第24話 やったか……。

「こりゃ、どうやって倒せばいいか、見当がつかねえな……。うわっ!」


 ブラックワイバーンは急上昇し、俺の体が背中に押し付けられる。高度、二〇〇メートル地点で停止した。


「ま、待てっ!」


 俺は咄嗟に叫ぶ。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブラックワイバーンは身を反らせ、肺に大量の空気を溜めこんだあとに強烈な咆哮を放った。

 竜巻のような密度をほこった風の圧力が里の建物を木端微塵に吹き飛ばす。

 ブラックワイバーンが顔を横に少しずらすだけで里に巨大な土煙が舞う。もう、本当に竜巻に襲われたのかと言うくらい建物は上空に巻き上げられた。生き物がいたら、無事じゃすまない。


 ――こいつの狙いはなんだ……。まあ、十中八九食べ物か。大量のウォーウルフを焼いたのがあだとなった。肉はもう無いってのに敏感な嗅覚で肉の焼ける匂いを辿って来たんだな。帰ってほしいが里を見つけられた以上、やすやすと帰ってくれないか。


 俺はブラックワイバーンから飛び降りた。


「コルンっ! 討伐に移行するっ! 隙を見て『パラライズ』を当てろ!」


「『ウォーターショット』もまともに当たらないのに、もっとあたる気がしないわ」


「なら、俺の大剣に付与しろ」


「それなら、出来るわね。『キャリーボワード』『パラライズ』」


 コルンは落下している俺の足下に足場を作り、大剣に『パラライズ』を付与した。剣身に電撃が纏わりつく。攻撃をあてれば、ブラックワイバーンの方が痺れてくれるはずだ。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブラックワイバーンは急降下し、獲物の俺めがけて飛んでくる。


「いいぜ……。そのまま、俺を狙っていろ!」


 俺は大剣の持ち手をしっかりと握り、空中に浮かぶ土製の板を踏みにじり、力を溜める。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブラックワイバーンは足先に付いている巨大なかぎ爪を俺に向けながら、攻撃してくる。このまま攻撃されれば俺はぺしゃんこになってあの世行だ。


「ふぅ……。ルークス流剣術……」


 俺は柳になったかの如く風に吹かれ、目の前から迫りくる巨大な黒い塊を見た。体が強張るのを押さえ、呼吸に意識を向ける。


「ディアっ! 危ないっ!」


 フィーアは大きな声を出し、俺に危険を知らせた。すでに俺とブラックワイバーンの距離は一〇メートルを切っている。奴の速度からしたら一秒すらかからない。


「シアン流斬」


 俺は大剣を流れる川ように振り、ブラックワイバーンのかぎ爪を受け流す。大剣の側面を滑るように流れていくブラックワイバーンはコルンの『パラライズ』をまともに受けた。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 翼を羽ばたかせることが一瞬出来なくなったブラックワイバーンは地面に落ちていき、自分で付けた初速と落下速度の衝撃を地面から受けたはずだ。俺の攻撃より効いたはず。


「今、奴は痺れている。コルン、ブラックワイバーンが浮き上がらないように魔法で止められるか?」


「そんなこと無理よ! ……いや、少しだけならいけるかも。でも、魔力を結構使うわよ!」


「構わない! 今が好機だ! 俺はやつの逆鱗を剥ぎ取る!」


「わ、わかったわ『ボトムレススワンプ』」


 コルンは杖先を地面に向け、詠唱を放つ。


 ブラックワイバーンの体は地面にうつ伏せになって痺れていた。衝突の衝撃により、地面が半球状に凹み、奴の体が重いことを示していた。乾燥していた地面が水っぽくなり、ブラックワイバーンの体を飲み込んでいく。

 まあ、体が地面に沈んでいくと言った方が良いか。今、奴は体が痺れ、動けない。だが、さすがに特級。

 コルンの『パラライズ』を五秒程度で相殺し、巨大な翼を羽ばたかせ始める。体の半分ほど埋まっていたのにやすやすと抜け出されそうになっていた。


「させるかっ! クサントス撃連斬っ!」


 俺はブラックワイバーンの背中に大剣を打ち付けた。巨大な大砲を打ち付けたような重たい音が森の中で響く。

 すると浮かんでいた奴の体がもう一度沼に沈んでいく。このまま地の底に沈めると言う手も悪くない。そう判断した俺は逆鱗を探しながらクサントス撃連斬を打ちまくった。

 ざっと八回打った頃、大剣からミシッと言う嫌な音を聞く。逆鱗を見つけたが同時に俺の足下に沼が迫る。これ以上は俺も危険だ。そう思い、ブラックワイバーンの長い首を走りながら頭に到着。

 跳躍しながら、空中で身をひるがえし、大剣を頭上に掲げる。


「大地の底まで沈みやがれっ! マゼンタ撃斬!」


 俺はブラックワイバーンの頭部に大剣を叩きつけて肉体をコルンが発生させた底なし沼に沈める。尻尾の先まですべてが沈み、沈黙が生まれる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。きっつ……」


 俺は大地に靴裏を付け、息を整えた。視界の先にあるのはブラックワイバーンの体を飲み込んだ沼地。大地の圧力に潰されて死んでくれればいいが……。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ディア、もう、魔力が尽きそう……」


「そのまま、限界まで沈めろ。時間稼ぎはもう十分だし、運が良ければ圧死する」


「わ、わかった。ふぅっ!」


 コルンは魔力をさらにつぎ込み、奴の体を一気に沈める。


「やったか……」


 あまりの静寂に俺は一言呟いた。余計な一言だったかもしれない。


 沼地に黒い魔法陣が出現した。あまりにも禍々しく、目がくらんだ。


「な、なにこれ……。始めて見……、きゃっ!」


 俺は黒い魔法陣を見た瞬間、隣にいるコルンに飛びつき伏せさせる。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 地の底で響く声にしてはあまりにも恐怖だ。沼地が黒い咆哮に全て吹き飛ばされ、後方に巨大な黒い柱が見える。

 ――あれがワイバーン種の咆哮(ブレス)だと……。威力がぶっ飛んでるだろ。あんな直撃を受けたら、塵すら残らねえ。


「コルン、大丈夫か!」


「う、うん。あ、ありがとう……」


 コルンは少々赤面していた。魔力を大量に使い過ぎたら青白くなるのが普通だが……。


「どうやら、簡単にへばってくれねえみたいだ。並の魔物なら今ので終わってるんだがな」


 地面に空いた巨大な大穴からほぼ無傷のブラックワイバーンが飛び出した。やつの眼を見るだけで激怒していることがわかる。眼球が真っ黒で瞳の赤い色素が恐怖を掻き立てた。


 ブラックワイバーンは肺を大きく膨らませ、口もとに先ほどと同じ魔法陣を顕現させる。


「くっ! もう、放てるのかよっ!」


 俺はコルンを抱き上げ、いったん退避する。だが、空の雲すら穿つ範囲だ。子供の俺が走って逃げられる訳がない。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 俺は死を覚悟した。コルンだけでも守りたかったが判断を誤った。コルンを抱きしめるようにして庇うも、あの咆哮に巻き込まれれば、確実に死ぬ。


「はぁ、はぁ、はぁっ、まだっ死ねない! 『リフレクション!』」


 コルンは詠唱を放つ。すると俺の背後に大きめの魔法陣が発動する。

白っぽい魔法陣はブラックワイバーンの咆哮を飲み込み、逆に吐き出した。


「グラッツ!」


 ブラックワイバーンは自分で放った攻撃を自分で受け、吹き飛ばされながら高火力に晒され焦げる。


「うぐっ……」


 コルンは魔力をほぼ使い切ったのか顔を青白くし、吐く。


 俺に付与されていた身体強化の魔法も切れ、俺は大剣を持ち上げられなくなった。全身の力を振り絞り、コルンを引きずりながら木の陰に隠す。


「よく頑張った。そうだよな、まだ死ねないよな」


 俺は体から黒い煙を出しているブラックワイバーンの前に出る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る