第56話 光と闇が交わる月夜


 窓より月夜が覗く席にて。



「こんばんは、オウマ総帥」


「……ああ」



 十数分後。ようやく俺は、オウマ総帥のいるテーブルに着くことが出来た。


 死罪人部隊『八咫烏』のメンバーにいっぱい話しかけられたからね。

 スッキリした顔になってて嬉しいよ。今はみんなあちこちで和気あいあいと、シャバの飯や酒をガボガボ摂取してる。よかったね。



「ほら、リルも来るといい」


「ん……♡」



 銀髪犬耳少女・リルを抱き上げて膝に乗せる。

 お~あったかいし柔らかい。幼稚園児ボディだ。



「ふふ……(俺、末っ子だったからなぁ。妹が出来たみたいで嬉しいよ)」



 ほらぁ部屋の隅のロウガく~~ん? 妹はちゃんと俺が保護してるから、安心しろよッ!

 ほら、リルちゃんピース!



「ぴぃ~す♡」


「がふッ!?」



 あ、ロウガがなんか吐血した。

 妹の幸せが血を吐くほど嬉しかったのかな? よかったね。



「あぁそうだ。すまんな、リル。元々俺の席はおまえのモノだったようだが」


「ううん。もう、いいの」



 席の手すりに触れながら謝る俺に、リルは首を横に振った。



「カナタさま。リルは……お父様とは、もういられないから」



 ちらり、と。少しだけ悲しそうに対面のオウマを見つめる。



「おとう、さま……」



 元娘の眼差しを受けるオウマ。だが対応は冷酷極まる。



「…………ふん」



 温かな言葉も、柔らかな視線一つもなかった。

 ニホンの守護者は、・リルの存在を、完全に無視していた。



「ぅぅ……」



 それに対して泣きそうになるリル。俺の服をぎゅっと握ってきた。


 いたたまれないなぁ。その手を包んでやろうとも思ったが……しかし。



「……ドリンクコーナーにて」


「っ!?」


「俺の執事が、搾りたてのピーチジュースを用意している」


「え……」


「気になるならば、取ってくるがいい」



 などと、あくまでも俺に向かって言ってきた。



「オウマ……」


「おとうさま……!」



 リルは瞳を輝かせる。こぼれそうになっていた涙を拭い、「う、うんっ!」と頷き、膝から飛び降りた。



「カナタさまのぶんも、とってくる、の!」



 途端に元気を出して駆け出すリル。

 尻尾を振り、ブリッジしているシイナさんを飛び越えていく姿は子犬のようだ。



「……そうか。ピーチジュースが好物なのか」



 そんな彼女を見送った後……俺はオウマに、苦笑を向けた。



「大変だな、『正義の象徴』は」


「……何の話だ」


「法を犯した者に温情をかけることは出来ない。それがいつ何時であろうとも、だ。今のご時世、全国民がカメラを持っているようなものだからな」



 携帯を手に、我が友・キラりんごを追っていった使用人らを思い出す。


 今や、警戒すべきは概念霊の能力だけじゃない。

 文明の利器で武装すれば、霊力のない一般人でも、権力者を殺せる力を発揮できる。



「特におまえは戦後ニホンを照らした灼光。闇に寄り添う姿など、求められない」



 イメージで売る政治家には辛い時代になったものだな。

 そういう意味じゃモブのほうが幸せか。



「どこに目があるかはわからない。なかったとしても、公私で態度を分ければ意思がぶれる。そもそも、そんなことが出来るほど、どこかの誰かは器用じゃない。……父親をやるのは大変だな」


「何が、言いたい」


「俺がリルを買えるよう、仕向けた者がいる」


「!」



 指摘に一瞬、オウマは目を見開いた。



「正確にはちょっとした手助けか。――オークション参加権がその日の内に手に入った。バケモノ扱いの、この俺がだぞ?」


「……そうか。まったく知らない話だが、貴様に買われたあの奴隷は不幸だな」


「ああ。俺以外が買っていたら、もっと不幸だったろうがな」


「…………」



 ニホン中がリルを嬲ろうと躍起になっていた。


 祖国の希望、不知火オウマ。その聖性を守るために、切り捨てられた汚点リルを徹底的に損壊させようとしていた。

 彼女のことを倒した俺を差し置いてな。



「俺は横取りじみた真似が心底気に食わん。どこかの誰か……『空鳴カナタを注視していた者』は、それがわかっていたな?」


 

 その上で。



「〝嬲られるくらいなら、空鳴カナタの手駒にさせたほうがマシ〟――そう考えたんだろうなぁ。民衆の魔の手から、リルを庇うためにも」


「……」



 オウマは頷きも否定もしない。

 グラスを持ち上げ、静かに水を飲むばかりだ。


 あ、俺もパスタ食べよ。ズポンッ!(0.000001秒で三皿完食)



「!? パスタが消えた……!? 空鳴カナタ貴様なにをやった!?」


「それよりも、不知火オウマ」



 本日の晩餐会。

 俺は『八咫烏』との交流以外にも、オウマ総帥と色々話すために催した。



「テレビクルーの駆け付けた、霊奏師資格試験の模擬戦」


「っ」


「あれは最初から、大々的に映す予定だったな?」


「…………」


「やはりか」



 否定しないってことはそういうことだろう。

 俺はこちらに向かってこようとするシイナさんを見た。あ、視線が合ったら気絶してブリッジした。ビクンビクンしてる。

 俺を笑わせようとしてくれてるのかな? 面白いお兄さんだなぁ。



「以前、シイナが去り際に言っていたよ。〝カナちゃんの試験をテレビで見守る〟とな」



 別れてから〝そういえば〟と気付いた。

 霊奏師資格試験は、メディア公開はこれまでなかったはずでは、と。



「おまえ、最初から映す気だったな? 正確にはこの俺を」


「……シイナめ。余計なことを」



 忌々しげにブリッジシイナさんを睨むオウマ総帥。

 やっぱりそうだったか。



「『牽制』だな。旧米国――大帝国リベルタリアに対抗するための」


「……」


「盗撮された、俺が産まれた日からそうだ。おまえは成長していく俺を定期的にアピールし、帝国や敵対諸国を焦らせにかかった」



 その計画は成功したのだろう。

 偽嫁セツナさんが教えてくれた通りだ。俺は様々な国外機関から狙われる身となった。



「不知火オウマ。俺という兵器がいれば、おまえは強気な外交ができる」


「…………」


「俺というオトリが狙われれば、おまえは襲撃組織の背中を掴み、連なる国家に対して責任を請求できる。そうだろう?」


「……」



 オウマは最後まで、語らない。

 されど首を横に振らないのが答えだ。

 否定という嘘を吐かないこと。それが、彼の示せる最大の誠意なのだろう。



「はぁ。おまえ、俺のことを利用し過ぎだろう……」



 いつかやらかす邪悪とは警戒してるけど、それはそれとして国力アップに使いまくる。

 そして成長しきった祖国で帝国ぶっ壊して復讐完了、世界一ってか。はは。


 もしも途中で俺が死んでも、厄介な種が消えるだけだしな~~。



「……鬼畜となじるか、この不知火オウマを?」


「いや気に入った」


「!?」



 今度こそ、誤魔化しきれないほどにオウマは目を見開いた。


 そんなに意外だったか? 俺の回答が。



「いいじゃないか、ニホンの勝利。だって俺はニホン人だぞ? 景気がよくなることに何の不都合がある。メシが安くて美味くなるならそれでいい」


「……面白い冗談だ」



 いや冗談じゃないんスよ。

 俺、二周目ボディが強い代わりにめっっちゃカロリー必要とするから本気だよ!


 ピザ食べよッ、ズポポポポポポンッ!(0.000001秒で六枚完食)



「貴様、利用され尽くして怒らないとでも言うのか?」


「あぁ言うね。事実……手を尽くす必要はあったんだろう?」


「っ……」



 俺はスモークサーモン(一匹分)を消失させながら言葉を続ける。



大帝国リベルタリアは今や大西洋国家のほとんどを配下としている。帝国と、それに阿諛追従あゆついしょうする国々を弱らせねば、大東亜圏はいつまでも保つかわからんよ」



 ――実際、数年後には『神聖リベルタリア帝国』が世界征服に乗り出し、例の『オウマ一人VS霊奏騎士十万人』事件が起きる。

 その無理ゲーにオウマは勝つも、廃人同然の身体となって無力化。


 それからはしばらく冷戦が続くも、いつかは帝国に……って感じだな。


 再びの大侵攻が起きたら耐えられないだろう。

 オウマが築いた黄金時代は過去のモノ。俺の生きた未来のニホンは、滅亡の不安の中にあった。



「ああ……(もしかしたら最上級概念霊【回帰】が現れたのも……)」



 と、そこまで考えたところで、今は万全なオウマ総帥に向き直ることにする。



「……無駄にツラがいいな」


「……貴様が言うな」



 二十代にも見えるような美丈夫だ。

 これが枯れた木乃伊ミイラになるんだから、未来ってのはわからんね。



「不知火オウマよ」


「なんだ」


「どうか、俺を頼ってくれ」


「!」



 告白する。

 そして立ち上がって手を伸ばす。


 ――未来で潰えるはずの益荒男へと。



「おまえの目的。それは『大帝国リベルタリアへの復讐』だろう? 三十年前、『第二次霊滅大戦』にて、家族も故郷も全て焼き払った国へと」


「……そうだ」


「その過程として、ニホンを大国家に育て上げたいというわけだ。ソレは俺にも都合がいい」



 俺の目的。それは『のんびりとした生活』だ。


 前世の知識を活かし、【回帰】を始めとしたニホンが吹き飛びかねない厄ネタを排除したい。

 そうして霊奏師の数や質が上がれば、結果的に俺への負担も小さくなる。

 死なずにのんびり、平和なモブ生活が送れるようになるってわけだ。



「ゆえに頼れよ、。この魔犬をな」



 伸ばした手。そこに嵌められた黒の腕輪が鈍く光った。



「……よ」



 ゆっくりと……だがたしかに、彼もまた片手を上げた。

 対となる白の腕輪が嵌められた手を。


 そして。



「フッ――ああ、いいだろう」


「!」


「悪魔との契約、乗ってやるのも悪くはない……!」



 手が握られる。強く、オウマ総帥は俺の手を取ってくれた。


 ここに、彼は握手を交わしてくれた。



「オウマ……(う、うぉおおおおおおーーーーーッッ! きたぁああああ~~~~!)」



 邪悪扱いされることしばらく……!

 ついにッ、ついに俺が信頼される日がきましたわ! パーティーですわ!

 ステーキッ、食わずにはいられないッッッ! ズポポポポポポポ(0.000001秒で牛一頭分完食)。



「嬉しいぞ、オウマよ。共にニホンを天下に押し上げようじゃないか」


「ああ、そうだなカナタよ。その上で」



 ん?



「貴様は殺す」



 ファッ!?!?!?!?



「おまえ(何言ってますの!? 何言ってますの!?)」


「貴様の最終目的。それは、『世界を意のままに支配すること』だろう?」


「おま、え(マジで何言ってますのォオオオオーーーー!?!?!?)」



 いや……間違ってはないのか?


 たしかに俺は、自分の都合のいいように歴史を書きかえて、過ごしやすい世界を作り出すつもりだ。


 あれあれ、そう考えると……っていやいやいやいやいや!?



「隠す必要もないだろう。北条キララを始めとした、頭を抱えるような俺の信奉者共……貴様は彼らを手中に堕とし」



 堕としてない!



「死罪人部隊『八咫烏』。奴らの闇に寄り添い、呑み込み、支配してしまったのだからな」



 支配してない!



「ああ、貴様の言葉に嘘はないだろう。ニホンを覇権国家とし――その上で、『国家の頂点の座』に付けば、世界掌握は完了するのだからな」



 いやしたくないしたくないしたくない!

 根底がモブの俺にはそんな席は荷が重いよ! オウマ総帥が座ってろよっ!



「フッ……俺は、大帝国リベルタリアを潰せればよかった。燃え堕ちる帝国を目に、死んでもよかった。だが」



 不知火オウマは瞳を閉じ、そしてもう一度開いて、俺を見つめてきた。


 意志力燃える瞳には、新たな光が宿っていた。



「死んではいけない目標ができたな。空鳴カナタよ、世界を手にしたその果てに、俺は世界を貴様から守る――!」



 勝手に守ってろっっっ!




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【Tips】


ずっと見ていたロウガくん:

「は、ははは、はははは……! 『世界を獲るためのパートナー』って、オレもう、父上と空鳴カナタの間に、付け入る隙ねェじゃん……!」と言い残して消滅。灰になって消えていった。


でも【人狼】だから月光浴びてすぐ復活。彼は、泣いた。



何も知らないオウマ様:(今日はご飯が美味しいな……!)


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