第20話 横乳雌豚がやってきた←そんなことよりヒヒイロカネだ!!!




「ふぅ、いい朝だ」



 姉妹が突撃してきた翌日。

 布団でグースカする概念霊トリオが目覚めないようゆっくり起き、カーテンを開けて朝の日差しをたっぷり浴びた。


 やっぱり温かいのはいいな。二周目の身体は強いから平気だったが、極寒の世界は嫌だった。



「さて、今日も元気に修行を……って、んん?」



 ふと、窓から広がる景色に違和感を覚えた。


 修行も出来る広い庭。暇そうに泳ぐ池の鯉。庭木の上で寝てるミチタカ父さんの【鳩】の概念霊と、それを美味しそうに見つめる野良猫。そこまではいい。

 だが、正門の向こう……。『家の前で掃き掃除をしている女』は、いったい誰だ?



「あら~~美人なお嬢さんねぇ! 空鳴さんちの使用人さんかしらっ!?」


「いやっ、それはそのですね~……!」


「何でもいいけどあんまり横乳出しちゃ駄目よっ! アナタ無駄におっきいからエプロンから突き出てるじゃない! ほらっ、噂のカナタって子に襲われちゃうわよ!?」


「ええええっ!?」



 ……近所のオバさんに絡まれてる謎の女。


 顔は見えないが後ろ姿だけでよくわかる。

 その水色にも近い青髪と、背後からも見えるような横乳の肉は、間違いない。



「霧雨セツナじゃないか」



 なんであの人、ウチの掃除なんてしてるんだ?




 ◆ ◇ ◆ 



「アナタがっ、提案したことっ、でしょうが!」


「うるさ……」



 あの後のこと。普通に「なにしてるんです?」と話しに行ったら怒られた。


 ちなみに近所のオバさんは俺を見るや、「おッ、お若い者同士ごゆっくりー!」と逃げていった。

 うぅんまだ邪悪と思われてるようでショック。今度、友好に思われるようにご近所周りでもしようかな?



「ちょっと聞いてるんですカナタさんっ!?」



 あーはいはい。



「エプロンドレス、似合ってますよセツナさん?」


「かっ、格好の感想は求めてないですッ! きーーーっ!」



 めっっっちゃ睨まれてしまった。


 もうこの人が『氷の女』になるなんて想像できないな。

 火病のチワワの擬人化じゃん。



「それにしてもセツナさん、本当にウチの掃除をしてくださるとは。冗談だったんですけどね」


「えっ、冗談だったんです!?」


「当たり前でしょう」



 名家霧雨のお嬢様をアゴで使うわけないっつの。



「だからビックリですよ。お家の人は止めなかったんです? 特にご当主様のカゲロウという方とか」


「うっ……」



 その名を出すと、セツナさんは押し黙ってしまった。どしたん?



「こ、今回のシャロとわたくしの件について、カゲロウお爺様と、アナタの父ミチタカ様は、密談を行ったそうで……」



 あー、そういえば父さん夜に出かけていったっけ。

 俺そのまま寝ちゃったよ。



「それで?」


「それで、ミチタカ様は〝息子が全て許しているのに、親がごねるのは見苦しい〟と言いまして、不問にするそうで」



 おー。流石は父さん、立派だ。

 少し前の気弱な父さんなら、名家の老当主なんて前にしたら一切喋れなそうだったが。



「カゲロウお爺様もそれに頷き、表向きにはなかったことにしたそうです。ただわたくし……お爺様には反省して来いと言われてしまいまして……」



 あー。それで反省の証に、使用人として送り出されたわけね。



「……というわけで一週間ほどは、当家で住み込みの侍女を務めさせていただく霧雨セツナです。よろしくおねがいします……うぅ……!」



 不承不承と頭を下げるセツナさん。


 うぅん。まさか未来の霊奏界のトップレディが、メイドさんになる日がこようとは。

 俺の二周目人生、カオスすぎるな。



「ちっ、ちなみにカナタさんっ!」



 ん? なんだねセツナさん?



「ててっ、手を出して来たら、怒りますからねっ!?」



 出さねーよ。ふざけたこと言うな。



「はぁ――まさか手を出してほしいのか、雌豚?」


「はぅんっっっ!?」



 失礼なことを言う身体くん。それに怒ると思いきや、セツナさんは変な声をあげた。

 なんなのこの人……?



 ◆ ◇ ◆



 というわけで午前。「どうせ休みなく修行するんでおじゃろう。たっぷり食え」とマロさんが出してくれた美味しい朝カレーを十杯食べた俺は、庭に出ていた。


 ちなみに今日は父さんだけでなく、セツナさんも監督してくれることになった。


 頼み込んでみたら「え、まだ強くなる気ですか……?」とドン引きしながらも了承してくれたからな。



「そういえばセツナさん、妹のシャロさんはどうしました? 一緒に修行しようと誘ったのですが」


「あぁ、それについてはお爺様も了承しました。そのうち来るはずですが……あ、来ましたね」



 セツナさんが視線を上げれば、民家の屋根の上を「ごじゃごじゃ」言いながら跳ねてコッチにくるシャロちゃんの姿が。

 流石は【忍】の概念霊使い。霊力強化したであろう肉体での身のこなしは悪くない。



「カナタくん、来たでごじゃるよ! ……って、わははははははあはっ、セツナお姉様がマジでメイドさんしてるでごじゃるっ! わはぁあああああ~! ぶえへっ」



 ……バカみたいに笑い転げるシャロちゃん。

 マジで庭をゴロゴロ転がってやがる。

 う~んこれは未来で剥きエビになっても仕方ないわ。このシャロガキめ。



「カナタくんも一緒に笑おうでごじゃる~!」


「笑いませんって」



 元はといえばセツナさんが突撃してきたのは、キミのせいだからね?

 そんなお姉さんを見てなに笑ってるわけ?



「うぐぅっ、シャロォ……相変わらずのクソガキっぷり……!」



 あーあ。セツナさんも赤面して俯きながら、拳を震わせてるよ。

 これはキレるか?



「でもッ、そこが好きぃいいいいいいいッ!」


「マジかよおまえ」



 怒鳴ると思いきや愛を吠えた。

 このシスコン姉、終わってるな~……。



「はぁ……もしかして妹さんがアレなのって、セツナさんが甘やかしたからでは……?」


「フンッ、まぁそういう意見もありますね!」



 そういう意見しかねえよ。おい、なに妹の頭皮嗅ぎ始めてるんだ。



「……お父様、もうこの二人は放置して修行を始めましょう」


「あっ、うん。スルースキル高いねカナタは……」



 シャロちゃんの耳穴をぺろぺろ舐めだすセツナさん。

 そんな剥きエビと雌豚の絡みから目を逸らし、ミチタカ父さんはごほんっと咳払いすると、肩に【鳩】を留まらせて話し出す。



「今日修行したいのは『負術』についてだったね。アレは霊奏術の中でも難しい術だ」


「ですね。自分も一番不得意です」



 負術――それは概念霊のマイナス側面を、相手に及ぼす術だ。


 分かりやすく言えば『呪い』だな。ゲームに例えれば状態異常攻撃ってわけだ。



「軽くおさらいしよう。例を出せば私の【鳩】。この子は同じ都市鳥のカラスと違い、〝あまり頭が良くない〟とされているね」



 あぁうん。棒を三本並べたような、クソみたいな巣をつくることで有名だもんね。



「だから【鳩】を無理やり相手に宿せば、『思考が鈍る』『判断力が落ちる』という結果に繋がるんだ」


『クルッポー』



 かなり怖い効果だよなぁ。本人(本霊?)はなんもわからなそうな顔でアホみたいな鳴き声してるが。



「ただし使用は難しい。相手が霊力を持っていれば、それによって抵抗されてしまうからね。自身に霊を宿す『巫術』と同じだ」



 巫術……それは霊の魂を、自分の霊力で包み、固定することで成される術だ。

 この時、霊が魂を揺さぶらせ、霊力の膜を破ってしまっては術は失敗する。



「抵抗せんとする相手の魂は、霊力を刃として鋭く尖り、負術の霊力膜を傷付ける。そのため相手をずっと苦しめたいと思ったら、霊力を常時送らなければいけない上、相手の魂の形に合わせて変化させないといけない」



 大変な作業だな。

 先日は氷像武士を【人形】で乗っ取ってみせたが、アレは相手が非生命体だから出来ただけだ。

 魂を持つ人間や概念霊が相手になれば、全力で抵抗してくる。



「相手を直接倒したほうが早いですね」


「はは、そうだね。ただ一髪千鈞を引く勝負の中、相手を数秒だけでも鈍らせられたら成果は大きい。それに霊媒師や希少な概念霊の捕獲任務にも使えるから、修めるべき術だよ」



 そりゃそうだな。霊奏師の仕事は討伐オンリーじゃないもんな。



「じゃあやっていこうかカナタ。……といっても、どうかお手柔らかにね?」



 苦笑する父さん。


 負術は『誰かにかける』という特性上、生きたサンドバックが必要だからな。その相手は当然ミチタカ父さんになるわけだ。



「べろべろべろべろ!」


「姉様くすぐったいでごじゃる~!」



 ……横で仲良くしてるカス姉妹は、一応生物学上女性だから傷付けるのは忍びない。

 あと、名家のお嬢様たちだしね。こんなんでも。



「ふむ……(どっかに思いっきり負術をかけれる相手がいればいいんだが……)」



 俺がそう考えていた時だ。



「――おじゃっ? おじゃおじゃ? おじゃぁ~!?」



 屋敷のほうから「おじゃおじゃ」と聞こえてきた。

 マロさんか? どうしたんだ?



「やい者共っ、朗報でおじゃる!」



 マロさんが携帯片手にこっちに来た。なんかすっごい笑顔だ。



「どうしたんです、マロさん?」


「聞いて驚くがよい! 実は、霊奏機関本部よりただいま入電されたでおじゃるが……!」



 ビシッ、と。マロさんは携帯を突き付けてきた。

 その画面には、木々を踏み砕きながら闊歩する、灼熱した鋼の巨人の姿が……!



「ここ埼玉の近く、秩父山地の一角にて、空想上の伝説金属【緋々色金ヒヒイロカネ】の概念霊が現れたでおじゃるぞぉ~! もし捕まえて金属を作らせまくれたら、ニホンの国力アップ間違いなしでおじゃるッ!」



 お~!?




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【Tips】


緋々色金ヒヒイロカネ:宗教的偽書に登場した神話上の金属。

黄金より軽く、されどダイヤモンドより固く、劣化せず、揺らめいて見える赫色を放ち、熱伝導率が極めて高く、全ての磁性を受け付けない――そんな、物理法則に反した性質を持つとされる。


緋々色金ヒヒイロカネ】の概念霊:山間に現れた巨人型概念霊。

これまでも度々世界各地に現れているが、捕獲には至らず、満足するだけ人間を殺害して昇天している。


近所のオバちゃん:おしゃべり好きなオバちゃん。デリカシーがあんまりないのはご愛嬌。

空鳴カナタのことを警戒しており、

『すっごく顔はいいけど邪悪だわぁ。若い頃にアタシをたぶらかしてくれたナンバー1ホストの子みたい! 触れたら、ヤケドしちゃうっ!』

と乙女回路が危機を訴えているので避けている。


エプロンドレス:メイドさんが掛けているような前掛け。

セツナはいつもの横乳和服の上に纏っている。

非常に面積の大きいエプロンドレスさんだが、妊娠した雌豚のように膨らんだ横乳は、隠しきることができなかった……。無念。


マロ:買い物帰り中、「あれまぁ野生の平安貴族が!」と指さしてきた近所のオバちゃんグループと話した。市井の話は俗っぽくもなかなか愉快で、気に入っている。

ニホンの重鎮『五大院家』の者であるため、【緋々色金ヒヒイロカネ】の登場には興奮。


ちなみにシャロガキとセツナが来た件については、

〝空鳴家、変な連中ばっかくるでおじゃるな~〟

と呆れている模様。

自分の白塗り平安スタイルが変という自覚は一切ない。


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特訓編、あとちょっと!

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