第26話 気持ちの変わりよう
「コルン、身体強化!」
俺は空中で叫んだ。
「わかってる!」
コルンは俺に身体強化を付与した。大人同様の力が湧いてくる。
「ルークス流剣術、マゼンタ撃斬っ!」
俺は全身に溜めた力を大剣に集めるように大きく振りかぶり、地面に衝突したブラックワイバーンの頭部と首の境目を狙って攻撃する。
骨と骨の間に加え、衰えた皮膚になっている個体なら刃が通った。肉が潰れるようなブチブチと言う音が聞こえ、手ごたえがある。そのまま力任せに肉を抉っていった。
「おらああああああああっ!」
俺の靴裏が地面に付き、ブラックワイバーンの首から大量の血が吹き出す。どうやら太い血管を切り割けたらしい。大剣が短かったため、首を落とすまでには至らなかったが、再生力が極端に落ちたブラックワイバーンは瞳から光が消え、絶命した。
信じがたいことに俺はブラックワイバーンを倒せてしまった……。
「はぁ、はぁ、はぁ……。や、やった……。か、勝てた……」
俺は全身真っ黒な血塗れ姿になりながらも、身震いしていた。
因縁のブラックワイバーンを倒せたのだと言う事実が目の前にありありと広がっており、大人なら澄ましていたところだが今は子供だ、無邪気に喜びたくて仕方がない。
「うおおっ! やった、やったぁっ! コルン、見てくれ、皆のおかげでブラックワイバーンを狩ることができたぞっ!」
俺は悦びに震えながら飛び跳ねた。もう、まるっきり子供だ。
「ぷっぷっぷっ。そんなに元気に喜んでバッカみたい。おっさんの癖に恥ずかしくないのー」
コルンは俺の姿を見ながら口に手を当て、憎たらしいほどのにんまり顔を見せてくる。
「う……。た、確かに、みっともないな。ん、んんっ。よし、解体作業に今すぐ取り掛かる! コルン、手伝ってくれ!」
「い、今から……」
コルンは苦笑いをしながら、俺の言うことを聞いた。
戦士達は破壊された里の復興に取り掛かる。
森の民からナイフを借り、ブラックワイバーンを解体していたがナイフがサビたり、罅が入ったりすることは無かった。
どうやら、相手が生きている時にのみ時間が経過するらしい。
――呪いが武器と攻撃相手の三〇年分の寿命を奪っているのだとしたら……。でも、子供の体になって何体もの魔物を大剣で屠って来た。攻撃で相手が死んだ場合は呪いの対象外なのか?
疑問は残るものの、討伐難易度特級のブラックワイバーンを倒すことに成功したと言うのは快挙だ。俺の長年のトラウマが解消された気がする。
「コルン、ありがとう」
俺は解体をしながら元凶のコルンに感謝した。
「何がよ……。私は途中から気絶しちゃってたし……、特に役だった気はしないけど」
「俺がここにいてブラックワイバーンを倒せたのはコルンのおかげだ。まあ、この体になっちまったのもコルンのせいなわけだが、この体だからブラックワイバーンを倒せた」
「ふんっ、それは違うわよ。きっと前の体の状態でもブラックワイバーンを倒せたはずよ。ただ勇気が出なかっただけ。逃げ腰だったのが、強気になったから勝てたのよ」
コルンは解体着の長袖で顔に付いた黒い血を拭いながら言った。
「はは……。そうかもな」
俺とコルンはブラックワイバーンの解体にいそしみ、あっと言う間に夜中になった。ブラックワイバーンの体がデカすぎて二人掛でも解体が難航し、戦士達にも手伝ってもらうことになった。
ブラックワイバーンの素材として皮や肉、牙、爪、骨、魔石、内臓、鱗と多種多様だ。一頭でも狩れば一生遊んで暮らせるほどの大金が手に入る。子供の体で言うのもなんだが……これで老後も安心だ。
まあ、三八歳だし、老後を考えるのは普通か。コルンの活動資金にも使えるだろう。なんなら、これからの解呪の旅にも使える。金はいくらあっても困らないからな。
戦士達の中で一番頑張って解体を手伝ってくれたのは共に戦ったフィーアだった。多くの戦士が内臓を見て胃の内容物を吐き出す中、フィーアは淡々と作業を行い、完璧と言ってもいい手際を見せた。
「ディア、これでいいか?」
フィーアは綺麗に処理された臓器類を何枚も敷かれたシーツの上に乗せる。
「戦いの才能がありながら解体も上手いとは……。どこかのビビりと大違いだ」
「ちょっと! 今回は漏らして……」
コルンは大声を出そうとしたが、止まった。
「ま、少しずつ慣れていけばいいさ」
「うう……。ちょ、ちょっとだけしか漏らしてないし……」
コルンは内股をもじもじさせながら呟く。
「言わんでいい……」
解体したブラックワイバーンの素材はコルンの『異空間(アイテムボックス)』に入れて持ち帰る。すでにワイバーン種の素材が沢山あるが、広大な空間らしくまだまだ入るらしい。
ただ、肉類は持ちかえらない。ブラックワイバーンの肉は淡泊で鶏肉のように食べ応えがあり、腹に溜まる。そのため里が壊され、家を失った者達を元気づけるために提供することにした。すると、里中で盛大な焼肉宴会が開かれた。
俺達は広場に集まり、木製の簡易テーブルを並べて食事をとる。
コルンとフィーアは男に負けないくらい大食いし、腹をパンパンに膨らましながら楽しんでいた。俺は希少部位を丁寧に焼き上げ、柔らかい肉を堪能しながら大人の食事を楽しむ。
「老いてても案外美味いな……。だが俺も酒が飲みたい……。飲んで良いのだろうか……」
「駄目に決まってるじゃない。あんたはブドウ果汁でも飲んでなさい」
コルンはグラスにブドウ果汁を注ぎ、差し出してきた。
「俺は大人だってのに……」
俺はグラスを持ち、口に持って行く。
「ん……。アルコール臭……。これ、葡萄酒なんじゃ……」
俺はコルンの方を向いた。
「なによ、それも葡萄果汁でしょ。エールじゃ目立つし、そっちにしておきなさい」
コルンは葡萄果汁を入れたグラスを持ち、俺の持っているグラスに軽く当てる。
「お前は飲むなよ、まだ子供だろ」
俺は微笑みながら、ロリっ子魔法使いを言葉で弄る。
「わ、私は成人してるっての! 全くもう!」
コルンは葡萄果汁を軽く飲み、肉を食す。
「ふっ。まあ、いいか」
俺も葡萄果汁を飲み、口に広がる渋みと喉を通るきりっとした刺激を楽しみ、塩で味付けされた肉を食す。身が震えた。勝利の美酒とはよく言ったものだ。
「ディア……。隣、いいか?」
長い緑髪を後頭部で結び、綺麗な戦士の衣装を身に着けたフィーアは長椅子に座っている俺の隣に来た。
「ああ、構わないぞ。どうしたんだ?」
「ちょっとな……」
フィーアはジョッキに入ったエールを軽く飲みながら呟く。
「ディア、私は戦士として上手くやれただろうか?」
「当たり前だろ。フィーアがいなかったら、里の皆が逃げる前にブラックワイバーンが里に押し寄せていた。そうなっていたら大量の死者が出ていたはずだ。今回、死者がいなかったのはお前が先陣を切ってブラックワイバーンの気を引いたからに他ならない。すごいことだ、もっと誇っていいじゃないか」
――初見であの化け物に向っていけるだけで凄いっての……。昔の俺は逃げたんだぞ。
「はは……。子供に言われると変な気分だ。でも、私じゃあの化け物を倒すことが出来なかった。やはり、ただ長い間生きているだけでは駄目なんだ。ディアとコルンは人間なのに、あの化け物と対等に戦っていた。それがすごくカッコよく見えたんだ」
「ふっ! 私は天才なのよ! あんな翼が生えた黒い蜥蜴くらい狩れて当然よ!」
コルンは無い胸を張り、鼻高々に叫ぶ。
「ふっ……。漏らしてたくせに……」
俺は微笑みながら呟いた。
「それは言わない約束でしょっ! おっさんのバカ!」
コルンは短い手足を動かし、子供のように怒った。俺の体をぽかぽかと殴り、恥ずかしさを紛らわせている。
「はは、そんなに怒るなよ。俺もちょっとちびってたし」
「え……。ふ、ふーん。おっさんの癖に情けなーい」
コルンは機嫌をすぐに直し、弄ってきた。指先で俺の頬を突き、笑っている顔がうざったらしい。
「で、フィーア。何が言いたいんだ?」
「えっと、その……。仲間の枠は空いているだろうか?」
フィーアは頬を赤らめながら呟く。
どうやら、俺達の旅についてくる気になったらしい。
「ああ、もちろん空いてる。森の民にとっては短い旅かもしれないが、刺激的な日々になるはずだ。これから、よろしく頼む」
俺はフィーアに右手を差しだした。
「ありがとう。こちらこそ、よろしく頼む」
フィーアは俺の右手を握った。しなやかな手に似合わず、皮が硬かった。加えて血豆もたくさんできており、努力がうかがえる。
「じゃあ、フィーア。明日から出発できるように準備をしておいてくれ」
「わかった。コルン、これから、よろしく頼む」
「え、ええ。よろしく……」
コルンは少々浮かない顔だった。
俺達はフィーアの家で一泊し、明日の朝に出発する算段を立てた。
「じゃあ、俺は寝る」
俺は寝る準備を済ませた後、フィーア宅の広間に敷かれた布の上に寝ころぶ。床は木製で硬くひんやりとしており案外寝やすい。
「もう寝ちゃうの……。お酒をせっかく飲んだのに……」
コルンはほろ酔い状態になっており、頬がほどよく赤くなり、知能指数が落ちていた。
「早寝早起きは冒険者の基本だ。寝られる時に寝ておかないと体がもたないぞ」
「ちょっとくらい夜更かししても良いじゃん……」
コルンは俺の背後に抱き着き、呟いた。
「子供は夜に寝た方が良い。お前は夜更かししてるからそんな子共体型なんじゃないか」
「う……」
コルンは核心を付かれたようなうめき声を出し、俺の背中を軽く殴った。
俺はコルンに殴られたあと眠りに付く。
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