第38話 殺意の目覚め




『蛇塚家の御当主様! 少年たちを脅し、八百長を仕組んでいたというのは本当ですか!?』


「うっ、うるさいぞテレビ屋! 放送したら殺すぞッ!」


『メディアに圧力をかける気ですか!? そうなんですね!? 聞きましたか~~~みなさん今の言葉を~~~!!!』


「ああああああああああああああああッッッ!」



 テレビクルーに付き纏われる蛇塚パッパ。

 そのままシャガナくんを運びに来た救護班と共に、逃げるように去っていった。


 ありゃ~これから大変になるなぁ。



「蛇塚家は苦労しそうですね」


「間接的におぬしが潰したんじゃろがい……」



 モヨコ先生に呆れた目で見られた。解せぬ。

 俺は山田くんと田中くんの幸せを願っただけなんだが?



「やれやれ。試合一回目から大波乱じゃのぉ」



 溜息を吐くモヨコ先生。

 彼女を肩車している黒服は「スパァーーッ! スパァーーッ!」と過呼吸した。

 きもちわる。



「ちなみに合否は後日伝えるぞい。では、次の試合は~~」



 黒服がサッと抽選箱を用意する。

 モヨコ先生がそこに三歳児ハンドを入れて取り出すと、出てきたクジには『鈴木』と『村正ショウゴ』の名が。



「しッ、俺の出番だぜ! 応援しててくれよな、アザカ!?」


「う、うんっ。ショウくん頑張ってっ」



 主人公オーラ全開で前に出るショウゴくん。

 あっ、彼が退くことになると……、



「アザカさんと隣同士ですね?」


「ってヒィーーーーーッ!?」



 もじもじ美少女の藤堂アザカさんがすんごい声を上げた。

 中身二十三の男としては、中学生くらいの女の子にビビられるのは犯罪してる臭するからやめてほしいんだが……。



「あッ、空鳴カナタ! 俺の幼馴染のアザカをいじめんな~っ! ブッ倒す!」


「これこれ村正のっ、おぬしの相手はカナタちゃうわい。ではサクサクと行くぞよ。鈴木VS村正ショウゴ、試合開始――!」



 こうして順調に模擬戦は進んでいった。


 なお、受験者たちは抽選のたびに俺を見て死ぬほどビビり、相手が俺じゃないとわかるとホッとする模様。

 バケモノ扱いやめてくれ~……!



 ◆ ◇ ◆



 

「だいぶ試合が進んだのぉ~。では次の対戦は……むむっ!?」



 日も翳ってきた頃。モヨコ先生は取り出したクジを見て驚いた。



「これも因縁というヤツかのぉ。次の試合は、空鳴ミチオVS空鳴カナタじゃ!」


「「!」」



 俺たちは同時に相手を見た。


 ……まさかミチオの兄貴と対戦とは。本当に運命的だな。軽く手を振っておこう。



「チッッッ!」



 すっげー舌打ちされた。


 なんかもうずっと不機嫌だよなぁ、あの人。背が伸びなくなるぞ?

 前世でも、ヒナミ姉さんと準一卵性双生児だったからか線が細く女性的で、身長も伸び悩んでたし。



「では両者、指定の位置へ」


「「はい」」



 ともかく試合だ。

 お互いに白線の大枠に入り、何メートルか離れた位置で視線を交わす。



「カナタァ……僕の主役人生の邪魔者めぇ……!」



 向こうの敵意は最高潮といった具合だ。霊力が圧を持ち、凄まじい暴風が吹き荒れ始める。



「ふふ……(まさか、この人に睨まれる日が来るとはなぁ)」



 思わず笑ってしまった。

 ……前世ではまさにモブ扱いだったからな。年の差もあり、まともに話した回数すら限られていた。


〝雑魚は雑魚らしく生きてろ〟

〝主役の僕の邪魔はするな〟


 会うたびに言われることなんて、それくらいだった。

 だから。



「なんだが楽しくなってきましたよ。まさかお兄様をブン殴れそうだなんて」


「チッ、舐めるなよ。殴られるのは貴様だカナタ……!」



 俺も霊力を滾らせる。場に吹き荒れる圧はさらに勢いを増し、観客らが堪らず距離を置いていった。



「ぐぬぬぬぬっ……!? 始まる前からバチバチしおってぇ……!」」



 黒服の髪をギュッと掴んで吹き飛ばされないようにするモヨコ先生。「ではおぬしらっ」と叫び、いよいよ開始の合図を放つ。



「空鳴ミチオVS空鳴カナタ、試合開始ィーーーッ!」



 瞬間、ミチオが一気に駆けた。風をブースターに肉薄する。



「貴様と長期戦する気はないッ! 最初の数撃に全部を懸けるッ!」



 俺は高速の裏拳でカウンターしようとする。

 タイミングは完璧。向かってきたミチオの横顔に、拳は突き刺さり――首が飛んだ?


 いや。



「身代わりですか」



 咄嗟に背後にケースを掲げる。

 刹那、盾としたケースに凄まじい衝撃が走った。

 幻想金属『緋々色金ヒヒイロカネ』製でなければ砕け散りそうな威力だ。



「ちっ、防がれたか……!」



 振り返れば後ろには、拳から煙を上げたミチオの姿が。彼は瞬時に距離を取った。

 そして、首を抉ったほうのミチオは霧散して消える。

 なるほど……。



「風の精霊【シルフ】を巫術で宿してましたか」


「っ、僕の憑霊を知っていたか……!」


「家族ですので(ホントは未来知識でな)」



 彼の側に緑風で編まれたような少女が現れる。


 あれが【シルフ】。十六世紀の西洋で存在を考えられた四大精霊の一柱であり、空気の羽で美しく舞い、自由に雲を作り出せるという。

 先ほどの分身は雲で作ったか。



「すごいですね。雲を人型にしただけなら騙されませんが、色合いも完璧でした。着色した……いえ、そんなレベルじゃない。まさか雲層内の光の屈折具合を調整し、鏡のように自分を映し込んだのですか」


「一瞬で見破るなっ! なんなんだ貴様は、生まれたばかりのくせに……!」



 悪いな。中身は結構ベテランなんだよ。


 雑魚なりに状況観察を優先して生きてきたため、能力の看破にはちょっと自信がある。



「奇襲にも気付きやがって……勘も優れているようだな。であれば、次はこうだ!」



 ミチオ兄さんは大量の呪符をバラ撒いた。

 そして剣指を結び、



「符術発動! 惑わせ【シルフ】っ!」



 怪異が起きる。全ての呪符が何十体ものミチオ兄さんとなったのだ。

 憑霊【シルフ】を分散憑依させ、大量の雲分身としたわけか。全てのミチオが舞うように空を回り、もはや本体はわからなくなる。



「「「「「さらにぃいいーーーっ!」」」」」



 大量のミチオが手をかざし、俺に向かって暴風を放ってきた!


 数十体全員でだ。身代わりだけじゃなく攻撃役も務めるとは。

 ならば、



「付術発動、【一反木綿】」


『絞めていいっすかァーーーッ!?』



 首のマフラーがドーム状に伸び、さらに先端が地に突き刺さった。

 ミチオ兄さんが「むっ!?」と呻く。



「布の概念霊を宿し、暴風壁兼アンカーにしたか……!」


「ええ。これで風も浴びませんし吹き飛びません」



 このまま耐えきってもいい。

 俺は霊力の内部制御が甘いため、術の燃費はかなり悪いが、それでも元々の霊力量が凄まじいからな。

 狼と三匹の子豚よろしく我慢してりゃいい。ミチオ兄さんをバテさせたら勝ちだ。



「だが」



 この模擬戦は、あくまで術の見せ合いだ。しょっぱく勝っても仕方ないんだよ。

 ゆえに、



「巫術発動、鳴らすぞ【空砲】」


『ッ――!』



 俺は自身に【空砲】を宿す。

 そして足を高らかに上げ、



「『震脚』」



 瞬間、踏み下ろすと同時にズガァアアアアアーーーーーーーンッッッッと凄まじい衝撃音が響き、周囲一帯に地割れが起こった!



「「「「「うわぁあああああーーーーーーッッッ!?」」」」」



 絶叫を上げるミチオたち。

 間近で衝撃波を受けたことで吹き飛び、散り散りとなり、全ての分身が消滅した。

 最後にボロボロの少年が転がり落ちる。ミチオ兄さんの本体だ。



「ぐッ、ああぁあッ……、な、なんだよ、これぇ……!? もう兵器じゃないかよぉ……!」


「【空砲】の霊を宿すことで、自身の生み出す衝撃と音を激増させました」



 前世では出来なかった技だ。


 衝撃が増加するってことは、自身への負荷も爆上がりするってことだからな。

 腹の中で肉体構造を作り替え、霊力でパンパンにした二周目じゃないと出来そうにない。



「まだ符術と負術を見せてませんね。全力で行くので覚悟してください」


「はっ、殺す気かよ……」


「加減はしませんが当たり所は見極めますよ。それに、ミチオ兄さんなら大丈夫そうですので」



 そう言うと、彼はふらふらと立ち上がりながら「……チッ!」と舌打ちした。



「クソ弟めっ。貴様のせいで、僕の主役人生は滅茶苦茶だ!」


「それは、まぁ」



 悪いとは思っているさ。

 色々な勘違いから『邪悪なバケモノ』扱いだからな。家族には迷惑かける。



「すみませんね、悪人と思われているようで」



 そう謝る俺だが、しかし。



「は? 別にそれはいいんだよ」


「え」



 ミチオ兄さんは、〝何を言ってるんだ〟という表情をした。



「邪悪に生きて何が悪いんだよ。法さえ破らなきゃいい。好きにすればいいじゃないか!」



 や、そもそも俺は邪悪に生きてないんだが……!



「周囲を気遣う必要がどこにある。僕やおまえは、一握りの才能の持ち主だ。つまりはそれだけ……過酷な戦場に、送られるんだぞ?」


「っ」



 それは、たしかにだ。

 持つべき者の責任ノブリス・オブリージュというものか。強くなれば当然、あてがわれる敵も強くなる。



「僕がおまえを気に入らないのは、弟のくせに、僕より才能があるからだ。『空鳴カナタ』が注目されすぎて、誰も僕を見なくなったからだ。性格なんざどうだっていいんだよ」


「お兄様……」


「僕も好きに生きるぞ。雑魚はもちろん、強者にも媚びない。僕は〝僕こそが最強〟と信じてるからだ。特號級にも、おまえにも、やるからには全力で勝ってやるっ!」



 そうか……そうだったのか。



「そしていつか強敵に殺されるまで、胸を張って生きてやる! それが『空鳴ミチオ』の生き方だ!」



 ミチオ兄さんはただ傲慢なカス兄貴だと思っていた。


 だが、優れた者はそれだけ試練が待っている――それを自覚しているからこそ、潰える時まで輝こうと決めていたのか。


 理解できたよ。



「よくわかりました。……だけど全面的に褒められた生き方ではありませんね。それで母親まで罵るのは、流石にカスだし」


「うぐっ」


「でも嬉しいです。お兄様はカスだけど、蛇塚のような浅い馬鹿ではなかったようですので」



 兄の裏側。独自の哲学。一周目の人生では知り得なかった。


 偶然にも二周目の人生を迎え、俺も〝持っている側〟に到達したからこそ、兄さんは教えてくれたのか。



「信念がある人でよかったです。ヒナミ姉さんもそれで性格悪いんです?」


「いやアイツは知らん。悪口を広める時だけ子ネズミのように活き活きと駆けまわってるし、ただの趣味だろ」


「ゴッッミ……」



 ヒナミ姉さんを理解するのは難しそうだ……。

 三周目の人生があるとして、そんとき女子になったらわかるのかねぇ?

 正直わかりたくないが……。



「ふんっ、悠長に構えやがって。おかげで少しは息が整ったぞ……!」



 ミチオ兄さんがハンカチを取り出し、それを右拳に巻き付けて構えを取る。



「付術発動。まだいけるよなっ、【シルフ】!」



 風の少女が笑顔で頷き、右拳のハンカチに吸い込まれた。

 するとミチオ兄さんの右手が暴風を纏い、まるで小型の台風で出来た籠手のようになった。



「風の力を右手一本に収束させた。受ければおまえでも耐えられないぞっ、カナタ!」


「ああ、流石はミチオ兄さん。勝つ気満々じゃないですか……!」


「当たり前だっ。僕は主役だからな!」



 ミチオ兄さんは真っすぐに俺と向き合った。


 思えば周囲はビビリまくりなのに、この人は、ずっと俺に敵意を向け続けてくれている。

 家族からの敵意なんて、本当は嫌なはずなのに――今はなんだか、嬉しかった。



「カナタッ、行くぞォーーッ!」


「はいっ」



 同時に駆け出す俺たち。



「絶対に勝つからなぁーーーーッ!」



 そして、気高い兄とぶつかり合わんとしていたところで――、



「邪魔だ、ガキィ」



 ……狼耳の男が、横合いから、ミチオ兄さんの横腹を蹴り飛ばした。


 は?



「げぼぉ……っ!?」



 ミチオ兄さんが、胃液を吐きながら転がっていく。


 それを下手人は汚らわしそうに見ていた。



「寝てろやガキが。――さぁて、初めましてだなぁ空鳴カナタ。オレ様の名は不知火ロウガ。今からテメェを」



 いや、おまえ。



「――何を、しているんだ?」



 俺は、目の前が真っ赤になった。




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