第42話 人権バイバイ、ロウガくん!!!




「終わったな」



 戦闘終了。

 天蓋の欠片が舞い散る中、俺は霊装より朱い粒子を噴かせながら地に降りた。



「お疲れ。元に戻れ、地獄鳥」


『ピヨピヨ』


「ピヨピヨ……!?」



 謎の鳴き声を出しつつ、十二の殺刃翼が変形を開始。

 手元に集まってアタッシュケースの形に戻った。


 そして頭上の『疑似霊光輪ハイロゥ』も消えていく。



〝カナタマンマァ~~~! もっとお喋り~!〟


「また今度な、【緋々色金ヒヒイロカネ】」



 きしょ概念霊も鳴いてきた。

 どうせ近いうちに会うだろ。封印地の霊奏科学研究所まで霊力吸わせに行く予定だし。



〝オギャァ~~~!!! マンマァアアアアアアアアアアアアアア!!! マ゛ッ〟



 きしょ概念霊の声が途切れる。

 ははは。騒がしくもきしょいやつだ。……いやそれ、悪い面しかないな。



「――あにっ!」



 きしょきしょ考えてると銀狼少女・リルが飛び出した。

 向こう先は焦げた黒い肉塊。

 爆滅し、霧散した超巨大狼の中から出てきた――グズグズに焼けた人型だった。



「ゥ、アァ、あぁあ……?」


「っ!? 兄、意識、あるの!?」


「リ――ル……?」



 不知火ロウガだ。

 もはや人肉ハンバーグって有り様だが、あいつは人に戻っていた。



「運が良かったな」



 俺も歩み寄る。するとリルは「わひぃッ!?」と怯え、ロウガのほうも「アッ、アアァッ!?」と喚いた。

 失礼な奴らだ。



「ロウガ。先ほどまでのおまえは、概念霊にほぼ成りかけの人間。その現実性はマイナスに堕ちていた」



 概念霊は非実体の生命。

 物質からなる現実世界からすれば、幻覚のような存在だ。

 だからこそ物理法則を無視し、人々の意識などというモノで荒唐無稽に力が上昇する時もあれば、満足した瞬間に霧散してしまうという、不安定さも兼ね備えていた。



「そこに存在を不安定マイナスに堕とす『幻子力破壊光』をぶつけた。結果、おまえは人として固着できたわけだ」



 上手くいくかは知らなかったがな。


 例の『幻子力破壊光』自体、霊奏界では眉唾モノとされていた架空現象だ。

 提唱した学者『平賀サイナ』は特號級の実力者だが、アタマおかしい扱いされていたはず。

 思い付いたからやってみたに過ぎない。



「じゃあ、戦いの続きをやるか?」


「「ッ!?」」



 観客の霊奏師らが絶句し、テレビリポーターが大興奮で駆け寄る中、俺は兄妹に問いかける。



「理由は知らんよ。だが、この空鳴カナタを殺したいんだろう?」


「ひぅっ!?」


「あぁ是非もない……! これは霊奏資格試験の模擬戦。どちらかが完膚なきまでに潰れるまでやる死闘だろう? ならば」



 兄は倒れた。じゃあ次は、



「妹、リルを倒す番だなぁ?」


「やッ、やめてくれ――ッ!」



 俺が告げたところで、焼けた人型がリルを庇った。


 ロウガだ。炭化した手足で、砕け散りながら妹の盾になった。



「妹は悪くねェッ! 降参だ! 決闘を邪魔したのも、テメェの兄貴を蹴ったのもオレだろう……っ!?」


「あにっ……!」


「ぉ、オレは、悔しかったんだ……気に入らなかったんだ! 空鳴カナタ。テメェのせいで、義父ちちが……憧れの不知火オウマが、変わっていくのが……! オレたちの言うことなんて聞かなかったのにッ」



 不知火オウマが変わっていく……?


 意味が分からんな。あの人は俺のことが大嫌いだろう。

 俺に影響されることなどあるのか?



「よくわからんが」



 それはそれとして。



「〝気に入らなかった〟。そんな勝手な理由で、おまえたちは暴挙に出たのか?」


「うっ……!?」


「決闘を妨害し、人の家族エモノを足蹴にしたのか……?」



 呻くロウガに呆れてしまう。


 ――以前も思ったが、一周目の世界でもこの兄妹は人気がなかった。


 異常なことだ。だって亜人とはいえ、不知火オウマの王子と姫だぞ。

 それだけで勢力が出来てもおかしくはないんだが……、



「本当に、。粗暴で粗野だが、たまたま法だけは犯していない状態。そんな有様で生きてきたんだな……」



 そうぼやく俺に、やがてロウガが「うるせェッ!」と叫んだ。

 血を吐くような、震えた叫びだった。



「【人狼】の勘でわかるんだよッ! オレたちに関わる人間はほぼ二種類だけだッ! 亜人と内心バカにしてるか、総帥の息子だからとすり寄る連中だっ!」



 煤けた瞳で鋭く睨んでくる。

 一周目の人生では関わりがなく、悪評を聞くことしかなかった王子。

 そんな彼が感情を吠える。



「気に入らねェッ! 気に入らねェンだよッ! そんな連中を邪険にして、何がワリィッ!? うぜぇよ死ねよと遠ざけて、何が悪いんだよぉおおーーッ!?」



 なるほど。そんな悩みを抱えていたのか。ああ、



「悪いだろう」


「!?」



 気持ちはわかる。だが議論の余地はなかった。



「気に入らないから吠える。罵る。それでは何の進展もないだろう。おまえへの扱いも、悪くなる一方だろうが。頭の悪い狼め」


「なんだと……!?」


「おまえは【人狼】なんだろう? ――ならば社会に溶け込んで見せろよ。虚偽、甘言を尽くすがいい」



 狼ではなく人狼なんだ。

 だったら『人』の知性を尽くし、欲する言葉を考えてやれ。



「気に入らん相手に、逆に笑顔を与えるがいい」


「は……?」


「勘とやらを上手く使え。甘い空気を吸わせてやれよ。肺腑の奥まで満たしてやるんだ」



 そうすれば、



「結果、


「!?」



 元々、オウマの義息という看板があったんだ。

 そのようにしていれば評判は逆転していただろう。



「お、おまっ、なんて、怖いことを……!」


「あぁバレるのが怖いか?」


「え、ちがっ」


「バレたところで問題あるまい。麻薬の出る蛇口を、依存者たちがどうして壊せようか? 言葉だけでなく力と金であらゆる苦悩を取り除き、どっぷりと染めてしまえばいい……!」


「ひぃ!?」



 俺はロウガに近寄った。

 初めて怒り、全力を振るったからか――今はなんとも、気分がいい。


 ずっとかかっていた靄が晴れたような心地の中……上目でロウガに、微笑んだ。



「おまえにも、優しくしてやろうか?」


「ッ!?」



 後ずさるロウガ。だが逃がさない。距離を詰める。



「今回の凶行で、ロウガはきっと罵られるだろう。妹と共にな」


「う!?」



 ミチオは無資格者。一般人。そして霊奏師が一般人を傷付けることは重犯罪だ。

 しかも相手は子供で、国家的に重要な試験中に、ボロボロのところを奇襲したとか――はは。



「役満だよ。霊媒師扱いで死刑もあり得るぞ?」


「!?」



 あぁ大変だ、大変だ。これから不安でいっぱいだぁ。



「これだから亜人は――と、そう罵倒され、誹謗中傷の中で縛り首かもなぁ? 妹さんごと」


「それ、はっ」


「でも大丈夫だ!」



 俺は手を打ち、ロウガの意識を一気に寄せた。



「許してやろう、今回の凶行を」


「なっ……!?」


「キミを弁護してあげよう。罵倒する者からも庇ってやろう。この空鳴カナタが、二人の味方になってあげよう!」


「ッ……!」



 もう大丈夫。大丈夫だぞ。



「わかってるよ。こうなったのも、人付き合いがわからないストレスからだろう?  でももう悩むことはない。側で助けてあげるからな? とてもになるだろう?」


「ぅ、ぁ」


「あぁそうだ。不知火オウマは、子供の言うことを聞いてくれないそうだなぁ?」


「!?」



 可哀そうに。

 社会に馴染めず、親は仕事人間で。それじゃあ歪んでしまうだろうよ。



「だが」



 甘い声をかけてやる。ロウガの手を優しく取ってやる。



「自分なら、何でも話を聞いてあげるぞ?」


「っっ!?」


「全部の悩みから、解放してあげるからなぁ……?」


「うッ、うぁぁぁっ……!?」



 ほぼ反射的といった様子で、ロウガは転びながら後ずさった。

 だがその瞳は彷徨っている。リルも同じだ。「うぅぅ……!?」と呻き、こちらに対して怯えながらも、切ない光を瞳から出していた。


 空鳴カナタの話に乗る未来は魅力的だ……と、そう少しでも思ってしまったんだろう?


 ――いなぁ。あと少しで堕ちそうだ。



「ほら二人とも、戦いは終わったんだ。仲良くしよう。これからのことを一緒に話そう?」


「これ、から……?」


「そうだ。この空鳴カナタが、おまえたちを幸せに――」



 そして、手を差し伸べようとした、その時。



「――そこまでだ」



 瞬間、眼前の地面が爆ぜる。

 迸る轟音と雷光。目の眩むような輝きの中――紫電を纏った男が現れる。



「本当に油断ならん邪悪だな、空鳴カナタよ」


「不知火オウマ」



 霊奏機関総帥・護国の修羅オウマが立ちはだかった。



「状況は把握している。……恩師モヨコが、泣きながら通話してきたからな」



 オウマが試験場の隅を見れば、そこにはモヨコ先生が「もう監督責任なんて知らん~~! 親が何とかしろーッ!」と喚き、息遣いの荒い黒服にめっちゃヨシヨシされていた。

 色々な意味でかわいそう。



「どうも、オウマ総帥。これってアレです? 子供が問題起こして、親が学校に呼び出されたシチュみたいな」


「む……今日はずいぶんと口が軽いな」


「気分がいいので」



 決闘の妨害は不愉快だったが、そこからの蹂躙は楽しかったよ。

 あぁ、



「アナタのお子さん、いい悲鳴をしていましたよ?」


「…………」



 無言。だが気配でわかる。

 オウマの闘志が一層燃え上がった。



「……理解した。やはり貴様は、不倶戴天の敵だ」



 オウマの手が、腰の鞘を握る。



「へぇ。なら、やりますか?」



 俺はケースの持ち手を握る。



「ああ、貴様を殺す――と。そう言いたいが、しかし」


「?」



 オウマは超速で刀を抜いた。肉が斬られる。鮮血が舞う。

 が、それは俺じゃない。



「ぐッ、がぁあぁああッ!? ボッ、ボスッ、父上ぇえ!?」


「あにっ!?」



 ロウガだった。神速の抜刀で、ヤツの炭化した手足が宙を舞っていた。



「父上、なにをッ……!?」


「法を犯した霊奏師――の無力化は完了した」


「えっ、オレ、が?」


「その生命力。未知の概念霊の肉盾として、能力を探ることに極めて有効。『罪人番号・ロの五八』と名を改め、贖罪奴隷部隊『八咫烏』に堕ちるがいい」


「なぁああーーッ!?」



 ……はぁ。やはりこうなったか。



「やはり子供にも容赦なし、か。自分は許すと言ったんだがなぁ」


「例外はない。そして霊奏師の処遇を決める権利は、この不知火オウマにある」



 冷酷だ。だが正解だった。


 ちらりと視線の熱い方向を見れば、テレビリポーターがカメラマンを従え、『特報ですッ! オウマ総帥が、ロウガ容疑者を処罰しました! 全人権が奪われ、あの死傷率八割を超える死の部隊に――!』と、大興奮で騒ぎ立ていた。


 大スクープだもんなぁ。



「なお罪人・不知火リルもまた霊媒師として、裁判を受けてもらう。十代前半という年齢を加味しても、罪は避けられんと思え」


「ぉ、おとう、さまぁ……!」



 当然だな。ここで甘く断じれば、オウマへの信仰も、ニホンの秩序も終わっていただろう。

 ――オウマを排除し、ニホンの支配を狙う国『神聖リベルタリア帝国』の独り勝ちで終わったはずだ。



「流石は護国の人。大正解の幕引きですね。国を護るの得意なんですね?」


「……」



 オウマは黙りながら、犯罪者になった家族を担ぎ上げた。



「……空鳴カナタ。貴様の兄には、申し開きもないことをした」



 固まっているリルの腕を掴みながら、不知火オウマは背を向けてそう述べた。



「空鳴家には、今後改めて表明を行う。……どのような賠償もして見せると誓おう」


「わかりました。ではまた今度」


「ああ」



 そして彼は消えていった。


 賠償かぁ、何してもらおう。まぁ決めるのは父ミチタカになりそうだが。



「ま、何はともあれ」



 俺はンーッと腕を伸ばしてリラックス。

 それからモヨコ先生のほうを見て、微笑んだ。



「資格試験、終わりましたね!」


「って終わっとらんわぁ~~~~~!?!?!?」



 すっげー怒鳴られた。



「まだ試験する組は残ってるんじゃいッ! なのにおぬしが天蓋内で限界怪獣バトルするせいで、いつ攻撃が漏れ出して死なないかと、みんな顔面真っ青で逃げてったわ!」


「あ~」



 そういえば子供たち避難してたね。

 運動能力テストしてる後半組の子たちも、どっか行っちゃったし。



「よし――わかりました」



 全てはロウガのせい、そう言ってもいい。

 だが俺は大人だ。今は気分もいいし、全ての罪を背負って対応しよう。



「わ、わかったって、どうする気じゃ?」


「自分が子供たちを呼び集めてきます」


「ってもっとパニックになるからやめろォオオーーーッ!」



 モヨコ先生に縋りつかれた。よしよーし。




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【Tips】


・五分後、冷静になったカナタくん:「お、俺言動がだいぶ邪悪だった俺言動がだいぶ邪悪だった俺言動がだいぶ邪悪だった俺言動がだいぶ邪悪だった……! ほ、本当は違うのに~~~ッ! 違うはずなのに……!」


世間:『あの人邪悪すぎてやべえよぉぉぉぉおお……!』


シイナさん:「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああカナちゃんだいちゅきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!ワイの求めてた邪悪の権化ッッッッッッ!!!!!!!!!あの人こそ混沌の光やあぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!やったー!」


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次回、試験編ラスト!

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