第8話 討つべき邪悪、『空鳴カナタ』



 陽光の差さない、和装の大広間。おそらくは『霊奏機関』の地下施設にて、俺は驚愕の視線を向けられていた。



「ウ、ウジマロ殿の顕装を、破りおったぞーーー!?」

「そんな馬鹿な……」

「邪悪なバケモノめ、よもや手刀で顕装を破壊したと……!?」



 騒ぎ出す霊奏師たち。壱號級の霊奏術を破っちゃったんだから当然か。



「お、おじゃじゃぁあぁぁあぁ~~……! このような赤子モドキに、マロがぁあぁああぁ……ぐへぇぇ……!?」



 マロさんがヘロヘロとへたり込んだ。

 大量の霊力を失ったせいだな。顕装は強力だが、構成・維持する霊力は甚大だ。破壊されればフィードバックを受けることになる。

 悪いことをしちゃったなぁ。


 身体くん、〝すみませんマロさん、お身体は大丈夫ですか〟って心配しよ!



「すまんなマロよ、身体は大丈夫か?」


「!?」



 おーー、ちゃんと言った。敬語は使えてないけど偉いぞ身体くん。



「バッ、バケモノ風情が、なぜマロの心配を……!?」



 そりゃ、良心に従っての行動ですよ。なぁ身体くん?



「貴様が我の奴隷だからだ」


「え!?」


「(え!?)」



 って、なんでそうなる!


 良心に従うんじゃなくてマロさん従えてどうすんだよ。



「ふ、ふざけるなでおじゃるッ。誰が貴様のようなツラだけの外道に従うか!」


「(正論すぎる……)」



 俺はマロさんを応援しますよ。頼むからこのカスボディを言い負かしてくれ……!



「がんばれ、がんばれ。ほぉれ、幼子を言い負かしてみろ」


「おじゃーッ!?」


「(おわー!?)」



 挑発する物言いをするな!


 この身体の変換機能狂いすぎてるだろ……!

 これ絶対、【人形】とか概念霊トリオのせいだよな。責任者出てこい。



「(って……)」



 あれ、この状況かなりマズくね……?


 ここにいる霊奏師たち、俺を危険視して集まってるんだよな? 

 で、そんな俺がマロさんを倒しちゃった挙句、好き放題なこと言ってたら……、



「さッ――殺処分だぁあああーーーッ!」

「やはり『空鳴カナタ』は邪悪生物だ! 殺せ!」

「みんなの力を合わせれば、きっと勝てる!」



 あわわわわわわっ!? み、みんな戦闘モードに入っちゃったんだがぁ!?


 まずいよ身体くんっ、〝みんな静まってくれ〟って言うんだ!


 はい、せーの、



「貴様たち全員、沈めてやろう……!」


「「「!?」」」


「(!?)」



 こ の ク ソ ボ デ ィ が よ ぉおおおお~~……!


 誤変換ホントひどすぎるだろ……!

 しかも感覚でわかるが、めっちゃ今の俺、邪悪な笑みを浮かべてるし……!



「(あーーあ。もう終わりだよ……)」



 怒りからか、ずっと俺を見て顔真っ赤にしてる人や、フゥフゥ息を荒らげてる人もいるしさぁ。


 よし、わかった。身体くんはどうしても俺に逆らうわけね。

 じゃあもう、



〝蹂躙だ。我に逆らう者もみな、奴隷に堕としてイヌのように飼ってやろう……!〟



 って魔王っぽいこと言ってみろ!

 普通なら評価極悪に落ちる発言だけど、身体くんなら逆にイイコト言うってことだろ!?

 はい、せーのっ、



「蹂躙だ。我に逆らう者もみな、奴隷に堕としてイヌのように飼ってやろう……!」


「「「!?」」」


「(!?)」



 って、な ん で 普 通 に 言 う ん だ よ !?


 なぜそこで素直に従う……!

 俺の言うことに逆らうってことは、逆にフレンドリーなこと言ってくれるんじゃないのか!?

 もしや身体くん……邪悪な物言いしか出来ない感じ……?



「こ、この鬼子めぇ……! その美貌を苦痛で歪ませてくれる……!」

「やはりバケモノか、ヒトの怖さをわからせてやるわァァァ……!」

「フゥーッ、フゥーッ!」



 怒り狂う霊奏師たち……。もう和解なんて完全に無理そうだ。

 この身体くん、絶対に頭なんて下げないだろうしね。

 最悪すぎてもう笑えてくるよ。



「ふははははは!」


「「「!?」」」


「(!?)」



 いやホントに笑うなよ……!


 ああ……このクソボディのせいで最悪だ。

 みんなが敵意を向けるのはわかる。けど、



「(二度と、死にたくはない)」



 そう意識し、もう戦って切り抜けるしかないと覚悟を決めた。



「殺してやるでおじゃるぅ、『空鳴カナタ』……!」


「ふふ、どうしてやろうか(どうしてこうなった……)」



 かくして霊奏師らと俺。

 その両方が、同時に踏み込まんとした――その時。




「――そこまでだ」



 瞬間、雷光が轟いた――!


 視界を染める閃光。遅れて響く、轟音と衝撃。それらに晒された霊奏師らは、「ぐああああああっ!?」と呻きながら堪らず吹き飛び、室内の壁に叩きつけられた。

 俺のつよつよボディすら僅かに足に力を入れ、「ふん」と鼻を鳴らした。キミいちいち態度悪いね。


 そして、



「双方、引くがいい」



 焼け焦げ、黒い星のような跡が刻まれた部屋の中央。


 そこには、濡羽色の黒髪をなびかせた、外套和装の美丈夫が立っていた。



「(って、この人は……!?)」



 俺はこの人物を知っている。というか霊奏機関の者なら誰でも知ってる。

 だってこの人は、そこらの会社でいえば、社長に当たる人物なわけで……!



「霊奏機関が総帥――この『不知火オウマ』が、場を預かろう」



 わっ、わぁあぁあ~~~総帥のオウマ様だぁ~~~!



「(ニホンの絶対守護神……その若い頃だ……!)」



 まるでアイドルに会ったような気分だ。身体くんは無表情だけど、俺は内心感動していた。


 特號級霊奏師、不知火オウマ。

 絶対的な力を持つ特號級の中でも、ひときわ最強だという男だ。

 はじめてナマで見たのは霊奏試験の合格式の時か。

 俺が霊奏師になった頃には色々あって衰弱していたが、眼光だけは燃えるように強かったことを覚えている。


 そんな彼の理念は、ただ一つ。



「無用な戦いは控えるがいい。俺は、美しき祖国の大地が、血に染まることは好まん」



 俺たちを睨むオウマ総帥。


 滾る鮮血のような血色の瞳。そこから放たれる眼光には、絶対的な『祖国愛』の意志が宿っていた。



「(おぉぉぉお、これは本物だ……!)」



 徹底的なニホン至上主義。

 護国の鬼武者。

 大和ヤマトの戦王。


 国土防衛と国民守護に命を捧げ、祖国の発展に血道を上げ続けるのが、この不知火オウマという男だ。



「(どんな手を使ってでも、祖国を幸福にせんとする男。だから周辺国からは恐れられてるけど、国民人気は絶大だ)」



 命を懸けて守護してくれる美丈夫。そんな男に国民が靡かないわけがない。

 怒り狂っていた霊奏師らも、現れたオウマ総帥に「オォッ、総帥殿!」「御意にッ!」と叫び、片膝を突いて跪いていく。

 マロさんも「オウマどのぉおおぉお~!」とか言って縋りついた。



「おぉ、オウマ殿が来てくれたなら百人力でおじゃるっ! さぁ、共に『空鳴カナタ』を討ち取りましょうぞっ!?」



 えっ、それは困るんだが!? 戦いたくないし、最強の特號級相手は絶対死ぬぞ……!?


 内心そう戸惑う俺。だがオウマ総帥は、静かにマロさんを見下ろし……、



「先走ったな、ウジマロよ」


「えっ、えっ?」


「〝『空鳴カナタ』に手を出したな〟と言っている」



 そう言って、マロさんに咎める視線を送った。


 え、えっ。もしかしてオウマ様、俺の味方な感じ? なにそれ嬉しい。



「おじゃっ!? そ、それはっ」


「確かに警戒すべき相手だ。だが申し付けたはずだぞ。相手から手を出すまでは――すなわち『邪悪』と判るまでは、殺処分は控えろとな」


「おじゃぁ~~……はい、もうしわけありませぬ……」



 青い顔で肩を落とすマロさん。

 基本高飛車な人だけど、相手が大和の戦王となれば話は別か。



「さて……空鳴、カナタよ」


「(!)」



 ふぉっ、名前を呼ばれた。前世じゃとても考えられなかった事態だ……!


 ほら身体くん、愛想笑いの一つでもして!



「なんだ、不知火オウマよ」



 そう言って身体くんは総帥を見上げ、邪悪に微笑むのでした。


 もう最悪……!



「……本当に話せるようだな。赤子とは思えん。胎教か、あるいは宿した概念霊の影響か?」


「(!)」



 総帥に問われて、俺はハッと気が付いた。


 そうだ……【回帰】の最上級概念霊、肉天使のことを伝えねばと。未来にそんなヤツが現れて、俺は魂を飛ばされてきたんだと。


 時空を歪めて過去に魂を送るような存在だ。

 このままじゃニホンがまずいかもしれませんと、そう伝えようと思ったが……いや。



「語る気はないな。どうでもよかろう」



 俺は黙っておくことにした。


 ……概念霊の出現ルールを思い出したからだ。



「(概念霊……あいつらは、多くの人が概念を意識することで生まれる)」



 たとえば大地震が起きたとしよう。

 そうなれば当然、国民は【地震】という概念を強く意識する。

 すると数日後から数か月後には、【地震】の概念霊って存在が出現しちゃうわけだ。



「(【回帰】の概念霊。その存在を注意喚起なんてしたら、逆にこの時代にヤツを招き寄せることになる)」



 特に、オウマ総帥は意志が強いのが最悪だ。


 多くの人が概念を意識せずとも、圧倒的な意志力を持つ少数の人間が意識するだけで、概念霊が現れるケースもある。


 大怨霊【菅原】なんて良い例だろう。


 大昔、菅原ミチザネという冷遇された男が死に際、復讐鬼となる自分を思い描きまくって、概念霊として復活する事態が起きた。

 ……あのひと今でも年一で蘇るんだよなぁ。一度霧散した概念霊は、強い奴ほど百年単位で現れなくなるんだが。


 ともかくそんなケースもあるんだ。不用意に【回帰】のことは伝えられない。



「(よし……【回帰】の存在は秘密だな。でも手を打たないわけじゃない。ヤツが現れるまで修行したり、あとは)」



 ――本来の歴史では死んでしまうような霊奏師たち。

 そんな人たちを助けたら、未来の助けになるんじゃないだろうか?



「(決めたぞ。未来を知る知識をフルに活かしていこう)」



 俺は二度と死にたくない。

 そんな思いが一番だが、だが総帥ほどじゃなくとも正義感もある。

 生まれた国をバケモノに荒らされるのは御免だ。対策はばっちり立てるさ。



「(オウマ総帥、俺たちニホンを守る仲間だな……!)」



 熱いまなざしを総帥に向ける俺。

 美丈夫の血色の瞳をジッと見つめる。



「ふむ……」



 すると思いが伝わったのか、総帥は「理解した」と言って頷いた。おぉ!?



「空鳴カナタ。貴様は――瞳の奥に黒炎を宿した、討つべき『邪悪』そのものだ」



 えっ。




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【Tips】


概念霊:多くの人間が、一つの概念を表層意識に浮かべることで出現。

その強大さも受けた意識量に左右される。

ゆえに特定の災害・特定の怪談・特定の病魔が流行した際には、強力な概念霊が出現しやすく、注意が必要。

個人意志が強ければ、少数コミュニティ内の情報からも具現するケースがある。

そのためこの世界では、狂乱した意志力を持つ邪教や独裁者はひときわ警戒されている。


総帥:霊奏機関トップの位。

多くの利権と強い発言力を持ち、その政治的影響力は総理大臣以上とされる。

特に第99代総帥『不知火オウマ』の人気は絶大。

全国民に支持されており、彼に『邪悪』と判断されし者は、完全に終わりである。



空鳴カナタ:邪悪な妖笑を浮かべて睨み合ってたら普通に『邪悪』だと勘違いされた人。

残念ながら当然の結末である。

終わり(!?)


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