第10話・幕間:霧雨セツナの詰問



 全てが終わった後のこと。

 


「――オウマ様、よかったのですか?」



 執務室にて、壱號級霊奏師・霧雨セツナは主君へと尋ねた。オウマは「ああ」と言って振り返る。



「なんだ霧雨。『空鳴カナタ』の殺処分を延期した件か」


「それもそうですが……そちらではなく」



 セツナは胸元より携帯端末を取り出した。

 画面を表示させると、そこには〝【流出!?】バケモノの子、誕生騒動〟と銘打たれたニュース記事が。



「ネット上は大騒ぎですよ。わたくしは気付けませんでしたが、あの場の出来事を盗撮していた者がいたようです」


「そうか」


「既に動画は拡散され尽くし、削除要請も間に合いません」


「そうだな」


「……オウマ様、気付いて見逃していましたね?」



 セツナはわずかに目を眇めた。


 ――不知火オウマは、国益のためならばあらゆる手段を尽くす男である。

 そのため国民の大半が熱狂的な信者という有様だが、セツナは違う。



「アナタ様のことです。最終的に、ニホンの利益につながる選択なのでしょう。ですがそうやってアナタ様は、数々の騒動を起こしてきた」


「何が言いたい」


「アナタ様はやはり、信用できない」



 きっぱりと言い切るセツナ。

 彼女は名家霧雨の子女として、父より〝不知火総帥アレは狂人の類だ。入れ込み過ぎるな〟と釘を刺されており、当初からオウマを懐疑的に見ていた。



「アナタ様のことは尊敬しています。ですが、やはり盲目的には見れません」



 それゆえセツナは、狂信的な周囲から咎められてでもオウマに異論をハッキリと述べ、またそんなオウマも彼女を重用していた。



「フ……もっともな意見だな」


「はぁ……それで総帥、なぜ盗撮を許したのです? 旧米国――『リベルタリア』の騎士団上層部より、公開は厳禁とされてましたのに……」



 その問いに、「だからだ」と、オウマは端的に答えた。



「ニホンに生まれた化け物を、世界に見せつけるためだ」


「っ、それで盗撮犯を泳がせたと……!?」



 オウマは頷く。そして、静かな執念に燃える瞳で虚空を睨んだ。



「神聖リベルタリア帝国。世界の覇権を握る最強の国家であり……ニホンもまた三十年前、かの国との『第二次霊滅戦争』に負けている。今や国家序列の上位席には、リベルタリアとその傀儡共が雁首を揃えている状況だ」



 霊奏機関もまた例外ではない。

 リベルタリアの『霊奏騎士団』と、提携という名の上下関係に置かれている。

 重要な事案を決定する際には、騎士団に伺いを立てる必要があるほどだ。



「なる、ほど……敵対国家を威圧するためですか」


「そうだ。ニホンは小さく、国力がない。前回の戦争に負けた要因もソレだ。ならばこそ、強大な『個人』の存在は徹底的に利用する必要がある」


「それであんな人外を飼おうと……」



 セツナは『空鳴カナタ』の様子を思い返した。


 あまりにも冷たい無表情。背筋が凍り付くような美貌もあり、生きているようには思えなかった。


 しかしひとたび表情が変われば、裂けるような邪悪な笑みと、燃えるような悪意の眼光を放ち始めるのだから、もう堪らない。



「っ、恐ろしい……!」



 思い返すだけで身体が震える。

 あんな危険生物は殺すべきだ。きっと内面は欲望と殺意の渦巻く地獄なのだろうとセツナは考えていた。

 ――実態はまったく違うのだが。



「はぁ……ともかく分かりました。威圧という意味なら、たしかにあの映像は絶大でしたね。恐ろしいバケモノの存在を喧伝した上、天下の『不知火オウマ』様が手綱を握ってみせたのですから」



 これにより敵対国家は、カナタを恐れるのみならず、そんな魔犬を隷従させてみせたオウマへの畏怖も深くすることだろう。



「ちなみに、あのバケモノが逆らって来たらどうしてたのです?」


「殺すに決まっているだろう。隷従だろうと殺戮だろうと、俺が上回っている姿を喧伝してやる」


「うわ」


「どう転ぼうが、空鳴ヤツをニホンのために消費してやるつもりだった」


「うわぁ」



 ――これだから、不知火オウマは恐ろしい。

 そうセツナは実感し、改めて彼に飲まれんと固く誓った。


 たとえ彼が、ニホンを搾取していた数多の海外裏組織を滅ぼし、劇的に経済を改善させていたとしても……。

 たとえ彼が、数え切れないほどの概念霊を斬り裂き、また数え切れないほどの霊奏師を育て上げていたとしても……。

 たとえ彼が、一生不犯をその身に誓い、友情も愛も総てをなげうち、ニホンの繁栄に捧げていたとしても……。



「三十年前――俺は、戦火に全てを焼かれたあの日に誓った。使、必ずや祖国を覇権国家とし、奪われた命に報いるとな……!」


「……そうですか」



 この修羅は、絶対に信用してはならない。


 もしも奇跡的に、彼を『誰か』が変えるような事態が起きるまで――霧雨セツナは、この男を嫌い続けることを誓っていた。



「……そういえば、盗撮されてることがわかってたなら、あの発言はどうなんです? 空鳴カナタに向かって〝俺の道具モノになれ〟って」


「ん?」


「おかげでネットがすごい騒ぎなんですけど。なまじお二人、見栄えがいいですから」


「? 言葉通り、俺に従えという発言だが、それがなぜ騒ぎに?」


「はぁ~……」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Tips】


神聖リベルタリア帝国:革命的一派により、アメリカを母体に誕生した大帝国。

聖暦2030年において覇権国家の地位を欲しいままとする。


第二次霊滅戦争:三十年前、リベルタリアをリーダーとした欧米圏が、大東亜圏に大規模侵攻を起こすことで勃発。多くの霊奏師が防衛死守に投入され、命を落とした。


霊奏騎士団:リベルタリアにおける霊奏機関。リベルタリアでは霊奏師のことを霊奏騎士という。

黒き外套を共通させた霊奏機関とは逆に、白き外套を特徴とする。


霧雨セツナ:青髪のお姉さん。オウマのことを警戒。ネットとかよく見る人。


不知火オウマ:祖国に総てを捧げる修羅。最強。ネットは全然見ない人(いつも仕事か修行してる)。ちょっと天然。


空鳴カナタ:なんもしらん人。中身はモブ。なんかめっちゃ警戒されてる……!


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

↓フォロー&途中でもぜひご感想・ご質問を~!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る