第15話 ぶっ殺してやる空鳴カナタ!
えっ、えっ。クナイ飛んできた? えっ?
コレ……明らかに俺狙いだよな?
「――チッ、読まれたでごじゃるっ!」
戸惑っているとそんな声が聞こえてきた。
「あの一撃を避けるとは、流石はバケモノ」
そしてそいつは現れた。なんともちっちゃく可愛らしい、ミニスカ忍者衣装の女の子だ。
歳は十歳くらいだろうか。青っぽい長髪に白い髪飾りが清楚でオシャレだ。
正面に立つと、彼女は俺を見てぎょっとした。
「うわっ顔ちっちゃ肌白っ身体ほそっ……てそうではなく!」
ブンブンと首を振り、忍者少女はクナイを向けてくる。
「覚悟せよ、『空鳴カナタ』! こうなれば正面からやってやるでごじゃるっ!」
睨みつけてくるコスプレ忍者ちゃん。
んん~この子、どこかで見たことあるような…………あっ。
「霧雨シャロさんですか」
「って、ふぁあ!? なぜ拙の名を知ってるでごじゃる!?」
ビクゥッと驚いてしまうシャロちゃん。あぁすまんすまん。
「霊奏師の名家、霧雨家のお嬢様ですので」
「むむむっ。な、なるほど。実家が有名でごじゃるからな……」
そう。この子は名家『霧雨』の子だ。
青系の髪が特徴だな。あそこの家は代々水属性の霊力持ちばかり生まれるため、霊力の影響でだいたい青とか水色の髪になる。
こういう一族ってちょこちょこあるんだよね、『鳳凰寺』とか『藤堂』とか。あ、糸伸ばしておこ。
「霧雨家のお噂はかねがね。特に壱號級霊奏師、霧雨セツナさんが有名ですね。オウマ総帥からの信頼も厚いとか」
「ふっふーーんっ! セツナお姉様は強くて美人でかしこくて、おっぱいもおっきいでごじゃるからな。オウマ様の目にかなうのも当然でごじゃる!」
薄い胸を張るシャロちゃん。可愛い。
んー……可愛いんだけど、かわいそうだなぁ。
だってこの子、二か月後に現れる【消失】の概念霊戦で、一番むごたらしく死ぬんだからな。
「って、ハッ。ついついイイ気になっちゃったでごじゃる。おのれ、空鳴カナタ。今日は貴様とおしゃべりしに来たんじゃなくっ」
「殺しに来たのですよね」
「えっ」
「霊奏学園で落ちこぼれのシャロさん。セツナさんは十歳の時に資格試験に合格したというのに、全く無理そうなシャロさん」
「えっえっ」
「そこでシャロさんは思いつきました。『技能が低くとも、なにか特殊な能力を持っているか、偉業を成した者は、試験免除で特別合格にしてくれるという。よし、やってみよう』と」
「えっえっえっ!?」
「それで自分のことを殺しに来たんですよね?」
「なんで知ってるでごじゃるかぁーーーッ!?」
ちっちゃい身体でガクガク震えるシャロちゃん。超かわいい。
……そりゃ知ってるとも。有名なネット記事だからな。
「ふふ……(一週間後の試験、当然キミは落ちる。それで焦ったキミは二か月後、最上級概念霊【消失】との戦場に無断で向かい、武功をあげようとした)」
そして……シャロちゃんは【消失】に弄ばれた。
まず全身の『皮』だけを消された。
絶叫を上げるシャロちゃん。ピンクの人型になってしまった。
剥き出しの肉で感じる感覚は全てが激痛だっただろう。
その後、【消失】は笑いながら『腹筋』を消した。
一気に零れ出そうとする臓器。シャロちゃんは必死にハラワタを押さえて泣き叫んだ。
爆笑した【消失】は手足の『腱』を消した。
シャロちゃんの腕がだらりと下がり、その場に転ぶ。人体模型が倒れたように、臓器が地面にブチ撒けられた。
『ギャァアアアアアアアアいだいぃいいいいいいいいいいいいーーーーーーーー!?』
そうして自分の臓器の海に沈んだシャロちゃん。
便器の中の蛆虫のようになったキミは、【消失】によりじっくりと手足の末端から削られて、この世から消えることになったそうだ。
叫びすぎて裂けた声帯だけを、最後まで残され続けてな。
「アナタは、有名ですからね」
――彼女が名家の子女ということもあり、この衝撃的な出来事は当然拡散された。
合格を焦った者がどうなるかという訓話として……霧雨家の汚点として、シャロちゃんの名前は長く残ることになったよ。
「ちなみに概念霊は【忍】。その格好と口調は、自身を霊と近づけることで波長を合わせやすくするテクニックですね?」
「ひぁああぁあぁっ、本当に全部把握されてるでごじゃる~!?」
ごじゃる、といえばマロさんも変なおじゃる口調だな。
あの人は概念霊【タコ】だし意味ないだろ。
改めてなんだあの人? 好きだけど。
「おそろしやカナタ……やはりバケモノ。けど、そんな貴様をぶっ殺したら、きっと試験も特別合格でごじゃる! 覚悟ォーッ!」
シャロちゃんが襲い掛かってきた。
速さはなかなかだ。『霊充四肢』、霊力による身体強化は出来ているのか。
だが、
「不注意ですね」
人差し指をクンッと上げる。
すると、彼女の片足に巻き付けておいた半透明の糸が引っ張られ、シャロちゃんは「ごじゃっ!?」と呻いて転んだ。
変な口調だなぁ。
「な、何が起きて……って、糸が巻き付いてるでごじゃる!? いつの間に!?」
「お話し中に。敵を前にして、少々甘いと思いますよ」
現場なら死ぬよシャロちゃん。
知能の高い上位概念霊は、友好なフリをしてぶっ殺そうとしてくるからな。
あいつらは、人間に自分の概念をぶつけて満足することしか考えてない。油断したらオモチャだよ。
それと、悪性の霊奏師――『霊媒師』の連中なんて、ヒトゆえにもっと搦手で嫌らしい罠を張ってくるからな。
「くぅうっ、おのれバケモノめ! 動画の時より大人しかったから、油断してたでごじゃる……!」
そりゃ身体くん、父さんに『年上には敬語で丁寧に』と言われたからな。
今0歳だし。
「もう油断しないでごじゃる。全力で殺すっ!」
シャロちゃんはクナイで糸を切ると、傍らに【忍】の霊を出現させた。
「術で一気に仕留めてやる! 巫術発動っ、我が身に宿れ【忍】よ!」
瞬間、シャロちゃんの構えが変わった。
音もなく整えられる姿勢。上半身はまるで獣のように低く、そして下半身は引き絞られたバネのように地に吸い付く。
見事だな。刹那の無音暗殺を是とした、【忍】の技術をトレースしたか。
「だが」
「ぐぅ、っ……!」
シャロちゃんは苦しそうに呻いていた。肌から血の気が失せていく。
「消費霊力が大きすぎるのですね。巫術が使いこなせていない。それと身体も出来上がっていない」
「うるさいっ!」
彼女は逆手にクナイを構え、もう片方の手で印を結んだ。
「未熟なのはわかってるでごじゃる。ならばこそっ、一瞬で殺す!」
シャロちゃんから搾りカスの霊力が噴き出した。
そして、
「忍法ッ、『水遁・霧雨散弾』の術!」
霊力が無数の雨粒に変わり、俺目掛けて放たれてきた。
「おぉ」
まさに霧雨の散弾か。物理ダメージは低そうだが、俺は両手で霊糸を振るって全てを弾く。
俺の身体能力と【人形】による一切のブレの排除、そして憑霊【一反木綿】の自律行動による補正が加われば、横合いからの雨だろうと防ぐのは容易だ。
弾けた水があたりに霧散していく。
「終わりですか?」
「ふんっ、終わるのは貴様でおじゃるっ!」
ニヤリと笑うシャロちゃん。同時に彼女の姿がブレた。
霧雨の中に溶けていく彼女――これは、
「忍法、『水遁・霧雨陽炎』の術!」
次に現れたのは背後。叫ぶと同時にクナイは振られ、俺の首筋に叩き付けられる。
「勝ったぁッ!」
うん、見事だ。流石は名家の子女。予想以上に強い……が、
「考えが足らないな」
「えっ」
バシィッ、とクナイを持つ手が絡めとられる。
――尾のごとく動いたマフラーにより、彼女の攻撃は完全に止められていた。
「なぁっ!? まさかっ、マフラーにも付術が……!?」
「分散憑依。肉体で霊を包む巫術と違い、霊で物体を包む付術は、複数対象に行うことができる」
棉を広げて、同時に二つのモノを包むような具合だ。
霊力消費は倍加するが、今の肉体なら苦にならない。
「し、死角を取ったのにぃ……!?」
「自分の死角は、ですね」
だが間違えるなよ。
「霊奏師は、一人で戦うんじゃない」
俺に抱き着くように、金髪の全裸包帯美女が現れた。
俺のことを守ってくれた【一反木綿】だ。頭上の
「ああ、そうしてやれ」
『ヒャッハーァ!』
超ハイテンションになる【一反木綿】。マフラーが大蛇のように這って、忍者少女の全身を縛る。
「ひゃひぃいっ!? は、放せっバケモノ! 拙に何をする気でごじゃるかッ!?」
「何って決まってるじゃないですか。殺そうとしてきたんですから、同じことを」
「ぴぃいいッ!?」
「冗談ですよ」
泣き喚く姿が可愛らしい。
姉のセツナさんはきっとこの子を溺愛してるだろうな。
身体くんも気に入ったのかクスクス邪悪に笑ってる。
「殺しはしません。でも」
指をスッと、彼女の広いおでこに向ける。そして、
「少しくらい、痛い思いはするんだな」
バチコーンッとデコピンをおみまい。
シャロちゃんは「ごじゃー!?」と叫んで気絶した。南無。
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【Tips】
コスプレ:霊奏師としての立派な技能。
自身の姿を霊と関連付けることで、巫術の同調率が確実に上がる。
また身につけたものを付術の対象にも出来るため、結構みんなやっている。
空鳴ミチタカも鳩の羽を服の裏地に縫い込むなどしている。
カナタが【人形】製ワンピースを着てあげているのもそれ。
脱ごうとすると【人形】が悲しそうにするから……ではない。たぶん。
分散憑依:付術や符術に使用できる技能。
霊力を多く注ぐことで、霊の魂を一時的に拡張。
複数のモノを包み込んで霊的効力を持たせる。
二刀流系の剣豪霊などを宿すなら必須の技能。
忍法:【忍】系統の霊を宿すことで可能となる、番外の霊奏術。
〝特定の印を結ぶ〟〝術名を叫ぶ〟というプロセスの下、霊力による超自然現象を起こす。
霊力の属性によって術の性能も変わる。他には『魔術』『法術』などが存在。
『霊媒師』:悪性の霊奏師。霊奏術を犯罪に用いる者を指す。
また、巫術に失敗した結果、霊に身体を完全に奪われてしまった者も含まれる。
霊を媒介に悪を為す者。
あるいは霊の媒体となった者。
どちらにせよ、概念霊と同じく殺処分対象となる。
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