第34話 友達を作ろう!
「模擬戦か。今年は誰も死なないといいが」
昼食後。集中して霊力を練るため、グラウンドの隅で剣指を結びながら考える。
――試験後半の模擬戦。その内容は限りなく実戦に近い。
まず武器の持ちこみはオールオーケー。刀だろうが銃だろうが好きにしろって感じだ。なんと爆弾や毒ガスだっていい。
霊奏師の中には、付術の媒介として特殊兵器が必要になるヤツもいるからな。
それゆえ仕方なくはあるんだが。
「そして」
――模擬戦に、ギブアップはない。
なにせ実戦に〝許してくださいお願いします〟は通じないからな。
試験監督が止めに入るまで血みどろの死闘だ。
ゆえに重傷は当たり前。死者もちょろちょろと出る。
たぶん、グラウンドの土をちょっと漁れば、人間の爪や歯くらいいくつも出てくるだろう。
「どうしようか……。自分の実力を測るためにも本気で術を振るうつもりだが、そうすると相手がなぁ……」
間違いない。俺は相手を殺してしまう。
傲慢ではなく、戦力分析の上で出した結論だ。
なにせ相手は素人の子供……ミチオもヒナミも例外なく、抹殺できる自信があった。
「はぁ。ちゃんと寸止めできればいいが……」
などと悩んでいた時だ。
俺の無駄にいい耳が、グラウンド脇の水飲み場から音を拾った。
「――おまえたち、俺と当たったら手加減するのだぞ?」
……あまりよくない言葉だな。
俺はこっそり近づくことにする。
「わかってるな? 貴様らの山田家と田中家は、我が蛇塚家が霊力持ちのオンナをくれてやることで
「「はい……」」
覗き見れば、十代半ばの少年三人が。
そのうちの一人はナマイキそうなお坊ちゃまで、残る二人は山田くんと田中くんだった。
色々勘違いして弁当を捧げてきたコンビだ。
「いいか? 俺が強く見えるようにしろ。いい具合に苦しんで倒れろ。そうすれば将来、霊力の高いオンナをやろうぞ」
などと言うナマイキ坊ちゃま。間違いない、ドブの者だな。
「なるほどな……(こういうの、よくあるわ)」
霊奏師界はパワーゲームだ。
多くの財力・多くの契約概念霊・そして良質な精子と卵子を持った名家が、それらをカードに、興ったばかりの家を従えているケースはざらだ。
逆らってもいいことはない。
カードが手に入らないばかりか、霊奏機関・特別監督部署『
その『老中會』ってのは強力だった引退霊奏師の行きつく先だ。
つまり名家の者ばっかってことで、ナマイキな新参家など合法的にボコボコだよ。
オウマ総帥の台頭以降、露骨すぎることは出来ないが、寄ってたかって嫌がらせ程度はしてくるだろうな。
ドブモンチャンピオンズリーグってことだ。
「わかったな、山田に田中。当たったら上手くやられろよ?」
「「はい……」」
「返事が小さいぞッ! 蛇塚家に見捨てられたいのかァ!?」
「「はいっ……!」」
仕方ないことだ。
仕方ないことだが、
「――気に喰わんな」
気付けば、俺は前に出ていた。
「そっ、空鳴カナタ!? なぜここに!?」
「黙れ、
「なぁっ!?」
なぜここに、と聞きたいのは俺自身だ。俺はなぜ前に出たのか。
ふむ……【人形】がいじったせいで、身体くんがまた勝手に動いたのだろうな。
中身モブの俺に、いらないトラブルに頭を突っ込むような肝があるわけないからな。
違いない。
「きっ、貴様、我が蛇塚家とこいつらの関係に、文句を言う気ぞあるまいな!?」
「別に。こちらは部外者だからな。八百長など好きにするがいい。ただ」
ただ、
「おまえのような屑を
「ヒッ!?」
「当たったらせいぜい、上手くやられろよ?」
顔を寄せて囁くと、彼は「うわああああああーーーーーッ!?」と喚きながら逃げてしまった。
……やれやれ身体くんめ、過激なこと言いやがって。
俺にそんな暴力性、あるわけないのにな。
「ひ、ひぃっ……!」
「空鳴、カナタぁ……!?」
んあ?
「まだいたのか、おまえたち」
山田くんに田中くんが怯えていた。
どっちが山田くんで田中くんかぶっちゃけわからんが、まぁセットで覚えときゃいいだろう。
てか彼らとは縁があるなぁ。
「おまえたち」
「「ッ!?」」
あーあー、ビビらなくてもいいっつの。
「あれから、食事は出来たか?」
「えっ?」
「霊力と体力は回復したか? 万全の状態であらねば、模擬戦に挑むのは危険だぞ」
「はッ、ぇとっ、はいっ……! だ、大丈夫、です……!?」
「それはよかった」
あっ、そういえば口調崩れたままだった。
向こうは中学生くらいで、俺は0歳だ。敬語じゃないと失礼だろう。
その件について謝ろうとしたところで、
「あのっ、なんで、助けてくれたん、ですか……?」
「ん~?」
助けた?
ああ、この子たちから見たらそうなのか。
「別に。ただ気に食わん小僧を脅しただけだ。まぁ、実際に当たったら本当に嬲るが」
「「ひぇっ」」
寸止めはするが、手加減する気はないんだよ。
俺の中身はモブだからな。
ビビリなんだよ。
死ぬのが怖い。
だから油断こいてブッ殺されちゃいました――なんてことにならないよう、悪いが本気で行くつもりだ。
「おまえたちも、好きにしていいぞ」
「「えっ」」
俺は二人をしげしげと見た。
「ふむ……(よく考えてみれば)」
この二人、先ほどの運動能力テストでは、どの記録も〝そんなもん〟程度だったはずだ。
ちょうど平均値かそれ以下程度。
それが二人揃って仲良くだと? ありえんよ。
「先ほどの男の手前、手を抜いていただろう?」
その問いかけに、二人はビクッと震えて、押し黙った。
「……やはりな。まぁ、脅されている光景を見れば誰でもわかる」
あの蛇塚という男は優秀ではない。
デキる霊奏師は必然的に名が轟くからな。
未来を知る俺の記憶にないってことは、そういうことだ。
「そもそも優れているなら脅迫などせんからな。おまえたちのほうが優秀という証拠だろう」
「それは……っ」
「関係を切る覚悟をしろ。さもなくば、使い潰されるぞ?」
――俺の父親みたいにな。
一周目の父ミチタカは、強力な概念霊を相手に
ぺこぺこと従い続けてもソレなんだ。
従順な家畜は、いつまでも家畜で終わるだけだぞ。人権が貰えるわけないだろ。
「『老中會』はおそらく、蛇塚の小僧とおまえたちにセットで任務を振り続けるだろう。いざ殺し合いの場でも、おまえたちは加減を強要させられる」
「それ、は」
「死ぬぞ」
「!?」
俺は、二人の名前も未来で知らない。
それはつまり、そういうことになった可能性が高いってことだ。
「概念霊の攻撃は一撃必殺性も高い。坊ちゃまの手前、わざとモタモタ振る舞って、攻撃が当たったら死にました――なんて。そんな人生で満足か?」
「うぅ……」
「それに才能も本気で振るい続けねば錆びる。いざとなってから必死になっても、もう遅い。おまえたちはそれでいいのか?」
「よく、ない……」
「そして雑魚が幅を利かせる家は、いずれ衰退する。アレに従っていても未来はないぞ?」
「っ……でも……だけど……!」
二人が呻くように呟いた。
「それは、未来の話でしょう? 少なくとも今は力があるんだ……そんな家に逆らったら……っ」
「そうだよ。『老中會』に蛇塚の縁者がいるうちは、従わないとどうなるか……!」
それはたしかにな。ならば。
「この空鳴カナタが
「「えッ!?」」
二人は目を丸くして顔を上げた。
そんなにおかしなことを言ったか?
「無責任に
「っ!?」
「無理な任務を振られたならば、そこにたまたま居合わせよう。そして誓うさ。必ず、おまえたちを生きて還すと」
――それでだいたい解決だ。
今の霊奏界はニホンの守護神、不知火オウマの天下にある。
直接的に怪我を負わせるなど、違法な手段に及んでみろ。
終わりだよ。
あの人は、違法行為を絶対的に許さない。裁判を通さずに殺しにくるさ。
「忍び寄る手は不知火オウマが防ぐだろう。ならば」
少年たちの背に手を回し、抱き寄せてやる。
「この空鳴カナタは、見えない悪意からおまえたちを救ってやろう」
「っ……!」
「大丈夫さ、もう大丈夫。もう不安なんてないからな?」
優しい声で囁いてやる。
すると彼らは喉を鳴らし、やがて嗚咽を漏らし始めた。
「あぁ、ああぁあぁああぁぁあぁぁあぁあああ……!」
――〝辛かった、苦しかった〟と。
涙と共に、十代の子供として当たり前の本音を溢れさせた。
「おっ、俺の家はっ、父さんが霊奏師だけど身体弱いんだ……! 蛇塚に与えられた母さんは、俺を産んでさっさと逃げちゃったけど、それでも父さんは、男手一つで育ててくれて……!」
「じっ、自分の家は、先祖が蛇塚家に借金を残したんだ……! まともに働いたんじゃ返しきれない、莫大な借金を……!」
二人の背景は重かった。
まだ若いのに、ずいぶんな重荷を背負わされたものだ。
でも、大丈夫だ。
「もし逆らったら、父さんに厳しい任務を振られて、死んじゃうかもって……ッ!」
「そうかそうか。ならばお父上も助けよう」
「蛇塚家に利息を上げられたら、家族が奴隷になるかもしれなくて……!」
「そうだったのか。ではこの空鳴カナタが借金を支払ってやろう」
二周目の俺には、それなり以上の力がある。
幻想金属『
ならばそれらの使い時だろう。
「よしよし。もう安心していいからな」
涙を全て受け止めてやる。
いつか未来の危機のため、見どころのある彼らには成長してもらおう。
「おまえたちは、もう自由だ」
「「!!!」」
「おまえたちを縛る鎖はない。この、空鳴カナタが断ち切った」
視線を上げて、二人と目を合わせる。
「これからは感情のままに、魂のままに振る舞うがいい。総て自分が許してやろう」
「「ッ……!」」
――もはや彼らの目に悲しみはなかった。
あるのは決意と、俺への感謝と、そして。
「才能のままに、暴れたいか?」
「「はいっ……!」」
「あの蛇塚という餓鬼を、嬲りたいか?」
「「はいッッッ!」」
「いい返事だ」
蛇塚家への殺意に目覚めていた。
いいぞ。霊奏師は戦闘職だ。敵をぶっ殺したいという感情は、何よりの武器になる。
その目覚めっぷりに満足し、もう一度優しく抱きしめてやる。
「おまえたちはとても良い子だ。信じているぞ、山田に田中?」
ふぅ、いいことしたなぁ俺。
なんか身体くんも悪びれた言動しなかったしな。
「ふふ……(なんだよ、普通に友達作れそうなムーブできるじゃん)」
これで二人とも、俺に友情感じちゃったんじゃないかな?
親しい感じで『カナタくん!』とか呼んでくれると嬉しいなぁ。
「「あのっ」」
お、呼ぶか? 呼ぶか? カナタくんって呼ぶか?
「「ありがとうございましたッ、カナタ様!」」
……なんか様付けになりました。
なんでぇ?
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Tips】
山田くん:蛇塚家の家来的立場。思春期の少年には耐えられない扱いを受けていたところを、空鳴カナタに救われて覚醒した。カナタ様しゅき。
蛇塚、ころす~~~!
田中くん:蛇塚家の家来的立場。屈辱の日々に冷え切っていた心を、空鳴カナタの甘い優しさに溶かされて覚醒した。カナタ様しゅき。
蛇塚、ころす~~~!
空鳴カナタ:(友達が欲しかっただけなのに……)
ちなみに、どっちが山田で田中かわかっていない。
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