第62話 マリン

「私の体でディアさんが満足し、鬱憤が晴れるなら喜んで身を捧げますよ」


「うぉおおおおおいっ! なにしとんじゃっ!」


 マリンの後方からコルンが飛んできて腕を両脇に突っ込み、俺から引きはがす。


「ちょ、コルンさん、私はただ、ディアさんがしてほしそうなことをさせてあげただけです」


 マリンは誤解が生まれそうな発言をした。


「ちょっと余所見をすれば若い子にすぐ手を出す! これだからおっさんは! そんなに乳がデカい子が良いなら油でも揉んでろ!」


 コルンはいつも通り、俺に悪口を言ってきた。ほんとよく通る声だ。


「俺は何もしてない。マリンが俺の手を持って乳に当てて来ただけだ」


 俺は状況を説明するもコルンに理解してもらえなかった。


「はぁ……。マリン、おっさんにはほんとうに気を付けなさい。隙あらばちょっかい掛けてくるわよ。私もお尻を揉まれたんだから」


 コルンは腕を組みながら有りもしない嘘を伝える。


「おっさんと言っていますけど、ディアさんはまだ子供にしか見えませんよ」


 マリンはヒトデを胸に付け、白い貝殻で大切な部分を隠す。もっとマシな服はないのか。


「……」


 コルンはマリンの姿を見てわなわなと震え、キクリにお願いし、布を使って簡単な衣類を作ってもらった。さっきまでよりもましな姿になり、見ることができる。


「ちゃんとした服が着られるなんてとても嬉しいです! ありがとうございます!」


 マリンは深々とお辞儀をした。胸の谷間がしっかりとあり、目のやり場に困る。


「海の民は服を着ていたと思うが……」


「あれは海藻とか、大きな葉を加工した品です。簡単に破れず、腐りにくい布が着られて凄く嬉しいです! ありがとうございます!」


 マリンは布を触り、満面の笑みを浮かべていた。王都だと簡単に手に入る布が、ここら辺だと貴重な品のようだ。


「別に感謝される筋合いはない。俺達が勝手にしたことだ。気にするな」


「ディアさんは本当に優しいですね。優しくて強くて若々しいなんて最高な相手です! ぜひ、私を孕ませてください!」


 マリンは青色の綺麗な瞳を輝かせながら言う。あまりにも文化が違い過ぎて俺達は困惑した。


「じょ、冗談だろ……」


 俺は苦笑いを浮かべ、先ほどの言葉が上手く理解できずマリンに訊く。


「冗談? いえいえ、本気ですよ。強い者の子種を受け取って産み落とせば強い個体が生まれるんです! そうすれば子孫が増えますし、私の血がどんどん受け継がれます!」


 マリン達、海の民は危険な海の近くで暮らしている影響か、考えが動物に近かった。


「ま、マリン、落ちついて考えろ。そんな簡単に決めて良い話じゃない」


 俺はマリンの本気度に焦り、とりあえず諭す。


「トランドラゴンすら倒す力、相手を思いやる心優しい気持ち、まだまだ子供に見えるほど若々しい姿。どの点を受け継いでもいい子に育ちそうです! さあ、私に子種を!」


 マリンは俺にぷりぷりつるつるの尻を向け、発情した猫のように腰をうねらせていた。


「おんどりゃあっ!」


 コルンはマリンを怪力で投げ飛ばし、海に落とす。


「はぁ、はぁ、はぁ……。誰があんな子に先を越されるもんか!」


 コルンは顔と耳を真っ赤にしながら叫んだ。なんの話をしているのだろうか。


「ディア、海の民が呼んでるぞ」


 トランドラゴンの解体を終えたキクリは手を振りながら俺に話しかけて来た。


「わかった。今行く」


 俺はキクリに呼ばれたので、彼女がいる浜辺に走って向かう。


「この度はマリンを助けていただきありがとうございます。加えてトランドラゴンの駆除までしていただいてありがたい限りです。僭越ながらディア様たちに助けられた感謝を込めて宴会を開きたいと思うのですがよろしいでしょうか」


 海の民の老いた女性が物腰を柔らかくしながら俺に訊いてきた。


「そんな、申し訳ないですよ。俺達は当たり前のことをしただけなので負担になるようなことはしないでもらって構いません」


「いえ、海の民として助けられた御恩は一生忘れません。あの巨大なトランドラゴンが縄張りに入ってきたさい、多くの者が犠牲になりました。今回の作戦もディアさん達がいなければ失敗し、多くの者が犠牲になっていました。今回の被害者は一名もおらず、トランドラゴンのみを討伐すると言う奇跡を起こしていただき、誠にありがとうございます」


 海の民の老いた女性は頭を下げ、再度、感謝してきた。


「ですから、感謝の気持ちをぜひ受け取ってください」


「……わかりました。皆さんの好意をありがたく受けさせていただきます」


 俺は頭を下げ、海の民の老いた女性に感謝の気持ちを伝えた。


 俺とコルン、フィーア、キクリは海の民の感謝を受けることになり、水着に着替え直して砂浜でそれぞれ過ごす。


 コルンはトランドラゴンの素材を異空間に入れ、海の民に渡す分を移動させていた。

 フィーアは海の民が準備をしている宴会の手伝いを行い、仲を深めている。

 キクリは海の民の料理に携わり、腕を振るっていた。


 俺はコルンと共にトランドラゴンの素材を分けている。


「……ねえ、ディア」


 コルンは素材の移動作業を行っている俺に話しかけて来た。


「ん、なんだ」


「マリンに言い寄られても、その、えっと……、せ、セッ〇スしないで」


 コルンは水着のフリフリを握りしめ、耳まで赤くしながら呟いた。


「変なお願いだな……。俺とマリンが何しようとコルンに関係がない話だろ」


「か、関係はないけど……。現を抜かして今回の作戦に失敗したら元も子もないでしょ。だから、ディアが元に戻るまで、セッ○スしちゃ駄目……」


「まあ、俺みたいな子供に興奮する女なんていないだろ。マリンだって本気で言っているかどうか謎だし、もしかしたら詐欺かもしれん。病気でも移されたら最悪だからな、俺はマリンに手を出したりしない」


 俺は終始恥ずかしそうにしているコルンのお願いを聞き入れる。


「ぜ、絶対だからね。破ったら金輪際絶交だから!」


 コルンは両手を握りしめ、大きな波音がかき消されるほどの大声を出す。


「あ、ああ。わかった」


 俺はコルンの熱量に押され、小さく頷いた。


 トランドラゴンの素材を分け終わったころ、宴会の準備が整った。


 宴会は砂浜で行われる。辺りに薪が置かれ、橙色の炎を上げていた。

 海にも光る物体が漂っている。光るクラゲだろうか。

 多くの柔らかい明りが魔石の街灯などあるわけがないイワハ諸島の真っ暗な夜を神秘的に照らしている。


 食事で振舞われた料理は海鮮が主食だった。魚を切り、脂が乗った身に塩を付けて食べる品や身を茹でてしっかりと火を通した品、貝類や甲殻類を焼いた品など。

 海の民が用意してくれた料理のほかに、キクリが作ったカリーとご飯を炊いて一皿にまとめたカリーご飯なる食事が提供されている。

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