第45話 コルン視点(4)

「ふわぁー。よく寝た……。って! ちょ! キクリ、何してるの!」


 私は目を覚まし、目の前で起こっている光景に目を疑う。


「ディア……。ちゅ、ちゅっ」


 キクリは眠っているディアにこれでもかと口づけしていた。印鑑を押すように何度も何度も……。


 ――わ、私もまだキスしてないのに! 何で、後から来たキクリの方が先にキスしてるの!


 心境を叫びたくなったが、ぐっと堪え。キクリとディアの間に割り込む。


「ちょ、ちょっと、キクリ。なにしてるの」


「ああ、コルン、おはよう。いやあ、すまない。おれも、何しをているのかよくわかってないんだ。大人になったディアを見たらおれ好みでさ。こんなに頼りがいがあっておれの料理を美味い美味いなんて言って食ってくれる男はそうそういない。だから、なんかドキドキする……」


 キクリは胸に手を当て、頬を赤らめていた。


「おれ、ディアに何度も助けられた。まあ、それ以前から気になっていたんだが……、胸の鼓動が止まらないんだ。キスしたくてしたくて……、どうしようもないんだ」


 キクリは目を潤わせ、呼吸を荒くしている。


「ちょ、ちょっと待って。キクリ、よく考えて。ディアはおっさんなんだよ。子供じゃなくて三八歳のおっさんなの。キクリはまだ一五歳でしょ。二倍以上も離れてるし、ちょっと助けられたくらいでドキドキしちゃ駄目だよ」


 ――ディアのカッコよさに気づいてしまったら抜け出せなくなっちゃう。わ、私のディアなんだから、取られてたまるか。


「三八歳なんて一五〇年くらい生きる小人族のおれたちからしたら丁度良いくらいだ。と言うか、年齢なんてどうでもいい。おれはディアに身を捧げたくなってる……」


 キクリは私を押しのけ、ディアに抱き着き、唇にぶちゅっと口づけする。


 ――あぁぁああぁぁっ、もうっ! なんであれで起きないの! 起きないなら私もしちゃうよ! と言うか、私がしようとしたらいつも起きる癖に! なんでキクリが相手だと起きないの! もうっ、もうっ! 私の方が、ディアが大好きなのに、キクリだけズルい!


「き、キクリ。寝ている相手にキスしても意味ないよ。そ、そんなの、ぬいぐるみにキスしているのと同じだからさ……。は、離れなよ」


 私はキクリとディアを離れさせる。


「はは……、そうだな。寝ている相手に夜這いを仕掛けるなんて情けない。もっと、ドンっ! とぶつかっていかないと駄目だよな!」


 キクリは胸に手を当て、堂々としていた。


 ――な、なんでそんな強気でいられるの。は、恥ずかしくないの? 私だってディアとキスしたい。何ならその先だって……。私もキクリみたいに堂々と話したり出来たらいいのに。


 私は自分の胸に手を置き、すやすや眠っているディアの姿を見る。彼はとても穏やかに眠っており、心地よさそうだ。


「もう……、間抜けな顔……。私達の気も知らないで……。このおっさんはのうのうと寝やがって。起きたら私にムギュっと抱き着いていたなんて言う場面でも作ってやろうか……」


 私は寝転がり、ディアの体を抱きしめるように支える。ディアの体は小さく、私でも支えることは難しくなかった。


 ――ん? なんか硬い……。え……、う、嘘……。た、立ってるの? きゃ、ど、どうしよう。私に抱き着いてあそこを固くしてる。こ、これで言い逃れ出来ないようにしてやれば。


 私はディアの生理現象を利用し、無理やり女として意識させようと企てた。

だが、ディアに抱き着いてから生理現象は納まり、ただの子供を抱いているだけになる。


 ――な、なんで納まるの! も、もう! 私だって女なのに! フィーアやキクリと何が違うって言うのよっ! こうなったら、私もディアに口づけしてもう一回立たせてやる!


 私はディアの体に抱き着きながら身を捩らせる。唇を尖らせ、ディアに口づけしようとした。


「コルン……、俺を連れ出してくれて……、ありがとう……」


 ディアは私の前で寝言を呟いた。とても穏やかで心の底からそう言っているようだ。


「…………」


 ――やっぱりやめた。


 私はディアにキスするのを止め、彼の頭を膝に乗せ、撫でるだけにする。


「この方が私らしい……。人間は簡単に変われっこない、キクリと私は違う性格だもん、張り合っても仕方ない。最悪、妾でもいいか……。いや、でもやっぱり正妻が良いな……」


 私は恋敵のキクリの方を見る。


「キクリ、どっちがディアの心を射止めるか、勝負ね!」


 私はキクリに堂々と言ってやった。


「はは……、そう言うことか。おれはディアと種族が違うから正妻になることは無いが、コルンがやる気だと言うのなら、乗った」


 キクリは握り拳を作り、勝負の意思があると理解する。


 ――この間抜け面をいつか鼻の下を伸ばさせてウハウハさせてやるんだから。


 私はディアが寝ている間に記録をしたためる。


 東国に到着し、不愛想だが心優しい小人族と交流した。皆、良い方達ばかりで料理がとにかく美味い。もう、第二の故郷にしたい国、堂々の一位だ。余生はこの国で暮らすのも悪くない。そう思えるくらい本当にいい国だ。


 東国にやってきた理由はディアの武器を新調すること。加えて受けた依頼をこなすこと。そのために依頼主の家に行くと私と似た身長の小人族に出会った。相手の方が少しだけ小さかったけれど熊のような肉体をしており力は断然強そうだ。とても人当たりの良い方だったので安心した。名をキクリと言う。


 キクリの料理は私が食べて来た料理の中で一番美味しかった。料理が美味しすぎて泣くなんて言う経験をしたのは初めてで、とまどったがディアやフィーアも同じだったので浮かずに済んだ。

 依頼主であるゲンナイにも会い、口数は少ないものの良い方なのは雰囲気でわかった。

 メリー教授が言っていた米酒を飲んだら料理と抜群に合って教授が欲しがるのもわかる美味さだった。お酒をたしなむ私としては確実に上位に食い込む美酒だ。


 私は料理を食べてお酒を飲んで酔い、布団に入って寝落ちしてしまったのだが、朝起きるとキクリがディアの布団に入っていた。まさかと思い、怒鳴ろうとしたがグッと堪えた。様子を見ると、どうやらただ一緒に寝ていただけらしい。ほっと落ち着き、胸をなでおろしたのを覚えている。


 東国にやってきて七日ほど経ち、船酔いで死にかけていた私の体調が完璧に戻った。

 ゲンナイに鉱山の位置を教えてもらい、一階層から二階層を攻略。一〇年も閉ざされていた割に綺麗だった気もするが、初めて鉱山に入ったのでわからない。

 ディアは鉱山での仕事の経験もあり、ロックアントの対処も完璧だった。やはり頼れるいい男だ……。じゃなくて、良い先輩だ。

 仕事の帰り、ディアがブラックベアーに襲われているキクリを助けてしまった。そこでキクリの心が動いたかもしれない。なんせ、彼女のディアを見る目が違ったのだ。もう、女の勘は本当に面倒だ。恋敵に気づいて仕方がない。

 ディアは全く気づいていないようだ。あの鈍感男のおバカ……。


 六階層まで何とか攻略したが、ほんと死ぬかと思った。ディアがいなかったら私とフィーアは確実に死んでいる。理由は実力と経験が不足していたからだ……。それを嫌と言うほど思い知らされる結果だった。

 ディアは怪我を負い、私達も疲弊したため、時間を置くことになった。

 七階層の攻略にキクリを入れる提案をディアがした。反対しようと思ったが、人数が欲しいと私も思っていたので同意。結果、この判断が最良だったことは間違いない。キクリがいなかったら私達は死んでいただろう。

 ただ、キクリが完全に恋敵だとわかってしまったので、これからの行動に目を光らせなければディアが奪われかねない。彼女の女子力は半端じゃないのだ。まあ、男気もあるので、中和されている気もするけど。

 私は自分の言動や行動を改めなければディアに女とすら見てもらえないだろう。


 ――わ、私だってディアが大好きなんだ。キクリはお母さんくらい頼りがいがある強敵だけど、負けていられるか! 


 私はディアが寝ている間に記録をしたためた。

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