第59話 イワハ諸島

「じゃあ、皆、手を出して。綺麗にしてあげる」


 コルンは俺達の手を握り、『クリア』で汚れを消した。そのおかげで手洗いの手間が省けた。

 俺とコルン、フィーアは両手を握りしめ、神に祈る。キクリは両手を合わせ、食材と調理者、料理に携わって来た全ての者に感謝した。


「よし、いただくとしようか」


 俺は熱々のナンを千切り、鶏肉の繊維がほろけるほど煮込まれたカリーにくぐらせる。白い湯気が立ち、香辛料の独特な匂いを広げた。


「無性に腹が減る匂いだな……。ハム……」


 俺はナンをカリーに付けて口に含む。咀嚼していくとナンの甘味とカリーの辛みが絶妙で物凄く美味かった。


「美味い……。が、辛めだな」


 俺は白濁したラッシーを飲む。すると、辛みが納まった。


「おお、そう言う役割か」


 俺はカリーとナンを食しラッシーを飲むと言う工程を繰り返した。


「この辛さ、ちょっと癖になるわね。辛いのが苦手でもラッシーで何とかなるのがいいわ」


 コルンは大食いなのでナンの追加をお願いし、余ったカリーと食していく。


「この味、野菜も一緒に煮込まれているな。野菜の甘味がいい味を出している」


 フィーアは野菜にだけは口うるさいので、カリーに野菜が使われていて嬉しいようだ。


「うーん。この味なら米にも合いそうだ……。何とか再現できないかな」


 キクリは料理の専門家のような真剣な表情でカリーを食す。


 俺達はカリーを食べ終わり、両手を合わせて食べ物に感謝した。


「よし、料理を食って活力が付いたし、港に行くか」


「イワハ諸島まで行ってくれる漁船が見つかればいいけど……」


 コルンは心配そうな視線を送ってくる。


「遠洋漁業なんかを行っている漁船があれば、イワハ諸島まで行ってくれるかもしれない。とりあえず話をしてお願いするしかないな」


 俺達はお店を出て馬車を捕まえたのち、ドンイ国の港に向かう。港の奥に見えるのは広大な海。もう、広すぎて笑える。


「はぁー、広すぎだろ……」


「海なんだから仕方ないでしょ。ほら、漁船をさっさと探す!」


 コルンは俺の尻を蹴り、馬のようにこき使う。


「はいはい。わかりましたよ」


 俺は港に止まっている漁船に訊く。するとイワハ諸島付近で漁をしている漁船があるらしく、頼んでみると金は取られたが送ってくれるそうだ。


「探せばあるもんだな」


「お金があれば大概何でも解決よ!」


 コルンは胸を張り、金持ちの貴族のような発言をする。お前の出身は小さな村だろうが……。


「それは言うなよ……、印象が悪いぞ」


 俺達は漁船に乗り、イワハ諸島を目指した。

 中型の船だったので波が荒れると一気に揺れる。何度も放り出されそうになったが、縄にしがみ付いて生き残った。海の静と動はあまりにも差が激しく、こんな女に付いていけないだろうなと思わされた。



 ドンイ国を離れてざっと一二日……。


「はぁ、はぁ、はぁ……。もう、何日船に乗ってるの……」


 コルンは王都で購入した水着を付け、船の日陰で息を荒げていた。


「ざっと一二日くらいか。漁師も大変だな……」


 俺はパンツ一丁になり、大剣を振っていた。


「今、春だろ……、なんでこんなに暑いんだ……」


 フィーアも水着になり、日陰で座り込みながら呟いた。


「世界は広いの。一年中夏みたいに暑い場所もあれば、冬みたいに寒い場所もある。世界って不思議でしょ……」


 コルンは雨水をコップに取り、飲み干す。


「うーん、もうちょっと違う香辛料を入れるか」


 キクリは船の上で香辛料をすりつぶし、調合していた。ドンイ国で食べたカリーを自分なりに作っているようだ。


 船に乗って一五日。島がやっと見えて来た。船長が言うにはイワハ諸島らしい。


 俺達は船長と契約を結び、次の漁に来る三〇日後に様子を見に来てもらうことにした。帰宅手段がないので、確保しておかなければならない。


 俺達は砂浜に降り立ち、両手を振って漁船を見送る。


「はぁー、イワハ諸島にやっと着いたな。それにしても、確かに良い景色だな……」


 真っ白な砂浜に透き通り切った海、照り付ける日差しが解放感をより高める。


「こんなところにいたら日焼けしちゃうわ。さっさと海の民を探しましょう」


 コルンは魔女帽子を被り、顔を日差しから守る。

 俺は小麦色の肌も嫌いじゃないが、コルンは白い肌が良いみたいだ。


 今、長袖長ズボンを着ていられる気温じゃない。短パンだけでも暑い。暑すぎて全身から汗が滲み出てくる。


「皆、熱中症に気を付けろ。水分と塩分の補給を忘れるな」


「了解」


 コルンとフィーア、キクリの弱々しい声が出される。


 俺達はココナッツの木の近くによる。

 俺は大剣をキクリに渡し、猿のように木をよじ登ってココナッツを四個もぎ取った。硬すぎて素手じゃどうしようもないが、ゲンナイがくれた短剣を使えばただの野菜と変わらないほど簡単に切れる。ココナッツの頭部分を切り取り、水分補給とココナッツの中身を軽く食し、腹も満たす。


「うん、この木さえ見つければ死なずに生きていけそうだ」


「さすがに毎日ココナッツは嫌よ……」


 暗い顏のコルンが笑う。


「ふんっ!」


 キクリは腕力だけでココナッツを割り、盃に入った酒を飲むように水分を口に含んだ。手をスプーン替わりにして内側のココナッツを抉り取って食す。


 フィーアは短剣を使ってココナッツを普通に食した。


 船に乗っていた影響で体が揺れる感覚が今もなお残っている。そのため、正常に納まるまで木陰で休む。海の民を探すのは体調が万全になってからだ。始めてくる土地で体調が悪いなんて危険すぎる。


「うぅん……。ディア……」


 コルンは俺の右ひざに頭を乗せ、木陰で昼寝をする。


「ディアの膝枕……、安心する……」


 キクリは俺の左ひざに頭を乗せ、仰向けになって昼寝をした。どちらも船に長い間乗って疲れていた。休みは大切なので、このまま寝かせる。


「ディアも寝て良いぞ。私は船でも寝られたから、今、元気なんだ」


 フィーアは水着姿で俺の背後に座っている。彼女は腕を俺の首に回し、身を寄せさせてくる。

 俺はお言葉に甘えて軽く眠る。イワハ諸島に来て早々に体力の回復に努めた。目が覚めたあと森林の方に入っていく。


「皆、暑いかもしれないが長袖長ズボンを着ろ。こういう熱帯系の場所は毒を持った生き物が多い。肌を曝しているよりも服を一枚着ている方が安全だ」


「毒消しの魔法があるから心配しなくてもいいんじゃない?」


 コルンは首をかしげる。


「コルンやフィーアが毒にやられたらどうする。俺とキクリじゃどうしようもないぞ」


「確かに……」


 コルンとフィーア、キクリは服を着た。俺も服を着て森林の中に入っていく。


「海の民は本当にいるんだろうか……」


「海の民って言っているのに陸地にいるのかな?」


「そもそも、私達は南列島に向かうのが目的なんじゃ……」


「なにか美味い食べ物ないかな……」


 俺達はブツブツと呟きながら海の民の住処を探す。夜になり、湿度の高い中、動物や魔物、毒虫系の被害を防ぐために煙を焚いておく。

 天幕を張り、三時間ごとに見張りを交代する。早朝になり探索を再開。

 こういった日々が一〇日続いたころ……。

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