前のおかげで、運命が変わるかもだ!」


『チンコ、デカクシタ、カラ?』


「……」



 俺はスンッとなりました。 


 チンコで運命変えたくなかったよ……。



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【Tips】


『霊域』:魂の中の空間。個人の傾向で内装が変化します。

命の鼓動たる心拍を把握し、逆順的に血流・血液・赤血球・造血幹細胞・骨髄と命のルーツを追うことで、根源たる魂に意識を到達→入門することでたどり着けます。

自分という存在のコントロールルームであり、ここから細胞に指示を出せます。

ここに辿り着くことを『霊域入門』といい、霊奏師の始まりとする。


『幽想肉変』:霊域入門より開始する修行。想像した肉体図を変形・修正することで、魂から肉体を変化させていきます。

ただし肉体の完成しきった年齢になると効果が薄くなり、またDNA的に無理な発注は不可。その他、生命維持の観点から魂自体がストップをかけることがあります。


ただし胎児なら…?

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