第19話 優しいお兄さん!/『コッチ側』の人間や……!
天蓋は粉々に砕け散った。
亜空間は霧散し、無事に屋敷の庭へと帰ってこれた。あー太陽あったかい。
「大丈夫かっ、カナタ!」
「カナタくんっ、セツナお姉様!」
心配そうに駆け寄ってくる父さんとシャロちゃん。
そんな二人に笑みを向けつつ、俺は霧雨セツナさんのほうを見た。
「うぅ……なんてヤツ……」
俺を睨みつけてくる彼女。だが最初のような元気はない。
纏っていた雪が解け、全身ビチャビチャでへたり込んで震えている。
凍り付いた未来の姿からは考えられないな。はは。
「逃げた家畜が雨に降られて困っているようですね。拾ってあげましょうか?」
「なっ、なんですかその例えは!? 誰が家畜かっ! ア、アナタみたい人には拾われませんよっ!」
「そうですか。では善意でこれだけでも」
指を鳴らす。するとセツナさんの身を包むように、温かな毛布が生み出された。
俺に宿った【人形】の力だ。
「む、むむっ……!」
「プレゼントしますよ。寝る時にでも使ってください」
「だ、誰がアナタのものなんて使いますかっ!」
そういう彼女だが、ひしっと毛布を掴んでいるのが面白い。
寒いから仕方ないよなぁ。こちとら姉妹揃って喧嘩売られた身なんだから、これくらいの意趣返しはさせてくれ。
「というわけでお父様、このとおり自分はピンシャンしてますよ」
心配そうな父ミチタカに向き直る。
俺のせいで騒がしい日常にしてしまったな。そこはホント申し訳ない。
「はは……暴れる姿は天蓋の向こうから見ていたよ。最初はどうなることかと思ったけど、やっぱりキミはすごいね。優しくて強い自慢の子だ」
また頭を撫でられた。他人の前だからちょっと恥ずかしい。
「そういえばお父様、どこかに電話していましたが」
「ああ、私じゃ天蓋を砕くのは無理だったからね。ある方に事情を伝えたら、人を寄越してくれることになって」
「ある方?」
誰だろうかと首を捻った時だ。
不意に屋敷の屋根の上より、影が差した。
「――あれまぁ。おっとり刀で来たのに、自力で解決しとるやんけ」
その人はいつの間にかそこにいた。
黒い制帽を目深に被った、糸目の男性だ。
服装は霊奏師の象徴たるバンカラ外套。それだけならいいのだが……。
残る特徴に、セツナさんが瞠目した。
「首元の錠前に、外套の
「あぁ霧雨のお嬢さん? どうもです~」
庭に降り立ち、彼はわざとらしく礼を執った。
「僕は罪人番号・ヲの四一七。通称、シイナ。贖罪奴隷部隊『
「っ、やはりッ!」
セツナさんが鋭く男を睨む。
だがそれも仕方ないか。『八咫烏』といえば犯罪者の集団……不知火オウマが今から十年前に霊奏機関総帥となった際、強権により生み出した連中だ。
それが彼らだ。
「ちなみにこう見えて副隊長やねん。すごいやろ~褒めてや~?」
「誰が褒めますか。それだけの、凶悪犯ということでしょうが……!」
唾棄するセツナさんに、シイナという男は笑みを深めた。
……人権も名前も廃絶され、危険な最上級概念霊相手に一番の突撃を命じられる者たち。
命を使ったリトマス紙の束。
だが、そうなっても当然な罪を背負った
古くよりニホンを守ってきた『霧雨家』的には、まだ受け入れられないか。
「シイナと言いましたね。アナタのような罪人がなぜここにっ!?」
「いちいちうるさいのぉ。聞かな判らんとか、意外とアタマ悪いんやね」
「なっ……!?」
セツナさんは愕然として固まってしまった。
まぁ、いちいちうるさいのには同意する。
にしても、ふむ。
「『八咫烏』が動く理由はただ一つ……オウマ総帥に、指示されたからか」
「そ! 流石は噂のカナちゃんや、まだちっちゃいのに賢いなぁ。こんな子を飼い犬にするとか、オウマ様もええ趣味しとるわ」
カナちゃんて。糸目お兄さんのシイナさん、めっちゃフレンドリーな人だな。
「僕らのボス、オウマ総帥閣下にキミのパッパがお電話してな。要約すると、〝アホな女が早とちりで突撃してきたから止めてくれ〟ってことやね」
「なるほど。お父様が電話したのはオウマ総帥でしたか」
セツナさんが「アホな女!?」と喚く中、俺は父さんのほうを見た。
父さんが苦々しく頷く。
「……実は、個人的な連絡先をいただいていてね。〝もしも空鳴カナタが手に負えなくなった時に呼び出せ〟と言われていたんだ。親の私では、心情的にも実力的にも、殺処分は難しいだろうと、ね……」
そりゃ納得だ。
ニホンの平和を愛するあの人だからな。敵は容赦なく殺すが、善良な国民のことは心も含めて守護することを心がけている。
なんとも温かく、俺にとっては恐ろしい気遣いだ。
「へぇ~パパさん、カナちゃんと仲良いみたいやねぇ。怖がって捨てると思ってたのに、度量すごいわぁ」
何やら感心するシイナさん。そして彼は、シャロちゃんとセツナさんの首根っこを持ち上げた。
「ごじゃぁ!?」
「わぁっ!?」
二人を吊るし、「ほいお仕事完了。今日はラクでええわぁ」とのんびり言う。セツナさんは当然キレた。
「は、放しなさい無礼者っ! 何をするのですか!?」
「争いを止めることと、一旦二人を霧雨家に送ることが命令やからね。現霧雨当主のカゲロウ爺さん、オウマ総帥から話が行ってバチキレとるで~?」
「ひえええっ……!?」
セツナさんの口からシャロちゃんに似た怯え声が出た。
気の強い彼女も、当主様のことはめちゃ怖いらしい。
「そっ……そもそも、早とちりってなんですか……!? わたくしは、シャロを救うために正当に武力介入をですね……!」
「ちゃうで。そもそもシャロってガキンチョが襲撃してきたところを、カナちゃんが許してやったねん。そんで丸く収まったところにアンタがきて、しっちゃかめっちゃかしたんやで」
「はぁあっ!? で、デタラメです! 証拠はどこにっ」
「ほい」
シイナさんが長い足先で地面を突く。
すると蛍の群れのように光の粒子が湧き上がり、それらはやがて複数のホログラムとなって、小一時間前の俺たちの姿を映し出した。
襲い掛かってきたシャロちゃんに、ガチギレした父さんに、勝利した俺に……そして。
『シャロさん。自分たちは、お父様許可の下で模擬戦をしていました』
『えっ、え』
『それなら何の罪にもなりません。シャロさんが家名に泥を塗ることも、ありませんよね?』
『っ――!?』
そんなやり取りと諸々を最後に、幻想の光景は消え去るのだった。
「なっ……今のは……!?」
「僕は【再生】の概念霊使いでなぁ。ちょっち工夫すれば、〝その地で起きた光景〟も半日前程度まで映し出せるねん」
「そんなっ!?」
「カナちゃん、笑えるくらい強いしイケメンやったね~~」
などと呑気に笑うシイナさん。だがセツナさんのほうは顔面蒼白だ。
「ぐっ、ぐぅうぅう……! で、ではわたくしは、無実の相手を襲って……!?」
「まぁそやね。霊媒師認定、オメデトー。僕ら『八咫烏』の仲間やね」
「そんなぁあぁあああっ!?」
「て、冗談や。今回は妹ちゃんが〝助けて〟言うて起きた一件やから、まぁ情状酌量となるやろ」
「ほっ……」
「あ、でも全ては被害者のカナちゃん次第やね。この子が被害届を出せば……」
「ふぁっ!?!?!?」
セツナさんの顔面がめちゃくちゃせわしなく変化する。
このシイナって人、完全に遊んでるな。糸目の奥から、俺にイタズラっぽい視線を送ってきた。
あーはいはい。
「セツナさんには酷い目に合わされましたからね。出しましょうかねぇ、被害届」
「ふぁふぁっ!?」
「あーそれがえぇわカナちゃん。身体に傷はなくとも、心的被害を訴えればガッツリ罪になるからのぉ?」
「そんなぁーーーっ!?」
顔面が白くなったり青くなったりするセツナさんが面白い。
ちなみにシャロちゃんは当主バチギレと聞いたあたりで「ご゛じ゛ゃ゛……!」と呻いて気絶していた。
どんだけ怖いんだよ当主様。
「そ、空鳴カナタ……! あの、今回はですね、そのっ……!」
「あぁセツナさん、謝らなくてもいいですよ」
「えっ」
俺は優しいからな。
「代わりにメイドエプロンをつけて、ウチの掃除でもしてください」
「って、ええええええええっ!? ほっ、誇り高き霧雨家のわたくしが、そんな……っ!」
葛藤するセツナさん。そんな彼女の耳元に、身体くんが口を寄せて、
「――跪くかどうか、選べよ雌豚?」
「はぅあっ……!?」
無駄に綺麗な声で囁いて口を放した。
「ふふ……(身体くんはいじわるだなぁ。セツナさんもセツナさんで目を回して迷ってるし)」
冗談を真に受けるお嬢様に笑ってしまう。
訴える気は別にないさ。今の俺には大した脅威じゃなかったし、二か月後の【消失】戦に向けて戦力もいるし。
それに何より、霧雨家に貸しを作るのは大きなリターンが見込めそうだ。
「ではシイナさん、彼女たちをお願いします。本日はご足労ありがとうございました」
「はは、労われたのは久々やね。どこ行っても疎まれるし、ウチの社長のオウマ様はアレやからのぉ~」
「大変な会社にお勤めですね。社長は本当に、アレですからね」
シイナさんは首の錠前を揺らし、俺は嵌められた輪を触って苦笑する。
共に殺処分スレスレの身。不知火オウマに、ニホンのために使い潰されそうな仲だ。
俺は犯罪はしてない分、まだ人権は取り上げられてないがな。
「じゃあのぉーカナちゃん。哀れな『
「テレビはあるんですね。人権はないのに」
「超泣きついたら買ってくれたわ。オトナのガチ泣き、カナちゃんも見たいか?」
「遠慮しておきます」
「やっぱり~?」
そんな適当なやり取りをして、シイナさんは去っていった。
犯罪者だけど話せる人だったなぁ。
俺のこと、善良だってわかってくれてるみたいだね! 嬉しい!
◆ ◇ ◆
そして。
「――ありゃ完全な悪ですわぁ。
「そうか」
全てが終わった後のこと。
霊奏機関が本部ビルの最上階・不知火オウマの執務室にて、シイナは『空鳴カナタ』の様子を話していた。
相手はもちろん霊奏機関総帥・不知火オウマ。祖国のために総てを捧げる狂人である。
「礼節を身につけたみたいやね。いい選択や。僕みたいに人となりを良くしておくと、周囲は油断してくれはるからねぇ……!」
糸目を開き、シイナは笑う。
その微笑を不知火オウマは忌々しげに見た。
――あの空鳴カナタと同じ、暴虐性を孕んだ邪悪の笑みだ。
「貴様に私語は求めていない。悪人として視た、空鳴カナタへの見解だけ話せ」
「はいはい社長。……語った通り、あの子は完全に『コッチ側』や。生まれた時よか理性がついて、より悪辣になっとる」
わずかに声を固くするシイナ。
彼は思い返す。非常に気弱だとされていた空鳴ミチタカの変化や、暴走していた霧雨姉妹への対応を。
「人を篭絡する
「……そうか」
不知火オウマは立ち上がり、背後に広がるガラスの向こうを睨みつけた。
その方角は埼玉――空鳴カナタが巣食う、魔の領域である。
そんなオウマの背中に、シイナは笑みを向ける。
「ひひっ……アレはまさに悪の王子様や。色々やらかしてきた僕すら闇の底が見えん……そのくせ人当たりよく接してきおる。一度お茶したいなぁ」
「何が言いたい?」
「あの子が何かやらかす時は、部下に付きたいと思ってのぉ」
――瞬間、シイナの首元に刀が突き付けられた。
雷撃を纏った黒刀。それを放ったのは、当然オウマである。
距離も、動作も、一瞬という時間すらも斬り裂いたように、シイナが気付けば彼は刃を引き抜いていて、頸を貫かれる寸前だった。
「言い残す言葉は?」
「ッ……冗談やて。これだから、カナちゃんのほうが上司にえぇねん……!」
どっと流れる冷や汗。
それは刀身より溢れた電流に蒸発させられた。
放たれる熱に、シイナの首元の肌が焦げる。
「……罪人番号・ヲの四一七。重ねて言うが、貴様に私語は求めていない。死にたくなければ地下牢に失せろ」
「はいはい……」
うんざりとした様子でシイナは背を向ける。
――ニホンのためなら死罪人すら利用する男、不知火オウマ。
シイナはこの狂人が死ぬほどに嫌いであった。
自分が幹部を務めていた
「あぁ、私語やのうて、最後に忠告しておくわ」
去り際、シイナはふと言葉を残す。
悪人として悪辣に、遠回しに宣戦布告をするべく。
「空鳴カナタは、いずれアンタを超えるでぇ。殺すんなら、今のうちにしておくんやな」
「……そうか」
かくして二人は別れるのだった。
彼らの関係に友好など一切ない。
ただ、〝空鳴カナタは邪悪なバケモノである〟という思いだけが共通していた。
なお――全ては二人の勘違いである……!
空鳴カナタに邪念など一切なかった。
闇が見通せないのは闇がないだけだし、人当たりがいいのはただの素である。
無駄に親が好きな身体が父親に従って限定的に礼節を身につけ、素の善良さが見えてきただけだった。
父ミチタカの変貌も、五大院マロのおかげである。
が、しかし。
邪悪な雰囲気が半端に残ってしまっていることで、シイナとオウマは気付かない。
シイナは「クククッ」と笑い、地下へ下りながら『悪の王子』の繁栄を無駄に願っている。
そしてオウマは「動き出すなら、斬るだけだ」と、摩天楼にて『白き魔王』への闘志を無駄に燃やす。
――こうしてカナタはより邪悪に思われていることも知らず、帰ってきたマロに豚丼を作ってもらうのだった。
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【Tips】
『赤線』:贖罪奴隷部隊『八咫烏』の制服にのみ入ったライン。
外套の両側に分けて一本ずつ、そして服の中心に一本入っている。
三つの赤いラインは神話の八咫烏の三本足を示すのだが、かの部隊を忌み嫌う者たちは部隊名を呼ぶことも憚り、『赤線の連中』『赤線のカラス』などと隠語で呼ぶことがある。
シイナ:氏名抹消。正式名は『罪人番号・ヲの四一七』。若く見えるが29歳。
贖罪奴隷部隊『八咫烏』の副隊長である糸目の男。
フレンドリーな態度とテキトーな関西弁で友好的に接するが、全ては嘘。
その本性は犯罪を楽しむ極悪人。元は、ニホンに根を張っていたアジア系違法組織の幹部である。
不知火オウマのことが心から嫌い。
カナちゃんはすき。
テレビで応援する予定。がんばえ~!
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