第三章:霊奏資格試験、特訓編!

第12話 空鳴家と、マロ!


 はい、帰省っと。


 やってきました『空鳴家』。久々の我が家だ。ちなみにタクシーで帰ってきました。



「でっ、では自分はっ、これで!」


「ではなー」



 運転手さんに別れを告げる。運転手さん、ずっと俺にビビってたなぁ。


 料金はオウマ総帥からもらうよう言っておいた。

 なんか俺、彼の飼い犬になるらしいしね。

 だから〝不知火オウマに請求を〟と言ったら、運転手さんは二重でビビリました。

 ごめんて。



「ふむ、懐かしいな。前世ではあまり帰省していなかったから、実質数年ぶりになるか」



 平屋の古屋敷だ。官位は低い空鳴家だが、都心を離れた埼玉に位置するため、土地はちょっと大きい。よく庭の鯉を撫でたものだな。



「ただいま帰りました」



 慣れた感じで門をくぐって、玄関を開けた。すると、



「ひぃいいいぃいいッ! なぜ上級霊がこんなところにぃぃいい!?」


『あ、カナタおかえりー。パパと遊んでたヨー』



 ……俺の父ミチタカが、【人形】によって霊力の糸でぐるぐる巻きにされてました。

 

 えぇ……。




 ◆ ◇ ◆




 で、その後。俺は【人形】にデコピンして父さんを助けたわけだが、



「どどどどっ、どうぞ、粗茶です……!」



 父さんめっちゃビビってるやんけ……!


 まぁ仕方ないか。二周目人生の俺はとんでもないバケモノだと勘違いされてるしな。

 あと父さん元々ビビリだし。まさに俺の父親って感じだよ。



「落ち着いてください、お父様」


「はっ、はいっ」



 ちなみに身体くん、身内には礼儀正しかった。

 中身の俺よりもよっぽど丁寧な言葉遣いと所作で茶を飲んでいる。

 だが、



「別に、とは思いませんから……」


「ひぃっ!?」



 ……空気感がいちいち不穏なんだよなぁ。


 無駄に暗黒微笑を浮かべて父をさらにビビらせていた。

 丁寧な口調が悪い方に働いて、黒幕キャラみたいになっちゃってるじゃん。



「本当に大丈夫ですからね?」


「そっ、そうか。……ははは、産まれたばかりの子にたしなめられるとは、我ながら……はは……」



 ミチタカ父さんは申し訳なさそうに頬を掻いた。

 ……久々に見たな。俺が十歳の時に死んだ、この人の癖だ。



「それにしてもカナタ、本当に会話が出来るのだね……。身体が急に大きくなるというのは、極一部の天才霊奏師にあるそうだが……」



 あー。幼少期にすぐ『霊域入門』を可能として、そのまま『幽想肉変』にも成功して爆速で強い身体に育つパターンな。


 魂を把握するセンス。

 肉体構造を完全に把握する知能。

 そして成長度合いを正確に思い描けるイメージ力。


 それらを生まれながらに持ち合わせた、十数年に一度の天才だけしか出来ない所業だ。



「知能まで育つケースは前例がないよ。人間は、今の自分より頭のいい自分をイメージすることが出来ないからね。まさに前代未聞の鬼才か……」



 父さんはどうやら、俺の知能も才能で育ったのかと勘違いしているようだ。


 すんません違います。本当は大人の意識が宿ってるだけなんです……。



「はぁ、なんというか、自分の種が怖くなるよ。霊奏学園に入寮中のヒナミとミチオ――ああ、キミのお姉さんとお兄さんね。彼らもすこぶる優秀で、凡才の私と妻から生まれたとは思えないのだが……」



 知ってるよ。将来の壱號級霊奏師だからな、あの二人。



「それに加えて、キミと来た。……最強の霊奏師『不知火オウマ』を超える霊力を、胎児の頃から発現……生まれたばかりで私よりもしっかりした知性を見せるのだから、はは……お父さんのおちんちん、闇組織に狙われちゃうかもな~?」



 冗談めかして言う父だが、その顔は真っ青だった。


 マジであるからね、そういうの。どこの家や組織だって強い霊奏師の子供は欲しいし。



「さっきの【人形】。あの上級霊も、キミの憑霊だそうだね。しかもあと二体いるとか」


「ええ、【空砲】と【一反木綿】が。どちらも上級霊です」


「ついていけない世界だなー……」



 上級霊は、霊奏師基準では壱號級じゃないと対処に当たれない危険存在だ。


 ギリギリ弐號級なミチタカ父さんには恐怖の対象でしかないだろう。

 そのため三匹は霊域内にしまい込み、プラモを出して遊ばせている。大人しく作ってなさい。



「上級霊三匹を、腹に抱えて生まれた鬼才か……。すまないね、カナタ。正直言うと私は、キミのことがめちゃくちゃ怖い」


「道理ですね」



 当然だな。



「纏う空気でわかる……キミは、邪悪な性質を持って生まれてしまったのだろう。父親なら光に導くべきだ。だが、私は、キミと接する勇気自体が、出ず……!」



 震える父さん。冷や汗を掻いて俯く様は、あまりにも哀れだった。



「私は……キミの父親になることは……」



 ……仕方ないよなぁ。彼の気弱な性格を考えたら、こうなることはわかりきっていたよ。

 今の俺と一緒に住むのは、絶対に無理だろう。……よし。



「わかりました」


「えっ、わかったって……もしや!?」


「ここにいてはご迷惑ですからね。自分は、出ていきます」



 そう言って立ち上がる。父は「そ、それはっ」と顔を曇らせ、手を伸ばそうとしてきたが、触れる瞬間にビクッと止まってしまう。

 恐怖から、生理的に触るのも無理らしい。別にいいさ。大人だから平気だ。



「す、すまない。私は……」


「……気にしてませんから。では、お元気で」



 そうして俺が背を向けようとした、その時。



「――おじゃチクショォ~~ッ!」



 奇声と共に、ガッシャーーンッと思い切り玄関が開けられた!

 なんだなんだ!?



「ぬお~~カナタァ! いるでおじゃるかぁー!?」


「む、マロか」



 玄関からのっしのっしとやってきたのは、白塗り平安風男のマロさんだ。なんか怒ってる感じ?



「どうした、いきなり我が家に来て」


「どうしたではないわっ! オウマ殿が言っていたであろう、マロを監視役にすると」


「あ」



 そういえばそうだったな。霊三匹が進化してた衝撃ですっぽ抜けてたわ。



「忘れてた。すまん」


「忘れるなでおじゃるッ! ったく、勝手に帰りおって。この高貴なるマロを放置プレイとはとんでもないガキでおじゃる……!」


「悪かったよ。お茶飲むか?」



 湯呑を差し出すと、マロさんは「ふんっ」と鼻を鳴らしながら奪い取り、一気に飲んだ。



「んぐぐっ……ぷひぃ。安い茶葉でおじゃるなぁ。だがまぁ、そこそこは美味かったでおじゃる。ほのかな甘みがあったわ」



 それはよかったよ。って、あ。



「すまん。ついつい出しちゃったが、それ我の飲みかけだ」


「って何飲ませんてんじゃいオスガキャーーーッ!?」



 ブチ切れて湯呑を投げてくるマロさん。

 だが俺のハイスペボディはそれをするっと避けて……結果、



「もがッ!?」


「「あっ」」



 ……父さんの鼻に命中してしまうのだった。うっわぁ。



「マロ、やってしまったな」


「マッ、マロは悪くない! 悪くないでおじゃる!」


「大人がそれはどうかと思うぞ?」


「くっ、クソ赤ちゃんめ……!」



 なんだかんだで「ふんっ、マロからの謝罪を受け取るがよい」と、謝ってるのかよくわからん謝罪をするマロ。

 だが父さんの方は鼻を押さえつつ、「いっ、いえいえいえいえいえいえいえいえッ! 五大院家のウジマロ様がそんな恐れ多いッ!」と、すっげービビッて手をパタパタしていた。


 うーんなんというか、



「厄日ですね、お父様」


「ってキミのせいでこうなったんだからねッッッ!?」



 わっ、父さんがめちゃ怒鳴った。こわい。


 ――直後、父はハッとした顔で固まって、「あわわわわっ!?」と慌て始める。



「すすっ、すまんカナタっ、別にキミに逆らう気は……っ」


「ほほほほほほほっ! 言うではないかっ、空鳴家当主よ!」



 俺に頭を下げそうな父だったが、そんな彼の背をマロさんがばしばし叩き出す。



「ちょっ、五大院様!?」


「ウジマロでよい。どーせこの家にはしばらく住むのだからのぉ」


「えぇ!?」


「それよりもおぬし~! ビビリのカスかと思っておったら、よもやそこのバケモノを一喝できるとはのぉ~!」



 一緒にこのガキを泣かせようぞッ、とマロさんはゴミみたいな勧誘をした。

 この人クズだけどオープンすぎて清々しいな。



「い、いやいやっ、さっきのは勢いというか……!」


「勢いで悪いのかえ? 会社の部下でなく家族を怒鳴るのじゃ、いちいち頭を使わなくてもよいじゃろ?」


「っ――」



 わりと最低なことを言っているマロさん。

 だが、父さんはその言葉に目を見開き、「家族、を……」と小さく呟いた。



「そうか……私は、カナタを怒鳴れた……」



 噛み締めるように、父は言う。



「私は気弱だ。職場の他人ニンゲンを勢いのまま怒鳴るなんて、できない。でも私は……後先考えず、カナタを怒鳴れたんだ……!」


「むん? どうしたんじゃミチタカよ?」


「ウジマロさん、ありがとうございます!」


「むむん?」



 父さんは俺に向き直ると、固唾を飲みながら手を伸ばしてきた。そして。



「カナタ」



 頭に、手を置かれた。十数年ぶりに、触られた。



「お父様……?」


「私は弱い父だ。才能もない。だが」



 おそるおそる、撫でられる。


 ……誰かに撫でられるなど、一体どれほどぶりになるだろうか。



「キミが悪いことをしたときには、叱るくらいは出来そうだ」


「――」



 ぎこちなく笑う父。

 相変わらず気弱そうな微笑だが、ほんの少しだけ、誇らしげに見えたのは気のせいか。



「ウチにいなさい。どうか、私のことを頼ってくれ」


「……はい」



 俺は素直に頷くことにした。


 ――前世ではずっと昔に死んだ父、ミチタカ。

 俺の父らしく頼りない人だと思っていたが……しかし、



「お父様、結構カッコいいですね」


「うぇえぇっ!? い、いやいやいやいや!? す、全てはウジマロさんのおかげで……!」


「マロはゴミ発言してただけでしょ」



 と言うとマロさんが「なんじゃとオラーーッ!?」とキレてきた。


 我が家がなんとも騒がしくなる。

 ……ははは。さっきまでは、色々もう駄目かと思ってたんだがな。


 本当にマロさんのおかげかもな、これは。



「ったく……ああ、そうじゃカナタよ。おぬし、一週間後に霊奏資格試験を受けねばでおじゃったろ?」


「おじゃったよ」


「パクるなでおじゃる! ……じゃあさっさと修行すべきでおじゃらんか? 万が一落ちたら殺処分だろうに」



 あーそうだな。

 身体こそハイスペだが、中身は凡人の俺だ。ちゃんと修行はしておかないとな。


 というわけで、



「お父様」


「ん、なんだい?」



 さっそく頼らせてもらうとしよう。



「自分に、霊奏術を教えてもらえませんか?」




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【Tips】


官位:霊奏師の家のランク。

『従三位、正三位、従二位、正二位、従一位、正一位』の六階級が存在。

1400年前の律令制により始まった位階付けであり、元は三十の位が存在し、各個人に与えられるモノであったが、現在は変遷を得て簡素化。

血族の者が活躍するほど家の官位は上がり、高いほど政府より年俸をいただくことが出来る。


ただし官位を維持するには、現役の霊奏師資格者が常に業界にいなければならず、戦える者が全滅した場合、官位は剥奪される。そのため霊奏師の家は複数人の子を設ける傾向にある。

また、血縁者が罪を犯した場合には官位の格下げが検討される。ゆえに家の者は互いを律し合い、粗探しの要領で他家の不穏な動きにも目を配るようになった。

そのような自浄作用が起こることを見越し、旧ニホン政府永劫代表『福沢ユキチ』は現在の官位制度を設けた。


なお最上位の正一位については、数々の偉業を達成した上で、現役の特號級霊奏師を有する家だけに与えられる。



『空鳴家』:埼玉の寒門。官位は従三位。当主は五代目の空鳴ミチタカ。

これといった実績もない凡庸な家だが、十年前に麒麟児の双子を産んだことで、少しだけ話題に。

また近日、人外の鬼才『空鳴カナタ』の受胎により、とんでもなく騒がれている。



『五大院』:京都の名門。官位は従一位。当主は二十五代目の五大院ウジマロ。

鎌倉末期より七百年続く名家中の名家。

皇族に連なる血筋と、才能あふれる霊奏師を多く輩出している実績を誇る。

それらによりトップ中のトップに君臨しているため、当主に舐めた口をきくなど実はとんでもなかったりする。



空鳴カナタ:心身ともに、マロのことを舐め始めている。



エンド№1【枯れた猟犬】:空鳴カナタが父親に捨てられた結末。

不知火オウマの下に身を寄せ、忠実な道具となる。

だがその目は常に乾ききっていた。バッドエンド。


回避条件→マロがいること。


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