第27話 ユニコーンヴァンダム


「タクシー、乗せてくれませんか?」


「あぁ? んだよ嬢ちゃん、金はあんのか――ってうわああああああ!? 空鳴カナタだぁあああーーー!?」


「どうも」



 試験当日。

 朝食を終えた俺たちは、駅前に止まっていたタクシーで東京都心に向かうことにした。


 ウチにも車はあるんだがな。

 だがマロさんが「庶民のタクシーとやらに乗りたいでおじゃる」と言ったので、時間に余裕もあるしタクシー移動にしたわけだ。



「奇遇ですね、運転手のおじ様。乗せていただくのは二度目です」


「そそそッ、そっすね、ウス……!」



 ちなみに。

 運転手さんは以前、俺が産まれた日に家まで送ってもらった人だった。

 縁がありますなぁ。



「自分の料金、あれからオウマ総帥に請求できました?」


「出来るかァッ! って、すすすすすすんませんっ!? 内々に処理させていただきました……!」



 おー。俺が赤ちゃんだから無料にしてくれたか?

 優しい運転手さんだ。見かけたらまた乗ってあげよう。



「今回からは料金払いますからね」


「からは、って……」



 【緋々色金ヒヒイロカネ】捕獲と利権で、近いうちにめちゃお金が入る予定だからね~。

 タクシーまた利用してあげるからね~。



「では、霊奏機関・東京本部まで」


「はひぃ~……!」



 こうして移動を開始した俺たち。

 現在は助手席にマロさん、後部座席にはミチタカ父さん・俺・セツナさんの順で座って、高速道路を爆進中だ。


 急いでくれるなんてありがたいねぇ~。

 あえてトロトロ走ったり道間違えたりして、タクシー料金かさ増しする輩もいるのに。



「ほほほ。少々狭いが、ワイルドに走ってくれてヨイでおじゃるな。気に入ったでおじゃる!」


「よかったですね」



 タクシーにご満悦のマロさんに微笑みつつ、俺は暇つぶしをすることにした。

 霊力の光だけで糸の輪を作成。

 実体がないため、思考操作だけで指を動かさずにあやとりしていく。


 ――ほい、東京タワー!



「ぶぇ、カナタさん何やってるんです……?」



 遊んでたらセツナさんがこっちを見てきた。なぜか引き顔だ。



「おかしかったですか? あやとりするの」


「いや、あやとりはいいんですけど。ロリっぽくて」



 誰がロリだ。



「そうじゃなくて霊力の動作制御でやってることですよ。よく出来ますね、そんなこと」



 呆れ半分、関心半分にそう言われた。


 試しに、とセツナさんも霊力の輪を出してあやとりを開始するも、一か所がゆっくり動いてはまた元の位置に戻るなど、おかしな動きをしている。

 チンアナゴかな?



「むっ、ぐぐぐぐ……! 右側の糸を左指にかけたら、左側の糸を右指にしようとしたんですけどね。動かす個所を即座に変えるの、難しいですね」


「自分はこんなことできますよ」



 手を大きく広げて、長い霊力の糸の輪を出す。

 そして糸の複数個所を同時に行ったり来たりさせて、複雑な形を作り上げていく。



「はい出来ました、ユニコーンヴァンダムです」


「なんかお台場のロボット出来た!?」



 セツナさんは驚いた声を上げた。

 俺の手の内に出来た1/144スケールのヴァンダムを見て、「テクニカルすぎてキモイ!」とか指をさしてきた。



「失礼な。あとロボットじゃなくて汎用ヒト型決戦スーツなんですが。シトン公国と戦うのですが」


「知りませんよアニメ見ませんし……。ともかくカナタさん、そんな才能もあったのですね。わたくしは真似できそうにないです」



 あー。そういえばセツナさん、氷の鎧武者を大量に出してきたけど、全員突撃させるしか能がなかったな。

 あれで剣士と弓兵部隊を同時操作できたら、もっと戦術が広がりそうなんだが。



「カナタさん、戦闘時には糸とマフラーを複雑に操ってましたしね。合わせれば十一本も」


「ああ、霊に動作補正もさせてますので、慣れればいけますよ。……ほいっ、ユニコーンヴァンダム変形、ロンギヌスモード!」


「うわっ槍に変形した!? ……それ、動画とか出したらどうです?」


「いいですね」



 広告収益入ったらちょっと嬉しいかも。


 そう思っていると、ミチタカ父さんも霊力あやとりを見て「ほう」と息を漏らした。



「見てたけどすごいねカナタ。正直、キミの霊力操作はまだ粗がある印象だったけど」



 ああ……術を構築・維持する際はな。

 揺れ動く憑霊の魂魄ココロを的確に捉え、変化に合わせながら包み続ける必要がある。


 要は、人の心を読んで合わせてという行為……。

 俺はぶっちゃけ、それが苦手だ。



「術を好き勝手に操るのは得意なんですよね。楽しいですし。でも、術を作って保たせること……霊の魂魄に合わせて、霊力操作するのはどうも……」



 人の顔を見て生きるモブだったせいかなぁ。

 魂の中だけでは、自分こそが王様でありたい……。

 そんな思いで操作する腕が鈍るんだよ。霊力操作は精神的行為であるがゆえ、感情一つで途端に台無しになるからな。


 俺の明確な改善点だな。もっと奴隷のように卑屈にならないとダメかな。



『(逆だよ~)』


「(なに?)」



 とそこで、肩に乗ったチビロリドール【人形】が、妙な思念を飛ばしてきた。

 一体どういうことかと見返すも、何かを期待するような眼差しで微笑むだけだ。なんだよ?



「なるほどぉ。カナタさんは術の内部制御はともかく、外部操作はすこぶる上手いのですね」



 セツナさんが俺を総評する。

 まぁそんな感じだな。



「憑霊たちのおかげですかね。【一反木綿】の宿ったマフラーを思考で操作してますし」


『絞めていいっすか~!?』



 俺の中の金髪痴女【一反木綿】が嬉しそうに笑った。


 俺をひそかに成長させられてて喜んでいるらしい。

 あるいは、触手を連想させる霊糸の動きに興奮したか。


 うーん後者っぽい。



「あと【人形】を宿している時は、体捌きの無駄がなくなりますから。霊力も自分の一部みたいなものですので、操る感覚が研ぎ澄まされたのかも」


『カナタはワタシが育てたッ!』



 続いて、肩にちょこんと乗った【人形】が胸を張った。


 この霊力あやとりは、そもそも【人形】が考え付いたものだしな。

 下級霊で糸を出せる能力がないとき、『アヤトリ見タイ~糸ダシテ~』とか甘えてきたから、咄嗟に思いついたのがコレだ。


 霊力の光によるごっこ遊びだったんだがな。



「そして【空砲】は……」


『ッ――!』


「【空砲】は、特に助けになってませんね。音鳴らすだけだし」


『ッッッ!?!?!?!?』



 霊域内の無口チャイナ【空砲】がガーーンッとショックを受けている。


 いやすまんて。

 おまえの能力は雑に衝撃波出すだけだから、仕方ないだろ。



「でもカナタさん~。試験には関係ありませんよね、外部操作技術って?」



 セツナさんがマジレスしてきた。おまえ友達いないだろ。



「ああ、まぁそうですけどね……」



 試験で見るのは、霊奏術のクォリティ。

 要するに〝どう作っているか〟が問題だ。

 料理でいえば調理技術を見るわけだな。


 んで、俺の動作制御は、〝作ったモノを、どう動かすか〟って技術に過ぎない。

 ウェイターがスタイリッシュバク転スタイルで給仕しようと、雑に作った男飯を持ってきたらウーーンって感じだ。



「ふふふ。カナタさんにやり返しちゃいましたかね? お姉さんの威厳、取り戻しました」



 何勝ち誇ってんだセツナさん。



「あ、タクシーがカーブする。セツナさんのほうに身体が流れちゃうかも」


「ってわぎゃぁっ!? く、苦しいですよカナタさん~っ!? ……あっ、当たる髪がサラサラフワフワだしめっちゃイイ匂いする……くんくん……!」


「オスを探す雌豚みたいに嗅がないでください」


「オスを探す雌豚!?」

 


 こうして俺たちは手狭ながら楽しく、タクシーで試験場に向かっていった。


 マロさんは、タクシーに飽きて寝た。




 ◆ ◇ ◆




「霊力操作・秘技、『千本ミミズ』」


「ひぃいっ!? 全ての動きが違うウニョウニョが迫ってきた!?」


「霊力光ですから。実体はないので安心してください。……あぁでも、【人形】の能力で実体の糸にしたら……」


「やぁっ!?」



 セツナさんで遊んでいると、キィッという音と共にタクシーが止まった。


 どうやら到着したみたいだ。みんなで降りて、景色を見渡す。



「着きましたか。霊奏機関・東京本部。その特別演習広場(ひろいね~)」



 本部ビルの裏手に位置する、運動場のような場所だ。

 

 なお面積はめっちゃやばい。

 災害・戦争時には都民を避難させ、霊的結界で守護する役割も兼ねているため、東京ドーム四つ分はある。

 砂地の部分だけでそれだ。


 さらに両脇には、無人のビル群が並んだ『都市戦訓練エリア』と、広大な人工池の広がる『水中戦訓練エリア』が。

 あと前方には山岳地帯と森が広がる『野戦訓練エリア』もあったり……。


 まぁ、要するにアホの舞台だ。



「ふぅ、ミミズ地獄から解放された……。改めて見るとすごいですよね、東京本部」



 セツナさんが横に来て言う。



「ビル群は実際に住めるし、人工池は貯水地にもなっているし、森には可食性の植物ばかりが植えられている。避難場所として、まさに至れり尽くせりですが……実は……」



 何か言いよどむセツナさん。って、ああ。



「これを用意した不知火オウマは、リベルタリアとの本土決戦時の最終基地として設定したんですよね」


「はい……って、うぇ!? 何で知ってるんです!?」



 セツナさんにぎょっと驚かれた。


 あ、しまった。『不知火オウマの告白』は十年後の出来事だったな。



「ふふ……(リベルタリアと関係がこじれた、未来の話だ)」



 ニホンに向けられた殲滅霊力兵器。

 それにより国民全てを人質にされ、東京離島に呼び出された不知火オウマ。


 そこには帝国の霊奏騎士・十万騎が控えていた。

 映像も繋がれ、まさに公開処刑の場だ。


 これを前に……不知火オウマは告白する。



 ――〝俺は聖人などではなく、浅ましい復讐鬼なのだ〟と。



 ニホンを愛する気持ちは本当だ。

 だが、そんなニホンを武器として、全てを奪ったリベルタリア帝国に復讐したいのだと。

 ゆえに、俺が死んでも悲しむ必要などないと……そう宣言して、例の『一対十万騎』無双に繋がるわけだ。


 全てが終わった後……国民は、それでもオウマを愛することを誓ったわけだが。


 あの人の思惑が外れた瞬間だ。



「……わたくしでさえ、だいぶ信用を置かれてから話されたことですのに。〝俺はろくでなしだ。だから、いざという時は遠慮なく『殺処分』にしろ〟と、そう言われて」



 えっ、そうなの?


 ……俺、それほど信用してるセツナさんを雌豚奴隷にしたと、オウマ総帥から勘違いされてるっぽいのか。

 これ想像の百倍くらい邪悪と思われてない……?

 えぇ……?



「なのに、なぜカナタさんが」


「あぁ」



 とりあえずセツナさんに言い訳する。



「彼が故郷を焼かれたこと自体は、周知の事実ですからねぇ。――そんな男が、祖国愛一辺倒? ハッ。いやいやそんなのありえない。奪われたなら、赫怒かくどするのが人間だろう?」


「ッ」


「アレとは何度か視線を合わせてきた。あの眼に燃える狂気的な光は、本気の愛と、本気の復讐心が宿っていた。……矛盾する願いではあるまい……〝祖国を覇権国家とする〟ことは、つまり最上位国リベルタリアを轢殺することでもあるのだから」



 ゆえに本性を見抜くのは容易い――と、俺はセツナさんに出まかせで話した。

 身体くんが無駄にイケメンで無駄に声がいいから、無駄にサマになってしまった気がする。



「なる、ほど」



 するとセツナさんは瞠目して、押し黙り、



「オウマ様は……アナタのような人を求めていたのでしょうね」



 なんか言い始めた。

 えっ。



「わたくしは駄目です。いざオウマ様が暴走しても、彼には絶対勝てません。でもカナタさんは違います」



 真剣な眼差しで俺を見つめてきた。



「邪悪な敵ではあれど、憎しみはなく。正面から自分の穢れた部分を見抜いてくれて、なおかつ自分を超えるかもしれない実力者」



 えっ、えっ。



「〝こいつを殺処分とするまでは、善として生きねばならない〟〝たとえ自分が狂っても、こいつならば殺処分にしてくれる〟……そう思える好敵手ライバルこそが、カナタさんでしょう」



 えっ……えええええっ!?

 空気モブだった俺が、オウマ総帥のライバル!?


 いやいやいやいやいや配役を間違えすぎだろう! 何言ってんだこの人は!?


 俺、あんな意味わからん速さで斬ってくる人と、殺処分合戦したくないんですけど!



「信者でもなく、怨敵でもなく、言うなれば『宿敵』。そんな対等なアナタがいれば、あの悲しい生き方をしている人も少しはマトモになるかもですね」



 えぇぇ……そんなこと言われてもなぁ。

 俺は普通に総帥と仲良くなりたいんだが。


 邪悪認定、とっぱらいたいんだが。



「フン、あんな男と対等などと……(荷が重いよぉ)」


「ふふふ、流石はカナタさん。自分が格上だと言いたいんですね。ライバルっぽい」



 ちげーーよ!



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【Tips】


霊力操作:生命エネルギー『霊力』を操る行為。


自分の体内で憑霊に合わせて術を構築・維持する技術と、生み出した霊的武装などを操る技術に分かれる。

後者は『カナタの糸・セツナの氷武者操作』など。


試験で評価されるのは、残念ながら前者。


拙い武器を上手く操る奇才より、そもそも武器を上手く作れる『安定した秀才』が望まれているからである。



特別演習広場:霊奏師の修練やレクリエーション時などに使われる場所。

アホみたいに広い。

砂地面積だけで東京ドーム四つ分あり、さらに様々な環境のエリアも揃っている。

地下空間もある。


特別演習広場の実態は、霊奏機関・東京本部ビル含めて、戦争時の最終基地施設。

たとえニホン全土が霊的に汚染されて焼き尽くされても、ここを中心に国を復興・運営できるように設定されている。



『ヴァンダム』:聖暦2030年の現代において、伝説的人気を博しているニホンの神話系宇宙戦争アニメシリーズ。

世界中で配信され、ニホンの大きな収益源にもなっている。


ヴァンダムを語る時、カナタはちょっとアホになる。

顔をマスクで隠せば、ヴァンダムファンオフ会にいけるかなとか考えてる。


なお、

〝実在を否定する根拠のない・霊がいる世界ならいるかもしれない〟ような大昔の妖怪などと違い、

現代の創作物は〝虚構フィクションである〟という認識が明確なため、概念霊は実体を持つことが出来ず、基本的には出現できない。



――かつて、『神聖リベルタリア帝国』の皇帝は1000人の幼児を監禁・調教した上で、『強力なSF兵器が大量に出るオリジナルアニメ』を制作して、子供たちに〝これは実在する〟と思わせて概念霊を出現させ、手中に収めようとした。


しかし計画に携わった皇帝と研究者らと調教師らが、


〝実在するわけねーだろアニメだろ〟

〝実在するわけねーだろアニメだろ〟

〝実在するわけねーだろアニメだろ〟


と思ってしまっていたため、その意識が混じって概念霊は実体化できず、計画は頓挫。


悔しくなった皇帝は、ニホンへと二束三文で、作ったオリジナルアニメを投げ売りしたのだった。


――それを手直して生まれたのが、ニホンのアニメ産業を大いに盛り立てることになる『ヴァンダムシリーズ』である。


皇帝は、泣いた。


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