第60話 平賀ナシロという女/襲来の予感
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前話昼頃ちょぼちょぼ追記。
ナシロちゃん【Tips】に
〝※カナタにふわっと近づいた瞬間に素性から目的まで全部言い当てられたうえで自分の欲しい言葉と目標をドチャクソ与えられて秒で好感度60%くらいから120%オーバーになった。〟
と補足入れました。本人目線だともはや神です。
オウマ様はなんか勝手に気力120%になりました。
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『このままでは、人類は滅亡する……!』
――平賀ナシロの生家『平賀家』。
大正時代より霊奏科学の発展に努めてきた家である。
霊奏科学とは、物理法則より逸脱した霊的物体を取り扱う学問のこと。
〝不壊の霊装と絶壊の霊剣をぶつけたら何が起こる? またその結果はどのようなメカニズムでもたらされる?〟
――それがわかれば敵の能力の攻略に役立つだろう。
〝個々人の霊力より生み出された自然物質にどのような差異がある? 霊火の一℃あたりにおける酸素消費量は? 霊水の沸点・凝固点は?〟
――それがわかれば術の応用に役立つだろう。
〝概念霊の進化とは具体的にどれほどの霊力を持った霊奏師を何人喰えば起こる? 体積に関係はあるのか? 霊奏師の年齢が若ければ、魂もそれほど瑞々しくて進化に寄与するのか?〟
――それがわかれば敵の予想外な進化が、予想外ではなくなるだろう。
〝概念霊は満足すれば昇天するが、『旧支配者』と呼ばれる霊たちは、なぜ消えない? どんな違いが? どこか現界を維持する器官でもあるのか?〟
――それがわかれば、『旧支配者』らの打倒を狙えるかもしれない。
それが霊奏科学。
近代以前においては
志す者は多い。もしも霊の討伐・霊奏師の強化に役立つような発見をすれば、莫大な褒賞金が支払われるからだ。
そんな中で――霊奏科学者・ナシロは、極めて高潔だった。
『どうかみんなに、幸せになってほしい……!』
金や名声なんてどうでもよかった。彼女の心にあるのは平和の願いのみ。
ほしいのは、霊奏師が安全に任務をこなし、民衆たちが犠牲にならずに笑顔で暮らせる世界。
『わたしがやってみせるんだ!』
それを実現するために努力した。
幸い、ナシロには極めて優れた頭脳があった。
平賀家という最高の研究環境があった。
だからこそ、全て捧げた。捧げ続けた。
『ママとパパの優しいキスも、妹のハグも全部いらない。わたしはみんなのために生きる』
そう決心したのが七歳の時。
それからは十年間、研究室に籠り続けた。
『概念霊の出現・強化には、ヒトの意識だけでなく、全ての知的生命体の意識も影響するとわかった。もちろん概念霊も含めて』
そして概念霊の意識は強い。
そこであえて敵概念霊の前で〝己が霊の情報開示〟をすることで敵に意識させ、こちらの霊的性能をブーストできるテクニックを生み出した。
『霊は時の象徴たる時計を意識する。だからあえて少しだけ遅い時計のある部屋に封じれば、昇天を遅らせられることがわかった』
これにより霊と契約できる者は10%以上増えた。
概念霊を捕獲しても、適合できる者が『封印地』にやってくるまでに消滅してしまうことがある。
そのようなすれ違いが起きる確率を減らすことができた。
『霊はヒトの夢が込められたモノが好き。だからアニメや漫画や音楽に鎮静効果があるとわかった』
『擬獣化した霊は雨の日、擬人化した霊は日曜日に出現率が落ちる。だから霊奏師はそういう日は休みやすいとわかった』
『火系の概念霊は水に関する言葉を嫌うなどするが、どんな概念霊も総じて〝聖歴2053年〟という言葉を嫌うとわかった。――2053。エンジェルナンバーにおいては〝新しい始まり〟を意味するめでたい数字のはずだが? ともかく嫌がらせには使えそうだ』
その他にもさまざまな発見をした。
研究に没頭し、没頭し、睡眠も削り、そして友の一人もいないまま、十七歳を迎えた。
そこで……聡明な平賀ナシロは気付いた。
気付いてしまった。
――『あっ、人類詰んでるわ』と。
……小手先のような強化や工夫では、ヒトはいつまでも、概念霊に脅かされ続けるとわかった。
まさに全ては焼け石に水。
散発的に現れる概念霊を多少上手く狩れるようになっても、現状の社会を維持するのが精いっぱいだろう。
いつまでもヤツらの……『旧支配者』らの討伐方法は、いつまでもいつまでもいつまでも見つからないではないか。
〝嗚呼。もしもこのまま、『旧支配者』級の概念霊が増え続けたら?〟
――終わりだ。
現状のヒトの力と研究速度では、人類は守り切れないと分かった。
だからもっと自由な研究を。
そして、
〝そこまで不安がるな。いざとなれば、最強のオウマ様がいる!〟
――ふざけるな! そうナシロは叫び、絶望した。
不知火オウマは確かにすごい。
戦後の荒廃したニホンに光と秩序と正義をもたらした。それは認めよう。
が、それゆえに彼に信奉して正義の使徒になり、依存する者が多すぎる。
こんな連中のいる光の道では、結果が出る前に人類が滅びかねない。
だから――。
『墜ちてやる。闇に堕ち、霊媒師になってでも、わたしは人を救ってみせる……!』
ゆえにナシロは禁忌に染まった。
霊媒師となり、立ち上げた組織に付けた名は『逆十字』。
――〝正道に背き、それでも人に
『そうだ。人の未知の形……亜人を作ろう。強い強い亜人を造ろう。そして増やして社会にぶつけてやろうじゃないか。今の人間たちに、どれだけ自分たちがスペック不足か、わかってもらうために……!』
未来のために今の人類に危機を与える。
亜人の脅威を思い知らせる。
そうすれば、最初は混乱するとしても、〝あれだけの強さが手に入ったら〟と、亜人の量産や後天的な亜人化実験を始めてくれるかもしれない。
強い者が増えれば、今よりはきっとマシな社会になる。
強くなった者らがさらに強さを極めていけば、『旧支配者』にも届く刃になってくれるかもしれない。
そんな未来のための一石になってやろう。
『はは。わたくしめは、なんて外道……!』
いつしか口調は芝居がかっていた。
自分は若い女。凶悪霊媒師のリーダーとして、少しでも威厳を出すためである。
だが本当は……仮面を付けたかっただけかもしれない。
自分の下劣な行為から目を背けるために。
そして。
〝平賀ナシロ。
五年前、不知火オウマに断罪された。
組織は破壊された。容赦なく首を落とされた。ああ、
『だとしても――!』
それでもナシロは諦めなかった。
たとえ『本物の自分』は死ぬとしても。作り上げた仮面だけは、『自分の記憶を受け継いだ電子仮装人格』だけは、ネットワークに逃がした。
全ては人のため。
血の雨の果てに、人類を救うために。
これまでの犠牲を無駄にしないために。
『外道な亡霊になってでも、わたくしめは、諦められないのですよ……!』
そして五年。
気を抜けば霧散しそうな電子の海の中、泳ぐ術をようやく身につけた彼女は、現世で動く代行者候補に接触した。
その相手は――空鳴カナタ。
携帯などを通してずっと様子を伺っていた。
彼はまさに邪悪。数多の優秀な人材を次々と篭絡せしめる堕落の王。
世界を奪うために恐ろしきオウマすら利用せんと契約した彼に、ナシロは迫った。
『どんな代償を求められるとしても、ヒトの未来のためなら』
そう覚悟して接触した彼女は……ほんの数言で、溶かされてしまった。
〝ナシロ。おまえは優しいな〟
声が、漏れそうになった。
誰にも理解されなかった情……。
外道行為の裏に隠してきた〝人を救いたい〟という想いを、はじめて、汲み取られた。
そして。そして。
〝
『!?』
未来の、世界の支配者。
誰のことを言ってるかは決まっている。
空鳴カナタ、自身のことだ――!
〝どうだぁナシロよ? まだ、違法にこだわるかぁ? 人類を救う大業を、子ネズミのようにコソコソと行いたいかぁ!?〟
カナタは全てを理解してくれた。
〝チンケな犯罪者じゃぁなく、誰もが憧れる大科学者になりたくはないかぁ!?〟
その上で、新しい道を示してくれた……!
正道より墜ちた邪道の底で。
二つの道よりずっとワクワクする『覇道』を、彼は示してくれたのだ――!
〝どうせ本物のおまえは死んでいる。
間髪入れずに頷いた。
ないはずの心臓を高鳴らせながら、主君に喜んで跪いた。
ああ――不知火オウマという光を嫌悪し、覚悟して墜ちた闇の世界。
だが闇の中にも、救世主はいたのだ!
『カナタ殿下――未来の世界の支配者様ぁッ!』
そんなわたしの忠誠の叫びを、カナタ殿下は美麗な無表情で受け止めるのだった。
きっと喜んでくれているのだろう。ウフフ。
◆ ◇ ◆
『んん~~ッ! カナタ殿下ちゅっちゅ!』
「はは……(なんだこのネコ)」
顔だけゆるふわネココウモリにじゃれ付かれつつ、クレープ食いながら街を移動する。
クレープ、大人になってから買うのは恥ずかしかったからなぁ。
「あぁそうだ。流石におまえ、『平賀ナシロ』という名を使うのはまずいだろう」
五年前に滅ぼされた霊媒師組織『逆十字』の総帥の名だ。
名家・平賀家からの裏切り者のドブ女としてかなり悪名轟いている。
このままじゃドブネコだ。
それに、
「俺と共にいるということは、おまえの被害者――リルとも接する、ということだからな。彼女には配慮せねばなるまい」
今のナシロは電子人格。
リルを造った『平賀ナシロ』とは正確には別人だが、それでも生存を明かせば、彼女を傷付けてしまうことになる。
憎い仇は死んでいる方が一番丸く収まるんだよ。
『そうでございますなぁ。ならば生まれ変わるという意味でも、カナタ殿下が新しい呼び名を考えて下されっ!』
おう、俺に任せてくれるのか?
「わかった。それじゃあ……」
俺のネーミングセンスが唸るぜ!
う~ん、とりあえず女の子は甘い物が好きだから……。
「よし、〝ガナシロップ〟でいこう。平賀ナシロをもじって、甘いシロップを付け足してな」
『はっはっはっはっは!』
おぉ~笑ってるぞ。
これは気に行ってくれたか、ガナシロップちゃん!?
『カナタ殿下は冗談がお上手ですなぁ~!』
って冗談じゃないんだが!? ガチで名付けたんだが!?
『そういえばあの北条キララ。オウマ信者のいけ好かない女にも、屈辱的なドブネーミングで泣かせていましたなっ!』
「(ドブネーミングて)」
おいおい嘘だろ?
まさか俺のネーミングセンスが悪いって言いたいのか?
友であるキララが、嫌がっていたとでも?
……いやそんなことはないはずだ! ナシロのセンスが悪いだけに決まってる!
はぁ。けどまぁセンスを否定するのは可哀想だからな。ここは俺が折れてあげますか。
「はは、冗談だ、冗談。おまえの呼び名は、まぁ〝ナロ〟でいいだろう」
『おおっ、シンプルイズベストですな!』
今度こそ普通に気に行ってくれたようだ。
……一瞬で雑に考えただけなんだけどな。
ナロよりガナシロップのほうがいいだろ。
あるいはヒラガナちゃんとかガナッシーとかさぁ。
『ではこれよりわたくしめは、平賀ナシロ改め〝電子妖精ナロちゃん〟ですぞ!』
ふよふよ浮きながら喜ぶナロちゃん。
ま、本人が喜んでるならいいだろう。
『世界征服のために何なりと頼ってくだされ。電子関係のことなら、制限もありますが大体なんでも出来ますゆえ!』
「ああ(世界征服はしねーよ)」
ともかく彼女は電子戦ほぼ最強の存在だ。
今の時代、ネットの力は舐められない。
「昔は『現実』で強い霊奏師こそが世界を動かしていたが、今や『電子』で金と情報が動く時代だ。頼りにしているぞ」
『おぉ、カナタ殿下はわかってらっしゃるっ』
そりゃぁな。俺は今よりもさらにネットが発達した〝聖暦2053年〟からやってきたんだぞ?
ただまぁ俺の電子技術は一般人並だ。
だから三年後の〝復活の逆十字・亜人氾濫事変〟の前に、ナシロのことは事件を止めるついでに、仲間にしたいと思っていた。
まさか配下になるとは思ってなかったがな。
『おまかせくだされっ。ネット上でカナタ殿下の悪口言ってるやつの住所特定から、開示請求まで全部ナロがしますゆえ~!』
「(ええ……)」
そんな会話を謎マスコットとしていた時だ。
彼女が『みゅみゅんっ!?』と鳴き、後頭部の尻尾がビンと張った。
え、なに?
『カナタ殿下……。殿下は
「ああ」
幸災楽禍……すなわち〝他人の不幸は蜜の味〟という意味合いだ。
『その霊が発現した能力は、〝他国に起きる不幸の予測〟でございます。具体的には、他国で大災害や最上級概念霊発生が起きる際、三日ほど前にわかるということですな』
悪趣味な力だ。が、その力がもたらす利益は絶大だ。
たとえば侵略したい国があったとしよう。
まともに突撃すればこちらも被害甚大。だが……その国でいつ不幸が起こると分かればどうだろう?
その直後に兵を動かせるようにしておけば、迎撃されるリスクは大きく落ちる。
「それがどうした?」
『はい。帝国の高官のPCには、情報収集のためのウイルスを仕込んでるのですよ。名付けて子猫ちゃんウイルスです。可愛いでしょう』
ああ。やってることは全然可愛くないがな。
『で、その子猫ちゃんが送ってくれた情報によると――』
電子の姿で、ナロちゃんは告げた。
『三日後、最上級概念霊が、ニホン国内に出現するそうです』
……は!?
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