第60話 トランドラゴン
「はぁ、はぁ、はぁ……。ぬ、抜けた……」
森林を抜け、広い海が視界に飛び込んできた。どうやら一〇日かけて出発地点の反対側に到着したらしい。
砂浜が三日月状になっており、島が大きな海を囲っているような見かけをしている。きっと島の形状が三日月のような湾曲した姿なのだろう。
「見て。海の上に家がある。あんなのおかしいわ」
コルンは海面に浮かぶ家を指さす。
「確かに家があるな……。行ってみるか」
俺達は波一つ立っていない海に近寄る。海風や草木が擦れる音すら聞こえず、あまりにも静かで何か、得体が知れない恐怖がある。
「皆、気を付けろ。何があるかわからない。攻撃をいきなり仕掛けられる可能性もある」
俺は縦に背負っている大剣を横にして柄を持ち、いつでも防御に移れるようにしておく。
俺が足を海に入れると、波紋が広がっていった。何とも神秘的な瞬間だった。ただ、視界を前に向けると、人影と黒くデカい影を見つける。
「皆っ! 来たよっ! って、誰!」
海の中からドルフィンの尾を持った種族が八メートル以上飛びあがった。その者は俺達を見て一瞬動揺する。
「離れろっ!」
俺は海から出てコルン達と共に浜辺に飛び込む。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッツ!」
水面に浮かんでいた家の真下から、大きい個体で全長四〇メートルを超える棘龍(トランドラゴン)がアリゲーターのような大口を開け、木材の家と海面から飛び出した者を軽々と食した。
トランドラゴンは大きな棘のような背びれを生やし、短い腕と陸上でも動ける太い脚、体長の三分の一はありそうな長い尾びれ。海の中で絶対に会いたくない魔物の一体だ。まあ、当たり前のように討伐度難易度特級だ。
「くっ! ここ、トランドラゴンの住処か! どおりで人気が無いと思った。と言うか、さっきの子が食われた! すぐに助けに行くぞ!」
「バカ! 相手はトランドラゴンなのよ! 海の中で勝てるわけないっ! 今はさっさと避難するわよ!」
コルンは小さい体を目一杯動かし、森林の方まで全力で逃げる。
「なにか、牽制でもした方がいいか!」
フィーアは背負っている弓を持ち、矢と弦を引く。
「うわ、デカい蜥蜴! 美味そう!」
キクリはトランドラゴンを見て食欲がわく変人らしい。こんな状況で食欲がわかれても困る。
「皆、マリンの意志を無駄にするな! 引けっ!」
森や海の中から声が響き、縄を持った者たちが思いっきり走る。砂浜から縄が現れ、何本もトランドラゴンに伸びていた。家を餌に使い、トランドラゴンを罠に嵌めたようだ。だが……。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
トランドラゴンのデカさはあのブラックワイバーンにも匹敵する。あまりに大きいので、簡単に引っ張り上げられない。だが、水中の中で戦うと考えるともっと無理だ。この場で仕留めなければ好機は二度とこないかもしれない。
「コルン、『身体強化』を俺に掛けろ。フィーアは足場を作ってくれ。キクリは縄を持って引っ張るんだ! 俺が奴を攻撃して体力を奪う。弱ったトランドラゴンを陸地に引き寄せた後、首を切って倒す!」
俺は大剣の柄を持ち、三名に命令した後、作戦を伝えた。
「了解!」
コルンとフィーア、キクリは俺の話しを聴いて一瞬で理解し、迅速に動き出す。
コルンは詠唱を放ち、俺の体に魔力を纏わせ、『身体強化』を付与してくれた。
フィーアも詠唱を放ち、空中に足場となる土製の板を何枚も浮かび上がらせた。
キクリは近くにある縄を二本同時に持ち、思いっきり引っ張る。するとトランドラゴンが少し動いた。
俺は『身体強化』の影響でおっさんの体以上の身軽さになり『足場(キャリーボワード)』の上を颯爽と駆ける。海面に落ちれば作戦は失敗。だが、誰かがトランドラゴンを弱らせなければ地上に引き上げるのは難しいだろう。なら、やるしかない。
――あの巨体を倒すために必要なのは地上に出して大技を確実に当てること。そのために、化け物の力を削ぎ落さないとな。
「ふぅ……、ルークス流剣術、フラーウス連斬!」
俺は呼吸を整え、縄に捕まって身動きが上手く取れなくなっているトランドラゴンのデカい体に大剣を何度も切りつける。
するとアダマンタイン製の影響か、はたまたゲンナイの腕が良すぎるのかわからないが、トランドラゴンの硬い鱗に大きな傷が八カ所生まれた。
アダマンタイン製の大剣に寿命はないため、トランドラゴンの寿命を二四〇年奪い、巨大な傷から黒い血を流させる。
「この切れ味なら。すぅ……、ルークス流剣術、プルプラ撃流斬!」
俺は大剣をトランドラゴンの首元目掛けて横にふるった。すると首元が大きく抉れ、簡単に治癒しにくい斬撃跡を残す。
プルプラ撃流斬は毒のようにじわじわと効いてくる剣術だ。再生力が高い魔物に大きな効果をもたらす。即死性はないが魔物を弱らせるための剣術で、使い勝手が良い。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
トランドラゴンは大きく叫ぶが、体から黒い血が無慈悲に吹き出し海に流れ出る。血が無いと生き物は体を上手く動かせない。そのため、大勢の海の民に引っ張られ、いつもなら容易く逃げられるにも拘らず、海辺に引き寄せられる。
「こっちはもっとでっかいやつ相手にしてるのよ! 『パラライズ』」
コルンは特級の魔物のトランドラゴンに臆さず、大きな魔石が付いた杖を海辺に引き寄せられた巨体に向け、詠唱を放った。辺りに放電する黄色の弾が飛び、トランドラゴンに命中する。
「ギャアアアアア……」
トランドラゴンはコルンの『パラライズ』を食らい、全身に電撃を浴びせられた。その影響で筋肉が一気に収縮し、神経がおかしくなったのか体が痙攣する。何かしでかしてくる前に、状態異常魔法をかけるコルンの判断力が高い。
「ディア! 足場は任せろ! 叩き切れ!」
フィーアは俺が海岸に戻ってきていると察し、欲しいと思った場所に土製の板を出現させる。今まで戦って来た経験による意思の疎通が完璧だった。
「わかった! 皆、危ないから離れてろ!」
俺は空中に浮かぶ板を踏みしめ、打ち上げられたクジラの死体のように力なく倒れ込んでいるトランドラゴンの首目掛けて飛ぶ。
体いっぱいに多くの者の視線を受け、失敗は許されないと自分の冒険者根性を奮い立たせた。
「フィーアっ! 俺を解呪しろ!」
「わかった! 『解呪(ディスペル)』」
フィーアの解呪魔法が俺に掛けられ、子供の姿から大人の姿に五分間だけ戻る。大人の状態ならば、子供より確実に強い力が出せるのだ。
「すぅ……。ルークス流剣術、マゼンタ撃斬!」
俺は真っ黒な大剣が燃えそうなほどの熱量を全身の力を使って生み出し、剣身に流す。そのまま、全身で生み出した推進力を使って大剣を振り下ろす。
トランドラゴンの首に大剣を直撃させ、強烈な反動をもろともせず化け物の巨体を砂浜に叩きつけた。すると隕石が降って来たかと思うほどの轟音が鳴り、浜辺の細かな砂が噴火のように飛び散る。
トランドラゴンの首は大剣により首が加圧され、耐えられず切られていく。
「おらああああああああああああああっ!」
俺は大剣の刃を目一杯、トランドラゴンの首に食いこませながら肉や鱗、骨ごとぶった切ることだけを考えた。
トランドラゴンは咀嚼をせずに食べ物を丸呑みにする。まだ食われた者を助けられる可能性は十二分にあった。だからこそ、全力で戦っている。
「おっらアアアッツ!」
大剣を振り抜くと、トランドラゴンの首と胴体が割れる。ゲンナイが打った大剣は太さ八メートルはあろうかという首を断ち切ってしまうほどの切れ味をほこっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。すぐに解体する! コルンは足場をトランドラゴンの腹辺りに作れ。フィーアとキクリは俺と一緒にこいつの内臓をとる!」
「了解!」
コルンとフィーア、キクリは迅速に動いた。
「胃の中にいる者に大剣の刃が当たったら不味い……。慎重に見極めないとな。フィーア、とりあえず、大剣に『風刃(ウィンドブレード)』を五メートルくらい伸ばしてくれ」
「わかった」
フィーアは風魔法を大剣に纏わせる。
「キクリは俺が大まかに切った後、内臓が見えるまで確実に切っていけ」
「おうっ!」
キクリは短剣を抜き、やる気満々だ。俺と同じくらい解体が上手いので任せても問題ない。
俺は腹と背中までの高さが一三メートルはある巨大なトランドラゴンの解体に取り掛かる。大剣を肛門からぶっさし、腹を切り裂いていく。黒い血液が邪魔なのでコルンの水属性魔法で洗いながら作業を行った。トランドラゴンが現れてまだ三〇分も経っていないのに、解体作業に入るなんて世界最速なんじゃないかと思いながらも手の速度は緩めない。腹を大まかに切り、キクリがトランドラゴンの内臓を傷つけないように露出さていく。するとパンパンに膨らんだ真っ黒の胃が現れた。
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