第21話 じょっぱれ雌豚の星




 ――空想上の金属の概念霊【緋々色金ヒヒイロカネ】の出現。


 それをマロさんから聞いた時、〝ああ、そんな出来事もあったか!〟と思い出した。


 未来に備えて、死ぬはずだった霊奏師らを生かす……そう意識していたあまり、思い至らなかった。

 【緋々色金ヒヒイロカネ】との戦闘では、霊奏師らの人的被害はあまりなかったはずだからな。



「ふむ……(緋々色金ヒヒイロカネは強力な幻想金属。それゆえに一周目の霊奏機関は、昇天する前にヤツを捕えようとしたが……)」



 だが【緋々色金ヒヒイロカネ】はとにかく巨体で高質量だった。

 捕獲しようとする霊奏師らを振り切り、山間の小さな町を襲撃。ある程度暴れたところで昇天したという。


 概念霊は自分の概念を振るい尽くせば満足しちゃうからな。

 『金属』としての硬さと強さを散々見せて、絶頂しちゃった感じだ。



「ほれッ、いくでおじゃるよ者共!」



 マロさんが俺たちに発破をかける。



「【緋々色金ヒヒイロカネ】の現れた秩父山地といえば、群馬・埼玉・東京・神奈川・長野・山梨に隣接する大境界地帯。よその連中に出し抜かれる前に、手柄を上げてやるでおじゃる~~~!」



 よしっ、やってやるか。


 緋々色金ヒヒイロカネが手に入れば強い装備が作れるようになる。

 ニホンの戦力は増し、結果的に【回帰】の最上級概念霊・肉天使と有利に戦えるようになるだろう。

 不知火オウマを再起不能にした『神聖リベルタリア帝国』との戦争でも、役に立つはず。


 あと何より、手柄を上げて、俺は善良な人間だってアピールしたいからな。



「ちなみに霊奏師資格がなくとも、現役霊奏師の監督さえあれば術は使えるでおじゃる。カナタと青いガキンチョも安心でおじゃるな!」


「ガキンチョじゃないでごじゃる!」



 ◆ ◇ ◆




 かくして十数分後。

 俺たちは山の高い木々を跳ね、秩父山地に突入していた。

 斜面を駆ける必要はない。肉体を強化できる霊奏師ならではの移動法だ。



「見えたよ、カナタ。【緋々色金ヒヒイロカネ】の概念霊巨人だ」



 ミチタカ父さんの黄眼が先を捉える。流石は鳥類の概念霊使いの視力だ。

 俺もそちらに目を凝らすと――ああ、見えた。灼熱した赤金の巨人が、山を堂々と闊歩している。


 50メートル近い大きさか。道中、戯れに周囲の木々を薙ぎ払っていた。



「お父様、あの巨人なんだか楽しそうですね」


「ああ。『金属』にとって木材ほど壊しやすい相手はいないからね。ポテチをパリパリ食べてる気分なんだろう」



 それはなんとも微笑ましいが、まずいな。それだけ満足ポイントを貯めてるってことだ。

 このままでは一周目と同じく昇天してしまう。



「さっさと妨害しましょう」


「そうだねカナタ。マロさんと、他の二人も準備はいいかな?」



 振り返れば、俺たちに続く三人が頷いた。



「ほっほっほ。緋々色金ヒヒイロカネ獲得に貢献できれば、我が『五大院家』の威信もさらに増すでおじゃる!」



 木々を蹴るのと同時に、蛸足の一本生えた鞭を叩き付けるマロさん。

 【蛸】を宿した付術武器を利用し、実質三本足で移動してるのか。賢い。


 俺はつよつよボディだし、ミチタカ父さんは【鳩】を宿して筋力増強しているが、そうじゃなかったらマロさんに置いてかれてたな。



「お待ちなさい、活躍するのはわたくしです。『霧雨家』の次期当主として、威厳を取り戻さないと……!」



 そう意気込むのは霧雨セツナさん。彼女の移動はさらに特殊だ。

 なにせ氷のスケート板に乗り、冷気の尾を引きながら飛行してるんだからな。


 おそらくは対流現象を強制的に起こしているのだろう。

 冷たい空気の層を纏うことで、周囲の温かな空気は上昇気流を生み出す。これで浮力が産まれる。その上で下層気流に冷気を作れば、人工的な『寒冷前線』の誕生だ。

 上昇気流はさらに加速し、また冷却する空間座標を絶えず緻密にコントロールして方向性を操ることで、あんな謎の移動法が出来るわけだ。


 賢すぎるぜセツナさん。妹のことになるとアホなのに。



「ぜぇっ、はぁっ、ま、待ってほしいでごじゃるぅ~~~……! カナタくん休ませてぇぇえええ~……!」



 なお、妹のシャロちゃんは必死こいてる模様。


 彼女に特殊技術なんてないからな。巫術で【忍】を宿せばすごいだろうが、霊力コントロールがカスなため、一発で霊力切れになる。

 そのため基礎的な『霊充四肢』のみでの移動だ。


 でもそれじゃ付いてこれないから、俺が糸を一本繋げて強制的に走らせていた。



「ほらシャロさん、頑張ってください。修行ですよ修行」


「鬼~! 悪魔~!」


「厳しすぎました?」


「でもカナタくんそこがしゅきぃいい~~!♡」



 うーん、姉共々性癖イカれてんなぁ……。



◆ ◇ ◆




『ガァアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッッッ!』



 俺たちはついに【緋々色金ヒヒイロカネ】の概念霊巨人の下に辿り着いた。

 近づいてみれば圧巻の巨体だな。ただ歩くだけで地鳴りがしやがる。

 さらに頭には法輪のような『霊光輪ハイロゥ』があることから、上級霊であることは確定だ。



「強敵だな。前世で複数の霊奏師が取り逃すわけだ……」



 巨人が咆哮を上げる中、そう呟きながら接近してみる。

 すると、



「――東京モンさに手柄よこすなっ! 【緋々色金ヒヒイロカネ】ぁ霊奏機関・山梨支部の手柄さするずら!」



 既に何人かの霊奏師に取り囲まれていた。

 足元から縄を伸ばしたり、蜜蝋を大量に飛ばしたりしている者たち。

 指揮を執っている者が「ずらずら」と甲州弁で話しているあたり、山梨の者たちだな。


 さらに、



「大手柄だんべぇ。群馬男さに取り逃がすわけにゃいかねぇんべぇな!」


「おまえらは引っ込んでろ。あれは長野支部の獲物だに!」



 群馬弁と長野弁の霊奏師らも捕獲を開始していた。

 納豆を大量に出して足を絡めようとしてる人がいるけど、ちょっと無理だろ。あとで食わせろ。



「お父様、出遅れましたね」


「ああ。現状、術が効かずにみんな蹴散らされているようだが……」



 くそっ。【緋々色金ヒヒイロカネ】の出現場所が西北寄りだったな。

 埼玉の俺たちはかなり遅れてしまった。

 既に地方からは報道ヘリなども向かってきている。



「カナタやっ、そのうち東京と神奈川の者共も来るでおじゃるよ! 一番槍は譲ってやるから、さっさと行くでおじゃる!」


「いいんですかマロさん? 優しいですね」


「イイ感じに相手を弱らせて、マロが捕まえやすくするでおじゃる」


「わぁ、流石はマロさん、マロさんですね」



 相変わらず清々しいほどのオープンカスだ。


 俺もそんな風に堂々と生きたいと思いつつ、巨人の前の木の上に立った。

 その瞬間、



「あッ――あれは、『空鳴カナタ』ずらっ!?」

「噂の鬼子がなんでここにいるんかい!?」

「俺たちを襲ったりしねぇよな!?」



 ……地方の霊奏師たちから、めっちゃ恐怖の視線を向けられた。


 こ、怖くないよ!?

 身体はアレになっちゃったけど、中身はモブメンタルのカナタくんだからね!?



「ふんっ、わたくしが先にやっちゃいますよカナタさん!」



 とそこで、セツナさんが俺の脇を抜けて突撃した。



「まずは足を止めます! 符術発動、凍れっ!」



 冷気を纏った呪符を飛ばす。それらは巨人の足に張り付くと、ビキビキビキビキッと音を立てて表面を氷結させた。



『ガァアァア~~!?』



 これまでにない成果だ。巨人の歩みが確実に止まった。

 蹴散らされていた地方霊奏師たちが「おぉっすごい!」「あれは噂の霧雨家の!」「すごいけど、なんでエプロンドレスずら……? いや可愛いけど」と声を上げた。


 みんな好意的で羨ましいや。俺も好かれたいよぉ。



「ふふんっ、そしてこれでチェックメイトです!」



 気をよくしたセツナさんが、【緋々色金ヒヒイロカネ】に飛び掛かる。



「負術発動。【雪女】よ、この者の熱を全て奪えっ!」



 彼女は空中で剣指を結ぶと、それを銃のように巨人に向けた。

 そして、親指を倒し――射出。

 剣指の先から【雪女】の魂が高速で放たれ、【緋々色金ヒヒイロカネ】へと吸いこまれた。



『ガッ、ガアァアァァアァ~~~~~~ッ!?』



 巨人が叫んで悶え始める。

 灼熱した巨体から熱が失せ、さらに内部から湧き上がるように、身体のあちこちが凍っていった。


 あれが【雪女】の負術効果か。極めてシンプルに『熱の簒奪』。

 わかりやすいが強力だ。金属の巨人だって、関節部が内側から凍り付けば動かなくなる。



「ふっふーん。見ましたか、カナタさん? これがお姉さんの実力ですよ」



 巨人の頭に降り立ったセツナさんが、なんかドヤ顔でピースしてきた。

 憑霊の【雪女】を巨人に宿したから飛べないようだ。それも負術の弱点だな。



「ぶい、ぶい」



 腹立つ。



「うふふふふ。【緋々色金ヒヒイロカネ】捕獲の手柄は、わたくし『霧雨家』のセツナがいただきました。もうカナタさんは二度とわたくしを」



 と、彼女がドヤ顔で何か言っていた、その時。



「雌豚などと呼ばないことですね――って、足元あっつっ!?」


『ガァアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!』



 巨人が、再び灼熱色に輝き始めた!


 同時に動き始める大きな手足。

 ジュゥウウウウウゥと響く、氷の解ける気化音。

 大質量の運動エネルギーと灼熱の体温――それらによって、外と内より巨人を拘束していた氷が、完全に砕け散った。


 巨人の身体から、白無垢の【雪女】が泣き顔で飛び出す。かわいそう。



「そんなっ、わたくしの負術が破られた!? あっ、ああぁあっ!?」



 再度歩み出す【緋々色金ヒヒイロカネ】の巨人。

 それによって身体が大きく揺れ、セツナさんは足を滑らせて落っこちた。



「わぁぁあああ処女のままわたくし死ぬ~!?」


「何やってるんですかアナタは」



 俺は既に動き出していた。

 移動に付術を利用していたマロさんを参考に、糸を飛ばして木に引っ掛け、引く勢いと共に踏み出す。

 それよって俺は高速で宙を駆け、セツナさんを空中で受け止めた。



「わぁっ!? あ、カナタさん……!」


「セツナさん」


「はっ、はい……!」



 なんか赤くなってるセツナさん。

 彼女の柔らかな身体を抱っこしながら、耳元で囁く。



「――油断するなよ、この雌豚が」


「はぅんッ!?」





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【Tips】


方言:地方によって存在する言語の微妙なズレ。

この聖暦2030年の世界においては、地球上の言語の違いは方言程度の差異しか存在しない。

1887年、【統一言語】の最上級概念霊が出現し、惑星規模のミーム汚染を起こすことで『全ての人間が同じ言葉を喋れる』事態になったからである。


なお、わけのわからない青森弁は、【統一言語】に抗う希望の星とされている。

じょっぱれ。



指をさす:手印で出来る行為の一つ。一般的に失礼だとされる。

生物学的には、生物は鋭利なモノに対して本能的に恐怖を感じるから……とされるが、呪術的意味合いにおいて、指先は術の発射口、特に人差し指は北欧において「呪い指」とも呼ばれている。

旧約聖書:イザヤ書 58:9-14においても『指をさす』行為は罪の一つとされ、嫌悪されていた。

また中指も同様。中指を陰茎の象徴とし、相手に向かって立てることをリベルタリアでは「ファックサイン」といい、最大級の侮蔑とされる。

「ファックサイン」の始まりは古代ギリシャにまで遡るとされ、当時は「生意気な指」と呼ばれていた。

このことから、人差し指と中指によって作る『剣指』の霊的効力は絶大。

霊を操る際に使用することで精度を上げることができるほか、負術を使用する際には銃のようにして相手を指すことで、高い命中率で呪うことができる。

これを海外では『ガンド』という。



『氷の女』:霧雨セツナの一周目の未来の異名。

元々クールな彼女だが、最愛の妹を失ったことで失意の底に。

結果、何の熱も情もなく、ただ職務を全うするだけの、氷像と化してしまった。



『雌豚』:今のセツナの異名。


もう『氷の女』化は絶対に無理である。


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