第44話 鉱山の中で火の番
ある程度素材の回収を終えたころ、キクリの料理が出来た。
山菜が沢山入った味噌スープに炊き立ての白飯、塩漬けされた大根と梅……。見立てはとても質素だが、香る匂いは俺達の腹をギュルルルッと鳴らしてくるほどの強さがある。口の中の涎がこれでもかと溢れ出て食事を早く取りたくて仕方がなかった。
キクリは飯盒から木製の容器に白飯を移し、大根の漬物と酸っぱさが癖になる梅干しを乗っける。この場が驚くほど寒いため、炊き立ての白飯から真っ白な湯気が立ち、より美味そうに見えた。
コルンの異空間に炭を入れていなかったら俺達は今頃凍え死んでいるだろう。食事を振舞おうと考えてくれていたキクリに感謝しなければ……。
キクリは鍋の中に入っている味噌スープを木製の容器に移し、皆に配る。発酵食品の味噌が優しい香りを辺り一帯に放つと心が和らいだ。昆布の出汁の匂いが小人族達の料理の腕を物語っている。
「では、神に祈りを」
俺達は両手を握り合わせ、食事にありつけたありがたみを神に祈る。
コルンは両手を合わせ、感謝の気持ちを願っていた。
「ふぅ……。じゃあ、皆。冷めないうちに食べてくれ。おかわりもあるぞ」
「いただきますっ!」
俺とコルン、フィーアは味噌スープが入った容器を手に取り、木製のスプーンで掬って啜る。
「んんっ! うっまあああああああああああああああああっ!」
俺達は魔物がいない地下で思いっきり叫ぶ。岩壁に反射した大声が何度も反響し、消えていく。だが、叫ばざるを得ない。なんせ疲れ切り、凍えている体に味噌スープが驚くほどしみ込んでくるのだ。腹の内側からじんわりと温められ、涙が出そうになる。
「うう……。たくさん頑張って命を張った後のこの味は沁みない方がおかしい……」
「うん、うん……。おっさんに同意したくないけど、同じことを思ってた……」
「ああ……、世界にこんな美味い料理があったなんて……。里を出てよかった……」
俺とコルン、フィーアはキクリの料理を口にして泣き、ありがたくいただく。食事にここまで感謝の気持ちを表したのは産まれてこの方一度もない。肉なんて入っていなくても十分満足できる美味さ。こんなの食わされて東国が大好きにならない方がおかしいだろ。
「はは……、そこまで嬉しそうに食べてくれるとおれも嬉しい。まだまだあるから、食べて体力をつけてくれよな」
キクリの微笑む表情は母さんと言っても差し支えないほど穏やかで、心揺さぶられる。彼女から醸し出される雰囲気は母性と言う言葉が一番しっくりくるな。
山菜類からも大量の出汁が出ており、舌が唸りまくっている。なぜ、干し椎茸から脳が喜ぶうま味を感じるのか理解できない。そもそも味噌の万能性が冒険者の俺からすると物凄い利点だらけだ。腐りにくく、少量で美味い。なにに使おうが美味くなってしまうと言う万能調味料で王都に売り出してほしいくらいだ。
「んんんんー、すっぱぁ……、でも、滅茶苦茶元気になるぅー」
コルンは梅干しを食し、ご飯を口の中に掻き込む。
俺も梅干しを食し、白飯を口の中に入れる。そのまま顎を動かして咀嚼すると口の中で米の甘味と梅干の塩味が合わさり、幸せと言う言葉を叫びたくなる。
飲み込むのがもったいないくらい口の中が幸せで頬が膨らんでいった。ゴクリと飲み込むと口の中が物寂しくなり、味噌スープを啜る。口の中の粘着きがスープによって流され、暖かさと美味さが調和し合い、幸福の時間だった。
あっという間に全てを食べきり、両手を合わせて東国の風習に合わせ、多くの者に感謝する。
「ごちそうさまでした。キクリ、ありがとう。体力が一気に回復した気がするよ」
「お粗末様」
キクリは食べ終わった料理の後片付けをしていた。何も言わずに片付けてくれるなんて気前が良すぎるな。
「皆、今日は纏まって寝ろ。焼いた石を土の中に入れて地面を暖めれば凍え死ぬ心配はない。俺は見張り役をする」
俺は壊れた斧の持ち手で地面を軽く掘り、炭の近くに置いて熱していた熱々の石を移動させる。その上から土をかぶせ、氷のように冷たかった地面が日に温められた海岸の砂浜くらい暖かくなった。
「ちょ、ディアが一番疲れてるでしょ。あんたが寝なさいよ」
コルンは異空間から毛布を取り出し、投げつけてくる。
「俺の体力が回復したところでこんな深い穴から出られない。コルンとフィーアの魔力を回復させるのが先決だ。この場はロックアントの縄張りだったから、他の魔物は簡単に近づかない。戦いは起こらないはずだ」
「コルン、ディアの言う通りにしよう。コルンほどの魔法使いは貴重だからな、しっかり回復させた状態で魔法を発動してもらったほうが暴発も起こらないだろ」
フィーアはコルンの肩に手を置き、宥めた。俺の発言の意図をしっかりと理解している。
「はぁ……。確かに寝不足じゃ暴発の可能性がある。でも、見張り役だからって私達から離れちゃ駄目。いい、私達の近くで見張りなさい!」
コルンは俺に向って強い口調で叫んだ。
「わかった。そうすりゃあ、寝てくれるんだな」
「ええ。眠ってあげるわよ」
コルンは腕を組み、堂々と頷く。疲れているのはコルンも同じはずだ。なのに、見張り役をやろうと言う気持ちを押し出してくれたのは素直に嬉しかった。
「ディア、おれも体力に自信がある。この備長炭はだいたい八時間燃える。まあ料理に使っていたからあと五、六時間ってところだな。すべて燃え尽きたら見張りをおれと交代しろ」
キクリは食事の後始末を終え、俺達のもとに近づいてきた。
「わかった。じゃあ見張りを交代したあと、キクリがもう一度備長炭を燃やし、燃え切ったらこの場所から脱出する。それまで、各々体力の回復に努めるように」
俺は毛布を体に巻く。
「了解!」
コルンとフィーア、キクリは頷いた。皆、ローブを羽織り、毛布で体を包む。体を寄せ合い、大きめの毛布で皆を包んだ。
「うわ……、あ、暖かい……」
コルンは子供っぽい声を出した。眠気が襲って来たのか俺の体に身を倒し、心地よさそうに眠った。
「じゃあ、私も失礼して……」
フィーアは俺の背に背中を付けるようにもたれ、すーっと眠る。
「ディア……、お休みなさいのチュ……」
キクリは俺の頬にキスしたのち、肩に頭を乗せながら眠りについた。
「…………こいつら、俺がおっさんだってことを忘れてないよな?」
俺の周りに美少女と美女、お母さんがくっ付き、大変ムフフな状態になっている。地面に入れてある焼石のせいで体が無性に熱くなった。
俺は両脇に座っているコルンとキクリを見る。備長炭の淡い明りがコルンとキクリの顔をうっすらと映し出していた。
コルンは言わずもがな顏が人形のように整っている。瞼を持ち上げた時の眼の大きさを際立たせるまつげが異様に長い。ピンク色の小さな唇が潤っており、とても柔らかそうだ。
別に普段から女として見ているわけじゃないがこんな状況だ、意識するなと言われる方が難しい。
キクリの方は猫口のように微笑んでおり、心臓がドキリとする。女の寝顔はどうしてこう……厭らしいんだ。少々低い鼻もキクリの小顔と相まって可愛らしく見える。美人というよりかは可愛い少女と言ったほうがしっくりくる寝顔で目に入れても痛くないくらい幼気だ。
後方から香る森の良い匂いも俺の体を熱くさせる。そのせいで下半身は子供ながらに少々反応してしまった。完全に立っているわけではないが、男の沽券を少し取り戻しつつあるらしい。
俺は女の寝汗がむんむんの環境下に置かれ、体がムラムラした状態で過ごした。体は子供でも中身がおっさんなので許してほしい。手を出していないだけマシだろう。
俺は疲れた体に鞭を打ち、備長炭が燃え続けている間、しっかりと起きた。備長炭が完全に燃え尽きる前にキクリの肩をゆすり、彼女を起こす。
「んんー、はぁ……。ディア、交代か?」
キクリは目の下を擦り、甘い声で呟いた。
「ああ、備長炭が燃え尽きそうだ」
「じゃあ、交代だな」
キクリは準備しておいた新品の備長炭を燃え尽きそうな備長炭に近づけ、燃やした。
「キクリ、後は頼んだ……。コルンとフィーアが起きたら出発の準備を整えておいてくれ」
「ああ。わかった。任せておけ」
キクリはきりっとしたいい笑顔で俺の命令を聞いた。
――キクリみたいな頼りがいがあるやつが仲間にいてくれると安心して寝られるな……。
俺はキクリに後を託し、眠りに落ちる。
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