第63話 風邪っぽい

「生の魚、うっま……。臭みや嫌な感覚が一切無い……」


 生魚を食べる経験なんて腹が相当空いた時か、加熱できない時くらいだ。

 生食なんて本当に何も調理する方法がない時にする最終手段だ。そのため、丁寧に料理された生食の味は全く知らなかった。だからか、うますぎて驚きが強い。


「ホタテにアワビ、エビにイカ……。凄い高級食材ばかり。丸々一個食べてもいいの……」


 コルンは焼かれたホタテにフォークを差し込み、目を輝かせていた。大食いなので、小さな貝くらいいくらでも食べられそうだ。


「トランドラゴンが貝類を食す中型の生き物を食べまくったせいで、ここら辺に沢山繁殖していましたから、好きなだけ食べてください」


 マリンは俺のもとにやってきて焼かれたアワビを持って来た。ものすごく美味しそうだ。味付けは海の塩味だけだが身に沁みる美味さだった。無駄な味付けなんて要らないのかもしれない。


「ずずず……。スープが美味すぎる。何だこりゃ」


 フィーアは海産物が大量に入った塩味のスープを飲んでいた。多くの食材のうま味が凝縮されており舌の上が幸せでいっぱいなのか、顔が満面の笑みだ。


「ディア、ついに完成したぞ! カリーご飯だ!」


 キクリは俺のもとに平たい皿を持ってやって来た。異空間に入れて持って来た米と多くの香辛料を使い、作られた一品で、香りから俺の胃の興味をがっちりと掴んでくる。


「こ、こりゃ美味そうだな」


 カリーの中に入っているのは牡蠣やホタテ、アワビ、エビなどの海の幸だ。元からガツンとした味があるカリーに塩味を付けたしたらどうなるんだ?


 俺はスプーンを持ち、カリーご飯を食す。


「うっまあああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 俺はカリーご飯がうますぎて腰を抜かした。


「なっ! なっ! 美味いだろ! おれも美味いと思ったんだよ!」


 キクリは物凄く興奮しており、満面の笑みを浮かべながら飛び跳ねていた。そこまで喜んでいるところを見ると俺まで気持ちが上がる。

 周りを見ればキクリのカリーご飯をガツガツ食す海の民だらけだった。種族が違う者達の舌をうならせるほどの品で、俺は泣きそうになりながらカリーご飯を食した。


 俺が生きてきて食べた料理の中で五本の指に入るくらい美味い。言っちゃ悪いが、本場のカリーより美味くなっていた。キクリの舌に合わせて作られているからか、俺達の味覚に完全に合っている。


「キクリ、やっぱりお前は料理の天才だ。あの癖が強いカリーがここまで食べやすくなるなんて思わなかったぞ」


 俺はカリーご飯を食べ終わり、キクリを抱きしめながら褒める。


「はははっ、そうかそうか。美味かったか。ディアに喜んでもらえておれは満足だ」


 キクリは豪快に笑った。おかわりを持ってくると言って空になった皿を持ち、戻っていく。


 俺達はキクリが作ったカリーご飯や海の幸を盛大に楽しんだ。

 その途中、海の民が綺麗な歌声や踊りを披露してくれた。

 女性達が海に入り、海面から飛び跳ねて沢山回転したり、尻尾で海に沈まないように堪え、身振り手振りで水しぶきをあげる。

 もう、海の上に立ち、優雅に舞っているようにしか見えない。

 コルンやフィーア、キクリも思わず拍手してしまうほどの美しさで巻き上げられた水しぶきが星空や月明かり、クラゲの光によってキラキラと虹色に輝いて見える。こんな幻想的な舞があるなんて知らなかった。


「ディア様、楽しんでおられますか?」


「よろしければ夜のお相手もお任せください。喜んでお受けいたします」


「私、可愛い殿方が好みですの」


「ディア様ほどの殿方のお子さんでしたら喜んで生みますわ」


 俺の周りに綺麗な海の民が沢山纏わりつき、王都の娼婦の店にいるような気分になってしまう。酒が入っていたら理性が利かなかったかもしれない。

 だが、コルンとの約束があるのできっぱりと断った。


 ――なんか俺、ものすごーくもったいない行いをしていないか?


 そんな気持ちになっているとコルンの視線が少し穏やかになっていると気づく。


「なんだよ、気味悪いな。どうしたんだよ」


 俺は近くにいるコルンに訊いた。


「え……。いや、何でもない。ちゃんと断ってるからさ……偉いなと思って」


「約束したことは守るさ。冒険者は信頼が大事って何度も言ってるだろ」


「そ、そうね……」


 コルンは俺から視線を反らし、ココナッツ水を飲む。


「どうしたんだ、コルン。熱でもあるのか? いつもより、調子がおかしいぞ?」


 俺はコルンの態度がクソガキではなく清楚な女子になっていた。


「ね、熱なんてないわよ。あと、普通にいつも通りだから、心配しないで」


「そうか……。体調が少しでも悪いと思ったらすぐに言え。魔法使いが体調不良なんて冒険者パーティーの命綱に切れ目が入っているようなものだ。コルンは人一倍体調に気を付けないといけない。わかっているか?」


 俺はコルンの頬を両手で持ち、瞼を見たり、首の腫れ具合を感じたり、額に触れて体温を計ったり、彼女の体調を把握する。


「も、もう! 汚い手でぺたぺた触れないで! 問題ないって言ってるでしょ!」


「ディア、コルンがここまで行ってるんだ。きっと問題ないんだろう。あまり慎重になりすぎるのもよくないと思うぞ」


 フィーアはデカいエビを口に含みながらもごもごと喋る。


「あ、ああ……。そうかもな。だが、コルンは人一倍子供っぽいし手を焼きたくなると言うか、過保護になっちまう。眼が放せられない赤子みたいなやつなんだ」


「ば、バカにするな! 私はれっきとした大人だ!」


 コルンは立ち上がり、暴言を吐いて食事の席を外した。


「な、なにを怒ってたんだ……」


 ――女心が全くわからん。別にバカにしたつもりはないが。


「ディア。今の君だって周りから子ども扱いされたら嫌だろ。コルンは同じように思ったんじゃないか?」


 フィーアはエビを食切り、頬をやわらげた表情で静かに言う。


「ああ……、そう言うことか」


 俺はフィーアに言われてあっけなく腑に落ちた。


 ――確かに、俺もギレインに子ども扱いされたら嫌だったな。それと同じか。


 俺は食事の席を外し、コルンが歩いて行った森の方に足を運ぶ。すると、コルンが木の下で小山座りをしながら膝を抱えていた。


「ディアのバカ……、バカ。私の気持ちに全然気づかないし、子ども扱いしてくるし……。綺麗な女性たちに鼻の下を伸ばしまくってるし……。私だってこの体型になりたくてなってるわけじゃない。もっと大人っぽい女性になりたかったのに……」


 コルンは顔を隠しながら独り言を呟いていた。

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