第69話 とある罪人の回顧録/ダブルバブみバーガーカナタくん!
〝■■。あの店から金目のモノを奪ってこい〟
〝捕まれば殴り殺されるが、できなきゃオレたちが殴り殺す〟
〝さぁ、どうする?〟
――『罪人番号・ヲの四一七』、通称:シイナ。
彼にとって世界はクソだった。
生まれは『中華煌星連邦』。その貧民街の隅で、息をひそめて虫のように生きていた。
親など知らない。母の乳ではなく、生ゴミの腐汁を啜って育ってきた。
友など知らない。少年グループの一員になるも、そこにあったのは搾取の日々。身体の小さかったシイナは嬲られ、命令されるがままに窃盗を働かされていた。乳歯は全て、捕まった際の折檻により砕け散った。
最悪だった。汚泥のような環境だった。血の小便が出ない日はなかった。心は常に渇いていた。
だが、別に珍しい境遇でもなかった。
三十年前の『第二次霊滅大戦』敗北――それはニホンのみならず、大東亜連合の一翼たる中華連にも、極めて甚大な経済ダメージを与えたからだ。
それによって生まれた捨て子などごまんといる。
シイナはその一人であり……そして。
〝ふっ、ふざけるな■■! おまえっ、マフィアに拾われたからって、復讐なんて――ギャッ!?〟
シイナは、運が良かった。
涼やかな美貌に育った彼は、例の少年グループにより、売春を強要された。
だが彼を買った男はマフィア。それも、戦後中華連の裏社会を総べる組織『
事情を察した裏社会の王は、彼を抱かず、代わりに思い付きで『
そしてこう言ったのだ。
〝■■ちゃぁん。気に入らないヤツをブッ殺すと、面白いワヨォ~?❤〟
――クソ野郎だと思った。
だが従ってみると、たしかになかなか愉快だった。
これまで拳で自分を屈服させてきた少年グループの上位層。彼らを銃の力で虫のように撃ち殺すのは、なんとも気持ちがすく思いだった。心は渇いたままだったが。
〝アナタ、才能あるわね❤ クソ野郎としての才能が❤〟
――そうしてシイナは堕ちていった。順風満帆に仁義から外れた。
〝『
一般人を徹底的に食い物にした。
強盗・脅迫・詐欺・恐喝・洗脳――様々な手段で不幸にした。
気に入らなかったからだ。家族があって家があって、いわゆる普通に生きている者たちが。
何を人畜無害な顔をしているのか。いっそ上流層よりも、中流層とよばれる者たちこそシイナは恨めしかった。
上流層の連中は、人を踏み台にしている自覚がある。自分を特別だと認知している。多額の人道寄付をする者が多いのも、金がある以前に、『持つべき者の務め』を理解していることが大きい。
だが中流層は別だ。上の連中を〝いいなぁ〟と見上げるばかりで、踏み台の存在にすら気付かない。何もしない。
自分たちが十分に幸福だと知りもしないのだ。だから嬲り続けた。笑顔で略奪した。心は渇いたままだったが。
その果てに、
〝あらァ、出世頭の■■ちゃぁん。アナタ、霊力の気配がするワ。よっぽど――ヒトに恨まれたのネェ?❤〟
シイナは、霊能力に覚醒した。
そして万能の概念霊【再生】と邂逅。
なぜだか魂の波長が合った彼は、契約にも成功した。
悪事の魔の手を拡大させて、一気に『
誰もが妬むギャングスターの道を歩んだ。心は、やはり渇いたままだったが。
〝幹部■■ちゃん。アナタ、ニホンの支部に出向なさい。あの国、不知火オウマって男のおかげで好景気だからネェ~。ちょっと色々掠め取ってきてヨ❤〟
上等だ。
景気がいいということは、幸せな家庭が多いということだ。
全員不幸にしてくれる。
かくして乗り込んだ果てに――不知火オウマに、ズタボロにされた。
雷撃の刃で滅多切りにされた。
紫電の拳で顔面を殴り潰された。
歯を折るどころか、口内を消し炭にされた。
そして。
〝■■――否、『罪人番号・ヲの四一七』。組織の情報を全て吐け〟
〝吐けば裏切り者として殺されるだろうが、吐かなければ俺が殺す〟
〝さぁ、どうする?〟
……世界はやはり、クソだと思った。
そうしてオウマの手足となり、クソ野郎の集団『八咫烏』の一員として、容赦なく働かされ続けた。
最悪を超えた最悪の日々だった。死線で縄跳びしているようだった。
戦力を減らさないために、仕方なくクソ仲間らを庇っているうちに、なぜか副隊長までのし上がった。
出向の多い『隊長』に代わり、相談事やメンタルケアまでやらされた。
〝シイナさんッ、敵を前にナイフ舐めてたら舌が切れやした! 【再生】で治してください!〟
〝シイナパイセン、甘い配食増やしてくれるよう不知火オウマに頼めません……? やっ、自分で言うのは怖いっすからぁ~!〟
〝シイナ副隊長、テレビが見たいです! オウマの野郎に頼み込んできてください! 泣いて頼めばアイツもドン引いて許してくれますって!〟
忙しい日々だった。溜息を吐かない日はなかった。心の渇きを感じている暇もなかった。
こうして闇の底で、惰性で必死に生き延び続けて――そして、そして。
〝だっておまえたちは今、尊敬できる生き方をしているだろう?〟
赤ちゃんが、光をくれた。
◆ ◇ ◆
「よく来てくれたな、『八咫烏』。そしてシイナよ」
いやぁ~来てくれると思ったわぁ『八咫烏』。危険な相手にはとりあえず突っ込まされるからな。
あまり頼る気はなかったが、少しばかり事情が変わった。
「シイナ。実は『八咫烏』で保護してもらいたい二人が――」
シイナさんと目を合わせると、不意に、ツーっと、彼は涙をこぼした。
「カナちゃん……!」
「!?」
えっ、なに!? なんかあった!?
「あぁそうやっ、僕はな! 上の連中を傷付けたい以上に、下の連中を――自分と同じような行き詰ったヤツらを、守りたかったんや!」
「!?!?」
えっえっ、なんの話!?
「導きたかったんやッ! あの晩餐会の夜に、キミがみんなを受け止めたようにッ!」
「あの」
「僕は気付かされたでッ! オウマの野郎には言いたかないが、闇の底でアホ仲間たち引っ張ってる今が、僕にとっての幸せなんやと――!」
「いや」
「カナちゃぁああああああーーーんッッッ! 全てを呑み込む真の邪悪さで、世界を包み込んでくれぇぇぇえええッッッ! カナちゃんが唯一頂点に立てば! 『地球皇帝』になればこの世に雑多な悪も格差も一切なくなってみんな幸せにィイイイッ!!!」
地球皇帝って何!?
「カナちゃんッ、いつか宇宙を手に入れてくれや……!」
「えぇ……」
なんかシイナさんが興奮していた時だ。
彼の頭にどしん、と。赤毛ツインテールの少女が降り立った。
最年少の『八咫烏』メンバー、ハニーちゃんだ。いじめを苦にクラス全員爆殺した子だったな。
「うぎゃぁっ、なんや!?」
「なんやじゃないっすよ、シイナ副隊長~」
彼女の腕には、俺の姉・空鳴ヒナミが青い顔で抱えられていた。
おぉ助けてくれたのか。なんでヒナミ姉さんがここにいるのかは知らんが、ともかくありがたい。
「助かったぞ、ハニー」
「へへーっ、どもっすカナタパイセン! 超絶有能なハニーちゃんっす!」
明るく笑う彼女。
よかった。晩餐会で会ったときは色々無理している様子だったが、今は憂いもないようだ。
「はぁ~。こんな自分に比べて、副隊長ときたらぁ」
彼女はシイナさんのほうを見て溜息を吐いた。
「な、なんやっ!?」
「いつもみたいに発狂してる場合じゃないっすよ。ちゃんと状況を察して働かないと、カナタパイセンに嫌われちゃうっすよ~?」
「むんむっ! カナちゃんはそない狭量ちゃうわボケッ! 解釈違いやッッッ!」
「あんたはカナタパイセンのなんなんすか……」
言い合う二人。「カナちゃんは闇! 包容力の塊! 母性ありまくり赤ちゃん過ぎて母乳出るんや! 僕の勘は当たる!」「きっしょっ!?」などと喚いている彼らの側に、セツナさんがふわりと舞い降りた。
彼女の腕には妹のシャロちゃんが。こっちも助けられたようだな。
「ただいまです、カナタさん……」
「?」
彼女の声は、どこか暗い。外傷はないように思えるが。クール系美少女に戻ったか?
「どうしたセツナ。何かあったか?」
「っ」
俺の問いに、一瞬彼女はビクッと震えた。
……異変があったなら言ってくれなければ困る。概念霊【消失】は『八咫烏』らの出現に警戒している様子だが、それも長くは続かないだろう。
「今は戦闘中だ。言うべきことは迅速に言え」
「は、はい」
そして、意を決したように彼女は告白した。
「シャロとヒナミさんがここにいる件。それはどうやら、わたくしのせいみたいです……!」
なんだと?
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【Tips】
『
百年前の『第一次霊滅大戦』引き分け後、アメリカの崩壊と『神聖リベルタリア帝国』の樹立に続き、清朝でも革命が起きたことで興った国。
大東亜圏(アジア系国家全土)の盟主として権勢を誇っていたが、しかし、三十年前の『第二次霊滅大戦』敗北を受け、経済崩壊。
貧民街が広がり、シイナのような捨て子を多く輩出する事態となった。
『
女口調でゆんゆん話してくるが、それでナメるとブッ殺してくる。超厄介。
金儲けのためなら暴力を厭わない危険な組織だが、戦後裏社会の覇権を手早く握ったことで、結果的に中華連の情勢を落ち着けた側面はある。
数年前に中華連に乗り込んだ不知火オウマにボゴバギにされて崩壊した。
『霊力の覚醒』:シイナに起こった事象。
一般人の子供が霊力を得るケースは稀に起こる。一説には、集合無意識がそうさせるとされている。
たとえばヒトから、鬼や悪魔と例えられ、恨まれること。
強くそうされたことで人外=霊能力者になるとも。
さらに言えば、霊力持ちの家から霊力持ちが生まれやすいのは、〝霊力持ちの子なら霊力持ちだろう〟という人々の意識がそうさせている説もある。
シイナさん:糸目のお兄さん。母乳の代わりに腐汁を啜って生きてきた29歳。
最近ちょくちょく発狂しているのは『八咫烏』内で有名。
頼りすぎたかな……とみんな反省し、メンバーがちょっと立派になったどうでもいい話がある。
〝真の邪悪たるカナチャンが地球皇帝になれば雑多な悪も格差も消滅するんや――!〟
という絶対赤ちゃん独裁主義に目覚めた。眠れ。
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ここまでありがとうございました! 次回、【消失】戦終了!
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