第2話 昔の夢
俺は王都一と名高い風俗店に入り、金貨一〇枚を受け付けに叩きつけ、腕が良い嬢を頼んだ。だが……。
「く、くそぉ……。へっぽこが……」
俺は自分の息子の情けない姿を嬢にさらすことしかできなかった。活力の低下、性欲の減少、男の尊厳すら俺に残されていなかった。
「ディアさん、落ち込まないで。歳をとったらみんなそんなものよ。私だってあと二〇年もしたら、こんな仕事できなくなっちゃうわ」
風俗嬢の知り合いが俺を慰めてくる。とても優しいが、その優しさが辛い……。
「ディアさん、ウルフィリアギルドのギルドマスター就任のお願いが着てるんでしょ。受ければいいじゃない。皆に尊敬されている。腕だって確か。貴族の方達だってディアさんに助けられた人が大勢いるのよ。偉業を成し遂げていなくたって、誰も文句を言わないわ」
「…………いや、俺はギルドマスターになれない。冒険者の仕事をこなしていただけで、ただ年をとっただけのおっさんにギルドマスターが務まるわけがない」
俺はベッドの端に座りながら、両手で顔を隠し、髪をかきむしる。手の平に何本もの黒い毛がくっ付いており、泣きたくなった。
「ディアさん、今日は日ごろの疲れを癒して行って。私の体、好きに使っていいから……ね」
「うう……」
俺は親離れできない子供のように嬢に抱き着き、一晩中泣いた……。
――もう、俺はカッコいい冒険者に成れない。なら、このまま醜態を晒さず、過去の実績を糧にこれからの人生を送るしかないか。くっそ、こんな考えしかできないなんて、情けない……。
俺は絵本で呼んだ邪竜を倒す超カッコいい冒険者に成りたくて、この道を選んだ。だが、俺が全盛期で倒せた魔物はブラックベアーどまり。
ワイバーンやドラゴンなんて夢のまた夢。今の俺が出会ったとしても瞬殺される未来しか見えない。自分の限界を悟ってしまうのも、おっさんになった影響だろうか。
くそっ、くっそ、くっそ……。俺だってもっともっと若ければ。若ささえあればより厳しい努力、挑戦、遊び、なにもかも充実させられるのに。
「はは。こんな夢物語を考えるほど、俺は情けなくなっちまった。過去の自分が今の自分に繋がっているんだ。今の俺がこんな情けないおっさんなのは、昔の俺が、もっと努力しなかっただけに過ぎない。今更、過去がどうとか言っている時点で情けなさすぎるんだよ」
次の日、俺は風俗街から宿に戻り、次の依頼を最後の冒険にすると決め、ウルフィリアギルドに向かう。朝がだるいのも体の衰えだろうか。ただ寝ていただけなのに……昨日全力疾走した疲労や筋肉痛が取れない。
「テリア……。ココロ村の依頼が無いか調べてくれ。どんな依頼でもいい……」
「ココロ村ですか? わ、わかりました」
テリアは各場所でまとめられた依頼書をパラパラと見回し、一枚の依頼書を手渡してきた。依頼主はココロ村の村長。報酬は金貨二枚程度だ。
「コボルトの討伐依頼か。まあ、俺らしいな。この依頼、受けるよ」
「えっと、ディアさん。なんかしんみりしてませんか? 体調が悪いなら無理に仕事しなくても」
テリアは俺を心配してか、優しい言葉をかけてくれた。
俺は奥歯を噛み締め、笑う。
「いや、体調は万全だ。ただ、昨日、風俗に行って金がねえんだ」
「なっ! そ、そんなこと、乙女の前で言うなんて性的嫌がらせですよ!」
テリアは頬を赤らめ、狂犬の如く怒って来た。
「はは、すまない。まあ、俺はこの依頼を最後に冒険者を引退する。だから、もうテリアと拘わることもあと一回で終わりだ」
優しい女性に少々心揺さぶられているなんてあまりにも勘違い男が過ぎる。気持悪いことでも言って嫌われていた方が楽だ。
「え、ちょ。ディアさん、今なんて……」
テリアは訊き返してきた。俺は振り向かずに歩く。
俺はウルフィリアギルドの入り口で立ち止まり、入口の前で振り返る。
「冒険者人生! 二三年! ディア・ドラグニティ三八歳は今回の依頼を最後に華々しく引退する!」
俺は叫ぶ。多くの者が目を丸くしながら俺を見ていた。俺も先代たちのように華々しく最後を飾りたい。そう思ったのだ。
俺は回りの反応を見る前に、ウルフィリアギルドを出た。
ココロ村はルークス王国の王都から馬車で五日ほどかかる小さな村だ。まあ、俺に馬車に乗る金は残っていないため、徒歩で移動。
昔なら走って三日だったが今は一〇日ほどかかってしまう距離だ。野営しながらココロ村を目指し、ただ歩く。
九日目、あと八キロメートルでココロ村が見えてくる場所に通りかかった。周りは生い茂る木々、中央に乾燥した土の道が長く通っている。そんな場所の中央で、何かが襲われている姿が目に入った。
「ギャガガガガッ!」
全身毛もくじゃらの狼系二足歩行型魔物、コボルトが棍棒を持ち、地面にへたり込んでいる者を狙う。
「う、ウォーターショット! ウォーターショット! ウォーターショット!」
麦わら帽子よりも鍔が広く魔女のようなとんがり帽子をかぶった少女が杖をブンブンと振り回しながら水属性魔法『ウォーターショット』をたらふく打ち込んでいた。だが、しっかり狙っていないため、威嚇射撃にしかなっていない。
コボルトの数はざっと八体。誰が少女を食うのか相談している様子すらうかがえる。あまりにも余裕のいでたちだ。
「八体か……。今の俺に倒せるのか」
魔物との戦闘経験はざっと二三年。そこらへんの若い者の何倍もある。だからこそ、コボルトにすら警戒していた。討伐難易度は八段階中七級。だが、一体の場合の難易度だ。数が増えればもちろん難易度は上がる。
「武器持ちが五体、会話慣れしているのを見るに連携も取れている。突っ込んでも囲まれていたぶられるのが落ちか……」
若いころなら何も考えず突っ込み、肉弾戦を挑むのだが、今の俺にそんな体力は残されていない。大剣を一〇回も振れば息が上がり、眩暈がするだろう。
「スゥ……ハァ……。全く、歳は取りたくねえな」
だが、俺に困っている者を助けないという選択肢はない。周りに伸びている高さ八メートルほどの木に登り、枝を足場にして移動。奴らの鼻は犬並に良いため、風上になる前に飛び上がる。
「おらあああっつ! 『マゼンタ撃斬』」
俺は少女を狙っていたコボルトの頭を大剣で叩き潰し、一体討伐。
少女がへたり込み、体長一六〇センチメートルほどあるコボルトよりも頭の位置が低かった。これ見よがしに大剣の持ち手を強く握りしめ、体を軸に円を描くように一度振るう。
「はああああっ! 『シアン流斬』」
大剣の穂先に首が当たった個体は細い枝が折れたような情けない音を鳴らし、黒い血しぶきを辺りにまき散らしながら頭が飛ぶ。
「ギャガガガガッ!」
『シアン流斬』から逃れた三体のコボルトは俺と少女から距離を取り、目線を合わせ、言葉を交わすことなく三体同時攻撃を繰り出してくる。
当たり前のように低い姿勢で獲物を狩る狼のようだ。
顔が狼なので、まさしく元祖帰りだ。
何年経っても魔物の恐怖は取れない。額に滲む汗をぬぐう暇も無く、三方向から向かってくるコボルトに狙いを定める。
今日までしっかり走って来たおかげか、脚の動きは良い。なら、出来るはずだ。そう信じ、老いた体に鞭を打ちながら、大剣の持ち手を握りしめる。
稲妻の如く一体のコボルトの前に足を運び、三連撃放った。そのままの速度を保ちながら地面を拍子よく踏みしめ、二体目、三体目にも切り込む。
「はぁ、はぁ、はぁ……。『フラーウス連斬』」
俺が息を吐き切ると三体のコボルトは肉塊になり、弾けた。
「な、な、何が起こって……。え、う、嘘……」
俺の視界に映っていたのは脚をガクガクと震わせ、黄色の瞳に透明な涙を大量に浮かべ、すっと通った鼻から溢れ出る鼻水が服に垂れている少女だった。
俺が八体のコボルトを倒したにも拘らず、顔をグチャグチャにしており、大泣きする寸前。
長い金髪は癖っ毛なのか少々波が掛かっており縮れていた。でも魔女らしく、彼女に似合っている。服装は魔女帽子の藍色と同じ色の司祭服(ローブ)を纏っており、年齢は……成人しているかいないかわからない。
俺の好みではないが、万人受けする可愛らしい少女だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます