第9話 配信【魔王と戦王】/俺、犬になります!


 霊奏師らは、知らなかった。


 最悪最美の存在『空鳴カナタ』。

 その誕生から一連の騒動が、ある者により、全て生配信されていたことを……!



われを誰だと心得る? ――こうべを垂れよ、下郎共』



〝一瞬で成長して、喋った!? やっぱり人間じゃないんだ……でも……!〟

〝う、うつくしすぎるッ……跪きたい……!〟

〝噂のバケモノが、これ……?〟

〝最高傑作の人形みたいだ……こんな綺麗な人間ありえないだろ〟

〝性格はめちゃくちゃ偉そうだけど……!〟

〝↑そこがいいんだろ……!〟

〝えっ、男の子って聞いてたけど、え……?〟



 退廃的ゴシック衣装に身を包んだ白髪の孺子。

 その姿に、多くの人々が惑わされた。蠱惑された。

 当初は〝ニンゲン紛いのバケモノが生まれる〟とされていたが……なんだコレは?

 

 その幼き美貌は、冬の夜明けを想起させるように冷たく、玲瓏に過ぎた。

 長く流れる白髪はまさに純白。月光を浴びた雪のように煌めき、その全身を輝かせて見せた。

 右目の金眼が人々を吸い寄せる。明星ビーナスの如き神秘性に、全ての男が惹き付けられた。

 左目の赤眼が人々を悶えさせる。毒華リコリスの如き危険性に、全ての女が呼吸を忘れた。


 背筋も凍り付くような美貌。声すらも絶世に麗しく――ゆえに人々は確信する。



〝空鳴カナタは、『魔』だ〟



 あの白磁の肌に吸い寄せられたら終わりだ……。

 まさに傾城傾国。その美しさは人間を破滅させるための、人外の刃なのだと理解した。


 ――事実、霊奏師と違ってココロのコントロールが難しい一般人の一部は、以降一か月以上は『空鳴カナタ』を忌避しつつも、心象に浮かべてしまうようになったという。



『蹂躙だ。我に逆らう者もみな、奴隷に堕としてイヌのように飼ってやろう……!』



 かくして状況は進んでいく。

 壱號級霊奏師を一瞬で下し、他の霊奏師らも粉砕せんとする空鳴カナタ。

 霊奏師らの勝利を信じる者はいなかった。素人目に見ても、彼らが空気に飲まれているのがわかったからだ。


 ああ、このまま画面に血が降るのか。

 この恐るべき白き魔王に、霊奏機関は滅ぼされてしまうのか。


 そう固唾を飲んだ、その時。

 


『――そこまでだ』



 魔の狂乱を止めるべく、黒き戦王が舞い降りた――!



『霊奏機関が総帥――この『不知火オウマ』が、場を預かろう』



 瞬間、日本中に喝采が巻き起こる。

 雷火と共に現れた美丈夫。彼こそは、最強の霊奏師『不知火オウマ』。

 黒き外套と長髪を靡かせた姿に、人々は希望を見出した。



〝おおおおおッ、勝ってくれ総帥!〟

〝アナタは俺たちの光だ……!〟

〝どうか、バケモノに断罪を!〟



 日本中が注目する中、両雄は視線を絡ませ合う。



『空鳴カナタ。貴様は――瞳の奥に黒炎を宿した、討つべき『邪悪』そのものだ』


『不知火オウマ。否定はせんよ――我は、悪なり』

 


 此処に対峙する黒き戦王と白き魔王。


 彼らは睨み合い――そして、



『俺のモノになれ、空鳴カナタ』



 戦王は、魔王の手を取ってそう言ったのだった。



〝!?!?!?!?!?!?!?〟




◆ ◇ ◆

 



「ほうッ、我が『邪悪』とな(ええええ、俺が『邪悪』ですか?)」



 霊奏機関総帥、不知火オウマさんから受けた邪悪認定。


 それに対して言い訳しようと思ったが……ダメだ。



「不知火オウマ。否定はせんよ――我は、悪なり(……これまでの言動を振り返ったら俺、完全に悪者だわ……)」



 勝手にクチが動いて、霊奏師さんたちに色々失礼言っちゃったしね。

 愛想を振りまこうにも、無表情か邪悪な笑みくらいしか出来ないし。

 終わってやがる……。



「くくく。不知火オウマよ。それで、我をどうするつもりだ?(俺どうなるんです?)」


「殺す」


「ほう!(ポウッ!?)」



 ひえぇええええ! 殺害宣言と一緒に、めっちゃ殺意飛ばしてきたッ! オウマ総帥マジで容赦ねえ!?


 さささ、流石は祖国を守るためなら、どんな手段でも使う男だ……。


 ニホンに仇なす組織を見つけたなら、情報を引き出すために拷問は当たり前。

 で、敵地の所在と幹部を把握したらノンストップで虐殺だ。

 以前、裏でニホン制度を利用して搾取していた他国の法人組織を皆殺しにして、国際指名手配されたこともあるそうだからな、この人。マジで殺意の塊だよ。


 あーあ。俺の人生終わったわぁ……。

 明らかに勝てなさそうだし、万が一勝っても、日本に居場所なくなるしぃ……。



「いいだろう。好きにかかってくるがよい(もう好きにしてくださぃぃ……)」



 力を抜く俺。

 内心諦めムードだが、周囲の霊奏師たちは「なんという余裕……!?」「総帥殿の殺意に、まるで堪えていないのか!?」と変な勘違いをしている。

 いや普通にこえーよバカ!



「空鳴カナタよ。重ねて言うが、貴様は邪悪だ。殺すという言葉に嘘はない。だが――」


「!」



 オウマ総帥が、消えっ、



「――貴様はまだ、誰も害してはいない」



 瞬間、総帥は目の前に現れた。


 時間にして0.001秒以下か。まさに一瞬の内に俺の前に現れ、気付けば右手を、そっと持ち上げられていた。


 ひえええええっ、いつの間に~~~?



「……触れてみればよく分かる。貴様の体内は、霊奏経絡に満ち溢れているな。身体構造自体も殺戮に特化している。まさにバケモノ……命を懸けねば、傷付けることすら難しいか」



 ひえっ、ひええええっ、殺す算段つけてる~?



「……何のつもりだ、不知火オウマ(どゆことすか!?)」



 自分、殺されちゃうの? どうなの!?



「俺はニホンの悪は斬る。しかし……貴様が誰かを傷付けんとし、真の悪性を発露するまでは、見逃してやろうと言っている」


「!(!?)」



 え、え、じゃあ俺、生きていいってことです?



「殺処分は延期だ。貴様との戦いは死闘になるだろう。他の霊奏師らを巻き込みかねんからな。加えて……」



 総帥は一瞬、俺の背後を見た。


 振り向くとそこには、青髪のお姉さんに抱き抱えられた母の姿が。


 疲労から意識は失っているようだが、寝息はとても穏やかだ。



「褥婦の前で嬰児を害する趣味はない。――霧雨セツナ、運んでやれ」


「ハッ!」



 青髪お姉さんは母を連れて消えた。

 霊奏機関内は大病院以上の医療設備が整っている。総帥に任せれば心配ないだろう。



「……で?(俺は結局、どういう処分に?)」


「空鳴カナタよ。俺は、この美しきニホンを守るためなら、毒すら喰らう覚悟で最強となった。よって――」



 オウマ総帥は俺の右手を持ち上げたまま、何かを取り出して、指に近づけてきた。



「祖国のために貴様を飼おう。――俺の道具モノになれ、空鳴カナタ」



 瞬間、魂を縛られるような感覚が襲う。

 それと同時に右の手首が淡く輝き、黒い腕輪が現れた。

 



「っ、これは……?」


「最上級霊具【誓約ノ円環】。二対一体の霊具だ。その腕輪を嵌めた者は、常にもう一人の者に居場所を把握され、また死ぬまで外すことも出来ない」



 オウマ総帥の手首にもまた、対となるデザインの白い腕輪が出現した。



「なるほど……犬の鎖というわけか(しっかりしてますなぁ)」


「ああ。ゆえに逃げられると思うな。貴様が本性を現した時には、地獄の果てまで逢いに来てやろう」


「面白い(はは、ウケる~……!)」



 俺の本性、悲しいくらいにつまらないモブなんすよね~……!


 周囲の霊奏師さんは驚いた顔で、「総帥殿ッ、危険ですぞ!?」「このような者を使うなど……!」とか危ぶんでるけど、空気並に危険性ゼロです……!


 あと、よく耳を澄ませば、



『ハァ、ハァ、画面の美率がしゅごい……! この二人、天然でやってるのに撮れ高が高すぎるぅ……!』



 とか、息荒らげてわけわからんこと言ってる霊奏師いるけど、大丈夫?



「フッ……我を飼おうとするとは。大胆なことを考えたな、大和の戦王よ?(俺なんてよく使おうと思ったね?)」


「不満があるなら宣して見せろ。その時は……幼き魔王よ、貴様を命懸けで討ち取ってやる」



 俺の手を放し、総帥は己が漆黒の鞘に触れた。爆発的な雷撃の波動が迸る。



「ニホンの役に立たないならば、斬る」



 って、ひえええええっ! 不満なんてないです! 喜んで犬になります!

 ほら身体くん、頷いて!? わんわん!



「案ずるな、不知火オウマよ。おまえのごっこ遊びに乗ってやろうではないか」



 そうそう。



、な」


「!」


「(!?)」



 って、まぁた身体くん邪悪な笑みして勝手なこと言ってるよ……!


 もうやだぁ……!



「フン……やはり貴様は信用ならんな。貴様から放たれる、底抜けの悪意。俺ですら深さがわからん。これほどの邪悪は初めてだ」


「ククククククッ……!(底抜けじゃなくて、悪意『ない』んすよぉ……!)」



 そりゃ無いものを見ようとしても見つからんて。



「では――我が魔犬、空鳴カナタに命じる」


「!」



 総帥を佇まいを正し、俺に向き直った。



「貴様には多くの討伐任務を与える予定だ。だがそれに当たり、まずは取得せねばならんモノがある」



 って、ああ。



「霊奏師の、資格か」


「そうだ。偶然にも一週間後に資格試験がある。貴様にはそれに出てもらうぞ」



 お~資格試験懐かしいなぁ。


 霊力量の正確な判定に、霊力使用アリの身体測定。

 また巫術・付術・符術・負術の腕を見るんだよな。ついでにその時点でのランク付けもされる。


 十八になってようやく合格したなぁ、俺。


 姉さんと兄貴なんて十歳くらいで合格してたのに。あ、ちょうど今くらいの年代か?



「以上だ。返事をするがいい、飼い犬よ」


「ああ、承知しました、ご主人様――とでも呼んでやろうか?」


「抜かせ」



 とか話してたら、また息を荒らげている霊奏師さんが『ふしゅううーーーーッ!?』と変な声を出した。

 なんなの?



「犬……貴様に落ちる心配はいらんが、ふざけて不合格になってみろ。殺処分を再検討してやる」



 こっっっっわ……! うわぁ、こりゃちょっと再修業するかなぁ。

 

 身体はあれでも中身はモブの俺だからな。慢心ダメ絶対。



「話は終わりだ。後は……五大院ウジマロよ」


「おじゃっ!?」



 お、マロさんが総帥に呼ばれた。え、なに?



「貴様に、空鳴カナタの監視役を与える」


「って総帥殿ぉおおおーーーッ!?」



 おーマジか。

 マロさん、なんか親しみがあるから好き。


 身体くんも素直になって、俺の意志に従ってマロさんの背をポンポン叩いた。



「よろしくな、マロよ」


「だっ、黙れオスガキャァーーッ!」




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【Tips】


霊具:概念霊を宿した物体。

付術による一時的な憑依とは違い、霊の意思により完全に物体と融合した品を指す。

その効力・影響範囲・耐久性から判定し、概念霊と同じく『最下級・下級・中級・上級・最上級』のランク付けがされる。


【誓約ノ円環】:最上級クラスの二対一体型霊具。

【決戦】の概念霊が宿っており、付けた者同士は位置を感じ合う。

効力範囲は無限。魂魄自体に呪縛を掛け、逃れられない繋がりを与える。


霊奏資格試験:霊奏師になるための登竜門。

性別・経歴・年齢は不問。

霊力量の正確な判定、霊力使用アリの身体測定。

また巫術・付術・符術・負術の四霊術の技能を図られ、全てD級以上の判定を受ければ合格。現時点でのランク付けも成される。

術に関しては実戦形式で試されるため、たまに死者が出る。


霊奏学園生が主に受けるので、受験者の平均年齢は十二歳ほど。


0歳児はいない。



不知火オウマ:ニホンのためなら手段を選ばない修羅。空鳴カナタを最大警戒。


空鳴カナタ:中身はビビリなモブ。不敵な笑み浮かべてるけど、実は泣きそう。


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