第25話 熟練冒険者の務め

「フィーア。生きてるか」


 俺はどこにいるかわからないフィーアに声を掛けた。


「ああ、生きてる。だが、コルンの魔法無しでどうやって戦うんだ」


 フィーアは木々の上から飛び降り、俺の隣に着地した。


「フィーア、俺に解呪魔法を使え。そうすればコルンの魔法が無くても大剣を持って動ける」


「だが、たった五分だぞ。その間に、あの化け物を倒せると言うのか?」


「やってみないとわからないだろ。逆鱗は見つけた。剥がして脊髄を損傷させるか、首を叩き落とせば勝ちだ」


「そんなことできるわけ……」


「できないからって逃げていたら、せっかく拾った俺の夢をまた捨てることになる。そうなったら死んでも死にきれねえ。やって駄目なら、また次を考える。死んだらおしまいだが、生きている間は何度でも好機があるんだ。フィーア、無理と言う前にやれ。失敗したらその都度考えろ。そうすれば、お前は凄い戦士になれる」


 俺はいつ死んでもおかしくない。だから教訓をフィーアに伝えておいた。それだけでも俺が生きた証になる。


「はあ、全く……。ディアといると調子が狂う」


 フィーアは俺に触れた。


「『ディスペル』」


 フィーアの優しい声が響くと俺の体に魔力が溢れてくる。暖かい魔力に包まれると手がごつく筋肉質な腕になり大剣が片手で持ち上げられた。太く長い脚になり、視線が高くなる。どこからどう見てもおっさんの俺だ。


「うん、服も大きくなった。だが軽い身のこなしは出来なくなってしまったな」


「私はあの化け物を翻弄する。ディアは攻撃に回ってくれ」


 フィーアは俺の前を走り、ブラックワイバーンに向って矢を放つ。風を切りながら飛んで行く矢は奴の体に当たった。嫌でも意識が向くだろう。

 その間に俺は木をよじ登り、てっぺんに移動する。


「『キャリーボワード』」


 フィーアは上空に足場を大量に作る。


 俺は木の枝を踏み、足場に飛び込む。そのまま足場を駆け上がった。

 ブラックワイバーンが高位置にいるため、移動に時間が掛かる。体が大人に戻り、大剣を身体強化無しで持てるようになったものの体力が落ちているため、普通にきつい。

 身体強化のありがたさを知ったとともに体力の衰えを感じる。だが、この体でリッチを倒したんだと自分を奮い立たせ、フィーアの攻撃をうっとおしそうにしているブラックワイバーンのもとに移動した。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブラックワイバーンは叫び、里に咆哮を放つ。里は修復することが困難なほど破壊され、見るも無残な姿になっていく。避難が少しでも遅れていたらと思うと身が委縮した。だが、悲鳴が一つも聞こえないと言うことは多くの者が避難できたと言うことだ。


「悪いが、初っ端から本気で行くぞ!」


 俺はブラックワイバーンの背後に移動し、大人の状態でいられる時間が一分程度しかない現実に焦りつつ、力と気合いを込めるために叫んだ。


 ――大人の状態になれるのは一日一回が限度だ。今、決められなかったら本当にやばい。この土壇場で一発で仕留めろ! 


 俺は大剣の持ち手を両手で握りしめ、息を整える。

 ブラックワイバーンの弱点である逆鱗の位置は先ほど確認済みだ。逆鱗をめくり、真下に通っている脊髄を攻撃すれば体の動きが止まる。呼吸も出来なくなり、討伐できる。


「ルークス流剣術、奥義。ニガレウス撃流連斬!」


 大剣を横幅三メートル、縦四メートルある逆鱗の隙間に突っ込むようにして攻撃を繰り出す。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブラックワイバーンは逆鱗を触れられ怖気を感じたのか絶叫し、翼を大きく動かしながら体を振るう。

 逆鱗は人間で言ううなじ部分にあり、ブラックワイバーンが顔を背後に回し、翼をどれだけ羽ばたかせようと、攻撃は俺に飛んでこない。

 体が反転する前に逆鱗をめくって急所を攻撃する。そう言う作戦だった。だが、ガラスが割れるような音と共に腕が軽くなる。腕を振っても半分ほどめくれ上がった逆鱗に攻撃が入らない。なぜなら俺の目の前で大剣が無慈悲に壊れたからだ。


「嘘だろっ!」


 俺の愛剣は見るも無残な姿になった。大剣の八割が粉砕し、残ったのは持ち手と鍔にくっ付いている割れなかった二割の剣身のみ。


「ちょ、ちょっと待て、まだ……」


 俺の体は煙を吐き、大人から子供に戻ってしまった。


 ――五分、早すぎるだろ! ど、どうする。って、待て待て!


 大剣が命を懸けて切り割いていたブラックワイバーンの薄皮が戻り始め、逆鱗が体に引っ付いていく。子供の状態では何もできず、全身全霊を掛けていた五分は無に返った。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブラックワイバーンは俺の心を折るように大人しくなり、盛大に叫ぶ。鼓膜が割れそうなほどの爆音で体の奥まで響いた。骨がビリビリと痺れ、細かな震えが止まらない。


「フィーア! コルンを連れて逃げろ! 作戦は失敗だ!」


 俺は下でブラックワイバーンの気を引いていたフィーアに叫ぶ。フィーアの足の速さならまだコルンを担ぎながらでも逃げられるはずだ。


「だ、だがっ!」


「つべこべ言わずに、逃げろ! このままじゃ、食い殺されるぞ! 俺が時間を稼ぐから、さっさと行け!」


「わ、わかった! 死ぬなよ!」


 フィーアは風のように大地を駆けコルンを回収した後、全力で逃げる。逃げ足の速さは一種の才能だ。やはりフィーアは冒険者に向いている。


「よし……。それでいい。さて、後は俺の役目だ」


 俺はブラックワイバーンの気を引くため、攻撃が少なからず通ると思われる眼球に向って鱗塗れの体をよじ登る。巨体のブラックワイバーンは子供の俺を全く気にせず、王のように堂々と飛んでいた。

 首の長さはざっと一五メートル。巨大な建物を上っているような感覚になっていた。子供の姿じゃなければ体が重すぎて容易く落ちていたところだ。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブラックワイバーンは狙いを定めたのか、フィーア達に叫ぶ。その際、頭が下がり、俺は首を滑って顏まで一気に移動することに成功した。


 俺は地上二〇〇メートル地点で二メートル以上ある巨大な目玉の前に姿を現す。水分で潤い、黄色と赤色の瞳に俺の姿が映る。死を覚悟した者は恐怖に屈しない。


「おらあああああっ! 簡単に追えると思うなよっ!」


 俺は大剣の柄を片手で握り、巨大な目玉に突き刺した。大剣が折れていたおかげで子供の俺でも運ぶことができたのだ。


 突き刺された目玉から真っ黒な血液が吹き出し、攻撃が通った。


「グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ブラックワイバーンは久々の痛みに悶絶し、首を盛大に振るう。俺の体は遠心力で吹っ飛びそうになるが、大剣で眼球の奥深くを抉り続けて全身に力を入れながら気合いでこらえた。


「くっ! なにがなんでも振り落とされてたまるかっ!」


 ブラックワイバーンは眼玉を攻撃され、気を動転させたのか飛ぶこともままならなくなっていた。高度が少しずつ落ち、木々が近くになる。飛び込めば助かるかもしれない。だが、ここで引けば、また再生され、せっかくの隙が無駄になる。


 ――もっと時間を稼げ! このまま、攻撃を続けろ!


 俺は大剣の柄を右手で持ちながら折れた銀剣を左手で引き抜く。巨大な眼球を連続でめった刺しにする。こんな子供みたいな攻撃で気が上手く引けているだろうか。


「グラアアアアアアアアアッツ!」


 ブラックワイバーンの声が少し渋くなった。声が嗄れているようで何かしら先ほどと違った。潤っていた目が少しずつ乾いていく。 


 潤っていた目が乾いていく。


 ――失明? いや、魔物は回復能力が高い。ただの斬撃で完全に失明するわけがない。


 ブラックワイバーンの羽ばたきが少しずつ力が弱くなっていく。いったい何が起こっているんだ。


 俺は疑問に思いながらも、大剣と銀剣で眼玉を攻撃し続けた。すると割れているのに捨てられず、愛着が湧くくらい手入れをしっかりとしていた銀剣が錆び付いていた。


「な、馬鹿な……」


 銀剣のサビ具合は何百年も手入れをしていなかった宝剣と似ており、ある仮設が脳裏をよぎる。


 ――時間が経ってるのか。そんなことあり得るのか。でも、呪いの影響が剣にも出ていると考えたらあり得なくないのか……。じゃあ、ブラックワイバーンの体に変化が起こっているのも呪いのせいか。


「グラアァァァアッツ!」


 ブラックワイバーンの叫び声が弱々しくなり、翼を羽ばたかせる力も衰え、高度がどんどん落ちていく。


「ディア、仲間を連れてきたぞ!」


 フィーアは逃げておらず戦士を引き連れて戻って来た。


「おっさんっ! 無事っ! 魔力が少し戻ったから、私も戦う!」


 コルンの体力も回復したのか、ロリっ子魔法使いは凛々しい表情で叫んだ。

 俺は 怒るべきだが……微笑んでしまった。


「はっ……。バカ共が……。コルン、ブラックワイバーンの状態を鑑定してくれ!」


「鑑定……? なんで今更鑑定なんてするの! 魔力の無駄遣いでしょ!」


「いや、年齢を調べてくれ。さっきよりも明らかに様子がおかしいんだ!」


「年齢……。『鑑定(アプライサル)』」


 コルンが詠唱を呟くと瞳が金色に光る。


「な……。三〇〇〇歳を超えてる……。そんな馬鹿な」


「おらっ!」


 俺は大剣をブラックワイバーンの眼球に突き刺した。


「え……。三〇歳年老いた……。おっさん! どういう仕組みっ!」


「俺にもわからん! だが、俺の攻撃でこいつは年をとってる! ブラックワイバーンの寿命は何年だ!」


「す、推定、二〇〇〇年くらい。だから、もうだいぶ弱ってる!」


 コルンは鳥肌が立ったのかと思うくらい身を震わせながら叫んでいた。きっと勝ち筋が見えた瞬間に気分が高揚したのだろう。


「なら、もう一押しだな。森の民の戦士達は翼を狙え。こいつを地に落とす!」


「聞いたか、皆の者! 狙う箇所は翼だ!」


 スージアだと思われる武装した森の民が叫ぶ。


「了解!」


 他の戦士たちは大声を出し、気を引き締めた。


「フィーア、目印を放て!」


 スージアは大声で命令した。


「了解です!」


 フィーアは弦を引き、風魔法を纏わせた矢を放つ。ブラックワイバーンの翼に何の抵抗も無く一直線に飛ぶ。矢は翼の上部に突き刺さった。先ほどは跳ね返されていたと考えると肉体も老化している。まだ大きく損傷していないが数で押せば……。


「皆、一斉に放てっ!」


 スージアが声を荒げると他の戦士たちが矢を一斉に放った。

 フィーアが放った矢を目印に多くの矢が全く同じ個所に打ち込まれていく。


 矢はブラックワイバーンの弱った皮膚に突き刺さり、翼の骨が大きく損傷した。すると大量の黒い血液が吹きだした。老いた状態で血液が抜かれたらひとたまりもない。


「グラアァァァアッ!」


 ブラックワイバーンは血が流れて意識が朦朧としている中、大きく叫んだ。だが、翼を動かしても浮力が足りず、真っ逆さまに落ちていく。今が最大の好機だ。


「ふっ!」


 俺は大剣の柄を持ち、ブラックワイバーンの眼球から飛ぶ。そのまま、大剣を頭上に掲げた。折れているものの使えないわけではない。


 ブラックワイバーンが真っ逆さまに落ちる中、俺は全身の体幹を使い、闘気を溜める。俺も落ちているが同じ力で地面を叩けば落下の衝撃は抑えられるはずだ。

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