第47話 弟が上官で先に結婚、ミチオくん!(※地獄)
「よしよぉ~し。ヒナミは可愛いわね~♡」
「すぅ、すぅ……」
姉さんは泣き疲れ、ヒナコ母さんに抱かれて眠ってしまった。
その様子をミチタカ父さんは微笑ましげに見た後、少しひそめた声で話し始める。
「さて、カナタにミチオ。霊奏師になったからには『所属』について教えておこうかな」
あぁ、それがあったな。
「各都道府県には主に一つ、『霊奏機関支部』が存在する。そして霊奏師はそのどれかに所属しないといけないんだ。まぁ会社みたいなものだね」
一周目の俺は東京の支部に勤めていた。
所属地は自由に決めれるからな。実家の当主から指示があったら別だが。
「私もここ埼玉支部に所属する身だ。別に出社義務とかはないけど、県外に出る時には届け出が必要になる。なぜかわかるかなカナタ?」
「霊奏師が勝手にそこらをほっつき歩いては、任務が出せなくなるからですね」
「正解だよ。カナタは賢いね」
なでなでされた。は、恥ずかしいってばよ。
「他にも安否確認をするためだね。気付いたらどこかで野垂れ死んでたり、霊媒師堕ちなんてしてたら笑えないからね。定期的に連絡を取らないと全力捜索されるよ」
それから父さんは苦笑して言う。
「テレビの端っこに常時、顔を映される形でね……!」
あ~~たまにあるある……!
事件に巻き込まれたとかならともかく、うっかり届け出を忘れたままバカンスしてソレになったら笑えない。
アニメを邪魔しやがったと大炎上してしまう。
「というわけで、カナタは所属を決めておこうか。ミチオに関しては学園生だからね。十八歳以下で資格を取った者は学園所属とされ、任務も学園が吟味したものになるんだ。なぜかわかるかいミチオ?」
「ふんっ……さっき父さんが言ったように、まずは下積みをさせるためだな」
「正解! 流石はお兄さんだね」
父さんはミチオのことも撫でようとした。
だがミチオ、首を「ふんぬーっ!?」と捩じって回避した模様。首痛くなるぞ。
「ミチオお兄様、そんなに撫でられるの嫌なんですか?」
「い、嫌に決まってるだろう! 弟の前だぞっ!」
へぇ~。
「じゃあ弟がいない場所ならぁ?」
「なっ!? ふ、ふんっ……!」
そっぽを向いてしまうミチオ兄さん。
なんかこの人、あざとくなったな。
「はははっ、兄弟仲がよくて何よりだよ。ちなみにカナタも十八歳以下なんだけど……はは、これまで未就学児で霊奏師になった子はいないからね。上で話し合った結果、特號級の実力だし、大人として扱うことになったようだ」
おぉう。わざわざ考えてもらって申し訳ない。
たぶん『老中會』の人たちかな? お礼に行こうかな。
「ともかくお話は分かりました。自分もお父様と同じく、埼玉支部でかまいませんよ」
「ず、ずばっと決めたね。いいのかい?」
「ええ」
――前世の俺が東京に所属した理由。それは家から逃げたかったからだ。
父さんの死後、ミチオとヒナミが共同で当主になった。
そして当主は、治める家のある県支部に所属するのが慣例。埼玉支部所属になったわけだ。
だから逃げた。天才な兄姉には会うたびにいびられたし、ヒナコ母さんも父の死後は暗くなっていたからな……。
東京の霊奏機関宿舎を借り、晩年はほとんど帰らなくなっていた。
だが、
「お父様。アナタとお母様が本部預かりとなり、お兄様とお姉様が学園に帰ってしまっては、家を守る者がいなくなるでしょう? だから自分が守りますよ。この家、好きですから」
「カナタ……!」
というわけで二周目人生は埼玉支部所属で決まりだ。
東京渋谷支部の様子も気になるっちゃ気になるが、まぁ当時の知り合いは今や子供や赤ちゃんだろうからな。所属してもしゃーない。
とはいえ昔から活動してるベテランパイセンもいるにはいるので、顔くらい見に行くのもいいか。行きたい場所いっぱいだね。
「さて。となると自分はしばらく独り暮らしになるんですかね? まぁ霊たちがいるから寂しくはないですが」
俺を狙ってくるかもしれない組織もあるしな。
そういう意味ではちょうどいいが。
「ああ、最後はそれについて話そうか」
父さんが生暖かく笑いながら答えた。
ヒナコ母さんのほうも「うふふっ♡」とか笑っちゃってる。なんぞなんぞ?
「実は、家族が増えることになってね。カナタにはその人と暮らしてもらうよ」
えっ?
「うふふふふふっ♡ もう呼んでありまぁ~~す!♡」
などとハイテンションで襖のほうを指す母さん。
えっえっえっ、どゆことどゆこと!?
そう思っていると、「しっ、失礼しましゅッ!」と緊張気味なキンキン声が響き、襖がズパンッと開けられて……!
「わ――わたくし霧雨セツナッ! カカッ、カナタさんの、『お嫁さん』として戻ってきました!」
……クソデカリュックを背負って現れた横乳氷系美少女セツナさんが、赤面しながらそんなことを宣言するのだった。
「は――」
よ、嫁ぇえええええーーーーッ!?
◆ ◇ ◆
「カ、カナタさんっ、何か言ってくださいよぉ……!」
「――はっ」
俺は立ちながら一瞬気絶してたようだ。
目の前にはリュックを降ろしたセツナさんが。うぅ~んこれは。
「精神攻撃系の幻覚か……?」
「って誰が幻覚ですか!?」
実体ありますよっ、と両手でほっぺを挟まれた。
「うゆゆ……(柔らかくてひんやりしてる)」
本当にセツナさんのようだ。え、マジで?
「じゃあさっきの発言も現実なんです? お嫁さんがどうのというのも……」
「うぐぐぐッ!?」
なんか怯んでしまうセツナさん。代わりに父さんが「ははは」と笑って答えた。
「あぁうん。実は霧雨家当主のカゲロウ翁と何度か話してね。セツナさんをカナタのお嫁さんに――」
そこまで話したところで、セツナさんが「わぁああーーッ! ここからはわたくしが話しますッ!」と吠えた。
「ミチタカ様はシャラップッ! カナタさんっ、ちょっとついてきてください!」
セツナさんに引っ張られて縁側のほうに向かわされる。
なおそんな俺の様子を、兄ミチオは「0歳児の弟が嫁を……しかもあの『麗しの氷姫』を……!? ぼ、僕は男としてのランクでも、負け、負けっ……!?」などと呟きながら、なんかショックを受けてこっちを見ていた。
◆ ◇ ◆
「――さて、カナタさん」
芝生の見える縁側に連れてこられた。
そしてセツナさんはちょっと屈み、目を合わせながら言ってくる。
「わわっ、わたくしはアナタの、お、お嫁さんに――いえっ、そうッ! 偽物のっ、お嫁さんになれと言われたのですっ!!!」
に、偽物のお嫁さん? そりゃどういうことだ?
「勘違いしないでくださいね? あくまで偽物ですからっ、偽物っ。ネットで言うところの空気嫁ってヤツですからっ。わたくしカナタさんの空気嫁です!」
いやネット用語はあんま知らんが。
それにしても偽物の嫁とはなにゆえ……ああ、なるほど。
「――わかったよ。偽とはいえ、おまえが嫁いできた理由。それは霊媒師や異国の組織に、この空鳴カナタを襲撃させるためだな?」
「っ!?」
セツナさんはビクッと肩を震わせる。
どうやら正解なようだ。
「……え、ええ。流石はカナタさんですね。わたくしが嫁いできた理由には、そういう目的もあります。あっ、嫁いできたと言ってもフリですからねフリッ!?」
「いちいち訂正しなくていい」
引く手数多なセツナさんだ。
俺みたいなバケモノ扱いの男は嫌だろう。
「これは、不知火オウマの策だな?」
「……ええ、その通りです。当主であるお爺様に、あの方が打診してきたことです」
セツナさんは頷いた。そして告白する。
「オウマ様はカナタさんを利用し、浮ついた敵対組織を釣り上げるつもりなわけです」
はっ。
「それはそれは、オウマらしいな。かなり前から考えていたことだろう」
俺の脅威を大々的に伝える予定だったはずだ。
試験の日のテレビクルーだって、元々入れる気だったろうさ。
オウマ直属死罪人部隊――『八咫烏』副隊長・シイナさんも気になることを言ってたしな。
「ふむ(監視を緩め、マロさんを退かせたのはそういうことか)」
隙を作るためだったってわけだ。
「なるほど。それで代わりに嫁か。自分一人が屋敷に残れば、返って向こうは警戒するかもしれない。『空鳴カナタはいつでもやる気だ』、とな。だがそこに家族がいれば……」
「敵はカナタさんに人間らしさを見出す。『可愛いお嫁さんと仲良くしてるなら、気が緩んでるタイミングがあるかもしれない』と思うわけですね」
「可愛いて」
この人自分で言っちゃったよ。
「な、なんですか!? わたくし可愛くないですか!?」
「う~ん」
「むむむ!?」
「可愛いよりも綺麗系だなと」
「プキューッ!?」
ってそんなことより。
「……なるほど。しかしセツナ。それはおまえが危険なんじゃないか?」
彼女は壱號級霊奏師でも上澄みだ。『符術天蓋』だって使える才麗、父さんらの何倍も強いだろう。
だけど異国の特號級クラスなんて出てきたら……。
「この家は死地になるかもしれない。それをわかって居着く気か?」
自分の命をないがしろにする行為は好かない。
そう思って言ったが、しかし。
「ご安心を」
セツナさんは芯のある声で答えた。
そして――俺の前で、片膝をついた。は!?
「わたくしは霧雨家の女。江戸時代より、国の未来を切り開く英雄にご奉仕してきた身です。真の忠臣なればこそ、主君が死ぬまで死にません」
なっ……主君? 国の未来を、切り拓く英雄?
俺のことがそう見えるのか……?
「誰が英雄だ。見当違いすぎるだろう」
「えぇそうですね。アナタは英雄というより魔王ですし」
ってうぉい!?
「ですがわたくしは、アナタ様がこの国の新しい希望だとは思ってますよ」
「馬鹿な。オウマと間違えてるのか?」
「いいえ。たしかにオウマ様も素晴らしいですが……あの人は、破滅に向かって生きてますから」
セツナさんは呆れたような眼差しをした。
――国民のほとんどが彼にぞっこんな中、こんな眼差しをする女性はほとんどいないだろう。
「全てを焼いた『神聖リベルタリア帝国』が憎い。よし、自分の身体を削り減らしてでもニホンを強くして、それを棍棒にリベルタリアを殴ろう――なんて。ちょっとイキすぎてて疲れるんですよね」
彼女は溜息を吐き、「その点カナタさんは」と言ってきた。
「カナタさんは……うん、まぁアナタもアレですよねぇ。凶悪です。だいたいやり方がわかってきましたよ。色んな人を洗脳して、国を乗っ取るつもりですね?」
ってふざけんなっっっ! 国なんていらんし洗脳してねぇよ!
「でも洗脳するにあたって、アナタは相手も自分も幸せにしようとしている」
「っ」
彼女は立ち上がり、再び視線を合わせた。
「そこがオウマ様との違いですね。あの方も人を救うけど、でもそれは復讐戦に向けた燃料に変えるためでしょう。自分ごと燃えるための、薪に」
――そんなの遠回しな心中と変わりませんよ、と。セツナさんは失笑する。
「なのでカナタさんのほうがいいかなぁって。アナタは燃え尽きる気なんてさらさらないですもん。ニホンの『未来』を想うなら、刹那の光より永遠の闇のほうがいいでしょう?」
……勘違いだ。
俺は闇じゃないし、言っても無駄だろうが支配とか洗脳とか邪悪なことは考えてない。
だが。
「そうだな。燃え尽きる気は、さらさらない」
二周目の俺は、死にたくない。
俺はビビリだ。平和に豊かに生きたいんだよ。だからニホンが苦境に立たされるような厄ネタなどいらん。
最上級概念霊【消失】も、リベルタリア大攻勢も、霊媒師組織『逆十字』の大復活も最恐の霊媒師『藤堂』の誕生も鳳凰院家の邪神召喚も特號級の裏切りも横浜ダンジョンスタンピードも北海道異界化もまっぴらごめんだ。
全部潰す気でいるさ。そのために、
「……強く聡い霊奏師らを、兵士にしたい。全ての憂いを取り払ってやって、な」
そこは認めるさ。
洗脳ってのは心外だが、欲のために生かすことは事実だ。
「ほらやっぱり。カナタさん、魔王じゃないですか~。ネットで信者増えてますし」
「違うが」
「誤魔化さなくてもいいですよ。わたくしも腹をくくってきましたので」
「誤魔化してないが」
駄目だ。セツナさんのやつ、「うっふっふ~」とかムカつく笑い声出してやがる。
なんもわかってないくせに『お姉さん、全部わかってますよ』って顔してやがる。
ちっ。
「この雌豚め」
「はぁ~~~~!? 雌豚じゃないんですけどぉ~~~~!?」
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【Tips】
霊奏機関支部:各都道府県に概ね一つずつ存在。その地の面積、人口によっては複数存在する。
霊奏師の出勤義務は基本的にないが、資格を持たない霊力持ち『黒服』らは常に在籍しており、必要に応じて霊奏師のサポートに出る。
「うゆゆ」:カナタの頬を擦ったり挟んだりすると出る声。
身内以外には顔を触らせたりしないため、カナタ様信者は『我こそは好感度を極めたり!』と思ったタイミングで挑戦してみよう。
失敗すると「うせろ……(なんだこいつ)」と冷たい目で距離を取られるぞ。
「空気嫁」:ネットをよくやる女、霧雨セツナの発言より。
ネットをよくやる女だけあり、意味を微妙に間違えたまま堂々と宣言している。
「わたくしカナタさんの空気嫁です!」
聞く者によっては、かなりアレな言葉である。相手は0歳児である。
『麗しの氷姫』:霧雨セツナの異名。
うるさい彼女だが、五話の通り、実は知り合いのいない仕事時はとにかくクール。
その涼やかな絶世の美貌も相成り、多くの男性から支持を受けている。
妹シャロのほっぺをベロベロ舐める奇怪な姿は「精神攻撃系の幻覚か……?」と処理されている。
ミチオくん:あざといキャラになってきた。全てにおいて弟に置いていかれた男。かわいそう。
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