第41話 概念霊・空鳴カナタ


『ご、ご覧いただけますでしょうかみなさん! 突如として試験に乱入したロウガ霊奏師が! あの不知火オウマ様の御子息がッ、巨大概念霊になりました!』



 半透明な結界の向こう。

 多くの霊奏師たちが避難または戦闘準備をしている中、テレビリポーターが騒いでいた。

 ワンパンで死ぬような一般人だろうに。二周回ってすごい仕事根性だな。


 モヨコ先生が『逃げろよ~!』と服を引っ張ってるが、三歳児だから無理だった。おわり。



「テレビデビューだな、ロウガ。父親に手でも振るか?」


『ガァアアアアアアーーーーーーッッッ!』



 返答は数十メートルもの前脚による烈爪だった。

 次瞬、ズガァアアアアアアーーーーッッッッと爆音を立てて地面が爆ぜる。



「やれやれだな」


「ぁっ、兄ぃ……!?」



 俺は既に回避していた。

 涙目の銀狼少女・リルを抱え、とん、とん、と飛礫の上を跳ねて距離を取る。



「家族がいてもお構いなしか。本当に、畜生に堕ちたんだな」


「うぅ……ちがう、の。リルもあにも、お互いが大切で、オウマさまが……お父様が、大事で……それで、おまえを……!」


「?」



 よくわからんな。なんで父親が大事という話から、俺を襲うことになったのか。

 ともかく、



「離れていろ。おまえはミチオを蹴ってない分、まだ温情をかけてやる」



 ロウガに喰わせて満足したからな。いい悲鳴だったよ。



「ここからは武装を開放する。まぁどうせおまえも死なない身だ。巻き込んでやっても構わんが?」


「うぅ……!?」



 リルは怯えながら下がっていった。いい子だ。



「よし、やろうかロウガ」


『グゥウウウウーーーーーッ……!』



 ロウガは全身に霊力を漲らせていた。

 天の赤い月が罅割れ始める。暗黒の大地が枯れ果て、反比例するように超巨大狼は活性化していく。


 ――こいつ、天蓋を構成する霊力を喰らってやがる。



「概念霊【人狼】。上級霊に進化したことで、〝夜に不滅の怪物〟から〝夜を支配する怪物〟になったか」



 このままでは天蓋が崩れる。このバケモノが野放しになる。



「ならば時間は掛けられんな」



 俺は銀色のケースに霊力を込め、そして。



「〝起動〟せよ、『業魔絶鋼・地獄鳥』――!」



 瞬間、ケースより闇色の爆光が溢れた。



『グガァアアアアアアアーーーッ!?』



 ロウガさえ眩むような光の中、怪異は起きる。

 冷たい『緋々色金ヒヒイロカネ』のケースが、突如、低い駆動音と共に変形を開始した。

 立体パズルの如く複雑怪奇に各所が回転。やがて内部の機構が現れ、カチャリッ、カチャリッと、超高速で歯車の音が響かせながら、六種の長さの刃が如き形状となって、各二枚・計十二枚となり、分散・飛翔。

 それらは俺の腰の周囲に浮かび、折り重なり、凶悪にして最美なるシルエットとなった。


 ――ソレは鋼の機械翼だった。


 それぞれが凄まじい切れ味の刀身と、飛行能力を備えた未知の『概念霊装』だった。



「これが……」



 新たなる武器かと呟こうとすると、背後のリルが「ひえっ!?」という声を出した。



「どうした? 何かおかしいか?」


「あ、アナタの頭!」


「喧嘩売ってるのか?」



 俺が睨むと、彼女は「そうじゃなくてっ」と急いで首を横に振った。



「頭の上に……!」


「?」



 リルが指をさすので見てみる。

 すると頭上には――ロウガと同じく、上級概念霊に浮かぶような『霊光輪ハイロゥ』があった。

 ってなんだこりゃ……?



〝マンマァァァアアーーーーッ! 使ってくれたグゴォ~!?〟


「!?」



 光輪より声が響いた。

 この口調は間違いない。幻想金属概念霊【緋々色金ヒヒイロカネ】のものだ。



「おまえ、どこから喋っている……?」


〝概念霊封印地からグゴ! 『緋々色金ヒヒイロカネ』はママの霊力を糧に、オデが生成した愛の結晶。励起状態の時はオデと話せるグゴ。嬉しいグゴ!?〟



 別に嬉しくはないが……。



「で、なんで頭に『霊光輪ハイロゥ』が現れている?」


〝それは『疑似霊光輪ハイロゥ』。ママをちょっとだけ概念霊化させるブツ、グゴ〟



 ちょっとだけ概念霊化!?!?



〝村正が言ってたグゴ。『幻想素材は人々の思いから成り立つ。特に緋々色金ヒヒイロカネは宗教文書に登場した代物。ヒトの「信仰」を受けやすい性質を持ち、ソレを素材に、――』〟


「……概念霊の性質を、わずかに帯びるわけか」



 腰から広がった殺刃翼に、頭上に浮かんだ魔法陣のような光輪。

 リルが恐れたように、この世界の人々はこう思うだろう。


 もはや人外――概念霊バケモノのようだ、と。



〝ゆえに人々から意識されるほど、今のママは強くなるグゴ。本物の概念霊ほどの性能上昇率じゃないけど、ママなら大丈夫グゴ! めっっちゃビビられてるから!〟


「嬉しくないなぁ」



 調子を確かめるように手を握ってみる。


 ……なるほど。強くなった二周目ボディに、輪をかけて力が入っている気がした。

 霊力も向上している。元より多すぎるほどなのに。



「これが、『業魔絶鋼・地獄鳥』」



 強い装備なんて領域を超越。装備者自体を『概念霊という生物兵器』に変える武装か。

 イカれてんな~……。



「はぁ。人外の仮装をするのはいいが、よりにもよって天使っぽいのか」


〝【天使】系統は強力な概念霊ばかりグゴ。意識されるならイイと思うけど、駄目グゴ?〟


「苦手なだけだ」



 ――頭の中に、『廻レ廻レ~❤』と言いながら俺をブッ殺した肉天使が浮かんだ。あいつ性格ドブだったな。




『ガッ、ガァアアァウウゥウウウウウゥウウゥウッッッッ……!?』


「おっと」



 ロウガの視力も回復したらしい。

 すぐさま襲ってくると思いきや――なんだおまえ、警戒しているのか?



「なるほど。こちらが、おまえと同じく概念霊になったからか」



 概念霊は容赦なくヒトを襲う。

 その反面、概念霊同士の関係は慎重だ。まさに野生動物の如く、縄張りを分けようとする。

 おいおいおい。



「それじゃあ、仕置きにならないだろう?」



 兄との決闘を穢したんだ。



「苦しめるから、せいぜい足掻けよ」



 俺はトンッと飛び上がった。

 瞬間、十二の殺刃翼から朱い粒子を噴かせ、俺の身体は超巨大狼の目線まで舞い上がった。

 魂魄で繋がっているのか何となくわかる。この武装内には特殊機構があり、火属性の霊力を吸わせれば飛翔も出来ると。

 


「面白い。ではこんなことをしてみようか」



 ――霊糸接続・操縦開始。


 俺は両手の五指より糸を伸ばし、推進用の二翼を残して、十本の殺刃翼を支配する。

 意識がリンクした。俺の殺意に応え、騎兵が槍を構える如く、鋭い切っ先がロウガを向く。


 そして、



「斬殺だ」


『ッ!?』



 解体ショーが始まった。


 風の霊力を噴射して飛翔する刃。十本の飛翔する殺意が空を裂きながら、巨大狼を一瞬で抉り裂いていく――!



『ガァアアアーーーッ!?』


「ほぉら、抵抗しろロウガ――!」



 瞬間十閃。巨体が裂ける。


 鋭い刃が一気に皮膚を貫通し、血肉を散らせ、豪快な斬撃音と共に狼が絶叫を上げていく。

 五指を振るうたび刃が踊る。鮮血が舞う。瞬く間に天蓋内は血の雨が降る地獄と化した。


 ――なまじ再生するモノだから苦しみは終わらない。肉が裂けては塞がるも、そこに十倍の切り傷が出来て、終わりない斬撃地獄にヤツは堕ちていく。



「よく斬れるなぁ、流石は幻想金属。だが、まだだ」



 付術発動。俺は霊糸に【空砲】を宿し、莫大な霊力を注いで超振動を起こした。


 結果、緋々色金ヒヒイロカネの殺刃翼は、ギィイイイイイイイーーーーーーーーッッッという轟音を立てて振動し、



『グッ、ガギャァアアアアアアア~~~~~~~ッッッ!?』



 ロウガがさらに絶叫を上げた。


 ただ切れ味が増しただけではない。

 超硬質の震える刃は肉に潜るや、患部を致命的なまでに振動破壊。出血量が爆発的に増加する。



『ガギュァッ、ァアアアアアァアアーーーッッッ!?』



 毛細血管が震え爆ぜ、ロウガは血霧の中で溺れるようになった。

 再生が完全に追いついていない。



『アギィイイッ!? ゴッ、ゴロッ、ゴロズゥーーーーッ!!!』



 それでも流石は【人狼】か。

 鮮血に染まりながら駆け、咢で俺を喰おうとしてきた。



「いいぞぉ。ならばこうしよう」



 俺はそのままヤツに喰われた。だが、



「符術発動、『術式簒奪・血冥狼』」


『ブボォオオーーーッッッッ!?』



 ロウガは血を噴きながら大口を開けた。


 俺が攻撃したわけじゃない。やったのはコイツらだ。



『カナタ様キレキレデス~! ウレシイデスー! オマエラ働くデス~!』


『アオォ~ン!』



 十三体の血冥狼たちが腔内を滅茶苦茶にする。その頭にはそれぞれ呪符が。

 ヤツらは今、分散憑依させた【人形】に操られていた。



「術者のリルがコントロールを放棄していたからな。消してしまうのも勿体ないだろう」



 影から影に渡る能力を使い、ロウガの内部へと出現。

 転移能力と鋭い爪や牙で、無防備な粘膜を奥へ奥へと抉っていた。



『ガァアアアアアアーーーッッッ!?』


「さぁ、終わらせようか」



 俺は天へと手刀を掲げた。



「集え地獄鳥。列を成せ」



 そして、十二の刃が天へと並ぶ。

 まるでバベルの塔のように。空へ、空へと向かうように、手刀の先に刃が集う。

 その刀身より――世界を昏く染めるほどの、闇色の爆光を噴き出した。



『ガッ、アッ、アアァアァアアッ……!?』


「気になるかぁ? この光が」



 光の正体。それは『混沌』だった。

 全属性の霊力が武装内で混ざり合い、相克と相生・融合と反発が無限に成される幻想光と化したのだ。


 その性質は邪悪の極致。細胞に触れれば、遺伝子自体が不安定化し、致命的な破損を迎える。



「これぞ『幻子力破壊光』。わかりやすく言えば、まぁ」



 現代科学における、アレに近いなぁ。



「『核分裂光』だよ」


『ッッッ~~~~~~~~!?』



 狼の表情が、今日一番の恐怖に染まった。

 泣くように呻くが――もう遅い。



「それじゃあな、ロウガ」



 男の決闘を穢したことを。



「死ぬほど、悔いて終わるがいい」



 俺は極光を振り下ろした。



『イギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!?!?!?』



 そして上がる断末魔。


 天に轟く叫びが響き、巨大狼は、天蓋ごと爆散するのだった。



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【Tips】


『幻子力破壊光』:火・水・風・土・雷、全霊力が混ざり合うことで生まれる架空属性光。

無限の融合と反発を繰り返す混沌の極みとされる。


提唱者は霊奏科学研究者・平賀サイナ。


自然的には確実に生まれないとされる輝きである。

まず、霊力とは生命エネルギー。すなわち血液に等しい。

それぞれには独自の『型』があり、他者の霊力と交わることは不可能。

人間同士で他者に霊力を与えることも、〝ある方法〟を用いる以外は基本的に無理とされる。


ゆえに『幻子力破壊光』を生み出す場合、全属性を持った霊奏師個人がまず必要となる。

その時点で歴史上の報告例はごくわずかである。


さらに配合量も問題。

五属性のうち、どれか一つが僅かにでも多ければ、その属性が融合と反発の円環を乱し、途端に霊力は爆散。霊奏師自身に致命的な結果をもたらしてしまう。


ゆえに『幻子力破壊光』を生み出すには、全属性を使える上で霊力の扱いに極めて長けた霊奏師が、外部から機械の調整を受けることでしか成し得ないのである。


なお30話でモヨコ(現在:もう状況が滅茶苦茶すぎて泣いてる)が述べていたように、通常の機械では、生命エネルギーである霊力には干渉不可。

そのため幻想金属が必要になる上、それを加工するにも超級の霊奏鍛冶師が必要になりその人物には電子技術も求められるというもう、無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理と無理が詰め込まれた光――それが『幻子力破壊光』である。


だが、


テレビを見た平賀サイナ「私は、奇跡の御方に出会ったッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


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