第32話 前半終了! 気持ちはどうだミチオくん!?
「うざいんだよ……生まれて来るなら雑草みたいなゴミになれよ……!」
運動能力テストの間際、兄のミチオに睨まれた。
雑草みたいなゴミってなんだよ。
「こらっ空鳴ミチオ! 試験の場で私怨を燃やすな!」
「ふんっ、このキツネババアが」
「キツネババアとはなんじゃ!?」
相変わらずミチオは性格がアレだなぁ……。
まぁいい。俺は俺に出来ることをやるだけだ。
「では山田に田中に問題児兄弟、準備が出来たらボールを投げよ」
黒服たちから特別製ボールを配られる。
ちなみに俺にボールを渡したのは、モヨコ先生(肉体年齢三歳)に怪しい反応をする黒服だった。
「空鳴カナタ様」
なんか小声で話しかけられた。
「暗黒ド鬼畜ロリショタ、私は〝アリ〟ですよ?」
知らねーよッ!
「ほーれ、さっさとせんか。実戦ではボーっとしてたら死ぬぞ?」
モヨコ先生に促され、十五歳くらいの少年・山田くんと田中くんがあたふたと投げる。
結果は……二百メートルほどだ。
一般人からしたら破格の記録。年齢にもよるが、六十メートルを超えてれば学校トップクラスだろう。
だが、霊力持ち的には〝まぁそんなもん〟といった具合か。
身体強化術『霊充四肢』を使った霊奏師は、一般人の『三倍から五倍』程度の運動性を発揮できるからな。
二人はちょっと項垂れた。
「落ち込むことはない。『霊力測定』ではFランク以上、『運動能力テスト』については一般人の倍程度の記録を出していれば、足切りはせんよ。術を使えばすごいヤツはいるからのぉ」
ゆえに後半の模擬戦で頑張れと、モヨコ先生は結果の振るわなかった子供たちを励ました。
「ほれ、おぬしらも」
「うるさいな、言われずともやりますよ」
ボールを持っていたミチオが動く。
ここまで焦らず霊力を練っていたようで、その全身には凄まじい力が満ち溢れていた。
そして、完璧なフォームでボールを振るい、
「はぁぁあッーー!」
一気に投げた!
ただ放るだけはない。手を放す瞬間に旋風を生み出し、ボールを天高く舞い上げた。
かくしてボールはどこまでも飛んでいき……、
「――七六〇.六メートルッ! 最高記録、さらに更新じゃぁ~~~!」
「しッ……!」
ミチオが静かに拳を握った。
見学していた霊奏師らもどよめく。
記録は一.五倍も更新され、間違いなく現役プロも出せないような数値を叩き出したからだ。
流石は、天才。未来の壱號級霊奏師だ。
「では空鳴カナタ、いい加減に投げれ」
「はい」
催促されて行動を起こす。
俺とて突っ立てたわけじゃないさ。いい記録を出すための策を考えていたところだ。
思考はちょうど、纏まった。
「では」
俺は投球フォームを取らない。
突っ立ったまま、片手でボールを持ちあげた。それだけだ。
「ッ、おまえふざけてるのかバケモノッ!?」
ミチオ兄さんがまた吠えてくる。
いちいちなんだよもう。まだテスト残ってるんだから休んどけよ。
「まさか僕に情けをかける気じゃないだろうなァッ!? 馬鹿にするなよおおおお!」
「あぁもうっミチオはいい加減にせよ。おい黒服、そいつの口を塞げ」
「もがッ!?」
例のロリコン黒服さんがヌルッと背後に回り、ミチオの口に手を当てた。
なお黒服さんは、わずかに興奮気味だった。そいつクビにしろ!
「それでは投げますね」
突っ立ったままで俺は言う。
別にふざけてるわけじゃない。ましてやミチオのためでもない。
これが最適解だからだ。
「投球経験なんてほぼありません。ただ、『八極拳』はそれなりに身に付けてまして」
ゆえに不慣れな投球フォームなど使わない。
使用するのは、実戦の中、もはや【人形】を宿さずとも骨身に染みた八極拳の理。
――八門が目指すは全身凶器。
――大仰に手足を振るう必要はあらず。
――大地を
――それらさえあれば、もはや拳を振るう必要すらない。
――接触箇所総てを、破壊の砲口と変える絶技。
すなわち、
「八極拳奥義、『寸勁』」
瞬間、足元の大地が爆散した。
霊奏師強化術『霊充四肢』――それを足に極限集中することで、超エネルギーの脚力に地面が耐えられなくなったからだ。
霊力めっちゃ込めたら想像以上に衝撃波が出て周囲が「うぎゃああああああ!?」と叫びながら転がってったが、今は構っていられない。
脚力強化の結果、刹那の内に地球という大質量が足に反発を返し、爆発するような衝撃が全身に宿る。
「さぁ」
〇.〇〇〇一秒内の一瞬。筋骨内部に微弱な動きの回路を作り、片手の先のボールへと全衝撃放出口を形成。最後に霊力変換で『暴風』と『爆炎』を巻き起こすことで――、
「吹き飛べ」
そして、ボールは深紅のレーザーになった。
ギュゥウウウウウウウウウウウーーーーーーーンッッッッとかいう謎の音を出し、さっき以上の衝撃波と大爆風を撒き散らしながら空の向こうに消失。
最後にパァァァアアンンッと大爆発して、ニホンの空に火の花を咲かせたのだった。
あぁ……。
「なんか、予想以上にすごいことになりましたね」
「お、お、おぬしぃい~~~~~~!?」
土埃まみれなモヨコ先生が叫んできた。
「なんじゃぁ今のはぁ~~~!?」
「八極拳です……」
「絶対ちがう!!!」
はい、俺もそう思います。
いや聞いてくださいよ。
お腹の中で魔改造した身体が想像以上に強力だし、霊力が多すぎてこうなっちゃったんですよ……!
時間たっぷりかければこんなことになるなんて思わなかったんですよ……!
「てかおぬしは、いちいち周囲を滅茶苦茶にせねば気が済まんのかぁあああ!?」
辺りを見れば、ソフトボール場は爆心地みたいになっていた。
霊奏師や子供たちが「ウワァアァアアァアアッ……!?」とか呻きながら頭を伏せて震えている。
シェルショックかな?
「あの、みなさん」
「うわああああああああすみませんでした逆らいません何もしないでくださいぃいいいーーーッ!」
がたがたと怯える周囲の者たち。
もう、ミチオをワイワイ褒めていた時の空気なんて微塵もなかった。
ほ、ほんとにごめんね~……?
「えぇぇぇえぇぇえええんっ! またわらわの責任問題が増えるぅうう~~~! 仕事が山積みになっていくぅうう~~!」
グラウンドの大破損。
恐慌状態になった者たちの鎮静。
また、ボールの大爆発についても、〝兵器攻撃ではない〟と政府に説明しなければ、民間人は大パニックだろう。
モヨコ先生にはまた迷惑をかけてしまった……この空鳴カナタ、猛省だ。
「またしても、誠に申し訳ございませんでした」
俺は真摯に頭を下げた。
「この空鳴カナタ、事態の収拾には全力で協力させていただきます」
「カナタよ……」
「なので」
視線を上げて、俺は受験者らのほうを見た。
……その中のパニック状態で泣いている幼い子たちを。
「今度こそ子供たちをあやしてきますね?」
「って頼むからやめろバカァーーーッ!」
その後、ソフトボール投げの測定結果は〝ボールが爆散しなければ大気圏外に出ていた〟となり、『記録:無限』になりました。
なお、周囲を巻き込む危険性があるからと、俺だけ一人で運動能力テストを行うことになりました。
悲しい……!
◆ ◇ ◆
それから、運動能力テストは順調に進んでいった。
「空鳴ミチオ! 五十メートル走、記録:二.五〇秒! 背中から出した風を上手くブースターにしたのぉ!」
「はいッ」
俺が測るのは全グループが終わってからだ。
「はぁ(なんか晒し者みたいになっちまったよ)」
みんな、目を逸らしたら死ぬって雰囲気で俺を見てくるし。
そのくせ見つめ返すと全力で目を逸らすし。
とほほ……とにかく測定やろう。
「ぎゃあああぁああッ!? 空鳴カナタ……五十メートル走、記録:〇.七秒! おぬし、背中から竜巻出すなぁああああーーー!?」
「この空鳴カナタ、事態の収拾には全力で協力させていただきます」
「やめろそれ!」
周囲を恐怖させたりモヨコ先生に怒られながら、俺は記録を出していった。
――【立ち幅跳び】
「立ち幅跳びはジャンプ力を測る。霊力を空中で使用して飛ぶのはなしじゃぞ。では空鳴ミチオは――おぉおおっ、記録:一五.五メートル! めっちゃ飛んだのぉ!」
「はい……」
「空鳴カナタは――ぎゃあああああッ!? 足からも竜巻出すなボケェーーーッ! 記録:三百メートル! もう風出すな!」
――【持久走(五〇〇〇メートル)】
「持久走では、『霊充四肢』をどれだけ最高出力で維持できるかがポイントじゃぞ! 空鳴ミチオは――記録:二分十秒! 流石は天才!」
「はい…………ッ」
「空鳴カナタは――ぎゃあああああッ!? 『霊力変換』で地面から土の槍出して自分を射出しながら走るな! 記録:三十秒! グラウンド荒らすな!」
――【握力】
「握力計は村正製の超高級&超合金仕様! 一トンまで耐えれるから安心して握れ! では空鳴ミチオは……おぉ、三五〇キログラム! すごいのぉ、空鳴カナタを除けば全て一位で」
「うるせぇよババアッ!!!」
「ひぇえええッ!? き、気持ちはわかるがキレるな! では次に空鳴カナタは――あぁぁッ、おぬし握力計を壊しおったなぁ~~!? やると思った~!」
「チクショウがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーー!!!」
こうして、ミチオ兄貴の咆哮を最後に運動能力テストは終了。
俺はみんなに恐怖の視線を浴びながら、お昼休憩を取ることになった。
……みんな、違うからね? 身体がアレなだけで中身はモブだからね?
みんな俺と仲良くしよ???
「あ、山田さんに田中さん。よければ自分と昼食でも」
「「ひぃいいいいいいいお弁当あげますから殺さないでくださいぃいいいいいいいーーーーーッ!」」
……お弁当を捧げられました。
俺が欲しいのは友情なんだが?
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【Tips】
『霊奏師の身体性能』:霊奏師はとても強い肉体を持つ。
まず身体成長操作『幽想肉変』により筋骨の増強を行い、トップアスリート並みの天賦の肉体を後天的に実現させる。
加えて戦闘時には『霊充四肢』を使用。
生命エネルギーたる霊力を全身に巡らせることで、肉質を活性化。
筋肉の収縮力・筋持久力が格段に向上し、加えて細胞レベルで骨密度も上昇。さらに強化による肉体崩壊を防ぐべく筋肉と腱の拡張性も増し、身体能力は一般人の三倍~五倍に到達。まさにバケモノと戦うための戦闘兵器と化す。
またカナタが行ったように一部分に強化度合いを集中、もしくは肉体の損壊を覚悟した上での高濃度霊力充填を果たせば、強化倍率はより向上する。
ダメ押しに、霊力とは『無と有』の中間的性質を持つ。
半霊体物質に変換可能であるように、放出された霊力は非物質でありながら質量性が存在。
さながら水を纏っているように、『霊充四肢』の状態にある霊奏師は、外的攻撃の威力を霊力で減衰可能。また自分の体重以上に重い一撃を繰り出すことが出来る。
不知火オウマがカナタに対して〝全力でなければ傷付けることは難しい〟と発言したこと、
そして霊力を一気に放出したカナタより衝撃波が生まれ、モヨコがゴロゴロ転がったのはこのため。
総じて霊奏師とは『人類を超えた人類』であり、このスペック差が、霊奏師界の一般人蔑視を強固なモノにしている。
霊奏師が一般人の気持ちを理解する日はこないだろう。
――『霊奏師を超えた霊奏師』が現れない限りは。
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