第四章:霊奏資格試験、本番編!

第26話・幕間:崩壊の不知火家



「何の用だ、おまえたち」



 執務室に座した美丈夫――霊奏機関総帥・不知火オウマ。


 ニホンのために総てを捧げた護国の鬼神。黒き修羅。

 そんな彼には、熱狂的な信者ファンが多かった。

 その最たる者らこそ……、



「なぁボス。頼むからぶっ殺させてくれや、あのカナタってガキをよ」


「ん。オウマさまの敵、始末してくる、の」



 座したオウマへと、銀髪の青年と少女が迫る。


 彼らの名は『不知火ロウガ』と『不知火リル』。

 血縁こそないが、その名字が指す通り、二人は不知火オウマと親子関係にあった。


 それだけでも注目に値する兄妹である。

 が、余人が二人を前にした場合――最も目をやるのは、その特異なる容姿だろう。


 彼らの頭部からは、『狼の耳』が伸びていたのだから。



「ボス……オレらぁアンタに死ぬほど感謝してる。アンタが助けてくれなきゃ、オレらは今でもクソ霊媒師共の殺人道具だった」



 銀狼耳の青年、ロウガは語る。今があるのはアンタのおかげだと。



「リル、も。オウマさまがいたから、生きてる、の」



 銀狼耳の少女、リルは囁く。だからこそ尽くしたいと。



「オレたちは畜生腹だ。クソ霊媒師が、【人狼】の霊に女を捧げて産ませた『亜人』だ。アンタが総帥となる前は、殺処分対象だった存在だ」


「それを、オウマさまは救ってくれた、の」



 霊媒師――霊的能力を違法に使う者らは、後を絶たない。


 ロウガとリルはとある霊媒師組織の被害者であった。

 異形の存在として産み落とされ、歪んだ教育を施され、組織の殺人鬼として使われていた。


 最悪の生涯。

 ヒトを殺すバケモノとしての日々。

 情緒を徹底的に消され、不幸を不幸だとも思えぬ不幸。


 そんな地獄から解放してくれた者こそ……、



「不知火オウマ……アンタだ。アンタは組織に単身乗り込み、クソ共を皆殺しにしてくれた」


「血塗れの手で、リルたちを、救ってくれた」



 ゆえに兄妹は不知火オウマを信仰している。


 組織の道具として自分たちも彼を襲ったというのに、護国の鬼神は全てを察し、自分たちを生かしてくれた。助け出してくれた。


 そして温かな毛布と食事を与え、人としての戸籍を与え、正しい教育を与え――自分たちを人間にしてくれた。



「だからボス。オレらは、『空鳴カナタ』が許せねえ。誰よりも何よりも素晴らしいアンタに噛み付いてきやがるあのガキを、今すぐにでもぶっ殺してェ」


「お願い、オウマさま。殺人許可書を、ください、の。あの邪悪を殺処分にする権利を」



 不知火カミの敵は滅するのみ。

 そう希うロウガとリル。


 そんな彼らの言葉を、座したオウマは瞳を閉じて聞き続け――、



「却下だ」


「「っ!?」」



 にべもなく、二人の殺意を切り捨てた。



「なっ、なンでだよボスッ!? あの白いガキは邪悪だ! いつかニホンに仇為すぜッ!?」



 ロウガは『空鳴カナタ』を思い返す。

 盗撮動画やテレビ配信で見た、最悪最美の幼き魔王。

 白く長い前髪の合間から見えた、朱金妖眼ヘテロクロミアの眼光。

 ソレと目が合った瞬間、画面越しだというのに、亜人としての動物的本能が〝這いつくばれ!〟と訴えかけてきた。



「アイツは、やべぇよ」



 目の奥底はまさに底なしの闇……。

 アレの心には、一体どれほどの悪意が溢れているだろうか。



「賭けてもいいぜ。もしもあれで〝すっとぼけたモブメンタルしてます〟ってンなら、オレぁ女装して三輪車で東京を一周してもいい。……そんなこと絶対ねェがな……空鳴カナタは、殺すべき悪だぜ」


「そうだな」


「ならっ」


「だが、却下だ。ヤツにはまだ手を出すな」



 オウマは再度否定した。あの最悪の魔王を殺すなと。


 それにロウガは「なぜ!?」と叫び、リルも幼げな顔を傾げた。



「なん、で? 空鳴カナタ……ムカつくのに」


「フッ……そうだな。たしかにヤツは、腹が立つな」



 オウマは僅かな微笑を浮かべた。

 兄妹は驚く。この義父が笑うことは、半年に一度でもあれば多い方なのだから。



「おまえたちに手を出させない理由は三つだ。まず一つは、アレが【緋々色金ヒヒイロカネ】の魂魄契約者となったこと。ここでヤツを殺せば、奇跡的に手にした幻想金属をニホンは失うことになる」


「くっ……」



 ロウガは納得して歯噛みする。

 空鳴カナタは排除したいが、【緋々色金ヒヒイロカネ】を失うわけにはいかない。



「旧米国――神聖リベルタリア帝国に抵抗するための、切り札だからなァ」



 神聖、リベルタリア帝国。


 その単語を発した瞬間、ロウガは部屋の空気が一気に冷める錯覚に陥った。

 不知火オウマ……彼の魂魄に燃える復讐の雷火が、その眼光から零れ出たからだ。

 ロウガは思わずゾッとする。凄絶な殺意に、息が詰まる。



「……悪いな。少し、苛立った」


「い、いや。……ボスの前で、あんま軽率に出す名前じゃねェでしたよ……」



 義息として、ロウガは聞いている。


 三十年前の『第二次霊滅戦争』。そこでリベルタリアの侵略攻撃を受け、不知火オウマは全ての家族を失い、故郷も焼け尽くされてしまったことを。

 そんな彼の胸には当然、帝国への復讐心が燃えていることを。



夷狄いてきの者共が呼ぶ通り……俺は所詮、護国の『鬼神』。要するに人でなしだ。〝祖国を繁栄させたい〟という宿願も、結局、という、どうしようもない欲望に続いている」



 ゆえに義父オウマは自分を誇らない。

 愛国心自体は確かにある。国民を守る意志は本物だろう。だが、



「俺は結局、戦争がしたいだけなのだ」



 発展させた国力で、増やした国民で、リベルタリアに復讐したい。


 そんな願いを抱くがゆえ、彼は自分を侮蔑していた。

 国民に笑顔を向けられるたび、自己嫌悪から拳を握り締めていることを、息子のロウガは知っていた。


 その結果、身を粉にして国防に務め、国民からさらに慕われてしまうという悪循環に陥っていた。



「ボス……」


「ああ、つまらん話をしたな。おまえたち家族にはどうも口が軽くなる」


「!」



 家族――その特別扱いに、ロウガはもちろん、妹のリルの胸も熱くなる。

 あの不知火オウマの一番近くにいるのは自分たちなんだと、そんな誇りが燃え上がる。



「さて、話を続けよう。空鳴カナタに手を出すべきでない理由だが」



 そう言いながらオウマは、ロウガの次にリルのほうを見つめた。



「二つ目は、空鳴カナタはまだ罪を犯していないことだ。……ヤツめ、人心掌握術に目覚め、合法的に勢力を拡大させることにしたらしい」


「……あんなバケモノに惹かれるなんて、ありえない、の。みんな、邪悪だって言ってるのに」


「そこだ」



 リルの言葉に不知火オウマは言及する。



「邪悪だと思われているからこそ、だ。いざそんな人物に近づき、そこで思わぬ礼節ぶりや穏やかさを示されてみるがいい」


「それは……驚いちゃう、の」


「そうだ。そして考えてしまうだろう。〝誰もが言うほど悪い人物ではないんじゃないか〟〝自分だけは周囲と違い、この人の好さが分かるかもしれない〟――と。そんな愚にも付かぬことをな」



 すなわち悪評の利用である。

 そんなやり口をしているのかもしれないとオウマに聞いた瞬間、リルは「食虫植物みたい、なの」と呟き、感情乏しい顔付きに怖気を走らせた。



「クソッ。じゃあボス……オレと妹が、ヤツを襲っちゃ駄目な三つ目の理由は何だよ」


「それは――」



 オウマが開口しようとしたところで、執務室の扉が叩かれた。

 同時に扉の隙間から、かぐわしい肉の匂いが漂うことに、半人狼たる兄妹は気付く。



「失礼しますぞ、あるじ様」


「タナカか。入れ」



 声に応じて扉が開けられ、ワゴンを引いた老執事が入室を果たす。


 彼の名はタナカ。不知火オウマに仕え、身の回りの全てを世話する者であった。



「朝食をお持ちしました。ご要望通りに作ったのですが……」



 ワゴンの上に目をやるタナカ。

 そこに乗った銀の蓋を取ると、現れたのは特盛のサラダと、ジュウジュウと音を立てて焼ける特大のステーキであった。



「「えっ!?」」



 それを見てロウガとリルは驚愕し、義父のほうを見やる。

 朝食としては、たしかに驚くほど重いメニューではある。だがそれ以上に……、



「う、嘘だろボス。質素倹約に努めるアンタが、こんなもんを!?」


「い、いつも朝はちょっとのご飯と味噌汁と干物を掻きこむだけで、お金も時間も全部お仕事に使ってる、のに!?」



 二人は絶句した。

 祖国に身を捧げた不知火オウマ。彼の食事は、清貧を超えて杜撰の一言だったはずだ。


 美食を行うような金は組織に回すか福祉に寄付し、作業のように飲み込んでさっさと職務に戻ってしまう。

 それが彼だ。


 だというのに……なぜ?



「空鳴カナタだ」



 戸惑う二人に、父親は告げた。あの忌まわしき男の名を。



「なっ、ボス、なんでそこでヤツの名がっ」


「ヤツと出会い、俺は初めて〝敗北〟を意識させられたからだ」



 唸るロウガに、オウマは語る。



「俺は負けない。ニホンを育て、やがて怨敵『リベルタリアの魔神帝』を抹殺するまではな。そのつもりで生きてきた。だが……」



 しかし。もしも一対一で空鳴カナタと対峙したなら……、



「勝てぬかもしれないと、思ってしまった。技術的な面ならば今は勝っているが、あの男の霊的スペックは脅威の一言だ」



 まさにバケモノ。

 人体構造からしてまず違い、生きるためではなく〝殺す〟ための性能をしていた。

 そんなモノはもう生物ではない。



「まったく……ウジマロの報告曰く、その上で日に十二時間以上は、楽しげに修練をしているそうだ。笑えんな。『もう頑張るな』とヒトに言いたくなったのは初めてだ」


「そ、そんなっ……」



 ロウガは絶句した。目の前の義父が――最強だと信じるオウマが、負ける可能性を語っている。

 視界が暗くなる思いだった。隣のリルも、「オウマさま……」と悲しげに呟く。



「だが」



 そこで、空気を絶つようにオウマが言う。



「だからこそ俺は、備えると決めた。いずれきたる決戦の時……空鳴カナタに勝利するためにな。それには滋養が不可欠だ」



 ゆえに食事から変えると、オウマは言い放った。


 そんな彼の前に、老執事がどこか喜ばしげに豪勢な朝食を置いていく。



「ほほほ。よもや主様が粗食を改める日がこようとは。気の強い奥様でも用意しようと思いましたが、不要でしたな」


「伴侶など無用だ。俺に家庭を顧みる時間などないからな。今はニホンの未来と……空鳴カナタしか目に入らん」



 そう言って用意された食器を手に取るオウマに、ロウガとリルは、打ちひしがれた。



「ボス……」


「オウマさま……」



 ――思い返すのは、数少ない義父との食卓。

 美味しい食事を用意された自分たちに対し、オウマの食事は質素に過ぎた。

 仕事量に対して少ないし乏しい。そう訴えたのだが、


〝必要な栄養はサプリで補う。俺の身体は食を楽しむためでなく、ニホンに喰わせるためにある〟と一蹴。


 何度か訴えるたび、そのようなあまりにも悲しい理屈で否定されてきた。


 だというのに……自分たちでは、父親を変えられなかったというのに……。



「空鳴、カナタァ……!」


「あいつ、本当にムカつく、の……!」



 銀狼兄妹の心に、明確な殺意が燃える。


 これまでは、尊敬する父をコケにする相手をただただ排除したかった。


 オウマには散々邪悪さを訴えたが、つまるところそんなものだ。

 ロウガとリルにそれほどの祖国愛はない。ただオウマへの敬愛ゆえに排除したいだけだった。


 ――不知火オウマに睨まれたなら、怯えるのが筋であろうに。

 ――なのにおまえはなぜ竦まない。自分たちや味方でさえ一歩引くのに。

 ――なぜ正面から視線を受け止めているのか。

 ――なぜ、まるで対等なように振る舞っているのか。


 気に入らない、気に入らない。

 それだけでも気に入らないのに、よりにもよって――、



「タナカ。空鳴カナタの戦闘映像を高画質で用意しろ。プライベートな時間に、分析する」


「「!?」」



 オウマが、プライベートな時間と言った。


 仕事以外の時間を使うと言った。


 ……これまでオウマは全ての時間をニホンのために捧げていたというのに、なんだそれは? 食事を改めるだけでなく?


 我らが父に何が起きている?



「空鳴カナタのために……」


「時間を、用意、した……?」



 ――自分たちの誕生日の日でさえ、父はプレゼントを用意するだけで、家には帰らなかったというのに?



「それにしても伴侶か。ロウガとリルに、母親は用意してやりたいが…………む? どうしたおまえたち?」



 オウマに視線を向けられた。


 それに対してロウガとリルは、ただただ悔しげに押し黙る。

 ――半人狼としての犬歯が、あまりにも噛み締められすぎて、口の中で肉を切った。



「本当にどうした。俺はくだらない復讐鬼だが、父親のフリくらいはさせるがいい。悩みがあるなら聞かせてみせろ」


「……いや、なんでもねェですよ、ボス」



 拳を握り締めながら、ロウガが口を開く。



「それで、ボス。オレたちが、空鳴カナタに手を出しちゃぁいけない理由の、三つめはなんです……?」



 硬くした声音で彼は問う。

 心の中に、脳が壊れるような謎の激情を燃やしながら。



「ああ、まだ答えていなかったな」



 対してオウマは平坦な声音で、はっきりと告げた。



「おまえたちでは勝てないからだ」


「ッ」


「アレの相手にふさわしいのは、俺だけだ」


「ッッッ……!」



 瞬間、拳から血が弾けた。


 握り締めすぎたあまり、爪が掌を抉り込んだからだ。



「ロウガ?」


「お答えいただき、ありがとうございました」



 ロウガは一礼すると、妹の手を強く握って執務室を後にする。


 リルも同じだ。表情は乏しくも、握り返した手には血管が浮き出ているほどだった。



「ん、兄さん」


「ああ、わかってらァ」



 ――空鳴カナタをブッ殺す。



 兄妹は思いは、一致していた。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Tips】


不知火ロウガ:銀狼の耳が特徴的な青年。亜人。18歳。

ニホンに巣食う霊媒師組織『逆十字』の殺戮人形として、【人狼】と掛け合わされた女性から産まれた経緯を持つ。


五年前に組織を襲撃したオウマに救われ、彼の義息に。

言動こそ粗野だが、父親には強い敬愛を示している。


空鳴カナタの登場により、脳を壊される。



不知火リル:銀狼の耳が特徴的な少女。亜人。12歳。

兄ロウガと同じく忌々しき生まれを持つ。

兄とは違って成長不全を患い、身体は細く小さく、言葉もたどたどしい。

父親となった不知火オウマを心の底から愛している。


空鳴カナタの登場により、脳を壊される。



『亜人』:人ならざる人間の総称。

主に、概念霊の血を引く者を指す。

人格的に歪みを抱えた者が多く、不知火オウマが霊奏機関総帥となるまでは、三親等以内に概念霊を持つ亜人は、全て殺処分とされていた。


現在でこそオウマが対処を緩めたが、人格・または生態的に矯正の余地がなく、人や環境を著しく害してしまう亜人は、あえなく殺処分対象となる。

それゆえ差別の目は当然存在。


空鳴カナタも亜人に当たるのではと当初議論されていた。



タナカ:不知火家の老執事。

オウマのことを心から案じており、自分の身体を全く大切にしない彼に何度も苦言を飛ばすも、聞く耳を持たれず。もはや諦めかけていた。


ゆえに不知火オウマの変化には銀狼兄妹と同じく驚愕。


空鳴カナタには内心、感謝をしている。




不知火オウマ:愛国者にして復讐鬼。ニホンを育て、そして帝国を叩き潰すために生きている。

自覚ある畜生。

それゆえ自分を粗末にしてきたが、『殺したい怨敵』ではなく『負けたくない宿敵』空鳴カナタ(二周目)と巡り合い、健康面が改善されつつある。


だがその変化は、家族の脳を破壊した。



空鳴カナタ:なんも知らん人。なんか勝手に不知火家が壊れた……。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


はじめてサポーターズギフトというのを頂けました嬉しい・・・!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る