第16話 姉貴チクりシャロちゃんとガチ説教お父様。
二か月後にハダカデバネズミみたいになって死ぬ少女、霧雨シャロちゃん。
そんな彼女が倒れてから小一時間後。
「ぅっ……うーん……」
「あ、目覚めた」
「ここは……って、ふぁあぁっ!?」
シャロちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
まぁ仕方ないか。縁側で、俺に膝枕されてるからな、この子。
「そそっ、空鳴カナタ!? ひえぇ~!?」
横回転して膝から脱出するシャロちゃん。
そのまま庭までゴロゴロゴロゴロッと転がって、俺から距離を取った。
面白いなぁ~この子。
「ななっ、なにをしてたでごじゃるか!?」
「何って、看護ですけど。シャロさん霊力切れでしたので」
霊力が切れると人は死ぬ。
熱の失せた魂が昇天を開始し、肉体を離れていくのだ。
それを防ぐ方法は二つ。
気合で〝生きたい〟と願って身体にへばりつくか、あるいは……、
「誰かに触られ、〝生きろ〟と願われ続けること。それによって魂は
霊力切れかつ意識も飛んでる時はこれしかない。だから霊力が回復するまで世話してたんだが、
「うぅ……余計な真似を……!」
シャロちゃんはお気に召さなかったようだ。
俺を睨みつけ、クナイを再び構えてきた。
「拙は名家『霧雨』の末席、霧雨シャロでごじゃる! 貴様のようなバケモノに助けられるなど、人生の汚点よ!」
人生の汚点て。そこまで言うかよ。
「おのれバケモノ。貴様を殺して、絶対に試験に合格するでごじゃる!」
「はぁ……」
相手はまだ十歳そこらだ。
いくら罵られても、心はそこまで動かない。
自分がバケモノスペックなのも自覚してるしな。
……けどなぁ。
「シャロさん。あまり生意気ですと……」
「なんでごじゃるか!?」
「刻むぞおまえ」
瞬間、ギィイイイイイイイイーーーーーーーッという凄まじい異音が響き、彼女のクナイが火花を噴いた。
「ぎゃああああッ!?」
驚いてクナイを放すシャロ。正解だ。次の瞬間、クナイはバラバラに千切れ飛んだ。
「なっ、何をしたでごじゃるかぁッ!?」
「こうなると思って糸を巻き付けておきました。それから」
俺の五指から伸びる糸。それらが触手のように揺蕩い、クナイの欠片を拾い上げた。
そして、
「付術多重奏――響け、【空砲】」
再び異音が響き渡る。
物体を粉微塵にする凶悪な音を上げ、今度こそクナイは塵になった。
その光景を前に、シャロちゃんは呆然と口を開ける。
「む、『村正家』特注の超合金クナイが……糸に斬られたぁ……!?」
ああ、鍛冶一族の村正製だったか。すげーブランドモノじゃん。でも無駄だよ。
「糸に【空砲】の概念霊を宿しました」
「【空砲】!? そんなの実弾に比べたら雑魚概念ではごじゃらんか! それに糸と何の関連が……」
「ありますよ。【空砲】とは即ち、『伝播する振動』ですから」
俺の膝上に目隠しチャイナロリが現れる。
無言だけど、使われて嬉しそうな【空砲】さんだ。
「【空砲】による衝撃。それを何度も一瞬で起こし、糸の先を振動刃に変えました」
「ひええ……!?」
「マフラーのほうも、こんな風に」
先端が尾のごとく伸びて持ち上がり、シャロのほうを向いてギィイイイイイイーーッと超振動させた。
まさにチェーンソーの刃のようだ。シャロが青い顔をして後ずさる。
「そっ、そんなのが当たったらっ……!?」
「グチャグチャですね」
「グ!?」
「この技が思いついたのもシャロさんのおかげです。糸の有用性に気付けましたので、それをどうしていこうかと考えた結果ですよ」
銃弾と糸なら組み合わせることは出来なかっただろう。
だが糸から糸電話を連想することで、【空砲】の衝撃波しか起こらない点を活かすことに成功した。
また自分の霊力属性は元々風。『伝播』する概念効果とは相性がいい。
「霊力消費は激しいですが……」
前世の俺なら出来ない戦い方だ。
霊力消費がめっちゃ激しいんだよな、【空砲】のこの使い方。
概念効果は発動させるたびに霊力を喰う。
なので秒間に何十回も【空砲】の衝撃を発生させたら、前世の俺なんて一瞬でお陀仏だ。
「でも」
【空砲】の発動速度がさらに高速化する。
糸やマフラー周囲の空気は熱化し、異音はもはやモスキート音と化し、家じゅうのガラスがビリビリとおぞましく震え始めた。
シャロが「わあああああああああーーッ!?」と絶叫を上げる。
「シャロさんの言うとおり、この身体はバケモノですからねぇ。霊力の底がなかなか見えなくて」
こんな無茶苦茶をしても全然平気だ。
自然にはあり得ない超強化された肉体構造と、全身を埋める異常量の経絡。それにより俺の霊力量は、おそらく前世の数百倍を超えていた。
ゆえにケチる必要はないと思い至る。
「ありがとうございます。バケモノ扱いしてくれて。おかげで、バケモノらしい戦い方を思い付きました」
「ひぃい……!?」
この子には助けられたよ。
相手が弱くても、やっぱり実戦だと気付くことが多いわ。
人間も生き物だ。害意を前にすれば、〝それをどうするか〟と思考が回る。いい刺激になった。
「本当にありがとう」
だから感謝を込めて微笑みかけてやると、シャロちゃんはさらに怯えた様子で後ずさった。
「きっ――貴様はやっぱり、邪悪でごじゃるッ! このバケモノッ!」
そう叫ぶと、彼女は懐から携帯を取り出した。って、携帯?
「なにを……」
「う、うるさいっ! ――あ、セツナお姉様っ!? 助けてほしいでごじゃるっ!」
って、姉貴にチクッた!?
「空鳴カナタは邪悪でごじゃる! 早く来て!」
おいおいおい……これどうなるんだよ。
セツナさんって壱號級の実力者だろ? しかも霧雨家の次期当主だろ?
妹が助けてなんて言ってきたら、霧雨家の全兵力引き連れて来るんじゃ……。
「シャロさん、なんて面倒なことを……」
子供ゆえの予想外過ぎる一手。それに俺が困惑していた時だ。
俺の横をスッと抜ける者がいた。
「霧雨家総出でッ、あいつを殺しッ――」
「霧雨シャロさん」
伸びた手が彼女の携帯を奪う。そのまま無慈悲に通話ボタンが切られた。
「って、あぁっ!?」
視線を上げるシャロ。
そこには――父のミチタカが立っていた。
「……カナタとの力量差は明らかだったからね。適当にボコられて反省すると思いきや、まったく……」
「な、なんでごじゃるか貴様は!」
「空鳴カナタの父、ミチタカだ」
父さんの声音は静かだ。だが、何とも言えない圧があった。
「ふ、ふんっ、空鳴家のふぬけ当主でごじゃるか。引っ込んでろ!」
「は?」
「ふぇ!?」
父さん!?
「なぁ……霧雨シャロさん。キミ、少し酷いんじゃないかい?」
「むむっ……!?」
ミチタカ父さん、怒ってる……?
「私利私欲のために息子を殺しに来ておいて、負けたら家に泣きつくのか。看護をされた上でそれか」
「うっ……!?」
「そもそもだね。息子のカナタを討てば偉業とは、どういうことかな? ウチの子は概念霊と同じってことかい?」
「そ、それはっ、みんなが怖がってるから……!」
「ははっ、そうか」
父さんは軽く笑うと、シャロちゃんのことをジッと見下ろした。
そして、
「じゃあ、みんながキミに死んでほしいと思ったら、私はキミを殺してもいいんだね?」
「ふぇえっ!?」
父さん!?!?
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【Tips】
付術多重奏:一つの物体に複数の霊を宿らせる付術。
霊力消費は当然倍加。概念霊同士の関連性がなくてはならず、また霊の関係も良好でなければいけない。これが至難。
霊の思考は〝自分の概念的行為を満たすこと〟に偏っているため、同種の概念霊同士の関係は最悪なのだから。
たとえば【マッチ】と【ライター】の概念霊なら、互いに燃焼物を奪い合って殺し合いになってしまう。
そもそも複数体の霊と魂の波長が合った上、霊同士の職場関係(?)を良好に保てる霊奏師はほとんどいないため、稀有の技能といえる。
『霧雨家』:伊賀の名門。官位は従一位。当主は十五代目の霧雨カゲロウ。
五百年前の戦国時代に存在した忍者一族『霧隠』より分派した一族。
本家が戦乱の中で滅びた後も綿々と存続。
江戸末期に征服霊装戦機『ブラック・シップ』来航後、諸国の情報を仕入れんと欲した特號級霊奏師・渋沢エイチの幕下となり、活躍と共に繁栄。
忍者の技術と、水属性の霊力持ちばかりが生まれるという特性を生かし、霊の力で文字通り海を駆けることで、ニホンの情報戦を助けた。
暗殺も担う一族として、現代でも恐れられている。
空鳴ミチタカ:↑うるせー名家の人間だろうと知るかとガチギレ。
バケモノ『空鳴カナタ』を受け入れられたことで自信がつき、一周目とは違う面が増えてきている。
マロ:おじゃると喋るほう。
茶を飲みながら「あんなガキごときがカナタを殺せるか」と冷ややかに放置。
お昼ごはんの買い出しに行った。カナタの好物の豚肉が安かった。
シャロちゃん:ごじゃると喋るほう。
成績上げるために殺しに来て、負けると姉に電話する大物。
前世の最期は、ハダカデバネズミみたいになる。
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