第45話 新たな日々と、八人目の『特號級霊奏師』
――試験から二日後の朝。
空鳴家の食卓はかな~り変わっていた。
まず、一週間ほど反省のために家政婦することになってたセツナさんが帰ってしまった。プキューッて感じの喚き声がなくなって寂しいよ。
だがそれと入れ替わるように、
「ほらミチタカさんっ、あ~~~んですよっ♡」
「こっ、こらこらヒナコ! マロさんや子供たちが見てるから!」
「あら照れてるんです~? じゃあカナタにあ~ん!」
ウインナーをぎゅいぎゅい押し付けてくる母さん。
そう。母の帰還だ。
霊奏師であるヒナコ母さんは、早々に産褥入院と検査を終え、空鳴家に帰ってきていた。
「ほらカナタっ、おくちあーんでちゅよっ!」
明るくてホワホワな母さんだ。たまにヌルヌルな母さんになるが。
「それともおっぱいのほうがいいんでちゅか~?♡」
「いえお母様、固形物で大丈夫ですので……」
「じゃあ、あーん!♡」
「あ、あーん……!」
渋々口を開いてウインナーを食べる。
うぅむ恥ずかしい。俺の中身は二十過ぎの大人だ。表向きは無表情だが、そうじゃなかったら顔から湯気出るぞオイ。
「ふふ、食べてる食べてる。元気そうで本当によかったぁ」
……それはこちらのセリフだよ。
「むぐむぐ……(調子こいて身体を強くし過ぎた結果、母さんには色々迷惑かけちゃったからなぁ)」
バケモノの母と中傷を受けたかもしれない。
だけど出産の日。それでもこの人は俺を案じてくれていた。
まさに頭が上がらない思いだ。
「うっふっふ。次は~」
ヒナコ母さんは俺を見て微笑んだのち、ある二人に話しかける。
「ミチオとヒナミにも、あ~んしてあげましょうか~~~?」
「「ぜったいヤダっ!」」
なんと、ミチオ兄さんとヒナミ姉さんが帰宅していた。
「子供扱いするなっ。僕は霊奏界の主役になる男だぞ。それがあーんなど……!」
「そうよっ。十歳にもなれば女はレディなのよ。あーしのこと馬鹿にしてんのっ!?」
ツンツンと怒るヒナミチオ。
でも実家でぷりぷりしてるだけで奇跡だよ。前世では家に寄り付かなかったからな。
まさか家族揃って食卓を囲む日が来るとは。
「あらあらぁ。でも二人ってば、あの日はあんなに子供らしく泣いて……」
「「
なにやら言いさした母さんを、ヒナミチオは赤面して口止めしていた。
――何があったのかは知らないが、円満に和解できたようだ。
そういえば試験の日、ミチタカ父さんは二人にガチビンタしたあと、どこかに電話してたしな。
もしや母さんにフォローを頼んでいたか。
「ほっほっほ。愉快な奥方でおじゃるのぉミチタカ殿?」
「やっ、騒がしくしてしまって恐縮ですマロさん……!」
マロさん相手にミチタカ父さんは頬を掻いていた。
尊敬してる相手だからなぁ。
「よいよい。マロは生意気なガキどもがピーピー言わされる姿が大好きじゃからのぉ」
なお、マロさんは相変わらずのオープンカスな模様。
ここまでくると清々しいぜ。
「いやぁ、でも本当に騒がしいようなら、言い聞かせますので……!」
「よいと言うておろう。ジャリガキの泣き声を聞くと白米が美味くなる。それを提供してくれたヒナコ殿に感謝遣わすぞ」
「おぉ、マロさん……! 気を遣ってそんなことを……!」
マロさん気を遣ってないと思うよ。
「うふふふ。ミチタカさん、輪をかけて素敵な旦那様になったと思ったら、マロさんっていうステキな人生の師が出来てたのですねっ」
「師って!? ヒ、ヒナコ、それはマロさんに悪いよ……! マロさんは霊奏界の重鎮で、逆に私はまだまだ未熟な弱小当主でっ」
慌てる父さんだが、マロさんのほうは「おぉ~~!」と嬉しそうに笑った。
「人生の師でおじゃるか!? おぉ~イイ響きでおじゃるなぁ! よいぞミチタカ殿、好きなだけ師になってやるわ!」
「えぇっ!?」
「ほっほっほ。マロのことを存分に崇めるがよいっ!」
「マ、マロさん……! なんて懐が深い……!」
ただチヤホヤされたいだけだと思うよ。
「ふふふっ。本当に、夢みたいに明るい食卓になったわねぇ」
ヒナコ母さんがみんなを見渡して優しく微笑む。
それから俺のほうを見て、
「これも、カナタが生まれてきてくれたおかげかしら?」
「むぐっ……!」
思わぬ言葉をかけられて、俺はウインナー(百本目)を咽かけてしまった。
お、俺のおかげって、いやいやいやいやいや……!?
「自分は何も……(それどころか迷惑かけてるっつの)」
二周目モブな俺が死にたくなくて強くなり過ぎたせいで、父さんは逮捕されかけたらしい。
ロウガのように無理やり造られた『亜人』を思い出す。
はたから見たら、俺も生物兵器みたいなもんだったからな。空鳴家自体が滅ぶところだった。
「ふんっ。カナタには大迷惑させられたぞ。僕はカナタに負けたせいで、学園でぶいぶい出来ないかもしれないんだからな……!? カーストトップの地位を返せ!」
「そーよっ。アンタが霧雨シャロを強くしたせいで、アイツ以下になっちゃったんですけど~!? 陰口〝する〟側の地位を返せ!」
ミチオとヒナミにドブな理由で責められた。くぅん。
こいつら本質は変わってないなぁ……。
だがそんな発言をすれば、
「――よくないよ。ヒナミ、ミチオ」
「「ッ!?」」
ミチタカ父さんの声が、静かに響いた。
ぎぎぎぎっとそちらを見る二人。父さんは微笑んでいるが、目は笑っていなかった。
「自分が負けた不利益を、強者のせいにして罵る。それはちょっと醜いよねぇ?」
「「そ、それは……っ」」
「しかもカーストトップだの陰口する側だの、ずいぶんと浅ましいモノに固執するじゃないか。――人を馬鹿にできる立場が、そんなに惜しいのかな?」
「「いいいいえッ、惜しくないですッッッ!!!」」
涙目で答える二人。〝教育〟は完了しているようだった。
「よかったよ。甘くなれとは言わないけど、無意味にヒトを傷付けるのはやめようね」
「「はぁ……」」
「今の父さんなら、そんな相手は共同任務中に背中刺すからね」
「「父さん!?」」
……これなら苛烈な性格から勝気くらいには落ち着きそうか。
前世の二人、強くて綺麗でアイドル扱いだったけど、SNS使用を禁止されてる程度にはドブだったからな。
逆にミチタカ父さんは未知の領域に進化しようとしてるが……。
「うふふぅ、アナタってば頼もしくなっちゃって~!♡」
まぁヒナコ母さんは嬉しそうだし、いいか。
……一周目の人生では、この人を不幸にしてしまった。
ミチオ、ヒナミは家族を見下したまま家に帰ることもなく。
父ミチタカは気弱さから名家に
俺も二十三の時には、最上級概念霊【回帰】に殺されて……そんな感じだ。
「お母様、幸せそうですね」
「ええ、それはもう」
それはよかったよ。本当に。
二度も親を泣かせる気はないさ。モブなりに出来ることはするつもりだ。
「どちたんでちゅかカナタちゃぁ~んっ! ママのこと気遣ってくれたんでちゅかぁ~!? 可愛すぎるからだっこしてあげまちゅぅーっ!♡」
「赤ちゃん扱いやめてくださいて……!(そのためにも)」
母にぎゅむぎゅむされながら考える。
――来月には現れる最上級概念霊が一体、【消失】。
そいつの出現に備えて、本格的に戦力を整えなくてはと。
「ん~~カナタちゃん甘い匂い~! フルーティーでミルキーな『
「ふむ……(【消失】が現れるのは長崎県の軍艦島。今や許可なく立ち入りできない、廃墟の島だ)」
おかげで一般人の被害はあまり出ずに済んだ。
が、しかし。長崎本土に向かって進撃する【消失】を止めるため、百名近くの霊奏師が戦死した。
とんでもない痛手だよ。三十年前の大戦で壊滅したこともあり、霊奏師の数は限られているのだから。
「カナタちゃん無表情かわいい~! すりすり~~!」
「うゆゆ……(母数が少なくなれば、残った者が激務になる。両親への任務も増えるだろう)」
ゆえに霊奏師らを救わねばと、母にほっぺた擦られながら結論付けた。
いつか現れる【回帰】戦にも備えなきゃだしな。
他にも『オウマVSリベルタリア大軍勢』だとか国力落ちる厄ネタはちょぼちょぼあるし、救えるヤツは救うに限るさ。
資格試験の場で気になる話もいくつか聞いたしな。
「ほっほっほ。カナガキが好き勝手されてる姿は愉快でおじゃるなぁ。茶が美味い。ではミチタカ殿にヒナコ殿、そろそろ今後のことをガキどもに伝えるでおじゃるか」
「ええ、マロさん」
マロさんが何やら切り出した。
なんぞなんぞ?
「まずカナタよ。現在、マロはおぬしの監視のためにここにいるでおじゃるが」
おじゃるが?
「オウマ殿の采配で、監視の目を緩めることに決まったでおじゃる」
「む(って、ファッ!?)」
マジで!? ロウガ戦の後にばちばちしちゃったし、逆に睨まれるかと思ってたのに!?
「それはなにゆえ……」
「さてなぁでおじゃる。というわけで、マロは時折、様子を伺いにくるだけでよくなったでおじゃる」
マジか……。マロさんのオープンカスっぷりには二周回って清々しさを覚えていたのに。
ご飯美味しいのに。今朝の『特製豚ニワトリ混合ひき肉こしょうウィンナー』も最高なのに……!
刻んだ砂肝が混ぜられてることで、時折コリコリしてうっっっっめなのに!!!(百五十一本目完食)
「マロさん……自分は明日から何を食べれば……」
「知るかでおじゃる! ていうかおぬしは食いすぎでおじゃるっ!」
マロさんっ、俺を捨てるのか……!
こんなショックは【回帰】戦で全力攻撃したのに傷一つ付けられなくて自分の非才に改めて絶望し、そのまま殺されたとき以来だぞ……!
「ふふ~ん。まぁマロの料理に感服したなら時折来たときに作ってやるし、そのへん含めてこれからを話すから安心しろでおじゃる」
そんなマロさんに続き、次はミチタカ父さんが口を開いた。
「私とヒナコだがね。オウマ総帥より、しばらく霊奏機関・東京本部ビルで過ごすよう勧告されたんだ」
むむむむっ。
「それは、また何か罪を疑われて……?」
「いや違うさ。むしろ、我らを気遣ってのことだ」
なんだと?
それはいったい。
「落ち着いて聞いてほしい。カナタ、先日キミが見せた戦闘能力は、各国と各組織を震え上がらせるのに、十分だったようだ」
……あ~なるほどなぁ。わかるよ。
ハイになってた時の俺は、『幻子力破壊光』なんて思いついて実行しちゃってたしな。
霊装の補助があっても、神懸かり的な霊力調整操作ができてなけりゃ失敗してた超奥義だ。
あぁ、あの時は本当に楽しくて自由で……! って、おっと。
「すみません、少しボーッとしてました(いかん、また思考が変になりかけた!)」
「仕方ないね、急な話で驚いただろう。……ともかくこれからは、色んな勢力がキミにアプローチをかけるだろう。勧誘や、あるいは」
「……殺処分、ですか」
父さんは、複雑そうに頷いた。
「そうだね。キミがこれ以上成長する前に、大軍勢を密入国させて攻めてくるかもしれない」
「なるほど。それなら確かに、お父様たちは霊奏機関本部にいるのが一番ですね」
あそこは霊奏師の総本山。オウマを始め、有力な者らが多数出入りするからな。
「いいと思いますよ。自分を狙って戦いが起きたとき、お父様とお母様が巻き込まれかねないですからね」
「……悔しいけどね。今の私とヒナコでは、キミの足を引っ張るだけだろう。本当は、親としてキミを側で守りたいのに……」
俯く父さん。ヒナコ母さんのほうも「弱くてごめんね、カナタちゃん」と悲しげに呟いた。
その様子だけで十分だよ。『おまえのせいで面倒なことになった』って言われても仕方ない状況だからな。
「お気になさらず。お二人には、強く産んでもらいましたので(色々わかってきたな)」
ヒノスケさんの新型霊装が届くタイミングで、テレビ放送が許可されたこと。
俺の監視が、この状況で緩んだこと。
だいたい推測はできる。
「改めてすまないね、カナタ」
父さんが本当に申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「任務も、よほど人手不足な状況にならない限りは受けずによくなった。……だけど」
父ミチタカは母さんと頷き合い、それから強い眼差しで言い放つ。
「カナタ。私たちは遊んで過ごす気はないよ。霊奏機関本部には習うべき強者がたくさんだ。むしろ修行の機会にしてやるさ!」
「ママも頑張るからね~。特號級のいる家なのに、いつまで
二人はやる気に溢れていた。いつか足手纏いを抜け出す、俺を一人にさせないと、言外にそう訴えていた。
ありがたい。それにいいことだな。魂ってのは単純で、モチベーションが高い時ほど調子も上がるから。
ヒナミチオとも関係が修復し、気分上々な今の両親なら、もしかしたら大成長しちゃうかもな。
「って、んん?」
とそこで。俺はヒナコ母さんの発言が気になった。
「特號級がいる家とは……? 空鳴家にそんな人が」
「いるだろう」
父さんが苦笑する。
それからヒナミチオが「「マジかっ!?」」とこちらを見てきて、マロさんは「ふん、マロに勝つのだから当然でおじゃるな」と鼻を鳴らした。
「試験結果がさっそく出てね。カナタ、これがキミの能力評と合否と、これからの階級だよ」
何枚かの高級紙を渡される。
そこには俺の新たなステータスと、『合格』という二文字と、階級欄があって……!
「おめでとう――八人目の『特號級霊奏師』、空鳴カナタ! 今日はその誕生の日だ!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【Tips】
プキューッ:霧雨セツナの喚き声。カナタ曰く、彼女の声はそんな感じに聞こえるらしい。プキューッ!
『
特に赤子からよく出ているとされ、その匂いを嗅いだものは本能的に癒されてとろんと落ち着いてしまう。
産後の女性の乳腺周囲からも出ているため、【
きしょいが。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
お読みいただきありがとうございます!
この作品を面白い、もっと先を読みたい、など感じられましたら、
↓『フォロー』&『★で称える』ボタンを押していただけると
カナタくんの匂いが強くなります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます