第22話 魔王蹂躙



「まっ、また、雌豚って……! カナタさん、わたくしのことを雌豚って呼んだ!」



 腕の中のセツナさんが喚いている。


 元気そうで何よりだ。負術が破られたことで大量の霊力を失ったはずだが、流石は壱號級だな。



「地方霊奏師もいる場でっ! 撮影ヘリも飛んできてる場でっ! わたくしを雌豚って、雌豚って!」



 あーすまんすまん。身体くんが口悪くてごめんな。

 女の子に雌豚扱いなんてひどいよなぁ。セツナさん美少女なのに。



「カナタさんの鬼畜! この性悪イケメンドSロリショタ野郎!」



 殴るぞ雌豚。



「シャロさん、お姉さんを任せました」


「ごじゃっ!?」



 助けたセツナさんを空から放る。シャロちゃんは慌てて受け止めた。



「ちょっ、カナタさーーんっ!?」


「では雌豚さん、妹のシャロさんに守られて待機を」


「雌豚さん!?」



 今回、シャロちゃんを連れてきたのは戦わせるためじゃない。

 様々な霊奏師の戦う姿を見せることで、見聞を広めさせるためだ。


 映像ではダメだ。距離があっては、半透明な霊力の動きは捉えられない。

 なにより現場の空気感もわからないしな。



「シャロさん。近づきすぎず、でも離れすぎずに見ていてくださいね」


「わ、わかったでごじゃるカナタくん!」



 頷くシャロちゃんに微笑む。


 目より先に手が肥えることはない。

 上手い人の術を見れば参考になるし、下手な人を見れば『あれをこうすれば』と改善する手が思いつくしで、どちらにせよ力になるからな。

 俺や地方霊奏師、また敵のことも含めて、仕事現場をよく見ておいてくれ。



『ガァアアアアアアアーーーーーーーーッ!』



 金属巨人型概念霊【緋々色金ヒヒイロカネ】は苛立たしげに突き進んでいた。


 向かう先は、ここからも見える山間の街だ。

 概念霊は、人間や人間の被造物に被害を出すのが大好きだからな。

 全ての物体は観測者なしでは存在し得ないように、全ての概念もヒトに意識されて意味を持つ。

 それゆえ、概念霊コイツらは人間が騒ぐような行為が大好きなわけだ。


 ――特に悲劇は、記憶に残る。



「……スナック感覚で森を壊して、メインデュッシュは都市襲撃か。流石は『金属』、破壊と戦争の象徴だな」


『グゴォ……ッ!』



 再び巨人の前に立ち、金属の瞳と見つめ合った。


 あちらも俺を警戒しているらしい。

 この身に溢れる莫大な霊力を察すれば、むべなるかなだ。



「では、いくぞデカブツ」



 剣指を結んで意識を研ぎ澄ます。


 ――目標は捕獲。達成すれば強力な素材が取り放題だ。

 傷付けすぎれば消えてしまうし、かといって手を抜いて暴れさせれば、概念的満足を得て昇天してしまう。


 ゆえに、負術の出番だ。



「負術、発動」



 剣指で以って銃を作り、巨人に突き付けた。

 まずはコイツから試すか。



「呪え、【人形】」


『ガッテンダーーー!』



 ロリータドール霊が弾丸となって放たれた。

 巨人は巨躯かつ緩慢。回避できるはずもなく、【人形】が【緋々色金ヒヒイロカネ】に吸い込まれる。

 瞬間、ギジジジッと巨人の関節部に異音が奔り、その動きが硬くなった。



『ガッ、ギィィイッ、ガァアアァァァァッ!?』



 苦悶の叫びを張り上げる。ちゃんと呪われてくれたようだ。



「【人形】という概念ことばの負の意味合い。それは『傀儡になること』だ」



 すなわち自由の略奪である。


 内部から四肢を麻痺され、巨人は酷く苦しんでいた。

 どうにか前に進もうとするたび、俺の霊力を大量に消費しながら、中の【人形】が邪魔をする。

 前世の俺なら一秒とおまえを抑えられなかったな。だが、



「跪け」


『グゥウウゥ!?』



 ついに巨人が膝を突いた。

 二周目の俺の霊力量は、まさにバケモノだ。超質量の抵抗を無理やりに抑え込む。



「ははははは……!(完全な拘束は……まだ無理そうかぁ。巨人くんの内部の魂も、すげ~ギラギラ尖って負術の霊力膜を削ってるし)」



 傀儡にしようとしても、魂が抵抗する。

 そういう時はどうするか?

 決まっている。



「暴力だ。霊奏師たちよ、死なない程度にそやつをなぶれ」


『!?』



 地方霊奏師たちに〝ボコるよ! みんな協力してね~〟と言う。

 言葉はちょっと乱暴になっちゃったけど、まぁ大丈夫だろ。



「そっ、『空鳴カナタ』! おまえの言うことなんてっ」


く、動け(今がチャンスだよ!)」


「ひっ!?」



 みんな俺を見て固まってたけど、少し目を眇めながら急かしたら慌てて動き出した。



「うわあああああああーーー!」



 おーー霊力全開で飛び掛かっていくや。

 まるで背中に槍を突き付けられているような必死さだ。


 流石はプロ、チャンスは逃さないってわけだな!

 


「ひぃいっ! い、いくずら【富士桜】! 巨人をどつくずら!」

「くっ、突進しろ【赤城牛】ッ! 全霊力を懸けて!」

「羽撃て【ライチョウ】っ! 言うことを聞くんだッ!」



 巫術や付術を用い、各々が激しく【緋々色金ヒヒイロカネ】を攻撃する。

 ミチタカ父さんやマロさんもそれに続いた。



『ガグゥウウウウウッ!?』



 巨人がさらに呻くようになる。

 よしいいぞ、そのまま心をへし折ってやる。



『ゴ、ゴロ、ズゥウッ……!』



 あん?



『よグも、オデの邪魔ヲォオオ……ッ!』


「なんだ、喋れるのか貴様」



 指揮を執る俺を、巨人が睨みつけてきた。



『ニンゲン、風情がッ! オマエラッ、ゴロズぅウウウウウウウッ!』



 おおお。

 追い詰められているのに、こんなに気高く瞳を燃やしてくるとは――!



「生意気だな」


『ガグゥッ!?』



 俺は、ヤツの顔面を蹴り上げた。



「いかんなぁ、貴様は(あーーー巨人くんホント駄目だって)」



 伏した巨人の首がわずかに持ち上がる。

 俺はそのまま飛び上がり、さらに追撃の蹴りを放った。巨人の首が可哀想なほど曲がる。



「貴様は、態度を間違えた(喋れるんならやり方あるでしょ~)」



 あのね、言葉を話せるくらいの概念霊なら、追い詰められたら相手を騙すようなことを言わなきゃダメだよ。

 もう抵抗しません~とか。許してください~とか。


 それで新米の霊奏師は結構油断するからね?

 特に今回は捕獲目的。プロだって『なんか弱ってるし、このへんにしとくか?』って迷うはずだよ。

 迷いは魂の淀みとなる。手が遅れ、霊力の出力も低下する。

 だから騙し得だって。相手が迷ってる隙にぶっ殺せるもん。


 なのに、



「我に向かって、『殺す』だと? ――ハッ! よく吼えたなぁ鉄屑が!」



 巨人くん。キミの気高さはわかったよ。

 金属っていう強い概念に生まれちゃったから、プライドがあるんだね。

 それだけ魂も強いってことだね。


 なら、



「限界まで、苦しめてやる……!」



 俺は徹底的に【緋々色金ヒヒイロカネ】を追い詰めると決めた。


 こいつを捕えて、大手柄を上げるためにな。

 それでみんなに善良なカナタくんだと信じてもらうんだよ。


 というわけで、



「負術発動」



 次の弾丸はコイツだ。



すくえ、【一反木綿】」


『絞めていいっすかああああああああ!?』



 金髪の包帯女霊を剣指より放つ。

 そいつが巨人に宿った瞬間、『物理法則』に変化が起きた。



『ガッ、グガアァアア~~ッ!?』



 蹴り上げられた巨人の首が、降りてこない。

 さらに俺が、伏せた胸部をそっと撫で上げるように掬ってやれば、巨人の上半身が浮き上がった。



『ナッ、ナニがァアアッ!?』


「【一反木綿】とは、『風に揺蕩う概念』だ。それに呪われた者は、地に足を付けるすべを失う」



 すなわち『重力からの強制解放』だ。

 巨人【緋々色金ヒヒイロカネ】は手足をばたつかせながら、上へ、上へと浮かんでいく。

 面白い。



『オッ、降りレナイ~~~!?』


「ははははっ。空の旅を楽しめよ」



 おまえのような巨人には中々出来ない体験だろう?



「下手に話したのが悪かったなぁ。貴様にまともな精神が宿っていると知ったら、こんな手も思いついたぞ?」



 浮かんでいく巨人に、俺は三度目の剣指を向けた。



『ヒッ!? ツ、次は!?』



 金属の瞳に怯えが奔る。

 ようやく可愛い一面を見せたなぁ。だが、遅いぞ?



「負術発動――謳え【空砲】、高らかに」


『ッ~~~!』



 放たれる霊魂。手が銃砲となったチャイナ娘が空駆ける。

 彼女が巨人に宿った瞬間――ズパァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーンッッッッッと。

 巨人の身体の内側から、特大の砲撃音が響いた。

 周囲の霊奏師らが「うわああああああああッ!?」と叫んで、耳を抑えてうずくまった。

 はは。



「【空砲】の恐怖的使用法など一つしかない。『激しい音で、敵を怯懦きょうださせる』ことだ……!」



 既に敗北寸前の敵へ、聴覚がイカれるような音を撃ち鳴らし、生物学的に心を殺す。


 降伏の要求。

 弾丸を消費しない極めて平和的な恐喝方法。

 それが【空砲】という概念だ。



「それを内側から喰らおうモノなら――」


『ガッ……ァ、アァアァァア~~……?』



 巨人の抵抗が、止まった。


 先ほどまで空中で手足をバタつかせていたが、もう完全に脱力した有り様だ。

 目と口から溶けた金属がだらだらと垂れる。まるで赤子のように無力な姿だ。

 すっかり呆けてしまったなぁ。



「効いたよなぁ? なにせ、貴様には聴覚がある」



 概念霊の弱点の一つだ。

 人の集合無意識から産まれた霊どもは、無機物であれ食べ物であれ、『疑獣化』や『擬人化』をしてしまっている。

 流石に金属巨人はどーかなーと思ったら、話してくれたんだから驚いたよ。

 隙だ。



「人と話せるということは、許容量を超えた音を聞けば、耐えられなくなるということだ」


『ア、あぁぁぁあ……!』


「【空砲】、もう一回鳴らしてやろうか?」


『!?!?? ヤッ、ヤダァーーーーーーーーッ!』



 巨人くんがめっちゃ喚いた。


 内部からの大爆音だったからなぁ。

 音の逃げ場など一切なく、こいつの心に傷を作ったことだろう。


 さて。



「堕とせ、【一反木綿】」



 瞬間、巨人の身体から金髪女が抜け、浮いていたヤツは地に落下した。


 あまりの衝撃に地が揺れる。山が振動する。


 木々が砕けて破片が舞い、先ほどの【空砲】の音にも匹敵する破砕音が響き、地方霊奏師たちは「ぎゃあああああああ!?」と騒いだ。

 なんかごめんねぇ騒がしくして。



『ガギュゥアウァウゥアァァアァアッッッ!? イ、イダイッ! モウヤダァアアアアアアーーーーッ!』



 喚く【緋々色金ヒヒイロカネ】の巨人。

 もうそこに、俺をキッと睨んで『殺す』だのなんだの言っていた姿はなかった。


 さぁて。心の具合はどうかなぁ?



「さて、さてさてさて」


『ヒッ!?』


「さてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさてさて」


『ヒイーーーッ!?』



 俺は再びヤツの前にやってきた。


 ああ、そんなに怯えた目をしないでくれ。


 もう限界なんだな? なら怖いことは何もしないよ。


 俺はただ、こう言うだけだから。



「さぁ――【緋々色金ヒヒイロカネ】よ」


『っ!?』


「我に、従え」



 その言葉に、金属巨人は目を見開き――、



『ハッ、ハヒィイイイイーーッ! シッ、し、従わせてイタだきマスゥーーーッ!』



 と、俺に向かって従順に跪くのだった。



「それでよい。いい子だ、巨人よ」


『ハワァアアア……!』



 ふふ。人的被害ゼロで善良に立ち回れたな。


 邪悪な印象払拭、ヨシ!




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【Tips】


周囲の反応:


地方霊奏師「……邪悪だ……!」

テレビクルー「……邪悪だぁ……!」

視聴者「邪悪だぁぁああ……!」

テレビ見てた不知火オウマ「やはり、邪悪か」


テレビ見てたシイナさん「やったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああめちゃくちゃ邪悪やあああああああああああああああああああああああああ―ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


総評:邪 悪 な 魔 王


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