第35話 山田・田中「社会を壊して、カナタ様!」/正義になりたいカナタくん!



 この日、山田と田中は『運命』に出会った。



「そう畏まる必要はない。では、試験で会おう」



 尾を引くように外れる朱金妖眼ヘテロクロミアの眼光。

 振り向き、去っていく細い背中。

 シルクのような白い髪を揺らし、徐々に離れゆく後ろ姿。


 ――恐るべき邪悪、空鳴カナタ。


 忌むべきはずの相手であるのに……彼と出会った山田と田中の心は、忠義と感謝に溢れていた。



「カナタ様……!」


「オレたちの、魔王様……!」



 ――自分たちの今までの人生はなんだったのか。


 つまらん小男にかしずき、気を使い、人格も才覚もドブに捨てたような日々。


 嘆かわしい。一分前の自分たちに、返す返すも反吐が出る。


 ……そんな終わっていた自分たちを……!



「カナタ様は、救ってくれた」


「全ての憂いを晴らし、あの小男を〝嬲ってもいい〟と言ってくれた……!」



 ――こんなに嬉しいことがあっていいのか!


 山田と田中の霊力が膨れ上がる。

 歓喜の熱情に魂が荒ぶり、今まで制限していた力が、圧となって解放された。

 轟ッ、と凄まじい熱風が二人から吹き荒れる。



「ありがとう、カナタ様……! オレたちの鎖を千切ってくれて。殺意って『悪』を、認めてくれて……!」



 無造作に伸びた山田の前髪が舞い上がる。


 ――嫉妬深い蛇塚の手前、隠し続けてきた麗しい流し目が露わとなった。



「カナタ様は『悪人』ですよ。柔らかい身体で、あんなに優しく抱きしめて……暴力性を全部肯定されたら、オレたち堕ちちゃうじゃないですかァ……!」



 田中のビン底眼鏡がフレームごと砕け散る。


 ――殺意の狂笑が刻まれた、冷たい美貌が姿を現した。



「あぁっ、みんな勘違いしていたんだ……! カナタ様は、忌むべき悪なんかじゃァない!」


「総てを包む、優しい闇ッ! あんな人こそ霊奏界の頂点に必要なんだっ!」



 二人は、完全に脳を焼かれていた。



「オウマ様も素晴らしい……。でもあの人は、過激であれど正義。光の人なんだ。闇の底までは照らせない」


「国家の混乱を考え、霊奏界の完全改革までは成せなかった。因習が残った。でも、カナタ様ならやってくれる……社会をぶっ壊してくれる……!」



 そして作り上げてくれるだろう。

 権威だの財力だの、そんなツマラナイ概念から解放された、『力量だけが上下関係を作る純粋な世界』を……!


 あぁ、カナタ様――!



「「オレたちは、アナタの『邪悪』に光をもらった……!」」



 もう相手の姿は見えない。

 とろけるような甘い香りだけを残し、白き魔王は消えていった。


 されど、山田と田中は傅いた。


 蛇塚家のようなゴミ相手ではなく、本気で愛した『主君』に対し、礼を執った。



〝ありがとうございます、カナタ様。認められた殺意のままに、ぶっ殺してきます……!〟



 くびきから放たれ、暴走を開始した山田と田中。

 闇に散るはずだった才能が、悪しき魔王の手により覚醒した瞬間である。


 ゆえに――彼らは永劫気付かないだろう。



「はぁ……(山田くんと田中くん、普通に接してくれたらいいのに……)」



 心から慕う邪悪な魔王・カナタ。


 彼が実は、〝お友達になれたらよかったのに~〟などと、ふんわり思考をしていることなど……!



 ◆ ◇ ◆



『絞めていいっすか~~~~!?』


「「「うわああああああああ金髪全裸包帯お姉ちゃんが追いかけてくるうううう~~~~~!?」」」


「こら【一反木綿】、子供たちを追いかけ回すな。進化したおまえの姿じゃ性癖が終わるだろ」



 休憩も終わろうとしていた頃。

 テキトーに憑霊たちを広いグラウンドで遊ばせていた、その時。



「おぉ~~~い、カナタの旦那~~!」


「ぬ?」



 快活な声で、俺を旦那と呼ぶ者が駆けてきた。



「ヒノスケさんですか」


「おうっ、村正家の天才若頭たぁワシのことぜよ!」



 現れたのは赤銅髪の半裸ムキムキ鬼タトゥーお兄さん、村正ヒノスケさんだ。

 その手にはアタッシュケースが握られていた。



「相変わらずガラの悪い見た目してますねぇ。そのケースの中はヤクとか?」


「ワシを極道と言いたいんかいっ。……まぁ実際、このケース持ち歩いてた時には警察に呼び止められたがの。三回も」


「むべなるかな」



 ニホンの警察がしっかりしている証拠だな。


 そんなヤクザ紛いのヒノスケさんだが、こう見えてニホン最大鍛冶グループ『村正組』の若頭。

 つまり大企業の社長息子だったりする。見えないよなぁ。



「旦那のほうは、相変わらず暗黒イケメン美少女じゃのぉ」



 暗黒イケメン美少女ってなんだよ。



「それでどうしたんです? まさか自分の応援でも?」


「カナタの旦那なら応援なんていらんじゃろ~。さっそく空中で大爆発なんぞ起こしおって、世間を騒がせるような御仁に」



 苦笑しながら携帯を見せてくる。

 その画面には、



『世間騒然! 〝リベルタリアの攻撃兵器か!?〟関東上空で見られた爆発、試験場より漏れた空鳴カナタ氏のものと判明』



 と、ネットニューステロップがデカデカと出ていた。


 ……普通に騒ぎになってんなオイ。

 しまったなぁ。〝社会を平気でぶっ壊すような人間〟だと思われたらどうしよう。

 俺は小市民なのに……。



「なっはっはっ! 旦那はあくまでただの受験者。この場合の責任は試験監督、ひいてはオウマのとっつぁんに行くわな! 合法的に民衆畏怖させて総帥イジるたぁ、相変わらず極悪ぜよ」



 勘違いなんだが!?



「そんな気はないですよ。たまたまですって」


「あぁそうじゃな、たまたまじゃな」



 そう言って笑うヒノスケさんの目は、〝そういう建前じゃろ?〟と語っていた。

 この人全然わかってねぇし……!



「ま、ええわ。モデルが綺麗で目立って注目されているほど、ワシの作品も視線が集まるからのぉ。オウマのとっつぁんとカナタの旦那は、そういう意味じゃ理想の客ぜよ」



 む、作品だと? まさか。



「旦那用の武装を持ってきたぜよ。幻想金属『緋々色金ヒヒイロカネ』を使用した最新鋭武装・最初の一作じゃ!」



 ずいっとケースが突き出された。おおおおお~。



「どうじゃッ、どうじゃどうじゃどうじゃどうじゃ!」



 突き出されすぎて、俺の頬にムニッと当たった。やめてほしい。



「あ、すまん興奮しすぎたわ。いやぁ~『緋々色金ヒヒイロカネ』はとんでもない金属でのぉ。ワシが【赤鬼】を巫術で宿して筋力ブーストせんかったら、加工も難しい有様で……」


「苦労話はあとで聞きますよ。それよりさっそく中を見ても?」



 俺だって男の子だからな~。

 一周目の世界にはなかった新装備となればワクワクするさ。

 


「ああ、中を開ける必要はないぜよ」



 え?



「『緋々色金ヒヒイロカネ』は幻想金属。現実の金属と違って、色々面白い機能が仕込めてのぉ。霊力を通して〝起動〟と呼びかければ……」



 などと説明を受けていた時だ。

 アナウンスで、『前半組、休憩終了なのじゃ~~~~~~~!』と、モヨコ先生の声が響いた。



『グラウンド中央に全員集まれぃ。特に、ド鬼畜問題児不良のカナタは一番に集まれ! おぬし、休憩中にジュース買いに行く感覚でヒトの人生とか破壊しとらんじゃろなぁ?』


「してませんよ、失礼ですね」



 むしろ善行したっつの。

 山田くんと田中くんって子たちを助けたり。



「おぉ~時間かぁ。満足に説明できんのぉ。開発経緯と苦労話含めて二時間くらい説明したかったんじゃが」



 ヒノスケが肩を落とした。二時間は困るて。



「ま、ええわ。とにかく役立つモノってだけおぼえちょれ」


「ざっくりですねぇ」


「はは。どーせガキンチョ相手の試験なら、ソイツがなくとも旦那が落ちるこたぁないからの」



 笑いながらケースを託される。


 まぁたしかにな。むしろオーバーキルになるんじゃと悩んでたくらいだし。



「あ、最後に武器の名前だけ聞いても?」


「おうっ、いい感じの名前をつけたわ!」


「へ~」



 いい感じの名前ってなんだろ?


 霊奏師は子供にとってヒーローみたいなものだからなぁ。

 ヒーローの武器みたいに子供が憧れるような名前だといいなぁ!

 人気出た霊奏師は、テレビに呼ばれたりフィギュア化したりグッズ化するし。



「ふふっ(子供たちがオウマ総帥の刀『絶鋼・断罪狼』を模したおもちゃを振り回してるの、よく見るし~~~!)」



 正義っぽい名前の武器、こい!



「それで、名前は?」


「おう、『業魔絶鋼・地獄鳥』じゃ」



 悪役じゃねえか。



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