第61話 海の民

「コルン、トランドラゴンの胃液はどれくらい強い?」


 俺はトランドラゴンを狩るのが初めてだったので知識が乏しかった。そのため知識が多い、コルンに訊く。


「他の魔物と大して変わらないわ。だから、くっさいだろうけど体に掛かったくらいじゃ死なない。でも、目に掛かったら危ないから気を付けて」


 コルンは俺から大きく距離をとり、気持ち悪い臓器から視線を背ける。


「躊躇している時間は無いな」


 俺はコルンに自分の身の何倍あるのかと言う大きな胃の上に足場を生み出してもらう。足場に立ち、胃の上部から大剣を突き刺す。胃の側面に切り込みを大きく入れ、砂浜に内容物をぶちまけた。大量の魔石や残骸が溶けずに残っており胃液と共に溢れ出してくる。あまりの異臭に鼻が曲がりそうになったが、息を止めて我慢した。

 綺麗な砂浜に飛び降り、生きている者がいないか調べる。


すると、食道と胃が繋がっている部分に、先ほどトランドラゴンに食われた者を見つけた。

 水色髪が胃液により黄色く見えて汚らしく、食道を通ってきたせいで体がベトベトだ。

 服らしい品は着ておらず、ほどよく膨らんだ胸が露出していた。見るからに女性だ。年齢は成人しているくらいか。

 すぐに抱き上げようと思い、腕を膝裏と背中に当てる。ただ、女性の体が驚くくらい滑る。体に油のような膜が張られていた。そのおかげで彼女の体が溶け残っていると思われる。

 俺は肩に掛けていたローブを彼女の体に巻き付けて滑りにくくした後、持ち上げる。すでに子供の姿に戻っており、コルンの身体強化が無かったら一名を抱き上げるのも厳しいのが情けない。


「フィーア、回復魔法を掛けろ」


 俺は意識がない者を心配して来たフィーアに見せる。


「ああ、わかってる! 『ヒール』」


 フィーアは両手を意識がない者の額に翳し、詠唱を呟き温かい緑色の光を放って治療した。


 コルンは周りに集まっている者達と会話し、意思疎通を図っていた。

 キクリはトランドラゴンの解体を続けており、専門業者のような素早い手つきを見せる。

 頼りがいのある仲間達で、新人の教育をしている俺は日光の熱を吸収した砂浜よりも目頭が熱くなる。


「う、ううん……、あ、あれ……、私、デカい棘竜に……食べられて」


 宝石かと思うほど綺麗な青色の瞳を持つ者が目を覚ました。辺りを見渡し、自分が生きていると言うことに疑問を持っている。


「マリン……」


 意識を取り戻した者に似た老婆は砂浜をゆっくりと歩き、近づいてくる。


「お婆ちゃん……。もしかして棘竜に食べられて死んじゃったの? 私、引き付けるの失敗しちゃった?」


 意識を取り戻した者は涙を流しながら周りを見渡す。


「馬鹿言うな。わたしは死んでないよ。マリンが生き残ったんだ……」


 老婆は胃液塗れの者に抱き着き、頭と背中をこれでもかと撫でていた。


「う、ううぅ、い、生きてるんだ……。私、生きているんだっ!」


 少女は老婆を抱きしめながら赤子のように泣きじゃくっていた。まあ、あんなデカブツに食われたら泣きたくなる気持ちもわかる。逆にあんな化け物の引き付け役なんてよくできたな。普通の人間じゃ不可能だ。


「この人達が棘竜を討伐し、マリンを助けたんだ。ちゃんとお礼しな」


 老婆は俺達に視線を向けてくる。少々鋭い視線だが、彼らの眼付がもともと悪いのだろう。なんなら、老婆の視力が弱いのかもしれない。そう思えるくらい、悪気の無い瞳だった。


「さっき海に入ろうとしていた子供三人と大人一人……」


 少女は立ち上がり、青い瞳を俺達にゆっくりと向ける。コルンの翻訳魔法の効果で言葉がはっきりとわかってしまった。


「子供じゃない! 大人だ!」


 俺とコルン、キクリは大きな声を出し、言動を否定した。そう、俺達は全員、成人した立派な大人だ。


「ご、ごめんなさい。えっと、マリン・プリティーナと言います。助けてくれてありがとうございました」


 マリンは耳が良いのか俺達の声に驚き、頭を下げながら感謝してきた。


「俺の名前はディアだ。マリン達は海の民で間違いないか?」


「は、はい。海の民なんて呼ばれてます。でも、人族がこんなところにやってくるなんていったい何が目的なんですか……。私達を捕まえて売り飛ばそうとしているんじゃ……」


 マリンは目を細め、母親の仇と言わんばかりに俺達を睨む。海の民を捕まえて売ろうとした輩がいたんだろうな。今、その者達はどうなったのか聞いたら気分を悪くしそうなので止めておく。


「そんなわけあるか。俺達は南列島付近にある古代都市を探しにここまで来た。海の民の力を借りたいと思ってな」


「古代都市……。何そのわくわくする場所っ! 海の中にあるんですか!」


 マリンは青い瞳を輝かせながらヒレのような耳をパタパタと動かす。トランドラゴンの囮役をするだけあって、冒険者気質なのかもしれない。


「南列島の近くにある海の中に沈んでいるそうだ。場所は魔道具でわかる。そこまで行きたい」


 俺は革袋に入れてある魔道具を手に取り、マリンに見せた。


「凄い凄い! こんな道具があるんですか!」


 マリンはさっきまで死にかけていたのに意識がもう別のところに向いている。図太い性格だな。


 少し話しをした後、マリンと他の海の民は海の中に入って行く。危険な魔物が他にいないか調べるようだ。

 俺とコルン、フィーア、キクリはトランドラゴンの解体を続け、海の民が戻ってくるのを待った。


「はぁー。さすがに大きすぎるわよ。これを解体するとかどれだけ時間が掛かるの……」


 コルンは砂浜に小さな尻を叩きつけるようにして座り込み、まだ半分ほどしか終わっていないのに弱音を吐く。


「ブラックワイバーンの方がデカかっただろ。弱音を吐く前に手を動かせ」


「うぅ、はぁーい」


 コルンは大量の素材を異空間に詰めていく。海の民にもおすそ分けしないといけない。倒したのは俺達だが、引きつけたのは海の民のマリンだ。命を張っているのはどちらも同じなので半分半分でいいか。


 俺達がトランドラゴンの解体を終えたころ、海面からマリンが姿を現した。


「ディアさん、ちょっといいですか?」


 マリンは俺のローブを未だに身にまとった恰好をしていた。濡れたローブが彼女の体の形をはっきりと表している。少々破廉恥なので服を着てほしい……。


「なんだ? トランドラゴンの素材ならもう解体できているぞ」


「いえ、トランドラゴンの話しじゃなくて古代都市の話しです」


「古代都市がどうかしたのか?」


「古代都市なんですけど、私、あてがあります。トランドラゴンはこの島の海域に入り込んでくる前まで南列島の近くに住んでいました。イワハ諸島の方にわざわざ来る理由がないんです。あっち方が食べ物も豊かですし、トランドラゴンを倒せる種族はほとんどいません」


「なるほどな。何かがトランドラゴンの居場所を奪ったからイワハ諸島に来たとマリンは踏んでいるわけか」


「はい。その通りです。あと、私、ディアさん達にまだお礼らしいお礼をしていませんでしたから、何かしらお礼がしたいです。一度死にかけた身。今更、なにをされようとも構いません。ただ、他の海の民に危害は加えないでください」


 マリンは頭を下げ、俺達にお願いしてきた。俺達が蛮族か何かだと勘違いしているのだろうか。


「その言い方だと何をお願いしてもいいみたいに聞こえるぞ。ローブをとって裸を見せろとかでも聞き入れるのか?」


 俺はマリンの命を軽く捨てようとする精神を叱ろうと腕を組みながらおっさんらしく話す。


「ディアさんが望むなら、好きなだけ見てください……」


 マリンは体に巻かれているローブを剥がし、産まれたばかりの姿をさらす。海の奥に沈む夕日に照らされた彼女の艶やかな肌があまりにも色っぽく、水色の髪と赤色の光が合わさり、後光が差しているようで神々しく見えた。


「ば、バカ野郎。本当に見せる奴があるか! 俺は自分の身を粗末にするなと言いたかっただけだ。婆さんがまた悲しむだろうが」


 俺は視線を反らし、マリンに背中を向ける。


「ディアさんに命を助けてもらったんですから、私の身はディアさんのものと言っても過言じゃありません。トランドラゴンの囮役としてもともと死ぬ気でしたし、他の死者を出さないために私が身代わりになれて誇らしかったので、後悔していません」


「はぁ……。マリン、お前はいったい何歳だ」


「一七歳になりました。もう、大人ですし自分の行動は自分で責任を持ちます」


 マリンは俺のもとに歩いてきて手を持ち、胸に当ててくる。

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